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LASTDAY  作者: 杉田健壱楼
三章 大陸大戦
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五十八話 侵食

 ファイン・ルールは、近頃ずっとやきもきしている。


 カムイの洗脳が解けたことで純粋な少女に戻って以降、彼女はただ平和を望んでいた。


 しかし、最近はデモの一部が暴徒化したり、略奪を始めたりと治安が悪化していた。



 そして現在ー、彼女はその暴徒たちと対面している。


 今にも攻撃に出そうなギギルを諌め、少し距離を取って彼らに説得を試みる。


「なぜこんな事をするの!?不満なのは分かるけど、カムイの時とは違って意見しても弾圧されないのよ?話し合えば良いじゃない!」


「は?何言ってんだ?」

「なんだあのガキ」

「あんな見た目で幹部らしいぜ」

「バカにされてる気分だな」


「くっ…」


 ファインはメンタルが弱い。これが彼女の性格であり、洗脳から解放されても改善されることは無い。


「ファイン、あいつらは潰すべき社会の害悪だ。何かと言い訳をして略奪したい連中に過ぎない」

「でも…そうやって倒すのはカムイと一緒…」


「完璧を求めてはおれんだろう。彼らを放置しているとスレインの負担が増えるだけだ」

「でも…スレインはあの日…」



 カムイが暗殺された日。


 彼女は記憶を取り戻し、ひたすら泣いていた。


「ファインちゃん泣くなよー。みんな辛かったけどよ、ここから新しくやっていこうぜ!」


 真っ先にファインに気付いたギスコだったが、上手く慰める事が出来ず困っている。


 そんな中、スレインが駆け寄ってきた。


「どうしたんだ?」

「おー、スレイン!記憶が戻った反動らしいんだけどよ、俺じゃ無理みたいだ。代わりに頼んだぜ」

「分かった」


「ファイン、今は泣けば良い。俺でも良いなら話を聞こう」


 ファインは何度か鼻をすすり、呼吸を落ち着かせてから答える。


「…私はカムイに操られて酷い事をしてきた。言ってきた。今までやってきた事全てに、いきなり罪悪感が湧いてきたの。それが、怖くて、嫌で、でも、本当に申し訳なくて…」


「そうか。俺も同じだよ。辛い。

しかし、だからこそ、これからの政治運営では、カムイの時みたいに民を押さえつけるようなことは、暴力を振るうような事はしたくない。それが実現出来れば、民は満たされて俺たちの今の気持ちも少しはマシになるんじゃないか?」


「うん。でもそれはとっても難しい事で…」

「ああ。だから、ファイン。君には俺の理想の政治運営を手伝ってほしい。約束だ」



 スレインのあの日の言葉を、彼女はまだ信じている。


「だから…スレインの理想の為にも、私はここで戦うわけにはいかないのよ」


 あまりに純粋なファインの気持ちに、ギギルは少し戸惑ってしまう。


「…あまりに酷くなったら俺だけで倒す。良いな?」

「うん。ありがとう」


 すると、暴徒たちの中から代表者らしき人物が前に出る。


「ガイさん、こんなのの話聞く必要ないっすよ」

「まぁ、お前らの言いたいことも分かるよ。でも、俺には分かる。あの子には、その気になればお前ら全員を相手に出来る力がある。そんな中で対話しようとしてくれてるんだから、期待には答えなきゃな」


 ガイと呼ばれた代表者は、冷静な声で仲間の声に答える。


 ガイの言葉が聞こえたファインは、少し嬉しそうな表情を覗かせる。


「でもな…君の理想は破綻してるし、この先も実現しないよ」


「えっ…?」


「知らない?隣のおっさんは、君のいない時に非暴力のデモ隊にも割と高圧的な態度を取ってるよ。そりゃもう、今にも攻撃してきそうな感じで」

「でも…攻撃はしていないんでしょう?」

「強者の脅しはね、弱者にとっては立派な攻撃なんだ。それに…」


 ガイは少し顔を引き締めて続ける。


「今の政治運営じゃ間違いなく国は荒れて、何らかの形で崩壊するよ。君が理想を叶える前にね」

「でもっ、なんで暴力を振るうのよ!

そこまでしなくて良いじゃない!」


「じゃあ君たちは、カムイを説得して自殺してもらったのか?」

「えっ…」

「革命には必ず反乱、クーデター、戦争が不可欠だ。そして革命というリセット機能なしに我々は国家という体制を維持することは出来ない…」


「って、あそこのデモの首謀者は言ってたぜ」

「えっ?あなた達は違うの?」


「俺たちは自分が良ければ何でも良いさ。だからあいつらとは合わなかった。その結果が分裂だよ」

「待って。あなた達も裕福になれるように、これから頑張るから!もう少し時間を頂戴!」

「だから君らじゃ無理なんだよ。少なくとも俺らみたいなのにまで構う余裕は無い」


「ファイン、もうやめておけ」


 隣ではギギルが今にも敵に飛びかかりそうな様子でガイを睨んでいる。


「悪いが俺たちも忙しいんだ。君らもあちこちデモだらけで忙しいだろ?もう辞めにしようぜ」

「それはつまり、これからも続けると?」

「当たり前だ」

「という事だとよ、ファイン。もうダメだ。こいつらは流石に力で抑えなくては」


「「やっちまえー!」」


「「「「「「「うおおおおおおおおおお」」」」」」」


 仲間が盛り上がる中、ガイだけは肩をすくめる。


「ふっ、どうかな。あいつらが束になってかかっても、2人のうち一方にすら勝てるのかすら分からん」


「"氷塊"」

「「「うわぁぁぁ」」」


 ギギルのたった1度の技術で、彼らの殆どが弾かれてしまう。あまり強力な技術を持つものがいないのだ。


「"投擲ダーツ"」

「!?」


 異常な速度でギギルの腹に何かが刺さる。


 ギギルの動きが鈍ったため、ファインに意識を向けるガイ。


 ファインはただ呆然としており、微動だにしない。


「おいガール、そんな所に突っ立っていたら絶好の的だぞ。"投擲ダーツ"」


 彼は元よりファインを傷つける気などなく、投擲された針は途中で軌道を変えファインの真横を通り過ぎるはずだった。しかし。


「おっと…何かヤバそうなのが来たな」


 その針を途中で完全に静止させたのは、スレイン。


「"自然加速"」


 そして静止された魔力製の針を更に強化し、逆にガイに向け放つ。


「ちっ、"球弾ビリヤード"」


 対して、正確に球を精製して針を弾くガイ。


「"神吹聖剣(リビールキャリバー)"」

「おいおいおいそりゃ反則だろ!」


 一瞬で精製された聖剣の一振りのみで、焦って回避行動を取ったガイの左足の一部を消し飛ばす。


「やっ、やべぇ、やべぇ痛え…"爆弾ボム"」


 周囲に爆発が起き、少し離れた所から野次馬を形成していた一般市民達が一斉に逃げ始めパニックになる。


「今日のところは逃げるかな。"逃亡レバノーン



 ガイは消え、その場には倒れているガイの仲間、怪我をしたギギル、座り込むファイン、そして、ただ立ち尽くすスレインだけが残った。


 スレインはファインの元にゆっくりと歩み寄る。


「ごめんスレイン、私…」

「悪い、ファイン。俺はもう、あの時の理想は叶えられないかもしれない」

「えっ…?」



 二人の間には、長い沈黙。



「スレイン殿」


 その静寂を破ったのは、思念交信メッセージの、普段より焦りを感じるハンニボルの声である。


「どうした」

「ミコル教がブワーフ地方に国を作ったらしい」

「なに!?」

「あの辺りは完全に未開で、役人すら滅多と出入りしないと聞く。ここ数日見ないと思えば…」


 スレインは手を震わせながら立ちすくむのみ。


「スレイン…」


 心配そうに見つめるファインの視線すら認識出来ず、ただ上の空。


「…コンシエンシアとか、何言ってるか分からなかったんだよ、俺達には。だから、認めるのは危険と判断して無視してきた。その結果がこれだ」


「どうすれば良いのか、もうよく分からない。なぁ、ファイン。俺達は緩くしすぎたんじゃないか?」




 再び、更に長い沈黙が、二人の間に続いた。





 ブワーフ地方北東部。ここには新たに建国された『アールカ朝ミコル』の首都ビーベルがある。


 ミコル教とは、我々の隣には常に神コンシエンシアがおり、それによって我々は日々の生活を送る事が出来ているという思想を根本に置いた宗教である。



 自然への帰依を表すとしている緑色の衣服を纏う集団の前に、同じ服を着ながらも明らかに他とは異なる雰囲気を纏う者がいた。


 この男こそ教祖のアールカ・オップファー。


 自らを『神に偶然任命された信者の代表』と名乗り、他の信者を導いている。


「本日はあなた達にお伝えする事があります。ついに我々は…」

「おぉ!やっとその時が来たのですか!」


 ある声を境にして、周囲がざわつき始める。


「まだ早いですぞ。前と同じ過ちをなされるおつもりか」


 低い声で他の信者を戒めたのは、ハス・グロールという男。熱心な信者で、周囲からの信頼も厚い。


「こっ、これは!誠に申し訳ございません!」


 その瞬間、先走ってしまった者達が深く謝罪する。


「ハスさんの仰る通りですね。確かに、私の深く思った事があなた達に伝わってしまうのは仕方の無いことです。これは天から与えられた大切な力。しかし、対話も大事ですよ。しかし、そこまで喜んで頂けるのは私としても嬉しい限りです」


 それでも頭を地に擦り続ける信者達に、彼は続けて呼びかける。


「コンシエンシア様は器の広い方々です。悪意が無いのであれば、許していただけるでしょう」


 アールカの持つ技術スキルは、『以心豊聡アウスリーテ』アールカの深く思った事が信者に共有されたり、一人の信者の言いたいことが他の信者に伝わるという信者独自のコミュニティを作る技術スキルである。勿論、信者それぞれの意志で遮断する事も出来る。


「改めて申し上げますが、私たちはついに、他国への聖戦により布教活動を積極的に開始する運びとなりました。3回夜を越して出発しましょう」


「おぉ…!」


 多くの歓喜の声が上がる。どこからともなく始まった拍手は、いつの間にか全員に及んでいた。




 シュライドは、少しずつ、しかし間違いなく、揺らいできている。その行く先は、ただ一人を除いて誰も知ることは出来ないだろう。

ご覧頂き誠に有難う御座いました。

そして投稿が遅れた事誠に申し訳ございませんでした。

今後もご愛読の程、宜しくお願いします。

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