六十七話 出遅れ
ロイエとネフェルがベッジハードやメテオを訪問して不在の2日間、フエンテの政治は止まっていた訳では無い。
寧ろ軍師スキペオ・アルレルトを中心にして素早く回っていたし、何よりー
(…だから今日の移住者は第1区域から第4区域まで自由に選ばせてあげて。富裕層にはもれなく第5区域を勧誘すれば良いわ)
ネフェルが相手国との会議中も含め、思念交信を新たに開発された媒介機器で常に繋いでいる為、変わった事と言えばロイエの万能の技術が使えない、と言うだけだ。
ただし、フエンテには他にもロイエに並ぶ"生産者"がいる。
「わたしも5区に住みたい!!引っ越しましょうネフェル!」
(ダメよ、クリス。あなたとロイエでこの国の"生産"は回っているの。貴方はネルビオにいなさい)
彼女はベッジハードとの会談中で、更にロイエとも"一心同体"で繋がっている。3つのやり取りを同時に進行させていたのだ。
「えー、つまんないの。じゃあいま作ってる民間瞬間移動体系が完成したらご褒美ちょーだい!」
(うーん…まぁ良いわ。第5地区に別荘を建てましょう)
「やったー!」
ロイエが魔法的な意味合いでの技術によって生み出すとすれば、齢11のクリスティーナは科学的な意味合いでの技術によって生み出す。
(それにクリス、今決まったのだけれど、もしかしたらお友達が出来るかもしれないわよ)
「もしかしてべっじはーどの人?クラークさんがあの国はあぶないって言ってたわ」
(はぁ、またあの人……大丈夫よ。そもそも危ない人間なんてどこにでもいるんだから。確かにあの国は顕著ではあるけれど…)
「おい、ネフェル!」
(なによ、そんな怖い声して)
瞬間移動で唐突に現れたのは、カミーユ。
「お前な、なんで俺に開墾の仕事割り振ったんだ!前線に投入した方が適材適所だろうよ!」
(あなたも割と応用の聴く技術持ってるじゃないの。十分に適所よ。それに、総力戦はまだ先。時が来るまで力を温存しておいて)
「力は温存できても俺の機嫌は温存出来ねぇぞ!」
ネフェルは呆れたようにため息をつく。
(はいはい。このまま人口密度が高くなって国が崩壊しても良いなら好きにしなさい)
「…ったく、分かったよ。破壊ストレスはロイエに発散させてもらうからな」
拗ねたカミーユは直ぐに仕事に戻っていく。
(ちゃんとやる仕事はやるのね。そこはほんの少しだけ尊敬しないでもないかしら)
(素直じゃないっスねー)
(なに?)
(いや、なんでもないッス…)
スキペオも、声色を変えたネフェルには敵わないのだ。
(それよりスキペオ、今日まだ残っているあなた達の仕事は、直近に控える公共事業の予告、未発表の国家試験の準備、第6地区の一部を地主に売却する交渉、夕刻前に臨時技術者採用試験ね。宜しく)
「りょーかいッス。シュライドは?」
(前線維持で良いわ。ミコルの聖戦が段々と激しくなってるから、そちらに人員を割いているでしょう。それに、お互いにまだ軍備が整っていないわ)
「へいっス。じゃあ自分も仕事移るんで、また後で」
(ええ)
「私も研究所に籠るわ!またねネフェル!」
(ええ、また今晩にでも会いましょう)
各々が散らばって仕事に戻り、ネフェルも交信を切った。
その後2日間の会談を終えたロイエとネフェルは、すぐに帰国し住民制度の整備や民への公共事業の提供、起業支援に努めた。
「フエンテの魔力貨幣は王自身の技術によるものだ。我らには再現出来んし、出来てもあれを上回るものは作れる筈がない。ただ…」
「ああ。このままだと経済状況が完全に逆転し、更に民が流出する事となる」
都エルジオンの、茶色屋根が連なる街並みの中心にそびえ立つのは、シュライド王城シグレノン。
その会議室では、スレイン、ハンニボルとその弟バルカが深刻な顔で議論している。
「やはり、力でフエンテやミコルを牽制するしかないでしょう。城周辺に住んでいる民のデータを取ってみましたが、凡そ7割の者が多少非道に武力を行使してでも我が国が勢力回復する事を望んでいるようです」
バルカ・ルールは端的に言うと、過激派である。
対してハンニボルは冷静。ただし、彼はベル王国で実力を発揮し始めた頃から危機的状況に立った事が殆どなく、現状では冷静というより楽観視していると捉えた方が正しいかもしれない。
「うーむ…反対する者の大抵は、条件の良いフエンテもしくは縋りつく対象としてミコルに流出していると思うのだが」
「それらの流出する民も問題です。民の流出を防ぐ為にも、フエンテとの国境を強力な結界で封鎖すべきでしょう」
兄弟同士による議論。お互いに一歩も引こうとはしない。
「前ほど大規模なデモや略奪が行わなわれなくなったのは、それらの多くがこの2国へ移住したからだ。閉じ込めればまた増えると思うのだが」
ここでスレインが口を挟む。
「まぁ、とりあえずその流出した民のデータを取ってもらおうか」
何かを察したように、バルカが舌打ちする。
2人とも理由は分かっている、今から来る者に対する舌打ちであることを。
(ユイリィ、今良いか?)
スレインが呼びかけた瞬間、その場に瞬間移動してきたのが、書記や会計、内政副大臣を兼任するユイリィである。
「何なりと」
「昨日フエンテやミコルに流出した民の数を教えてくれ」
「はい。全貌分析」
「フエンテに14708人、ミコルに12445人でした。前日比では、フエンテはマイナス9438人、ミコルはプラス1374人です。殺人は24件で死者31人に重症60人、自殺は98件、物価は全体的に上昇。フエンテとの国境は比較的落ち着いており維持、ミコルとの国境は一部取り戻しましたが、新たに奪われた部分の方が大きいです。そして…」
「ありがとう。でもちょっと待ってくれ。俺には処理しきれない」
スレインは元々戦士タイプなので、こういった情報処理は苦手なのだ。
そして、ここぞとばかりにバルカが愚痴を漏らす。
「いつも思うが、その情報は本当なのだろうな。お2人も、純人間の言葉を信用するのですか?」
ハンニボルとバルカは森妖精の中でも優性とされる、耳が斜め上に真っ直ぐ伸びているシーフ族である。特にバルカは、典型的な差別主義者として以下の種族を見下す性格なのだ。
しかし、ユイリィも気の強い性格であり、当然のように反論が続く。
「あなたの今の発言は、森妖精より下位種とされる獣人でありながら偉大であるスレイン様まで冒涜する事になります。撤回を求めます」
「黙れ!功績や能力が貴様とは格が違うのだ!」
「ではあなたは何か功績を残されたのでしょうか?」
少しずつバルカの顔が青ざめていく。
「確かに頭脳明晰で几帳面ですが、あなたの普段している事など私は30倍の効率で出来ます」
「なっ、なんだと!不敬だぞ!」
ユイリィは何を言われても怯まず、端的に言い返す。
「不敬?あなたは治安管理官に過ぎない。私は内政を背負う者ですよ?どちらが不敬なのでしょう。簡易な技術すら習得せず他を見下して自分を保つなんて、情けない」
彼女の顔や声色は、普段よりも数段冷たい。
「ち、ちがう!何の役にも立たない弱い技術を持つなど恥じるべき事だ!そんな弱い技術を寄せ集めた所で…」
「落ち着け。双方共にあまり良い発言をしているとは思えない」
ハンニボルが2人を牽制し、そして2人の言い争いが再び始まる前に話題を変えようと試みる。
「しかしスレイン、これは議論の余地がある。
もっと強気に軍事政策を行うべきか。今夜議論しよう」
「ああ、そうだな」
「それと…」
ユイリィが遠慮がちに手を上げて発言する。
「私が最後に言いたかった事なんですが…
たぶん、ロイエ・クヴァールは建国の翌日にベッジハードに行ったと考えられます」
「な…!?」「なにッ!?」「…早すぎる」
「そしてその翌日にメテオへ。一定時間両国に王が2人いたという情報まで視えました。タイミングを考慮しても、フエンテである可能性が高いです」
スレインはナイトメアとトラブルを起こして以降、つまり新生シュライドになってからも要人を送っていないので、完全に出遅れた形となってしまったのだ。
その場は、暫く凍りついた。
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