六十九話 望まぬ開戦
フエンテ王国は新興の、さらに小国。いくら用意周到で勢いがあるとは言っても、問題は山積みである。
例えば、フエンテが誇る便利アイテムやロイエの魔力固形化によって生み出された数々の物品、武器。それらが国外に流出するのは避けられない。
今はまだ大したものは発表していないが、このまま放置しておくと大問題となりかねない。
ロイエの魔力によって形作られた、しかし大きさでは他国を圧倒するフエンテ城イラーネオン。
まだ建国から日の浅いフエンテは、民から官僚を選ぶのには至っていない。ただし、一般市民から指示の厚い者3人を選出し、王への進言官として採用している。
3人は共に、元々ガイル地方で地主をしていたり、シュライド首都周辺で大商人をしていた為財力は莫大だが、寄付や孤児の保護などで民の信頼が厚い者たちである。
「ロイエ様のご負担が増える為申し上げづらいのですが…」
「構わないよ、ガロ。とりあえず言ってみてくれ」
「位置情報の把握が出来るものをロイエ様に作って頂き、全ての機器や物品に埋め込むというのはいかがでしょう?」
ガロの提案に対し、ロイエは微笑む。
「素晴らしい案だよ。でもね…僕の技術は、あくまでも構造を知っているものを形作るだけ。構造把握で中身を見たものや明確にイメージの湧くもの、つまり実在するものじゃないと作れないんだ。機械もダメだから、クリスに開発させても僕が量産する事は出来ないね」
「発想を転換させるのはどうかしら?」
ここで口を挟んだのは、ネフェル。
「どうせ流出するなら、いっその事高額で他国の裏市場に流してやれば良いのよ。悪徳商人共は喜んで飛びついてくるわ」
「それで流出は減るのでしょうか…?」
「どうかしら…その辺りは私に任せて。専門の人達に頼んでおくわ」
ネフェルと3人の進言官はかなり距離が近く、彼らも臆することなく口出ししてくる。
それはネフェルが人間、それも最底辺とされる白色である点もあるかもしれないが、彼女が他者と馴染むのも上手いというのが大きい。勿論それには技術による小細工もあるのだが。
「まぁ、そんな事も言ってられないわ。いつシュライドが本気で潰しに来るか分からない。明日かもしれないし、もしかしたら数時間後かもしれないのよ。タイミングを見失った彼らが、これ以上の発展を阻止するために私たちを抑えに来るなら今頃だと思うの」
一方で、宗教勢力かつ教祖アールカの技術により統率力の取れたミコルにそのような心配はないし、生活のレベルもシュライドにすら遠く及ばない原始的なものである。
ドミニオン王国時代に誕生、カムイ時代には水面下で拡大し、現在も増え続けているミコルの信者数は既に421万人に及ぶ。
更に、カムイ時代に迫害を受けていた信者147万人を抱えるヒューヤ教とは"尊重共存"という名を冠した同盟関係にあり、シュライドと戦う力は十分にある。
中心地クルーアでは、円形の神殿ハリザを取り囲むように、250万人のミコル教信者たちが集結した。
今日は、アールカが神の存在を悟って5年経った記念日である。
神殿の中で胡座をかいて座っているアールカは、演説中である。集まった250万の信者だけでなく、前線の警備をしている信者などここにいない信者も含めて"以心共有"によって皆に呼びかけているのだ。
「…ヒューヤ教という他勢力と共存の道を選んだ私達は、完全な国となりました。もはやミコル教信者だけで運営する共同体ではないでしょう。これで勢力を大きく拡大しても、国として安定できる力を手に入れたと言えます。今こそ、神聖な戦いに皆で挑むべきなのです。私に従って頂けますか?」
信者たちの心の内は、明記するまでもないだろう。
「フエンテはこの数日で法整備、近日中の教育機関設立の約束、住宅街の拡大、商業店の建設を完了させました。急増する人口にも何とか対応しきれているようです。なかなかボロを出しません。
このままでは発展していく一方でしょう」
「そうだな…メテオとの会談でも極力私達に利益が出るようにしなくてはならない。次は予定通り、オリジン殿に代わって私が行く事にしようか」
冷静に分析するユイリィの声に、以前より焦りが見えるハンニボルが答える。
「好機など測っていられないでしょう。早めにフエンテを潰さなくては…今日でも良いくらいだ」
「しかし…あの気持ち悪い宗教集団共を抑えるのが先でしょう。あちらの方が我が国の領域を積極的に犯しに来る」
「待て、バルカ。ミコルの生活は原始的で、警戒するならフエンテの方だろう。ベッジハードとの軍事同盟を断るという事は、秘策を複数持っている可能性が高い。それに比べミコルはまだマシだ」
「獣人は黙っ…あ…」
ギギルとバルカの言い合い。
しかし、バルカの顔は一気に青ざめる。
差別発言である事は勿論だが、何より…
スレインは獣人である。
ここで咳払いをするユイリィ。
「私はミコルにも兵力を割くべきかと考えます。
彼らの統率力は計り知れない。バルカ様の仰る通り、現状で我が国を脅かしているのはミコルです。何より、彼らの思考は論理性が最優先ではない。今このタイミングでほぼ全戦力で攻めてきてもおかしくはありません。如何ですか、ハンニボル様」
「全く同感だ。君は内大臣である私の補佐だが、
君一人でもこなせるのではないかね」
「恐縮です」
人間という自身が最も蔑んでいる種族に助け舟を出される形となったバルカは、顔が歪むものの流石に先程の反省からか舌打ちや暴言は無い。
「まさかここまで追い込まれるなんて…」
エカテリーナが呟く。
会談が終わってベッジハードによる支援体制が確立した所で、シュライド国内の状況は変わらないのだ。
それどころか…
「スレイン様!ミコルの軍勢が第1から第8までの全ての防衛ラインを突破し、スノック地方全域を占領したとの事です!」
「「「「「!?」」」」」
そこにいる皆が驚いた。なぜそこまで突破されるまで何の情報も来なかったのか。なぜ唐突にそこまでの力を発揮してきたのか。潜入していたスパイからの報告が無かったは何故なのか…
「メテオ訪問は実現しなさそうだな」
誰かがそう呟いた。
急ぎ現地に向かったスレインは、スノック地方より遥かに手前の所で緑のローブを纏った者達の集団と鉢合わせした。
「貴様らか…」
ミコル教徒側は、何やら話し合いを始める。
「あれは誰だ?異常な気配だ」
「確認する。"正体晒化"…!?」
「どうした!?」
[スレイン・ケマルが現れた]
「「「!?」」」
"以心共有"によって、信者は緊急時にアールカを通じてミコル教徒全員に警告を流す事が出来る。
一瞬で集まって来る者、続々と近付く気配。数の多さに圧倒されながらも、スレインは圧をかけてその場をやり過ごそうとする。
「攻めてくるという事は、死を覚悟しているということなのだろうな?」
スレインの圧は本物である。気配だけでも異常なのに、意図すればどれだけ恐ろしく見えるかは言うまでもない。
しかし、信者達は臆すること無く睨み返す。これにはスレインも内心驚いていた。本気で殺す気は無い。しかし相手がその気であればそうもいかない。
「くっそ…」
その瞬間、スレインはミコル教徒達数人を、また一瞬で生み出した"神吹聖剣"で切りつける。
数十人、数百人。止まらず斬り続けるスレイン。
「くっそ…くっそ…くっそ…くっそ…くっそ!」
戦争が、始まる。
ご覧頂き誠に有難う御座いました。
今後もご愛読の程宜しくお願いします。