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LASTDAY  作者: 杉田健壱楼
三章 大陸大戦
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五十七話 不穏

 新生シュライド王国、通称エカテリーナ朝シュライドが建国されて1ヶ月が過ぎた。


 カムイの独裁から解き放たれ満足する民がいる一方で、大きく変化する社会情勢に不満を募らせる者も多い。以前のように無理やり弾圧される事もないので、先帝で募らせた不満を爆発させる者もいた。


 チェルスでは大規模なデモ隊が組織されており、旗手が姿を現さないまま拡大が続いている。しかし、彼らも一枚岩ではないらしく、過激派の一部が分裂するなどの出来事も起こった。


 多忙なシュライド城では、王女エカテリーナ・ベル・アリューシアの親衛隊隊長となったスレイン・ケマルが指揮を執っている。


「スレイン様、他国への特命全権大使の人選に関してですが…」

「それは保留だ。内政を一旦落ち着かせるまでは派遣できる人材がいない」

「スレイン様、デモの状況ですが…」

「深刻ではないなら晩の集会で聞く。すまないな」

「スレイン様!第4市役所が襲撃されました!チェルスの非暴力デモ隊から分裂した過激派の犯行のようです」

「なんだと!?ギギルとファインを向かわせろ。それでも厳しいようでは俺が裁く」



(なぜだ…なぜここまで上手く行かない…)



「スレイン殿」


 彼に近付いてくる声の主は、ハンニボル。


 彼は徴税システムの調整や市場操作など経済、政治全ての指針を握る役職についており、その労力は計り知れない。恐らく多忙なスケジュールの一瞬の隙をついて彼の元にやってきたのだろう。


 しかしその顔には、疲れではなくスレインを心配するような表情が浮かんでいた。


「しっかりと寝ておるのか?顔色がよろしくないように思える」

「問題ない。倒れるほどではないのだ。それに、俺が休めばその間にも必死に働いてくれている仲間に面目が立たないからな」


 少し表情を暗くするスレイン。


「ただ…確かに疲れているかもしれない。不眠という技術の術式は確か、800時間程度で暗記できたな。なぜ今までに習得してこなかったのか…今更後悔しているよ」

「あれは無機的な技術だよ、一度習得すれば眠れなくなるのだから。いざ手に入れて後悔したという者もいると聞く。悲観的になる必要は無いだろう」


 それでもスレインの表情は依然として暗い。


「記憶と共に本来の特殊技術も思い出し、俺はまた一段と強くなったはずだ。でも今の俺は…あの時より遥かに弱い気がする。こんな男が試練で手に入れた技術スキルが王者の風格レタ・セ・モアとはな。皮肉なものだ」



「スレイン殿、そなたは…」

「ハンニボル様」


 気が付けばハンニボルの背後には、彼を待っている5.6人の役人達がいた。


「分かっている。待たせてすまない」


 彼らの方に向き直って頭を下げてから、またスレインの方に向き直って話を続ける。


「もう行かなくてはならないようだ…断言しよう。スレイン殿は今、この国で一番強い。自信を持ってくれ。しかしそうでないと、意欲のある他の若者に追い抜かれてしまうやもしれんぞ」


 去り際にスレインの右肩を叩いていくハンニボル。


「若者、か。22歳の獣人の俺と、37歳の森妖精エルフのハンニボル殿は同い年のようなものなのだがな」



 スレインやハンニボルが多忙な一方で、暇を持て余す者もいた。


 王城シグレノンにある自室のソファに寝転がって意味もなく手遊びをする、オズワルド・スプラウトである。


 彼は当初こそ暴君打倒の立役者として民から人気があったものの、荒々しい性格や品のない発言で印象は悪くなり、また対人戦闘以外での活躍は期待出来ない為こうして城で野放しにされているのだ。


 唯一の役割といえば、身分の低そうな訪問者に面会する程度。


 最初は多くの人々が苦情や希望を伝えに訪れたものだが、こちらもオズワルドの高圧的な態度のせいか今となっては来訪者などは滅多と来ない。


 デモの一派も来たことがあったが、オズワルドを見て一目散に逃げていった。


「暇だなー。そりゃ俺が悪いけどよー。別にビビらせるつもりもねぇの伝わんねぇのかな…」

 この通り、本人は"普通"の対応をしているつもりなのだ。なぜ皆に恐れられるのか理解していないのである。


 ここで、久しぶりに呼出音が部屋に鳴り響く。


「おっ、来たか」


 オズワルドはベットから飛び起き、着地する前に…


瞬間移動テレポート


 一瞬で訪問者の真横に飛び、勢いよく着地した。


 若い男性2人のようで、彼らには驚きの表情が浮かんでいる。片方は半悪魔で間違いなく、もう一方は黄色い肌に、微かに天使特有の気配を感じる。


「どうしたんすか?まぁ中に入ってもらって、要件聞きますよ」

「あー…はい…」


 扉が閉まり、外の喧騒とは無縁の空間になる。


 オズワルドが客室の方へ歩いて行こうとするが、2人の男はその場から動こうとしない。


「あれ?どうしたんすか?」


 手前の、天使と黄色人間のハーフらしき男が答える。

「僕達はここで良いんです。ただ1つお聞きしたい事があって…」

「なんすか?」



 しばしの沈黙。



「あの…アイリス・クヴァールという女性がいたと思うんです。恐らくカムイの侍女じじょとして働かされていたはずなんですが…今もここにいるのでしょうか?」


「ん?あぁ…俺が殺したよ。

正確には、カムイを庇って死んだんだけどな。まったく、バカな女だ。咄嗟の行動は殆どの場合洗脳は関係な……どうした?」


 質問をした男は俯くのみ。しかし隣にいる半悪魔の男は、気が付けば激高している。


「…カミーユ、待て」


 俯いた男は、震えている声で静止する。


「"歪曲"」


「!?」


 異常な音が鳴り響き、気付けば、オズワルドの右腕は歪な形にねじ曲がっていた。後からその音が腕の骨が折れる音であると気付き、今まで体験したことの無い激痛が走る。


「ぐあああああああああああああああああ!!!」


 続いてオズワルドの悲鳴が鳴り響く。やがて彼の首は少しずつねじれてきて…


「カミーユ!やめろ!」


 しかし、俯いていた男が涙をためた顔を上げて諌めた事で、カミーユと呼ばれた男は我に返って力を弱める。


 カミーユは、罪悪感からかオズワルドの目を見ることなく話し始める。


「すまなかった。あんたはカムイを殺そうとしただけなんだろう。でも俺達の…いや、ロイエの気持ちも分かってくれ」


 唐突な激痛のせいで殆ど相手の言ったことを聞き取る事も出来ないオズワルドは、興奮して反撃を試みる。


「貴様…何を言っている…!精製"!」


  残された左手に拳銃を生成する。しかし…


「"崩壊"」


 途端に拳銃は霧散し、オズワルドの意識が一瞬飛ぶ。


 気付けば、ほんの一瞬の隙に2人は消えていた。


 瞬間移動テレポートでも行使したのだろう。


「どうなってんだ…あんなわけの分からねぇ技術があるのか…?」


 激痛は続いているが、それより彼は先程起こった出来事にひたすら困惑していた。




「あっちゃー、これは派手にやられてるねぇ」


 城の管理人で、掃除や怪我の治療を任されているアイナ・モンテッソーリですら、オズワルドの怪我は手に負えないようである。


「これは再生魔法持ちじゃないと治せないかなぁ。ただ単に折れてるだけなら良かったけど、びっくりするくらい変な形になってて、一部が砂上になったり溶けたりしてるのよ」

「ということは…」

「うん。ここまで高度なのは固有技術でないと無理。再生技術持ちなんて噂すら聞いた事が無いから、私達には手に負えなさそうね」


「どのような相手だったのだ?敵になる可能性は?」


 先程急遽駆けつけてきたスレインが問う。


「それがよく分からないんすよ。2人組だったんすけど、カムイを庇って死んだアイリスとかいう女いたでしょ?あの女の事を聞いていて、殺した、っつったらこんな事に…」


 オズワルドは相変わらず理解が追いついていないような表情だが、スレインはすぐに察しがついた。


「バカか貴様!」

「えっ?…はい」

「恋人、血縁、親友のいずれかしか考えられないだろう!もう少し死者を悼んで言い方を考えろ!」

「ほんとに、なんでこんなにバカなんだろねぇ。バカ役はギスコで十分なのに」


 アイナも呆れるしかないといった様子である。


「しかし、いきなりそのような攻撃を受けたのは災難だったな」


 ひたすら責め立てるのではなく、オズワルドの事も気遣う。コミュニケーション自体が苦手だったスレインが、この1ヶ月で成長した点である。


「それにしても、国内にそのような技術を持っている者がいるとは…場合によっては今回の件で敵に回したやもしれん」

「なんかすみません…」


「ま、起きちゃった事は仕方ないでしょ。オズ君はもう少し態度に気を付けることね。わかった?」

「お、おう…」


 その後3人は各々の仕事(といってもオズワルドに大した仕事はないのだが)に戻り、その後の会議でも『警戒』という程度の結論で終わってしまった。




「ロイエ、お前どうした!?」


「…」


「カミーユ!彼女は!?」


「…死んだらしい」


「「「「「……」」」」」


「まずは追悼しましょうか」




「ロイエ、この件で実行する気になった?」


「…いや、ダメだ」

「なぜ? あなたが作った組織でしょう。何の躊躇があるの?」

「ダメだ。カムイは死んだ」

「そうね。私達が反乱を起こす予定だった日の前日の晩に殺されたわ。そのまま1ヶ月、あなたは手段を選びすぎた。その結果がガイの離脱じゃないの?」

「僕の役割は終わった、いやそんなのなかったんだよ」

「じゃあなぜデモの旗手を降りようとしないの?私達に"解散"と一言告げられないの?」


「それは…」

「今の政治運営は心許ないわ。あと10回夜を越す間に、ミコル教辺りが独立して国を作るでしょうね。そうなったらこの国は少しずつ崩れていって、べッジハード辺りにでも攻められて滅びるんじゃない?」


「待って。そんな誘導するようなやり方は好きじゃない。僕はロイエの本当の正義に従いたい」

「その通りよユーリ。これは誘導。だって、声を上げるだけでは何も変わらない。押さえつけが弱いだけだもの。新政府中核で最も体格に優れたギギルが定期的にデモの中止を命令してくるのは何?ここで断ったりすれば攻撃されるかもしれない。反撃すれば報復で全滅させられるかもしれない」


「その時は、俺が敵を曲げてやる」

「そのやり方で何が残るの?ただの暴力で終わってしまう。カミーユの言っている事はカムイと大して変わらないわ。


今の政治体制では軍事力に経済力が追いつかなくなって、民主主義のメリットが何一つ生かせずに終わる。

仮にどこかの宗教が国を乗っ取ったとしても、他の宗教と対立して内部崩壊する。

もしべッジハードなんかに征服されたら、軍国主義と差別思想を植え付けられて完全なコロニーと化す。


それなら…私たちがやりましょうよ。ロイエの技術スキルは全て国の運営に向いてる。あなたは1人で国の多くを賄う国王として救世主になる事が出来る。それを運営する為の人員も、あなたの審美眼ギフテッドサイトでこんなに集まったじゃない。特に固有技術を持っている者は、本能的にその力を振るいたくなる。皆も例外ではないはずよ」


「はい!あたしさんせー!」

「まぁ、自分はロイエに委ねるっス」



「でも、グレイは…」

「そうね。グレイには決めてもらわないといけない。どちらに着くのか」


「……私は、オリジン様に仕えていた者だ」

「そうね」


「…でも、今はお前たちが仲間だ」

「そうかもね。だからあなたの好きなようにするべきよ。いくら有能であっても、作戦に組み込んだ時に重要な場面で戦えないようでは使えないわ」



「私は…」

3章 シュライド動乱編はここから盛り上がっていくことでしょう。本作はキャラの深掘りや細かい政治描写、技術(スキル)など既存の概念の追求といった新たな挑戦に向かいますが、それに合わせて暫くは更新日を不定期→基本日曜(+稀に水曜)に変更しようと考えています。これからもよろしくお願い致します。

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