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ロリ剣士先生 その3

 変化は、すぐに表れた。

 圧。

 切っ先がいまにも額を貫くような、威圧感が凝縮されていった。

 実際に刀身が伸びるんじゃあるまいな……、と俺は少しだけ身を斜めにして、切っ先の延長線上から頭をずらす。

 だが伸びることはない。

 ただその威圧感が、ともしびから火が燃え広がるように刀身を覆いつくしただけだった。


「さあ、行くぞ――《地摺り嘴(じずりくちばし)》」


 術の名か、それだけを告げ。

 ミカリは剣を八相に構え直すと一気に、駆ける。

 しかし挙動は奇妙なものである。


 ……低い。

 低すぎる。

 腰を落として、なんて表現を通り越している。

『屈んで走る』というほうが近いほど、重心を地に近づけているめちゃくちゃな走りだった。

 ふざけてるのか? いや表情はまじめだ。


 でもなー、そんな姿勢からでどんな剣が放てるよ。

 俺が困惑しているうちに、間合いは詰まって切っ先が閃く。

 小さな体躯とこの屈んだ姿勢を利して――さらには最後の一歩で膝から滑り込むように飛び込み、斜め掛けに振り下ろしてきた。

 狙いは足。即座に俺は前に出していた左足を引き、右半身になって向き合った。

 空を切った剣は低すぎる姿勢が災いして切っ先をぞぶんと地面に沈めていく。そら見ろそんな姿勢で挑むからだ。


「剣が死んだな!」


 俺はミカリの動きを完全に止めるべく、峰を踏みつけようとした。剣を封じてしまえばもう戦う術などあるまい。

 そう思って引いた左足に重心を移し、右足で峰を蹴りつけた。

 途端その足が、

 地面を踏む。


 ……? 


 なぜ空ぶった。

 剣はどこにある。

 ――、

 いや。

 やべえな。

 なんで、

 なんで、真上から、剣が来る(・・・・・・・・・)!?


「う、っぉおおおあああ?!」


 瞬時に重心を左足の方へと逃がし、大きく飛び退って振り下ろされた剣戟をかわす。

 想定外の出来事に心臓の拍動が増して血流の音が頭に痛い。

 なんだ、いまの剣は。


「避けるか。良い反応じゃ」


 屈んだ姿勢で正眼に構えたミカリは、ぎらつく視線で俺の一挙一動を睨んでいた。

 その足下には、深々と背後まで剣の軌道が刻まれている。

 おい……振り抜いて一回転したのか?

 切っ先から刀身中ほどまで地面に埋まった剣を、あんな速度で?

 いくらマナ循環で肉体を強化してるっても、振り下ろして地面に切り込んだ瞬間に普通摩擦で止まるはずだ。

 普通じゃない……ってことは。


「これがお前の術か」

「正答。錬金術――《軽量化》そして《尖鋭化》よ」


 錬金術。この世界、そういうのもあるのか。

 で、効果はどんな感じなんだ。


「《血風のミカリ》の得意とする《軽量化》は手にしたものを羽のように軽く、《尖鋭化》はどんななまくらも竜鱗断つ名剣に変えるほどの極技です! 触れたら終わり、と思ってもらってかまいません!」


 後ろから解説ありがとう受付のひと。でもなんか周囲の連中がその解説にほぉ~とか言ってるあたりもう完全に俺らの戦いを観戦に入ってるよな。俺負けたらたぶんお前らもひでぇ目に遭うけどその辺理解してます?

 なんて言っても仕方ない。人間は生来、脅威に鈍感な生き物だ。俺はそれをよくわかってる。


「ふん。つーことは、あれかね」


 ごそごそと俺はポケットをまさぐり、銅貨を一枚取り出す。

 ミカリの構える刃を狙って親指で弾き出すと――あら不思議。銅貨が二つになりました。

 いや怖ぇよ。

 牽制にもならないあの速度で当てて真っ二つってもうそれ軽く振るだけでも首とか落とせるじゃねぇか。マジで触れたら終わりだ。

 ……まーもともと素手の俺には防御って選択肢ないし、そこは変わらねぇのだが。

 それでもこいつの術に「嫌だなあ」と思う特徴はいくつかある。


「ではつづきとゆこうか、召喚獣よ。いざ!」


 ミカリは再び八相に構え、低い疾走に入った。

 まず厄介な点。

 この窮屈そうな、微妙な構えからの一太刀ですら危険な代物と化すこと。

 力で振るな、なんてのは剣術諸流でよく言われることだが、ミカリの場合《軽量化》で本当に力が要らない。《尖鋭化》のおかげで切っ先を当てさえすればそれでいい。

 となれば、普通の剣術の型にはまらない振り方をいくつも取り入れることができる。


「シッ!!」


 右足が踏み込んでくる。

 眼前に飛び込んできたミカリの身体が旋を描く。

 斜め掛けに振るう、というよりも八相に構えたまま前に転がり込むような一撃。

 腕の筋の浮かび方、力の入り具合からして剣はまだ重さを宿している。

 俺が身を引いてかわすと――腕から力が抜けた。左手が柄を離れる。

 右肘から先がしなった。


「うおっとぉお!」


 のけぞってかわすと、真下から伸びてきた切っ先が顎先をチリっとかすめた。

 振り下ろした瞬間に《軽量化》しての切り返しだ。片手持ちになったことでリーチが思ったよりも伸びやがった。

 そして右手の剣が――重さを取り戻す。

 半円を描くように後方へ振り回す剣の反動に合わせ、ミカリは左半身を前に押し出してきた。

 左足刀の横蹴り。マナ循環で強化された一撃を受けるわけにはいかないが、のけぞって体勢を崩している以上各部の連動が重要な《白浮》は使えない。


「っ、凌げっ!」


 よって右の《凌切り》で内から外へ払いのける。


「無理じゃの」


 にやっと笑うミカリは、払われるままに俺の左側へ足を着地させた。

 一瞬俺に背を向け、左足を軸にぐるんと回転を纏う。

《軽量化》された右手の剣が横薙ぎに襲い来た。


「速っ、ぶね!」


 上体をさらにめいっぱい反らし、左手から着地して回避。

 すぐさま間合いを離脱すべく、不格好でも横に転がって距離を取った。

 案の定、横薙ぎを外して即袈裟に切り返したらしく、さっきまで俺のいた位置の地面を剣が深く深く斬り裂いている。


 ……おいおいマジですげぇぞコレは。厄介な点が多すぎる。

 なんでも切れるから防御できない。

 軽くして素早い切り返しが可能。

 重さを戻して振り抜く反動を使える。

 体術との併用で隙もない。

 やべえやべぇ、面白過ぎる。


「なんつーかスポーツチャンバラとか苗刀とかを交互に相手してる感じだ……」


 それぞれの剣技の特性をまとめあげたような、恐ろしいバランスで技に仕上げている。

 地面を切り抜いて身を翻したミカリは、また正眼に戻って俺と向き合った。


「なにやらよくわからぬ言葉を発しておるが。貴公の知る流派かなにかか?」

「まあそんなとこだ。いやはや予想もつかない軌道で楽しいぜ、お前の剣技。《地摺り嘴》っつったか」

「ああ。虫を追って地面をつつきまわす鳥の動きを見ていて思いついた業よ」


 いかにも武術流派の開祖の伝承にありそうな由来だな。

 ああ、まったくもってやりづらい。


「じゅ、ジュン……大丈夫なの……?」

「不安そうな声出すんじゃねぇよ、カナンさんよ」


 離れた位置で見ていたカナンが心配そうにしていたので、俺は笑みをつくって返す。


「いま面白いとこなんだ。黙って見とけ」

「くはは。強がりかの」

「はっはっは。ところがどっこい、そうでもないんだな」


 やりづらいとは思ったが、やってやれないことはない。

 たしかに強力な技を二つも使ってくるが……どんな技にでも、弱所は存在するもんだ。

 緩急自在にして絶対切断。

 この特性を突破するには。


「出鼻をくじく、ってのが正解だろ」


 俺は正眼に構えたままのミカリに相対し、少し足幅を広く取った。

 後ろに置いた左足の爪先が相手の方ではなく外を向く撞木足。

 間合いはぎりぎり奴の刃圏の外といったとこだが……ここからなら、十分だろ。

 俺が先ほどまでと姿勢を変えたのを見て、ミカリは警戒の色を見せた。

 おう。せいぜいしっかり警戒しろ。

 いまから懐に、飛び込んでやる。


「後の先じゃ、お前の緩急つけた剣技に翻弄されるからよ」

「故、先の先でこちらが動く前ならいける、と踏んだか?」

「そういうこった」

「そこから届くと思うてか。先手を、取らせると思うてか」

「んー、いや。取るっつーか」


 盗る。


 言葉を切って、

 同時に出る。

 体幹の操作で上体を一切ブレさせることなく、右膝を抜いて前へ出る。足先しか動かないこの一歩の初動は非常に認識しづらい。


 つづく二歩目は身体を左右に切り分けたイメージで、左半身の筋肉――大胸筋や腹斜筋をぎゅっと縮めるように意識。左腕と左足を同時に前へ、放り出すようにして飛距離を稼ぐ。

 始動から終息まで等速に、

 俺の身体はミカリの正面へ滑り出た。

 これぞ瞬間的に二歩の間合いを渡り先の先を奪う移動術。


 津無流《天歩てんぽう》!


「おおっ?!」


 予備動作をほぼ感じさせず飛んだ俺は、驚きにうなる彼女がそれでも反射的に繰り出してきた袈裟切りを左の《凌切り》でいなしてのけた。


「き、切り返――」「させねぇよ」


 がくん。

 と。

 返す刀で切り上げようとしたのだろうミカリが、不自然な動きで進み出る。

 右肩を前に出したまま。袈裟に振り下ろした姿勢のまま。

 俺にこうべを差し出すように、わずかに身を前に乗り出している。

 こうなった理由は単純明快。

 俺は《凌切り》で軌道を逸らして下方まで振り抜かせた彼女の剣の峰を、切り返しが始まる前に右足裏で蹴り飛ばしたのだ。

 普通に《凌切り》を当てても軽量高速の切り返しで応じられるなら、返しがくるより先にさらに押し込んで体勢崩しゃいいってこと。

 ついでに言うとこの蹴りは、次の一撃へ利用する踏み込みになってんだな。


「あばよ」


 すでに構えていた右掌を伸ばし、俺は無防備に突き出されたミカリの額に添えた。

 右足裏からの反作用を腰切る動きと左足の伸長でまとめあげ、ゼロ距離から打つ。


 津無流《当真打ち》。


 腕から発した力は掌を通じて頭を穿ち、ドズッ、と砂袋が転がるような音と共にミカリの身体は吹っ飛んだ。


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