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LASTDAY  作者: 杉田健壱楼
三章 大陸大戦
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五十四話 想い出

 彼女は、とてもやんちゃな姫だった。


 領主の息子スレイン・ケマルは、最近よく森をうろついている。奥に行くと川があるが、その川の真ん中に結界が貼られていて、それ以上は進めない。


 今日も引き返そうと思ったが、結界に阻まれた向こう岸に女の子の姿が見える。こちらには気付いていない。魚釣りをしているようだが、その幼いながらも魅力的な雰囲気に惹かれ彼は見入ってしまう。


「えーっと…君は何してるの?」


 そう言われるまで、彼は呆然と彼女を見つめていた。


「あ、ごめん!」


 すると女の子は意地の悪い顔をする。


「もしかして…見とれてた?」

「え…うん」

「…‼︎」


 正直な返答に一気に頬を赤らめる女の子。


 気まずい沈黙。


「君も魚釣り、してみない?」


 先に沈黙を破ったのは、まだ若干頬の赤く、真っ直ぐこちらを見られない女の子のほうだった。


「その竿はどうやって作ったの?」

「魔法よ。竿くらいなら精製技術で作れるわ」

「嫌だよ。技術習得めんどくさいし。僕は魚より肉の方が好きだし」

「むっ、あんたベル家の統治下の貴族でしょ!ベル家の娘の私に従いなさい!」

「えっ…王族…?でも王族の娘として、こんな所で釣りしてていいの…?ですか?」

「……抜け出して来てるなんて言えない」

「なんか言った…?ましたか?ちょっと遠くて聞こえません!」

「何も言ってない!良いからこのエカテリーナ・ベル・アリューシアと一緒に釣りをしなさい!」


 腰に手を当て、壁の向こうの自分に指を指す彼女の姿は、それでもスレインの目には神秘的に映った。


「姫様、朝のお勉強のお時間ですよ」

「はいはーい、それじゃあジルさんは外で待っといて」

「分かりました。また昼頃に来ます」


 ドアが閉まった瞬間。


「"欺視"」


 この部屋には監視魔法が効いているのだが、エカテリーナは既にダミーを流せる技術を習得していた。


「"潜抜"、"隠密"」


 更に、壁をすり抜けて隠密で気配を悟られずに外に出る。こんなふうに、彼女はよく脱走していた。


 エカテリーナはいつも通りの小川へ向かう。


 そこには、先客として最近身長が大きく伸びた獣人の男の子がいた。


「おはよー、スレイン」

「おはよーって…普通はごきげんようとかじゃないんですか?」


 無表情のスレインに、彼女は頬を膨らませる。


「うるさい!良いのよ私は!」


 そうやっていつも通り結界を挟んで向かい、それぞれの竿を見つめる2人だったが、いつにも増してエカテリーナの視線に落ち着きがない。


「リーナ姫、髪がちょっと短くなりましたよね」

「!?」


 突然求めていた言葉が出てきて驚くエカテリーナ。


「き、気付いてるなら最初に言いなさいよ!」

「別に大して変わってないので、そんな最重要じゃないと思いまして」

「へー。どうでもいいってわけ?」

「ええ。あ、あの…顔が怖いんですが…」


 昼時になると、エカテリーナは城に帰らなくてはならない。


「そろそろ時間ね。そういえばスレイン、最近技術の特訓してない?前より強くなったように思えるわ」

「えっ、よく分かりましたね」

「これでも私、人を見る目はある方なのよ?その強さでもまだ私には遠く及ばないけどね」


 得意げな顔をする彼女に、スレインは少し不満そうだ。


「戦った事ないのになんで分かるんですか」

「分かるわよ。でも…」


 彼女は、水に足を浸し結界で仕切られた所まで駆け寄り、結界に手を当てる。自然とスレインの身体も吸い寄せられ、結界に手を当て彼女の手と重ねる。


「前までの君なら、こんな事したらすぐに流されてたのにね」

「過去の事なんて言わないで下さいよ。僕も強くなったんです」

「早くもっと強くなって、兵士としてこっちに来てね」


 見つめ合っていた状態からスレインが少し目を逸らし、何かを言おうとする。


「……はい。あなたを守れるくらい強くなります」

「ふーん。じゃあね」

「えっ」


 取り残されたスレインは、思いの外薄い反応に困惑していた。


「くぅぅぅ…」


 城に帰ったエカテリーナの顔は、真っ赤だが機嫌は悪くなさそうである。


 夕飯前、ハンニボルやギスコに偶然遭遇したエカテリーナは、少し食い気味に二人に質問した。


「いえいえ、姫様はとてもお美しい方ですよ。今のままで良いのです」


 最近、自分は気が強すぎてスレインには似合わないのでは無いだろうかという不安があるのだ。


「そうかー?俺はやっぱ穏やかな女の子の方が良いと思うけどな。その相手も…いでっ!」


 ハンニボルはギスコをかなり本気で殴り、誤魔化すような作り笑いをする。


「ちなみにどういう男性を惚れさせたいのです?」

「口数の少ない獣人の男の子よ」

「獣人…」


 それを聞いたハンニボルの顔が、唐突に歪んだ。


「あ?どうしたんだボル兄さん。獣人の恋人なんて心強えじゃねぇか」


 彼女は心を痛めると同時に、必ずハンニボルにもスレインを認めさせると決意した。


 その後スレインは正式にベル王国の精鋭兵として雇われる。政治が下手な王が病に倒れ実質の権力を長女のエカテリーナが握って以降、ベル王国は大陸南部において急速に勢力を拡大。ついにハインリヒ領に次ぐ大領土となった。


 そして南部最大勢力のハインリヒ領とは同盟を結んでいる。領主ハインリヒ・オリジンはその人格からして先に裏切る事など殆ど有り得ないからだ。


「ごきげんよう、スレイン。今日はあなたの大事な儀式です。心しておいてください」

「かしこまりました。最善を尽くします」


 その日はスレインの一級戦士昇格の儀式があった。


「敵襲です!」


 その一声は、儀式の準備を進めていた会場全体に響き渡った。困惑の声が上がる中、エカテリーナは問う。


「な、なぜ…どこの領土の方ですか?」

「それが、ハインリヒ様という情報が…」

「オリジンさんが…!?そんな筈がありません!」

「恐れながら、ハインリヒ領へ出張に行かれたハンニボル様のお帰りも遅いのです」

「なんと…」


 その瞬間、城を囲む障壁が破られ警報音が鳴り響き、スレインの顔も険しくなる。しかし彼はエカテリーナに向き直り、何かを覚悟した表情をする。


「リーナ姫、あなたは俺が守ります」

「私も戦います!」


 スレインは逡巡するものの、結局自信なさげにこう返す。


「…もしかしたら頼る事になるかもしれません」


 城の一番高い窓から外の様子を見下ろすと、何人か見覚えのある顔ぶれだった。


「!?」


 一人は、ユニコーンに乗っている領主のハインリヒ・オリジン。


 一人は、何の装備も持たず身軽な男、グレイ・フラン。


 一人は、半獣人らしさのある毛を逆立てた巨漢、ギギル・アショーカ。


 そしてー人、味方のはずのハンニボル・ルール。


 いずれも名前は知っているし対面した事はあったが、技術や身体能力の詳細は殆ど知らない。


 そう、彼はハンニボルの技術すら知らなかったのだ。


「まさか、娘や弟達がいるのに裏切りか…?この為に今まで技術を秘匿していた…?バカな!」


 歯を食いしばったスレインは、怒りに身を任せ敵軍の中枢の方へ突っ込む。


「"絶対障壁"」


 しかしスレインの突貫は、ハンニボルの技術によって抑えられる。オリジンを含む数人は彼の障壁によって完全に守られているのだ。


(これがハンニボル様の技術…)


「"旋風爆発ストームフレア"!」


 周囲の敵は一瞬にして吹き飛ぶが、障壁の中に入っている数人だけはビクともしない。


「"概念無効化コンセプトデバッファー《風》"」

「!?」


 グレイが技術らしきものを唱えたが、特に何も起きない。気にかけながらも、スレインは次の攻撃に移る。


「"神吹聖剣(リビールキャリバー)"!」

「なぜですハンニボル様!なぜ裏切ったのですか!」


 そうスレインが問いかけた時、なぜかハンニボルは困惑するような表情を浮かべた。


(どういうことだ…?)


 その瞬間、スレインの技術が一気に消え去った

・・・・・


「!?」


 これには流石の彼も動揺を隠しきれない。


旋風爆発ストームフレア神吹聖剣(リビールキャリバー)風の魔物(ダークガスト)!…なぜだ、なぜ発動しない…」


 戸惑うスレインに、ギギルが容赦なく氷塊をぶつける。


 魔法が使えないスレインは、一方的に攻撃を受けるのみである。技術の訓練ばかりしてきた彼には、これを耐える体力もなくすぐに気絶してしまう。


 スレインが目を覚ますと、そこには見知らない…はずの男がいて、隣には見覚えのある…はずの姫がいた。


 しかし彼の認識にはモヤがかかり、彼が口にした名前はー


「主君カムイ様、私があなたをお守りいたします」

ご覧頂き有難う御座いました。

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