ロリ剣士先生 その1
ばたばた暴れた頭目だが、痛みに引きつった顔になると動きが止まり、いぎぃ~と悔しそうなうめき声を漏らす。たぶん最後の一撃で首傷めてんだろうな。
「おいカナンさんよ。こいつ賞金首かなんかだったのか?」
「ご、ごめん……私基本ひとりで動くのもあって、高額な依頼書は縁遠いから」
「全然知らなかった、と。そりゃもったいないことしたなー」
「……おい。なんだ? きみたちはさっきからなにを言っている?」
カナンと座り込んで頭目を小突きつつ話していると、茶髪男は俺たちを問いただした。
お、訊いちゃう? お前らが俺の倒した賞金首を拾ってきただけなのがバレるぞ?
でもただ暴露するだけじゃ双方うまみもないしなー。交渉といこうぜ。
「漁夫の利ってのは否定しねぇし、実際問題として成人男性ひとりを担いで徒歩三、四時間の道のり行くのは俺らにゃ無理だったわけだしな。運搬費ってのも考慮して……まあ六:四でいこうや」
「なんのことだ?」
「こいつの報奨金の分け前」
にやーっと笑ってやると、俺の顔を見た頭目が足下でばたついた。
この反応と会話の流れから察したか、男の顔がさっと青くなる。
だがすぐに後ろに目配せし、仲間の男たちを揃えて威圧の姿勢に入った。
お、そう来る? 俺的には実力行使でぶんどる方がわかりやすくやりやすいんだけど。
「……なにを言っているのかオレにはさっぱりわからないな。あまりこちらの名誉を棄損するようなら、考えがあるぞ」
「名誉もプライドもないって面と行動だけどなぁー、お前。でもま、やるってんなら――」
言いつつ俺は視線で周囲を探る。
人数は運んできた奴ら八名以外にも、茶髪男の目配せで動いた奴が十名。
この茶髪男と合わせて総勢十九名か。さすがに集会所の中で抜く気はないのか、剣に手をかけてる奴はいないようだが。
抜いてもいいんだぜ?
抜けるもんならな。
俺はゆっくりと立ち上がり、カナンに後ろへ下がっているよう手で追い払う仕草をした。
「――ここでも、どこでも。やってやるよ」
「大口を叩いたな。どこの馬の骨とも知れない、寄り合いに参加できるかも怪しい身分のくせに……いいだろう、身の程を叩き込んでやろう。表へ出ろ」
「上等だ」
食前の運動程度にはなってくれよ?
そんなことを思いながら俺たちが外へ行こうとしたところ。
絹を引き裂くような、って形容がぴったりハマるような、なんともクライマックス感漂う悲鳴が表の通りから聞こえてきた。
「なんだどうした」
気になったので、カナンの手を引きするするっと連中の間をすり抜け表へ出る。
昼日中の宿場町は、狭い道に人気が少ないものだが。いまはより一層、人がいなくなっていた。
なにしろ状況が状況だ。
ずらずらと……道の向こう、森の方から歩いてくる集団がある。
「よくもお頭を連れていきゃァがって、てめぇら皆殺しだぁぁーッッ!」
小汚い身なりの連中が十一人、夏の日差しで陽炎ゆらめく道の彼方から叫んでいた。
おう、見捨てていったのに取り戻しに来たのか。泣かせるじゃん。
でも連れてったの俺じゃないよ?
「おーいそこの茶髪。出番ですよ」
「なにを言ってい……え? 山賊……《山荒らし》の残党?」
その姿を認めて、さっき俺に見せた顔よりもさらに青い顔になる。そりゃあね。そうなるでしょうね。お前らたぶんあいつらを真っ向から倒せる実力ないもんな。
「さあ周りにいいとこ見せるチャンスだぞ、がんばれ茶髪!」
「お、おい、お前たち――」
「ちなみにお前がさっき目配せで呼んでた奴らならもう逃げたぞ」
「嘘だろ?!」
ほんとほんと。いやあ危機察知能力が高いってのは荒事を生業にするにあたって一番重要なスペックだよな。
山賊たちが来たのとは逆方向に土煙とつむじ風を巻き起こして去っていく取り巻きども。
あとに残された茶髪は、もうどうすればいいかわからない顔つきで俺をすがるように見ていた。いやそんな捨てられた子犬みたいな目ぇされてもキモい以外の感想湧かんわ。カナンさんくらいの美人に生まれ変わってからやってくれる?
「たっ、頼む……」
「え? なにを?」
「お願い、します……手柄を横取りしたのは、謝るので……あいつらを、倒して……!」
「はいもうひと声」
「くう……っ! わかった、わかったよ! 報奨金は全額譲る!」
「言質とったぞ。おい周りの連中、こいつの言葉聞いたよなー? 聞いたぞ証言するぞって奴は手ぇあげてくれー。手あげた奴にはあとで酒場で飲み食いいくらでも奢んぞ!」
すぱぱぱぱぱっと手があがる。こういうノリの良さ好きだぜ。
となると、ちゃちゃっと片付けてこなくちゃあな。惜しむらくはあの山賊連中じゃ手の内知れてるし、食前の運動にもならんクソみたいな戦いになるってことだ。あーつまらん。
「ねえ、ジュン」
「どした、カナン」
「いや、その……なんかあいつら、一人多くない?」
「そうだっけ? 雑魚の人数もいちいち覚えてないんだよ俺」
「昨日は頭目も合わせて十一人だったでしょ。だから十人のはずだけど」
そうだっけ。いまはどうだ……、
十一人いる!
ということは一人多い。なんだ? どういう状況だ。
だが疑念を持った俺たちに対して、奴らはすぐに解答をくれた。
「おお! 居やがったぞあの変な動きする奴と、銀髪のガキ!」
「やっぱ宿場町に居たな……ここで会ったが百年目!」
その慣用句この世界にもあんの? あと変な動きとか言うなや武術だ武術。
「お頭を返してもらうぜぇ」
「そのために今日は助っ人もお呼びしたんだ!」
「先生! せーんーせぇー!」
と呼ばれて、ザッと連中から一歩進み出る者がある。
それが、先生。
状況から察するに、用心棒ってこったろう。
その人物は。
「……おや。術師のお頭殿を倒したと聞いて、さぞや魔術師然とした男が来るのだろうと想像しておったが。此度の獲物は寸鉄ひとつ帯びておらぬ、珍妙な男じゃな」
頭の中でどういう変換がなされているのか知らんが、とにかく古風と伝わる喋り口調だった。そのくせ、声はソプラノボイス。
身の丈非常に小柄な『先生』は毛羽だった黒いロングコートを身にまとい、それを締めるベルトで腰に剣を携え。右足を一歩踏み出して、右手は柄に左手は鞘に添えている。
ごくごくわずかだが前傾しており、抜き放つ際の剣の伸びが思われた。半身になっていることとコートがやたらだぶついてることで刀身の長さは正確に見えないのが余計に危うさを感じさせる。
そして、威圧感。
あの頭目の男が発していた『煮えた鉄が体内に満ちたような』気配も相当だったが……こちらはこちらですさまじい。対峙しているだけで、頭上に巨岩が迫っているような、膝を屈してしまいそうなプレッシャーがある。
それはおそらく、マナ循環とやらによる身体強化だけで発している気配ではない。
鍛えた肉体。
ひとつの目的のために特化した身体特有の、研ぎ澄まされた存在感がこのプレッシャーの出どころだった。
「ほぉ……めちゃめちゃそそる身体してんじゃねぇか」
「えぇっ」
なんかカナンさんから濁点ついた発音があったような気がする。
「なんだ?」
「いや……その……ジュン、いまの発言」
「思ったまま言っただけだ」
素直に返すとますます引いた。なんなん。
「ジュン……もしかしてあなた……」
「なんだよ」
「少女趣味?」
「ちげぇよ!」
そういう意味ならお前の方がよっぽどそそるわ。
でもいまの発言だと、そう取られるのも無理はないか。
俺が対峙するロングコートの剣士は……少女だった。
肩までの赤髪はボブカット。ぱっつんの前髪の下で開く、眠たげでも大きく見える橙色の眼。
体躯はどこまでもコンパクトで、起伏がない。ロングコートからのぞく手足の素肌はぷくぷくしていて若さ由来のハリがある。背丈、あれは一四〇センチしかないな。
どこからどう見ても一〇代前半。
あれにそそっちゃ少女趣味よ。
思って俺は、山賊連中をじとっとした目でにらんでやった。奴らは向けられた視線の意味を感づいたか、はっとした顔になって歯を剥く。
でも一名だけ、はっとしたあとで両手の人差し指をつんつん突き合わせはじめた奴がいたのを俺は見逃さなかった。おいガチなのひとり混ざってんぞお前ら。