五十二話 闇の試練
目を開けると、怪物。真っ白な視界の中に、ひたすら大きい混沌とした見た目をしたものが鎮座している。
「きもっ...」
スレインは祭壇で意識を失い、気が付けばここにいたのだ。
「貴様が我に挑む者か。我、闇を掌りし暗黒神メアである。貴様は獣人の風属性。闇属性も持っているようだが、なぜ闇の試練を受けに来た?」
「我が君からのご命令だよ。死んでこいって事なんだろ」
「貴様は力を求めるのではなく、ただ死にに来たのか?答えよ獣人」
スレインは挑発的な笑顔でこう返した。
「んなわけねぇだろ。あそこで君に牙を向くよりか勝算があると思ったから来た」
「なら貴様はこの試練で何を求める?」
「速さとパワー。それに、この試練を受ければ何かが大きく変わる気がしたんだ。そのカンに従ってきたってのもある」
暗黒神メアは嘲笑いながらスレインにこう言い放った。
「先程から貴様は一体何様のつもりだ!烏滸がましい。まして下等種である獣人風情が、最高峰の神族に対してその態度。万死に値する!!」
「へっ、やろーぜ神様ー!!!」
いつもの無表情とは程遠い、歪んだ笑顔。彼は好物の魚を食べて興奮しているのだ。
「"風力防壁"」
激しい風がスレインの前を吹き荒れ、メアとの間に壁を作る。相手の技が全く分からない以上、防戦に回るしかないのだ。
『『『邪蛇足』』』
召喚された無数の蛇がスレインを襲おうとするが、何重にも張り巡らされた風の壁にかき消される。
「チッ、一回で防壁の殆どがやられやがった」
すかさず次の技が来る。
『『『暗黒球体』』』
「"暴風"、"瞬間加速"、"風に乗る者"!」
立て続けに技術を発動させ出来る限り術式の有効範囲から距離を取ろうとするスレイン。しかしすぐに術式は発動し、流石の彼も引っ張られる。
「ふん、防戦一方では勝てないな…瞬間加速」
一瞬でメアと距離を詰め、暗黒球体に吸い込まれそうになりながらも攻勢に出ようとする。
「"風刃"」
無数の透明な刃がメアに命中するが、まるで効かない。
「"竜巻"」
メアの全身に小さな竜巻を起こし風刃の威力を上げようとするものの、これも無効。
「"瞬間加速"、"風聖剣"」
一度距離を取り、手持ちの剣を作って再び距離を詰める事でメアに物理攻撃を仕掛けようとしたのだ。
しかしその瞬間、メアの身体は実体が無くなり、物理攻撃が通らなくなる。そればかりか、再び実体化したメアに左腕を捉えられてしまう。
「チッ」
「この程度か?」
「んな訳ねぇだろ。現実じゃねぇんだから左腕くらいくれてやる」
スレインは自身の左腕を風刃で切断し、代わりに竜巻を纏った。そのまま加速し...
「"風龍拳"」
周囲に爆風が起きる。少しメアが仰け反ったように見えた。
スレインはすぐに距離をとり、すぐに大量の風刃を放つ。
(刃の速さが、長さが、鋭さが足りねぇ。俺はまだまだ行けるはずだ…)
彼の強みは、神でも捉えきれない速さと、獣人ゆえの圧倒的な体力。
回避、風刃をひたすら繰り返す。その度に風刃の強度と速さは上がり、しかし息は上がる事を知らない。メアも、それらの攻撃を難なく弾き返す。
「いつまで続ける気だ獣人?」
十時間経過しても、戦いは続いている。スレインはより速くなり、もはや神ですら目で追うのが精一杯である。
「…あんたが俺を認めるまでだ」
「十時間戦っていても上がり続けるスピードは認めてやろう。しかし我はお主が気に入らん...」
刹那、スレインはメアの説明の途中で何と攻撃を仕掛けた。
「!?」
「俺は…媚び売ってクリアするなんてダセェ事はしたくねぇ。力だけでクリアしてやる!!」
「愚かな」
それからまた二時間。流石のスレインも息が切れてくる。『自然加速』という応用の効く固有技術でエネルギー消費を逆加速させてはいるものの、無尽蔵という訳では無い。更に二時間経過すると、加速が完全に止まり、少しずつスピードが落ちてくる。やがて彼の動きは目に見えるスピードまで落ち、体力も殆ど無くなってしまう。
「速さが落ち始めてきたな、獣人。貴様の速さは我がやりあった中でマキの次に速かった事を認めてやる。誇りに思うが良い。さぁ死ぬが良い」
そう言って、メアは大きな紫色の魔法陣を複数展開、詠唱を始めた。スレインは直ぐに回避行動を取ろうとした。だがスレインは動くことが出来ず、力の源となる風はなく作る余力もない。
「我暗黒神メア、最高神ユリに宥恕を強く欲するところなり。おのが才を極限まで引き出ずんば、天翔ける力となるべし。飛翔死還!!!!」
メアが放つ飛翔死還は消滅大砲の上位互換の魔法であり、触れたあらゆる物を消滅させ、生物であれば肉体が消滅した後、更に魂をも消滅させるという代物である。
即ち、飛翔死還を喰らえば現実の体も消滅するのである。
スレインは死が近づく中傍白する。
(この戦闘で俺は強くなったことで、まだ何かやり残した事がある気がしてきた。そうだ、何かを忘れている。何かを、誰かを…)
「まだ死ねねぇな…空気よ!俺に力をくれ!」
風を操るスレインだが、空気を力の源にした事など無かった。しかし今、技術が覚醒したのだ。
飛翔死還が迫る中スレインは一瞬で射程外に逃げ、しかしすぐに倒れ込む。飛翔死還は遥か向こうへ飛んで行き、やがて見えなくなった。
「最後の力を搾り切ったな」
「…くっそ、まだ足りない、か」
閉じそうになる目を必死に開けていると、走馬灯が脳裏を過ぎる。そこには、なぜか彼が体験した事の無いはずの記憶もあった。
その時メアの口が動いた。
「もう良い、認めてやる、合格だ」
スレインは虚ろげながらもはっきりと目を開ける。
「…あ、やっと、か」
「長時間の戦闘を耐え抜く忍耐力、風神マキに次ぐスピード力、そして最後の死を覚悟した潔さ。これが我が合格にした理由だ。最後の極限でよく風魔法の根底である...」
「長話もいいけどよぉ...そろそろ俺...」
スレインはそう言い残し、気絶してしまった。
「風魔法の根底と真髄を教えてやろうと思ったのだが...まぁ良い。合格は合格だ。遺跡に戻ったら自分にどのような能力が身に付いてるか分かるだろう。また逢える時を楽しみにしておるぞ」
スレインは祭壇の入り口で目が覚めた。
「終わったのか。俺が手に入れた技術は…"《王者の風格》"?なんだそれ」
そう呟いた瞬間、スレインの脳内で何かが起きた。全ての縛りから解放される感覚。まさに、何の縛りも受けることのない王の如く。
スレインは、先程の戦闘の疲労は除かれているにも関わらず、激しく嘔吐した。
「…そういう、事だったのか」
それから暫く、彼は祭壇の前で佇んでいた。
ご覧頂き有難う御座いました。




