六十六話 戦争の予感
ロイエとネフェルが帰国した直後、テイラーが喋り始めた。会談の最中にことを荒立てないように黙っていろとイーブルに言われていたため、心に一物を抱いていたのだ。
「イーブル、なぜあの女のことを尋ねなかった?一言も喋らないのに着いてきたということは何やら厄介な能力を持っていたかもしれんぞ?」
「聞いたら教えてもらえると言うわけでもないだろう。いちいち詮索せずとも戦争が激化すればわかる話だ」
イーブルはやけに口調が軽い。
「まさか、奴らが負けると思っているから詮索しなかったのか?」
「勝てんな。宗教勢力を御すなど無理な話だ。あのやり方では2つの勢力に潰されるだけだ」
「では何故食料援助の約束など?ここは北国、いざという時には食料不足に悩まされると言うのに...」
コーアンが遠慮がちに口を挟む。内政における産業を全て担ってきたコーアンは、勝手にイーブルが食料を渡してしまったことに怒っているのだ。
「我らが支援すれば勝つ。私の能力があればな...我らの支援により勝ったことになれば、あの女1人の能力などどうでも良い。敵対しないのであれば、わざわざ聞き出す必要もない」
イーブルの論は理にかなっている。
コーアンは納得したわけではないものの、済んだことをこれ以上言っても仕方がないと判断したのか、それ以上何も言わなかった。
「まずミコルをコルットラーに進軍させる。我らはそれを助ける。スレインの邪魔は私がしよう。策はテイラー、お前に一任する」
テイラーは鼻を鳴らし、部屋を後にした。策を考えるのは随分と久しぶりなもので、張り切っているようだ。
「アーロン殿、正規軍はなるべく早くコルットラー領へ出陣できるように準備しておいてください。後、そちらの兵を5000ほどお借りしたいのですが、よろしいでしょうか?」
アーロンは何も言わずに頷いた。昔はイーブルに反発していたアーロンだったが、今はイーブル国益を何より考えていることを理解しているのだ。
「イーブル...戦争をする気ですか?」
ファンドが弱々しく尋ねる。戦争の不幸は、自分が一番よくわかっている。
「戦争が悲しみしか生まないことはあなたが一番よくわかっているはずです。あなたは過去...」
「陛下、その話は関係がありません。私は万が一を考えて行動しているだけですから」
「ミコルをコルットラーに引きつけたり、スレインの邪魔をすることは戦争ではないのですか!」
ファンドが声を荒げたのはこれが初めてだ。ファンドは確かに王の器を持っているが、優しすぎる。その補佐ができるのはイーブルただ1人なのだ。
「私が引きつけなくても、どの道ミコルはコルットラーに攻め入って来るでしょうし、ロイエ達を助けると約束した都合上、支援は必須。ロイエ達を裏切ることになって良いのですか?」
「被害を最小限に食い止められますか...?」
「もちろんのことです」
ファンドはイーブルのことをよく知っている。一度決めたことは二度と曲げない上、彼の言葉に二言はないのだ。
「わかりました。認めましょう...」
ファンドはイーブルに言い返せない。それに、イーブルのことを信頼していた。
「イーブルが留守の間はキースとコーアンが国を守ってください」
「御意」
ファンドが王になってから初の、大規模な軍事遠征が始まろうとしていた。
ロイエとネフェルは、直接城に帰らずに自国の様子を見るため、技術で姿を変えて街を歩いていた。
「全く信用されてなかったわね」
「そうだねー、まぁシュライドより先に挨拶するのが目的だから、それでも良いんだけど」
2人が歩く街は、首都ネルビオとその近郊にあたる第1地区や高級住宅街が多い第5地区ではない。
生活に困窮し、最後の希望としてフエンテに縋った者達が多くいる第2地区である。
全てロイエが量産した完全魔力製の家だが、見栄えは良く十分広い。そして家賃が格安といった具合で、貧困層にはこれ以上良い条件はないだろう。
ネフェルは周囲を街の景色を見回しながら、微かに微笑む。
「これが、私たちの作った国なのね」
「そうだよ。僕たちの理想郷への第一歩だ」
ロイエも微笑みながら、視線を青空に向ける。
まるで、次の一歩があそこだと示すように。
「あんたら、この辺の人?」
「ええ、そんなところです」
見知らぬ者にタメ口で話しかけられたが、笑顔で、しかも敬語で返すロイエ。もちろんロイエ達は変装しているから、この男も王相手にタメ口を効いているなど思いもしていない。
「これが全部魔力なんて、面白いよな。床も壁も、魔力とは思えねぇ」
「そうですね、本当に、不思議な力だと思っています。ところで…」
ロイエは少しだけ視線を泳がせながら、恐る恐る男に問う。
「建国して4回しか夜を越していませんが、この国、どう思いますか?」
「貧乏人の俺は今んとこ助かってるよ。家賃は飛ぶ程安いし王様は頼れそうだし、なぜか最初から市場あるし、定職に就くまで国が仕事くれるらしいし…これが続くならとりあえずベッジハードよりマシだ」
「そうですか、良かった…」
「なんで王様でもないあんたが安心すんだよ」
安堵したロイエに、笑いかける男。
しかし、その顔は唐突に陰りを見せる。
「ただなぁ…ベッジハードに負けられたら終わりだからな。それが心配だよ」
その瞬間、ロイエの表情と雰囲気が変わった。
「勝ちますよ」
「えっ?」
「勝ちますよ、この戦争」
(行くぞ、ネフェル)
(ええ、行きましょうか)
呆然とする男を置いて、2人は瞬間移動で城へ戻った。
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