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LASTDAY  作者: 杉田健壱楼
三章 大陸大戦
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五十九話 革命

 新生シュライド王国、別称エカテリーナ朝の夜の街。


 先帝の時には厳しかった行動規制もなくなり、新たに出来た居酒屋や飲食店で宴会が開かれている。


 しかし、まだライトアップなどのイベント開催にまでは至っておらず、多くの一家や恋人たちは自宅でそれぞれの夜を楽しむ。


 そんな中、普段と違う風景として、大都市の至る所で何かを置いては去っていく者達の姿が見られた。




「カムイのやり方って、本当に間違っていたのでしょうか」


 このように夜空に向けて呟いたのは、スレイン。


 同刻。ここは王都イルジオンのシュライド城である。


「カムイのような独裁体制の時は、国民一人一人を管理し、平等に取り扱う必要などなかった。だから不平等でも、やりやすかった。今はどうでしょう。以前徴税を免れていた上流階級の者達には悪く言われ、平民にも貨幣制度がどうの、国家試験での賄賂がどうの、その声に従って第一回国家試験を無効にすればまた不満。おまけにミコルは独立。果てにはヒューヤ教と共同戦線を張ったと聞きます。このままでは、カムイの時より国力が弱る可能性もある」


「…私にも分かりません」


 短くて弱々しい返答をするのは、エカテリーナ。


 実際に、国の状況は非常に悪いのだ。


 ここ数日ではミコル教の国が一気に拡大しており、送った軍隊は全て破られて捕虜とされている。


 しかし、伏せた目を上げた彼女は、はっきりと告げる。


「でも、カムイのやり方をスレインにはしてほしくありません」



 見つめあったままの沈黙。やがてスレインの方がもう降参だ、と言わんばかりに目を逸らす。



「もちろん、あんなやり方をなぞるつもりは甚だありませんよ。全ての国民が豊かになるように、そして平和になるように願っています。しかし…上手くいかない」


「そして何かの皮肉のように、軍事開発だけは順調に進む。

まるで他国を侵略しろ、気に入らないやつがいれば潰せ、と言われているように…」


「スレインはよくやっています!私が見ていますから!」

「…そうでしょうか。実際に民はエカテリーナ様中心の政治運営を望んでいます」


 少しの間言葉を失いうつむくエカテリーナ。


 すぐに顔が上がるが、その表情は切なげ。


「私には何の能力もないのですけどね。ベル王国の時はハンニボルに頼りきりでした。政治家は、何かをする度に誰かの反感を買い、少しずつ不支持の者が増えていくのです。だから、

何もしていない私の支持はあまり落ちないのでしょう」


 スレインは万を辞したようにエカテリーナに向き合い、視線を合わせる。


「今になって思います。エカテリーナ様には…女王ではなく、もっと違う道を歩んで欲しかったと」


「私も、スレインには…」


 エカテリーナが潤んだ目でスレインを見つめる。


「エカテリーナ様!」


 女王の肩を掴む。明らかな越権行為だ。


 しかし、ここに止められる者はいない。


 むしろ、彼女にとってそれは…


「もし、政治が落ち着いたら…」


 だが、彼には続きの言葉が出ない。



「スレイン、私の婚約者になりなさい!」



 その力強い口調は、女王とは程遠い、まるで出会った時の強情な彼女そのものだった。





 大都市チェルス。主に商工業が盛んだが、神聖シュライド王国、新生シュライド(エカテリーナ朝)の建国宣言がされた街で、現在では大規模なデモが行われている為"革命街"と呼ばれている。



 そして今、まさに革命が起こった。



 早朝、チェルスの広場の東側。


 背後に巨大な商業施設を抱えた高台には一人の青年が立っている。そのすぐ下には彼の仲間らしき者達と、用途の分からない謎の機器が置かれていた。


 広場は早朝にも関わらず人で埋め尽くされ、現在も増え続けている。


「"拡声"」


 ロイエが広場全体に聞こえるように技術スキルを発動する。


「私はロイエ・クヴァール。ここにいるデモ隊を結成した者だ。デモで市民に迷惑をかけたのであればまずはそれを謝罪する。申し訳ない」


 しばしの沈黙。そんな事ない、と声をあげる人がまばらに出てくる。


「しかし、いよいよ僕達は、ここに、新たな国家の建設を宣言するに至った!」


 一転、自信に満ち溢れたような力強い声。周囲を取り囲んだ数百の人々の歓声が上がる。




 続く言葉が無いため、意図を察した者たちから声を上げるのをやめ、やがて鳴り止む。


 広場を見渡し、一拍置いたロイエは続ける。


「現在、この国の状況はかんばしくない。経済は宣言したほどの成長がないどころか、偽造のしやすい統一貨幣の導入で寧ろ混乱が起きているのだ」


 そうだそうだ、と声を上げるもの。ただ歓声を上げるものと反応は様々である。


「国家試験では賄賂が横行した挙句、結局はそれらが全て無効となり、志願者の努力や試験の政策に関わった全ての人々の労力は水の泡と帰した。

愚かな先帝の政策を全て転換させると謳ってはいるが、先帝の愚策には人選は含まれないのだろうか。

せめて、民から志願者を募り、早急に不正のない試験をもう一度行って人員を増やすべきだった」


「我が国では、迅速に、平等でかつ完成度の高い試験を用意し、上位成績者を積極的に官僚に採用する事を保証する。

具体的には、軍事面、政治面、文化面に分け、より細分化された専門的な分野でそれぞれの試験を用意する。

首席、次席には無条件で政治運営の中核または経済的影響力の強い地位の獲得を保証し、成績上位者全員に公務員としての職業を順次与えていく。

公務員は国が滅ばない限り職を失う事など有り得ない」


 初めは野次馬のつもりで参加した者や無関心だった者も、いつの間にか期待に満ちた表情をし始める。


「そして、この国は研究者を軽視し過ぎている。

先帝の迫害は以ての外であるが、新たな時代を作る者達に、果たして、資金援助するだけでこの国の未来は明るくなるのだろうか。私は、否だと考える。

それどころか、べッジハードのような大国に魔法科学や自然科学の分野で劣り、服属する未来まで見える」


「我が国では、有能な研究者には今以上の資金援助や設備の提供、監視や命令の無い自由な研究の保証を約束する。しかし、それは彼らが種族として、民族として優れているからではない。単に優秀だからである」


「我々は種族、性別、身分、信仰、魔力量による差別を絶対に許さない。その方が国は腐らない。

然るべき者が国を運営し、然るべき者が国を守り、然るべき者が国の宝である子供を教え、然るべき者が報われない世界。それが私の目指す…ん?」


 気が付けば、ロイエ達の周囲を瞬間移動テレポートにより急ぎ到着したスレイン、ファイン、ギギル、オリジン、オズワルド、兵士達が囲んでいる。


 オズワルドは高台の下にいたカミーユに気付き指を指す。


「あ!俺の右腕潰しやがったヤツ!」

「…あれはやり過ぎたよ。悪かった」


 対するカミーユは気まずそうである。


 そんなやり取りを横目に見ていたスレインが、一歩前に出てロイエを睨む。


「お前がデモの旗手か。やっと姿を現したな。主張は自由だが、公共の場で無許可の活動を繰り返し混乱を生んだ罪はそれなりに重いぞ」



「公共の場で無許可の活動を繰り返し混乱を生んだ罪はそれなりに重いぞ」

「!?」


 スレイン達が驚いたのは、彼の喋った言葉が、広場中に響き渡る音量で再び流れたからだ。


「今のを聞いてもらって分かったと思うが、彼らはこの訴えを受けてもなお、私を捕まえる事しか考えていないらしい。民への説明責任は放棄したのか?」


 そうだそうだ、と広場中の人々から野次が飛び、果てには酒瓶やファイアなどの技術まで飛んでくる。


「"瞬間防壁モーメントバリア


 しかし、それを真っ先に止めたのは、ロイエ。


「"器用防壁シールド"。

ここにいる皆も、そうやってすぐに暴力に走ろうとしないでほしい。彼らにはどうせ効かないし、下手をすれば捕まるから何のメリットもないよ」

「感…!?」


 勝手に拡声された事に驚いて一度言葉を止めてしまったスレインだが、すぐに気を取り直す。


「感謝する。そして民への説明責任も確かに俺達にはある。だが、どのみちこれ以上続けるならお前を捕まえなくてはならないのも事実だ。」


「それを法に書いたのか?」

「…は?」

「法がまともに成文化されていなかったカムイの時と比べれば飛躍的な進歩だ。しかし、今の法には穴がありすぎる。法の強制力を理解出来ていないようにしか思えない」


 スレインは何も言い返せない。ハンニボルも以前「法律はよく分からないが、最重要だから誰か専門の人に決めてもらってくれ」と言っていたことを思い出し、少し納得してしまったのだ。


「私ならこう書く。"デモなどの言論活動は認めるが、民の生活を損なうと判断されたり、衝突するような事があれば逮捕する"と。それなら、もしかすれば私のデモは前者と判定出来たかもしれない」


「…」

「良いからとりあえず、その半悪魔ハーフデーモン野郎を捕まえさせろ!俺の右腕、戻らなくなっちまったんだぞ!」


 オズワルドは育ちが良いので、とにかく簡単に腕をねじ曲げられた事実自体が気に食わなかったのだ。


「おい待て、あまり早まるな」

「オズワルド、やめて!」

「"音速弾"!!」


 スレインとファインの警告を無視して放たれた弾。


 しかし"王者の風格(レターセモア)"で止めようとしても、もう遅い。

弾は完全にカミーユの左足に命中し…


 そして、通り抜けた(・・・・・)


「「は?」」


 撃ったオズワルドも、止めようとしたスレインも状況が飲み込めず、無自覚に声が出る。


「民を騙したようで申し訳ないが、これは我々を投影しているだけで本体はここにはいない。襲われる可能性も加味しての計画であったからな」


「そんな技術スキルが…!?」


「完全な技術スキルではない。魔法科学で技術スキルを組み合わせ、誰でも使える機器として完成させたものだ。

これが技術者の力。あなた達は彼らをもっと重要視すべきだった。しかし、普段から強力な技術スキルを使用して生活し、殆どを依存しているあなた達はその必要性に気付けなかった。

対して、我々は50名以上の科学者や職人と既に契約を結んでいる」


 現に彼らの元には謎の機器があり、恐らくこれを使って投影しているのだろう。民はただロイエに感心しており、完全にスレイン達はロイエの引き立て役にしかなれていなかった。


「分かった。お前達を政府の一員として迎える。だから、これで手打ちにしてくれないだろうか」


「「スレイン様!?」」

「スレイン!?」

「スレイン殿!?」


 わずかな沈黙の末、ロイエは"拡声"ではなく、思念交信メッセージらしき技術スキルでスレインの脳内に直接響かせて答える。


「僕もそうしたかったんですがね…」


 ロイエの表情は切なげで、悔しそうにも見える。


「僕達はお互いに、動くのが遅すぎたみたいです」


 そして再び"拡声"を使って


「今の言葉、皆は聞いただろうか。自分が不利になればこれである。政府の一員になったとて、我々の提案が通るとは限らないのだ。よって、私がこれに従う事は有り得ない」


 そして、誰かが「上を見ろ」と叫んだ。


 全員の視線が高台の背後にある商業施設の屋上へ向かった。


 そこにはいつの間にか実体のロイエが立っている。


「我々はここより西のガイル地方を中心に、コルットラーと国境を面した国を立てる。まだ開発は完全とは言えないが、既に移住者を募集している。

もしシュライド政府が民の移住に介入するような事があれば…その際は多少の衝突もやむを得ないだろう」


「大陸で最も、民が等しく豊かな国を目指す。国名は、『フエンテ王国』だ」


 大きな歓声が上がり、スレイン達もその場を動く事が出来ない。誰一人として、ここで彼の前に立ちはだかる気が起きなかったのだ。


 これらの演説は、街中に置かれたライブオーディオ機器によって国全体に広がり、移住の波は全国へ渡ることとなった。

ご覧頂き有難う御座います。

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