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嫁の来訪②

「ということで、立入禁止だ。以上、朝礼終わり」


 そのあとの話の内容は、まるで頭に入ってこなかった。

 オレにできることは、ただ机に突っ伏し、時間が過ぎることを待つことだけだった。あたかも、天災をまえにした昔の人間たちが、地にひれ伏し、首を垂れるかのように。

 烏丸が退室すると、教室内は歓声じみた声が弾ける。一限がはじまるまであと五分もないというのに、まったく、どういう神経をしているんだ。


「それで――」


 顔を伏せていても、クラスメイトの目がオレに向いていることがわかった。


「アレとは、どういう関係なわけ?」

「アレ? ああ、御影様ですね」

「御影様って……」

「嫁って、嫁だよね? えっと、夫婦?」

「はい!」


 めちゃくちゃ良い返事だった。入学したばかりの小学生かというくらいに。……いや、そんなことはどうでもいい。大事なことはひとつだけだ。嫁じゃない。

 しかし、ツッコミどころは大いにあるものの、口を挟めばこの騒動に巻き込まれてしまいそうで、ためらってしまう。それに、クラスの連中も、そこまでバカではないはずだ。普通に考えれば、おかしいということぐらいわかるだろう。


「え、でも、まだ高校生……同い年だよね?」

「はい!」

「結婚してんの? 花岡と?」

「結婚はまだです!」  

「あ、まだなんだー」

「幼馴染とかそういうやつ? 小さいころに結婚する約束しててー、みたいな」

「なにそれ漫画じゃーん」

「あーでもそういうの好きかもー」


 ……前言撤回。

 クラスの連中は思った以上にバカのようだった。疑うどころか、受け入れつつある。

 幼馴染みと結婚なんて、そうある話じゃないだろう。しかし、逆に言えば、それくらいしか可能性はないという話なわけで。大丈夫だ、アイツみたいな女の幼馴染みはいない。


 待てよ。もしかすると、彼女自身が勘違いしている可能性もあるのではないだろうか。

 すなわち、アイツがオレのことを、小さい頃に結婚する約束をした相手だと思っている可能性だ。「高校生同士で夫婦」に比べれば、ありえる話だろう。もしそうなのであれば、「人違いだ」と言えば終わるのだから、話もずっと簡単だ。


「いえ、わたしと御影様は、今朝はじめて会いました」


 そんなことはなかった。

 まあ、そう簡単な話だったら、こうして頭を抱えてないわけで。


「じゃあなに、前世からの記憶とかそういうやつ?」

「いいえ、違いますよ」

「てことは、一目惚れ!?」

「一目惚れでもありません。でも、わたしは、御影様のお嫁さんなんです」

「おお〜!」


 どっと湧く教室内。器用に指笛の音まで聞こえてくる。誰だよ。


「よくわかんないけど……、幸せになんな!」

「おめでとう! よくわかんないけど!」


 同時に、我慢の限界だった。

 ガタンという音とともに立ち上がると、教室中の衆目が集まる。


「あ、御影様」

「ちょっと来い」


 クラスメイトの視線を背中に受けながらも、オレは少女の細い腕を掴みそのまま教室の外へと出た。このまま好き勝手にしゃべらせると、早々に取り返しがつかなくなる。

 さて、どこから話せばいいものか。


「……」


 こうして真正面に向き合うと、少女の小ささがよくわかった。

 腕を引っ張られたとはいえ、大人しくついてきた少女は、ちょこんと立っている。その様子は、これから怒られるなんて微塵も思っていない、むしろおやつでももらえるんじゃないだろうかと期待する飼い犬のようで、もし尻尾が生えていたら、左右に揺れていたことだろう。


「あのー」

「……」

「御影様?」


 小首を傾げる。


「…………」

「なにか、怒ってます?」

「当たり前だ!」


 とりあえず、オレは吠えた。


「いいか。オレとおまえは初対面だ」

「朝会いましたよね?」

「……オレをお前は今朝はじめて会った。だよな?」

「はい」


 やはり、初対面であることは間違いないらしい。


「なら、なんでおまえは、オレの――オレの、嫁を名乗っている?」

「言われたからです」


 少女は即答する。


「誰に」


 そう問い掛けるかたわらで、嫌な予感がした。


「花岡仁様――御影様の、お父様にです」


 やっぱりか。


「……なんて言われたんだ」

「えっと――」


 少女は、小さな手をあごにあてると――それは、親父の癖だった――渋い声色をつくる。


「いいか、嬢ちゃん。御影は、自分に嫁が来ただなんてなったら、絶対に嫌がる」


 そして少女はニヤリと口元をゆがめ、


「だからこそ、突然行け」


 間違いなかった。

 少女は、オレの親父を知っている。知って、ここにいる。


「あのクソ親父……っ」

「ご納得いただけましたか?」

「んなわけねーだろ」


 納得こそできないものの、すでにオレの胸にはある種の諦観があった。


 花岡仁。

 オレの父親は、適当を絵に描いたような男だ。職業は自称・写真家で、放浪のついでに撮った写真を、馴染みの出版社に売りつけ、糊口をしのいでいる。こちらからの連絡手段はなく、ときどきふらりと帰ってきて、そのまま居座ることもあれば、数日で忽然と姿を消すこともある、嵐のような男だった。もちろん、その嵐に巻き込まれたことも少なくない。


「さては、おまえも巻き込まれたのか? 親父に」


 ふと、少女に同情の念を持つ。それにしても、無理やり息子の嫁にするだなんて、どういう親だ。もっとも、引き受けるほうも引き受けるほうだが。


「そんなことないです、わたしはお父様に助けてもらいました」

「助けてもらった、ね」


 助けてもらったから、嫁?

 百歩譲っても、その対象はオレではなく、親父だろう。

 気になる点ではあったが、それ以上に関わりたくなかった。嫁だのなんだのと妄言をまくしたてる少女もまたオレにとっては無茶苦茶な存在であり、そんな無茶苦茶な相手にとる手段としては、「我関せず」がルールだ。


「だから、今度はわたしが、御影様を助ける番なんです」

「……助ける?」


 どうしてオレが、こんなわけのわからないやつに、助けられないといけないんだ。


「まあ、なんでもいい」


 なんでもいい――が。


「これ以上、オレにかまうな」

「え、でも、お嫁さん」

「か・ま・う・な」

「嫁の来訪③」は4/4土22時更新予定です。

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