二十七話 戦友
アルバートの葬儀が終わり、イーブルは政庁へと戻った。コーアンが忙しそうだ。
「手伝おうか?」
「いや、お主にはお主の仕事があるであろう。私のことはいいから自分の仕事をしてくれ」
確かにそうだ。すっかり忘れていたが、イーブルには仕事があった。
「しかしこんな様子では...」
「大丈夫だ、なんとかなる」
疲れた顔のコーアンを見て、イーブルは心が痛んだ。キースが手伝っているはずだが、それにしても膨大な量だ。とにかく人材不足がひどいことをイーブルは痛感した。
しかし、今はとにかく、今は自分の仕事が優先である。
「わかったが、辛くなったら言ってくれ。お前を失うのは大きな損失だ」
イーブルはそう言い置くと、自分の仕事に取り掛かった。コルットラー王国へ出向かなければならないのだ。コルットラー王国はメテオにとっても重要な国、いや、国というよりもその土地が重要なのだ。早速イーブルはコルットラー王国へ向けて出発した。
「憲政メテオ連邦宰相、イーブル・クロックだ。親善大使として参った」
ホムズが応対する。
「これはこれはイーブル殿、私はホムズと申します。遠路はるばるようこそおいでくださいました。同じベッジハード帝國を宗主国に持つもの同士、共に力を合わせて発展していきましょう」
イーブルは腹が立った。コルットラー王国から見ると我らはベッジハードに従属しているように思われているのか。確かに同盟の時期や、国力の差などからそう見えるのも仕方がないかもしれないが、イーブルの誇りは傷つけられてしまった。しかし、感情を顔には出さない。ここでコルットラー王国との関係が悪くなるのはなんとしても避けたかった。
「ええ、共に協力して発展していきましょう。ところで、王に謁見したいのですが」
「王は今体調を崩しております故、本日はお引き取りくだされ、後日また、今度はこちらから出向きましょう」
「そうですか...」
ホムズの言葉に嘘がないことはイーブルにはよくわかっていたが、それでも腹の虫はおさまらなかった。
「くっ、我らはやはりベッジハードに従属した国と思われていたか、王への謁見も叶わなかった。だが、随分と人の良さそうな外交官であったな。協力体制は割とすんなりと整いそうだ」
イーブルはそう思い、機嫌を直した。
馬車に揺られていたイーブルは、ふと思い出した。
「確かこの辺りの山に私の戦友が住んでいるはずだ。少しよってみようか」
馬車から降りたイーブルは山へ入った。うっそうとしており、山道はない。
「よくこんなところに住もうなどと思ったな、あいつも気が狂ったのか」
愚痴をこぼしながら進む、実はイーブルは戦友の家へ行ったことがないのだ。山登りごときで大したことはないだろうとたかを括っていたが、イーブルは迷ってしまった。
「やれやれ...こんなことになるならあいつからもらった地図をちゃんと読んで持ってくるべきだった。そもそもこの山かどうかもわからんし、あたりも暗くなり始めた。魔物が動き出すから、さっさと降りたほうがいいな」
そう言い山を下ろうとした瞬間にイーブルに声をかけたものがいる。
「イーブルか...?随分と変わったもんだな。今日は俺に会い来たのか?」
落ち着いた声であった。それは20年前、共に戦場を駆け巡ったあの男の声と一致していた。
「テイラー!お前、やっぱりこの山であっていたのか。あの置き手紙以降何一つ連絡をよこさないもんだから随分と心配したんだぞ?」
テイラーと呼ばれたその男は、細身の長身の男だった。力が強そうには見えないが、これがイーブルの最も信用した戦友である。
「20年も会いに来なかった貴様に言われたくはないな」
イーブルは苦笑しつつもかつての戦友との再会を喜んだ。
「まあとにかく、今日はもう遅い、ここからもう少しすると私の家があるから今日は泊まって行くといい」
「ありがたい、そうさせてもらうよ」
「兄上、お帰りなさい。そちらの方は?」
「レイズ、ただいま、これはイーブルと言ってな。私の元戦友だ。お前にも何度か話したことがあるだろう」
「ああ、あのイーブル様ですか。どうぞお入りください。私はレイズと言いますイーブル様のお噂は兄がよくしておりましたので、名前だけは存じております」
「そうかい、よろしくな」
「テイラーに妹がいたとは、知らなかったぞ」
レイズに聞こえないように囁く。
「私より20歳も歳下だからな、お前が知らないのも無理はないさ」
20年というと、テイラーがイーブルの前から姿を消した時期と一致していた。
「なるほどな、確かにそれなら俺は知らんか」
他愛のない話をしながら部屋に着くともうすでに料理が用意されていた。
「来客があるとは知りませんでしたので2人分しかご用意できていません。兄上達が先に食べていてください。私は自分の分を作ってきます」
レイズはそう言って台所へとかけていく。
「悪いな」
「なに、構わんよ。それより、何か用があるんじゃないのか?」
テイラーはイーブルの来た真の理由がわかっていた。
「流石にテイラーには敵わん。そうだ、今回は折り入って頼みがある。メテオに帰参してくれないか?」
「断る」
即答であった。
「俺には妹もいる。俺は妹を守ってここで生活すると心に決めたんだ。それに、もう2度と戦場に立たないと誓った」
「誰に誓ったんだ」
「家族にだ。昔俺はお前と一緒に戦場に出て、その間に街が攻められて家族を失った。お前もそうだろう。歳の離れた妹と、父と母を失っただろう。俺の妹が助かったのは運が良かったとしか言いようがない。もうこれ以上家族を失いたくないのだ」
「何もお前1人だけが戦場に立つだけならレイズは死なずに済むだろう。レイズは俺が王都に送って面倒を見てやれる。王都が侵略されることなど万に一つも可能性があるだろうか。それに、私にはお前の力が必要だ」
「必要としてくれるのはありがたいが、もう戦争は懲り懲りなんだよ」
「お前がこの小屋で一生を過ごしてなんになる?確かにお前は安全かもしれないが、民は違う。今は戦争は起こっていないが、近いうちに戦争は始まるのだ。その戦争を収めるには武力統一より他にない。お前がこの小屋から出て、天下のために尽くすことこそ戦争を無くす唯一の手段だ」
テイラーは黙りこくった。
「お前は逃げているだけだ。あの頃のテイラーはどこに行ったのだ。覇気に溢れ、未来への活力が湧いていたあの頃のテイラーは...」
「そんなもの、20年前に置いてきたわ」
テイラーのそれは悲しい響きを伴っており、それ以上イーブルも追及する気にはならず、どんよりとした空気が流れた。
そこでレイズが戻ってくる。
「この葬式みたいな空気はなんですか?何かあったんですか?」
イーブルがレイズにことの顛末を話すと、レイズは飛び上がって喜んだ。
「それはいいですわ!兄上、こんなボロ小屋からはとっとと出て行って王都に向かいましょうよ。あ、イーブル様、私も仕えさせてくださいね。これでも山の動物達の傷を癒したり、兄上が怪我をしたりした時に治したりするぐらいの治癒魔法なら使えますから」
「ほう、そうなのか、確かに我が軍には治癒魔法を使う者はおらん。どの程度の実力なのかはわからぬが、話を聞いた感じだと訓練をすればかなり使えるようになりそうだ」
「ま、待て俺は仕えるとは一言も...」
テイラーの言葉にレイズは聞く耳を持たない。
「何言ってるんですか。兄上は能力だけはあるんですから使わないのは勿体無いです。折角のお誘いなので受けて損があるはずがないでしょう」
何も言い返せないテイラーを見てイーブルはゲラゲラと笑った。
「妹の尻に敷かれているのか、ご愁傷様」
テイラーは怒って自室に帰ってしまったが、レイズは機嫌が良かった。
「明日の朝には出発しましょう。王都、楽しみです」
「そうだな、あいつは強引に連れていけば良いか」
かくして、イーブル達は眠りについた。明日の朝出発である。
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