片想いな私の空回りな頑張り
前作を見てくださった方から、続きが見たいな、と言われたりしたので、ひっそりと続きを。
とりあえずは、皆様からいくら何でも酷い! と大絶賛(?)されたヒロイン絵美ちゃんの認識をお楽しみください。
私は今、ピンチの真っただ中にいる。
具体的には、二人っきりの密室、幼馴染の彼のベッドの上で壁ドンされている状態だ。
相手はついさっきまで片想いだと思っていた幼馴染だったりするので、むしろ願ったり叶ったりでしょという人もいるかもしれない。けれど聞いてほしい。目が、怖い。完全に据わっている。これはあれだ、結構切れてる時の目だ。
私は、いつもとは全く違うドキドキで彼を見つめた。
「さて、と」
「うひゃい!」
言葉とともに吐息が顔に当たり、変な声が出る。でも仕方がない。私は、いつもならくつろぎまくって自らダイブし占拠しているベッドの上で狼に食べられる前のウサギのように震えていた。
「ね。僕たちは今、恋人同士なんだよね?」
こくりと頷く。同時に手を取られ、指を絡められつつ何だか物凄くいやらしい感じで撫でまわされて頭に血が上る。何この色気。え、これ本当にたーくん?
今までは二人っきりでも、肩や腰に手をまわして抱き寄せてきたり、ふざけてチューしてこようとしたりと、健全な幼馴染としての距離を保ってい…………あれ? 結構、普通じゃ、ない?
そういえば、腰に手が回る途中、背中を撫でられたりしてちょっと変な感じになることあったり、髪をつんつんした後、ついでみたいに頬を包まれたりされてたけど、あれって、幼馴染への無邪気ないたずらじゃなくって、こ、恋人同士の戯れ的なつもりだった……んだろうか?
一昨年の誕プレに何が欲しいか聞いたら「君」と言われ、もう寂しがり屋ね、学校離れるから不安なのかしら、と思い、可愛いエミちゃんぬいぐるみと共に、学校離れても一緒だよという意味を込めて一日占有券とかつけてみたあれも、ひょっとすると、わ、わわ私の体をいただきたいとかそのような煩悩多きお年頃のちょっとエッチなご希望だったりしたのでありましょうか? ひょっとして密かにがっかりしてた? いやそれはない。あれは本当に喜んでた。ほ、良かった。
え、でも待って。確かにさっき、たーくんは私と付き合ってるつもりだったって言ってたけど、ちょっと待って。
え、だって、たーくん昔からずっとそうだし。いつだって私の隣に来て、私のことぎゅーってして、えみちゃん大好きって言ってたし。一緒に遊びに行くのだって普通だったしむしろ一緒じゃない方が異常だったし、それそれの親が用事があれば片方に預けられてお泊りもしていたし。
そんな私の困惑に気付かず、私の耳元で熱い吐息がそっとささやいた。
「なら、いいよね? 今までずっと、したかったんだ」
待ってこれ、たーくんは一体いつ私を好きになったっていうの?
たーくんと私の出会いは幼稚園だ。私はあんまりみんなと仲良く遊ぶ方ではなくて、一人お気に入りの場所でポツンと座っているのが好きだった。そこに現れたのがたーくんだ。
最初の印象はあまり芳しいものではなかった。何故って、その当時クラスで中心的な位置を占めるユミカちゃんとあみちゃんが、たーくんを好きだったから。
自分だけのお気に入りの場所に勝手に近づき、何かとこちらに話しかけてくる。これだけでちょっと邪魔だったのに、自分たちが一緒に遊びたかったのに遊べなかったせいで怒ったユミカちゃんたちが何かと突っかかってくるようになったのだ。
「えみちゃんの絵、お花がみどりでへーん」
「お花はピンクかきいろなのにねー」
「クレヨンないんじゃないのー。知ってる? そういうの、びんぼうって言うんだってー。やだねー、ねぇたかしくんもそう思うよねー」
「びんぼうが移っちゃうから、ちかよらない方がいいよー」
とにかく煩かった。しかも、そこまでして私から引き離そうとしたたーくんが全然私から離れず、むしろ敵意を向け始めたため、ユミカちゃんたちの怒りはさらに私に向けられるようになったのだ。
積み木はうっかり崩される。お絵かきは出来映えをけなされる。ご本を読めば暗いと馬鹿にされ、あまり人の評価を気にしない私でも流石にちょっぴり辟易していった。
とにかく、ユミカちゃんたちの目的がたーくんなのは分かっていた。だからたーくんを避けて過ごそうと思っているのに、たーくんが来る。そりゃもう、ぴったりくっついてくるという勢いで。
あまりのイライラに、私はとうとう怒鳴ってしまった。
「たかしくん、じゃま! わたしの場所にかってに来ないで!」
今思うと、我ながら酷い。まず第一に幼稚園に私のみが権利を主張できる場所はない。それに、実際に怒っているのはユミカちゃんたちの嫌がらせであって、それに関与していないたーくんに怒るのは完全な八つ当たりだ。
だけど、たーくんはめげなかった。
悲しそうな顔をして私の元を離れたたーくんは、わずか数時間後にまた現れた。泣きじゃくる女の子たちを背後に連れて、爽やかな笑顔でこう言ったのだ。
「もう大丈夫。えみちゃんをいじめるやつはぼくがたいじしたから」
そのきらきらとした表情と、後ろのユミカちゃんたちのギャップが怖くて私も泣いてしまい、阿鼻叫喚の地獄絵図となったのはいまだに覚えている。後ろの軍団は完全無視してたたーくんだったが、私が泣き出すのは予想外だったらしく、あわあわと慌てて機嫌を取ろうとするも、その様子がますます恐ろしくて号泣する私。どうしていいか分からず、とりあえず後ろの元いじめっ子たちを排除しようとするたーくん。その剣幕に完全に怯えて両親を呼んで大号泣する私。もうしっちゃかめっちゃかである。
その節は先生、大変お世話になりました。思い出すたびに当時の先生の奮闘が思い出され、そっと手を合わせて彼方を拝んでしまうほどだ。
さて、そんなことがあって以来、ユミカちゃんたちの干渉はピタッと止まった。止まった ――むしろ逃げるように遠巻きにされる勢いだった―― が、それより恐ろしい人物がいつでも隣にいる。
たーくんを見るたび泣いて完全拒否する私を必死に宥めようとするたーくんと、先生。いつも抱っこでかばいつつ、たーくんが程よく横にいられるようにしてくれた。もう、あの時は二人専属かっていうくらい迷惑をかけていたと思う。いやもう本当にお世話になりました。今でも五体投地でお礼を叫びたいほど感謝しております。
そんな先生の努力の甲斐あって、私はたーくんが隣に来ても泣かないようになった。それでもまだ最初はびくついていたが、元々私にはめっぽう優しいたーくんである。爽やかな笑顔のまま女子を本気で泣かせた恐怖さえ薄れれば傍にいても何ら問題はなく、段々といつでも隣にいる状況に慣れていった。
たーくんは、私がご本に夢中の時には邪魔しない。反対に、終わって感想を話したい時には飽きずに聞いてくれる。立ち上がろうとすれば手を差し出してくれたし、お昼寝の時には一緒にお布団出すのも手伝ってくれた。積み木の片付けもしてくれたし、帰りのバスではバッグも持ってくれる。他の男の子がにやにやいじめようと近付いてきたときなど、えみちゃんに近づくな! と、完全に追い払ってくれた。男の子は悔しそうに去っていった。
いつしか、たーくんが私の隣にいるのが当たり前になっていた。
それは小学校でも当たり前のように続き、高校が別々になるまで、私たちは常に一緒だった。別のクラスになっても休み時間は会いに来る。移動教室で時間がなくても一言だけでも話すのが普通だった。
途中、たーくんが野球にはまり、練習で忙しくなったけれど、私も引っ付いていった。マネージャーになろうとした時は「それより自分のことだけ応援してほしい」と言われたので、見学者としてタオルを差し入れ、飲み物を差し出した。部外者がちょろちょろしているのもどうだろうと思ったけど、監督が大らかで私に特別許可を出してくれたので、私はたーくん専属ファンとして頑張った。
お風呂は小学校に上がってからは一緒に入らなくなってしまったけれど、一つのお布団で親の目を盗んでこっそりお話しては夜更かしするのが続いていた。小学校高学年にもなると、流石に一緒のお布団じゃ狭くない? と言われたけど、絶対一緒がいいと言って引っ張った。そうしてたーくんは私の生活の一部となっていた。
そんなたーくんを恋愛対象として意識し始めたのは、高校に入ってから。
いつも横にいたたーくんがいない。この高校に中学までの友達はいないから、一人からのスタートってのは分かってたんだけど、それは思っていたよりずっと淋しかった。
重い荷物を持っていても、さりげなく持ってくれる手は現れない。うっかりこけそうになってもぶつかりそうになっても支えてくれる腕も、大丈夫と聞いてくれる声もない。同じ先生の話題で盛り上がることも、噂の先輩を見かけてこっそり目くばせするようなことも出来なくなった。
面白い形の雲を見かけて「あれ」と指さしても相手はおらず、横を振り向いてもにっこり笑って頷いてくれる顔がない。ぼーっとしていても頬をつつく指は見えないし、ぎゅっと抱きついてくる重みもない。
カフェで食べたいものが二つあっても、絵美の好きなもの選んで半分ずつにしようと言ってくれないし、家庭科で作ったお菓子を持っていく教室もない。
新しい生活にも慣れ、友達も出来たけれど、ふとした瞬間に包み込んでくれる存在が足りず、どうしても会いたくなった。
高校に上がる際に買ってもらった携帯で毎日電話するだけじゃ足りない。もっと会いたいし顔が見たい。ぎゅってされたいしすりすりしたいしチューもしたい。
私はたーくんとずっといたいと思った。
「それって、恋じゃない?」
高校で出来た友人に言われ、これが恋なんだ、とすとんと胸に落ちた。
それ以来、たーくんにも私を意識してほしくて、皆のアドバイスをもとに頑張ったものの悉く撃沈。
今までしたことのないメイクだってしたし、ずっとたーくんが選んでくれてた洋服だって友達と一緒に買いに行った。友達に教わったバストアップ体操とか小顔運動も頑張ったりしてみたけど、何も変わらず。
新しい服を着ていったときは、いつもみたいに「世界一可愛い。こんな素敵な子と一緒にいられて幸せだな」と褒めてくれた後「でも、そんな服持ってた? おばさんと買ったの?」と興味を示してくれたものの、特に思わずどきっ! はなかったみたい。さらっと「そういうの着たいんだったら、今度行った時に選んであげるね」と言われてしまった。
はぁ。着てるものすら自分で決めるのを不安視されるって、同い年のはずなのに、私のこと子供だと思ってるんじゃないかしら。。そりゃあ、毎回どこか行くときは道案内はたーくんにお任せで、私ひとりじゃたどり着けるか怪しいけど、それでも私だって成長してるのにな。
こっちがこんなにもドキドキしてるっていうのに、全く変わらず平然と抱きしめてくるし、隙あらばふざけた感じでキスしようともする。私のことを好きか嫌いかで言えば勿論好かれているのは知っているけど、私は恋愛の好きがほしい。皆が教えてくれた、恋人同士の甘い会話とか、恋人が自分だけに向けてくれる甘いまなざしをたーくんで見てみたい。
だって、今でさえ、幼馴染の私にあれだけ優しい人なんだもの。それが恋人になったなら、どれだけ素敵な心地になるのか、考えるだけでもうたまらない!
けれど、このままじゃ、いつかたーくんは別の好きな子を見つけて、私から離れて私以外の人にその甘い瞳を向けるようになってしまう。そんなの、いや!
悲しくて、友人の考えてくれた案に乗った。それは、違う人を好きになったふりして、離れていく私に焦ってもらおうというもの。題して「押してダメなら引いてみよ」作戦。
これが大失敗だった。
こちらが引いたとたん、たーくんは未練なく躊躇もなく退散してしまった。恋人いる相手と仲良くするのはまずいとばかりに、電話も取らない。家に行っても会えない。
私の存在ってその程度だったんだ、と悲しみにむせぶ私を見かね、友人たちがもう一度アタックのチャンスをくれた。
私が他の人好きになったのはうそって説明してくれたんだ。うじうじぐじぐじ動けなくなってた私に、皆優しい、と感動していたんだけど……。
『女として意識してほしいも何も、僕たちは元々付き合ってたんだ。女として意識してるのなんて当然だろ?』
意味が分からなかった。「は?」ってなった。
いやいや、付き合ってないよね私達? え、誰の話? とパニックになっていると、聞こえた言葉に血の気が引ける。
『部活、やめようかな』
部活を、やめる? だって、あれだけ頑張ってたのに……。
たーくんがどれだけ頑張って野球をやってきてたか知っている私は、帰っていきそうになるたーくんに慌てて飛びついた。自分のために大事なものをやめてほしくない一心だった。他は何も考えられなかった。
そしたら捕獲され、頭すりすりされ、み、皆の前で、ぎゃー! なことされ、挙句の果てに恥ずかしくて周りを見れない私の頭にぼふんと上着を被せると、横抱きにされて「じゃ、これ貰ってってもいい?」と言われてお持ち帰りされた。優しい友人と信じていた人たちの「は、はい。どーぞー」という軽い見捨てっぷりにひっそり涙した。
そして、今現在壁ドンの後、両手で手を弄ばれ、恋人であることを確認された後、ずっとしたかったことの許可を求められているという訳なのです。
うん、今日おばさん帰るの遅いから、この醜態を誰にも見られる心配なくてよかった。いや良かったんだろうか?
いや、確かに私たちは恋人同士だし、私はたーくんが大好きだ。いずれはそういったことも勿論、好きな人なんだし、し、したいと思ったりもする。たーくんの望みだって叶えてあげたいし、今まで勘違いして我慢したというのなら、私にも責任はあるわけだし、努力はやぶさかではない。
ないんだけど。
「え、ででで、でも、いきなりまだ早いっていうか順番が必要っていうか!」
言葉は必死の抵抗をかたどった。
だって、聞いて。私の感覚では今やっと両想いになったばかりなのよ。というかまだ両想いって実感がわけてないっていうかそれどころじゃなくて実感に至るまでの余裕がないっていうか、ひとまず家に帰ってベッドにダイブしてごろごろ転がりながら叫びまわりたいっていうか。
とにかく、今の私にはキャパオーバーすぎてどうしようもないので、せめて一か月いや来週、だめなら明日まででいいから待っていただきたい所存なのでございます。
「ずーっと待ってたんだけどな。僕は」
その件につきましては、慚愧に堪えないと申しますか、大変申し訳ないと思い誠に遺憾の意を表したいと思っていたりもする所存でございまして! しかしながら私にも心の準備と申しますか、それ以外にもこう身につけているものなんかの準備とかございまして! 他人様に見られるような仕様になっていないというのは、そもそもそんな想定全くないため仕方がないと申しますか!
「いやでもそのあの!」
こそあど遊びか! と現実逃避部分の私が冷静に突っ込んでくるけれど、実際にはそんな余裕は全くなかった。
「僕のこと嫌い?」
ちょっと悲しそうに小首をかしげて問うたーくん。あざとい。答えなんてわかりきっているくせに、あざとかわいいとはこのことか! 私は一つ賢くなった。
「いやそれは大好きだけど、それでもまだ早いっていうか順番が必要っていうか!」
必死に言いつのったのに、いつもと違い優しくない幼馴染改め彼氏は無情にも私の言葉を切り捨てた。
「やだ。もう待てない」
ひぃぃ! お父様お母様ごめんなさい! 絵美は今日大人の階段昇っちゃいます! 先立つ不孝をお許しください! でも幸せになります!
ぼふっ。
何考えてるんだか自分でも分からない思考の中、太ももに乗る重み。いやぁぁ! 最初から太ももぉー!? 脚フェチ!? 脚マニアなのぉー!!?
「いゃぁ……え? ひざ、ま、くら?」
それは、たーくんの頭だった。
私の足を占領し、さりげなく腰に腕を回したたーくんは、私の衣服を剥いだり、中に手を滑り込ませたりするようなこともせず、そのままおとなしく寝転がっている。
え、えと。したかったって、ひょっとして……膝枕のこと!?
思わず安堵とがっくりがダブルで訪れ、力が抜ける。すると、それに合わせるかのようにたーくんが頭を動かし、足にすりっと顔をすり寄せた。
「ひゃあっ!」
思わず上がった声に、くっくっと笑うたーくん。貴方、性格変わっていませんか?
そう思うものの、いつもと違うちょっといたずらな笑みさえ格好よく感じてしまう私は、よっぽどたーくんが好きなんだなー、と思う。
これからもずっと傍にいようね。そう願いを込めて、私は無防備なほっぺに口を寄せた。
因みに、誕生日のたーくんの望みは、エミちゃん人形でも体でもなく「婚約」という絵美の未来全てでした。
絵美よ、たーくんはお前の思っているよりずっと重くて、思ってるよりずぅーっと忍耐強いぞ。忍耐強くなかったら、とっくのとうにムーン行きだと気付くのはいつのことだろう。
というわけで頑張れ絵美、もっと頑張れたーくん。そしてひたすら頑張らずにさらっと逃げとけ、友人たち!
(たーくんの頑張りっぷりと不憫っぷりは、前作をご覧になると更に実感わくかもしれません)