五十三話 新時代
スレインが新たな技術を獲得した頃、カムイはやはり多くの美女に囲まれて酒を飲んでいた。
「エカテリーナ、アイリス。大陸を統一すれば、お前たちにも領土をやろう。その代わり、二日に一度は俺の元に通え」
「「有難き幸せでございます」」
エカテリーナとアイリスはカムイのお気に入りで、エカテリーナに至っては付き人にするまでの寵愛っぷりである。そして他の五人の美女は、貼り付けた笑顔の裏で強い嫉妬の念を抱く。特にアイリスに対しては人間、それも黄色への差別意識も混ざったタチの悪い敵対心が向けられている。
部屋にはいつも通りハンニボルとファインが待機しており、スレインの代わりとしてギギルもいる。
「カムイ様」
「おお、入れ」
すると、メイド長のアイナが王室に入りこう言う。
「宴会の準備が整いました」
「よし。それでは始めようか」
ハンニボルは困惑する。
「スレインをお待ちになられないのですか?」
「どうせ死んでいるやつを待って、俺の夕飯を遅らせるつもりか?」
「…失礼致しました」
カムイが到着した時には、スレインとオズワルドを除いた全員が既に揃っていた。
カムイはエカテリーナとアイリスに挟まれる形で席につき、その瞬間何も言わずにあらゆる料理に手を伸ばし、口に運ぶ。そしてカムイが何かを口にするのを合図として、皆の食事も始まる。
基本的に彼らの食事は、カムイの咀嚼音を除いて殆どまともな音がしない。しかし突然、カムイが口に食べ物を含んだ状態で発言する。
「そういえば、シュライド祭の準備は進ー」
唐突に、カムイの隣にいたアイリスが彼に覆い被さる。
刹那、輪ゴムを飛ばしたような微かな音。
一発の銃弾が、アイリスを貫通してカムイの左胸を貫いた。
吐血。口に含んでいたものと、血が混ざって、カムイとアイリスの体に撒き散らされる。
誰かの悲鳴。
「ア…イリス…」
カムイは状況に理解が追いついていない大勢の重臣に囲まれながら、孤独に死んだ。
弾は椅子、さらにレンガの床にすら穴を開け、熱を発していた。
625m先。狙撃魔法の術式を発動させたオズワルドに、隣の男はこう言う。
「よくやった。これからは、俺たちの時代だ」
「スレイン様…何やってんですか!俺がどんだけ待たされたことか…」
試練から無事戻ってきた上司に、オズワルドは文句を垂れつつも安堵の表情を見せるが、すぐに違和感を覚える。
スレインが、驚愕して言葉が出ないといった顔をしていたからだ。
「…それなら、最初にやる事は一つだ」
「どうされたんすか?」
「オズワルド、すまんが協力してもらう」
「え?」
有無を言わさず、スレインはオズワルドの頭部に手を乗せ、こう唱える。
「王者の名のもとに、我が重臣となれ」
オズワルドも、驚愕の表情を浮かべる。
「そうか。俺たちは…カムイ様、いや、カムイに…そうか…」
「まずはあいつを殺さなくてはならない。 先程の魔法で、お前の力は以前より格段に強くなっている。しかし接近戦は他の者もいるので困難だ。狙撃を頼む」
「御意」
そうして二人はエリカに見送られ、《王者の風格》で身につけた飛行魔法により関所を通らずに本国へ入り、国内で最長のカイザー塔の頂点に降り立ってシュライド城を見下ろす。
オズワルドは技術で狙撃銃と、遮蔽物が透けて中身が見える特殊なスコープを精製した。スコープを付けるとピントを合わせ、ちょうどシュライド城の中身が透ける所で止める。
「あいつが、俺を、操ってたのかッ」
声は震えているが、手の震えは一切ない。照準は勝手にカムイの左胸に合わさる。
スレインも、それが見える。オズワルドの視界を共有しているからだ。スレインの手は震えている。
「俺自身の仇、死ね!」
その瞬間、スレインは不自然にアイリスの体が動いたような気がした。
「待て」
と言った頃には、オズワルドは既に撃っていた。
弾はアイリスを貫通して、確かにカムイの左胸を貫いた。この弾は触れるだけで身体中を蝕む。助かる筈もない。 スレインは、カムイを殺せた事を喜ぶと共に、ひどく困惑していた。
「…きっと彼女は、何かの技術持ちだったんだろう。それこそ、殺意を察知できるような。なぜだ…ヤツを殺せたというのに、なぜこんな…」
「庇ったあの女の自己責任です。スレイン様が気に病むような事ではありません」
「貴様…!」
オズワルドの人格は分かっているつもりだが、これにはスレインも反応してしまう。
「…いや、悪い。なんでもない」
「スレイン様…」
彼は街明かりに照らされた空を呆然と見上げ、オズワルドにこう言う。
「よくやった。これからは、俺たちのー」
複数人の悲鳴。駆け寄る者達の足音と困惑する声。騒がしくなる城。しかし、ハンニボルを筆頭に皆がピタリと動きを止め、苦しそうに倒れ込む。
洗脳される前の記憶が一気に戻ったが、その処理がし切れていないのだ。しかし、情報処理加速系の技術を持っている者は意識を取り戻すのが早い。一人立ち上がったユイリィ・ミケディデスは、急に思い出された残酷な記憶に再び悲鳴を上げる。
スレイン達が城に着いた頃、ちょうどハンニボル達も起き上がろうとしている所だった。
「ハンニボル、記憶は戻ったか?」
「スレイン…」
「記憶操作されてたのか、俺ら…」
誰かの呟き。
起き上がった者達の一部は、迷うことなくとある人物の元に集まった。隣にあった王の椅子に手をかけ、ちょうど今起き上がった人物の元へ。
スレインは彼女にこう言う。
「ご無沙汰しております。エカテリーナ姫」
ご覧頂き誠に有難う御座いました。




