虻蜂取らず鷹の餌食
昨夜の雨が嘘のような青空。
水溜りを避けつつ、通い慣れた山を散策する。
在庫の切れかけた「やくそう」を取るためだ。「やくそう」と一言で言っても種類によって色んな薬効がある。
今日は解熱剤として効果のある「モーニング・ブリリアント」がお目当てだ。
早朝にしかお目に掛かれない。
しかし、どうもコイツは好きになれない。なんせ早起きが過ぎる。
早々に採り終えると、街へと戻る。
コイツを採りにきた朝は必ず「ナルディス」へ寄って朝食をとることにしている。何時もは空いているのに今日は人が多い。ガヤガヤしてる。
「おはよう、レティ。悪いがカウンターでたのむ。メニューは任せてもらっていいかい?」
店主のスミス。「ナルディス」は6代も続く老舗だが、跡継ぎがいない。スミスは自分の代で終わらせると断言しているが、常連客はそれを許していない。私もその一人だ。
「うん。お願い。」
奥の席ではまだまだ飲み足りない酔っぱらいが何やら騒いでいる。
「そういや武器屋んとこのピエール見つかったかなぁ??」
「んぁ?いなくなったの、宿屋のリタじゃねーのか?」
「オレの飲んでた店にも自警団がきたぜ。2人共いなくなったんだろ??」
「なに?アイツらデキてたの??」
嫌でも耳に入るくらい大声で喋っている。バカ笑いにイライラする。
運ばれてきたモーニングプレートを食べ終えるとさっさと席を立った。
「スミスさん、またくるね。」
「あいよ、ありがとう。」
あくびをしながら店に戻る。
看板が見えてきた。「レティ」。
自分の名前をつけたなんの捻りもない店名だ。その看板の下に人がいる。
自警団の副団長レイモンドだ。
副団長を張っているが年齢は若く、屈強な体。
まぁ悪くない顔立ちをしている。個人的には。
「あら、おはよう。アタシ待ち?」
「おはようさん。さっきナルディスでお前を見かけたんだが帰りを待った。あんなとこじゃ喋れねぇし。」
「そう。中へどうぞ。」
ドアを開けてレイモンドを先に通す。
「あっ。レイモンドさん。おはようございます。」
エルシーが満面の笑みで挨拶する。
「レティ」の従業員で、回復薬から毒薬まで調合はなんでもこいの凄腕薬師。
「おはよう。かぁわいいなぁ。いつ見ても。」
おいおい、私への態度と違いすぎないか。まぁいつもだけど。
「もぅ。からかわないで下さい。どうしたんですか?こんな早くに。」
「うん。ちょっと店長さんに折り入ってお話があってね。」
「そうなんですか。お飲み物入れてきますね。」
「ありがとねー。」
...完全に目尻が下がっている。
白い目で見つつ、アゴで入り口近くのテーブルへ案内する。
座るなりレイモンドは急に真剣な顔で
「エルシーが戻る前に要件を話す。実は昨夜、武器屋のピエールと宿屋のリタがいなくなり、両家の親から自警団へ捜索願いがきた。」と話し出した。
酔っぱらいが話していた件か。
「見つかったの?」
「あぁ。ピエールの左腕だけな。」
ほう。意外な展開だ。てっきり浮いた話かと思ってた。
「リタはまだ見つからない。まだ両家にはなにも話していない。魔物に襲われたってのが大筋の見立てなんだが、あそこは王国騎士の巡回エリアでな。魔物も警戒してあまり近づかない。それに、どうもひっかかる事があってな...」
「なに?」
「見つかったのはここから南の海辺近く、大型の馬車の中だ。ピエールの左腕には手錠がかかってた。血の跡は左腕周辺のみ。馬もいない。あと、他に3個の手錠が転がってた。」
「ピエールは確か武器屋の息子でしょ?手錠くらいいくらでも用意できるんじゃない?」
「自分にかけるか?魔物が遊びでかけたのか?リタは?関係あるのか?」
「アタシに聞かないでよ。魔物がピエールと馬喰って、リタをさらったんじゃないの?」
「よくもまぁ女の子が平気でそんな事言いますなぁ。」
女の子とも思っていないくせに。
「なによ。それでアタシにどうしろってのよ。」
「何がどうなっているのかオレにはさっぱりわからない。今から現場を見てもらえないか?レティお嬢様の素晴らしい洞察力で一体なにが起こったのか、何でもいいから手掛かりを見つけて欲しい。」
以前ある事件の手伝いをしたばっかりに
自分が行き詰まるとすぐ話を持ってくる。
まぁ良い、少し興味が湧いてきた。
「...わかったわよ。
エルシー!飲み物はもういいわ!店番お願いね!ブリリアントはここに置いとくわ!」
「えー。もう入れちゃったぁ。」
奥からの声だけでも可愛い。悔しいが可愛い。
すかさずレイモンドが、
「ごめんねー!店長借りるけど、すぐ帰ってくるからねぇー!」
お前は何なんだ。