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お役所仕事への反抗

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「あ、でくのぼうじゃないか」


 翌日、向かった流れ者寄り合い(ギルド)の入り口を抜けた瞬間そんな声をかけられた。

 カナンはサッと俺の陰に身を隠す。

 ……おやカナンさん。どうしたことだこれは?


「寄り合いでは定期的に人員を募集してるのよ。運が良いことにちょうど今日がその時だから、奥の受付に行きましょう」

「あの、ちょっと。遭遇して即座に悪口言われてたのに無視していいのかよちょっと。背中押すなよちょっと」


 ずるずると移動させられている俺を見て、カナンをでくのぼう呼ばわりした男はにやにやと笑っていた。色落ちしたような茶髪と垂れ目がなんか軽薄な印象の奴だ。

 そして彼は小指を立てる。ははーん、勘違いしてるな?


「おーいでくのぼう。もしかしてそいつ、お前のコレかな?」


 いやー美人だし俺もそういう関係になるのはまんざらじゃないけどまだ早いんじゃねぇかな……と思いながらよく見ると、なんかそいつは小指と親指を同時に立てた珍妙なかたちの手を掲げていた。電話のジェスチャー?


「なあ、あの手はどういう意味だ?」

「二人以上の一団パーティで各々の役割を示す意味。親指が組織の頭を、小指が主戦力の前衛を指すのよ」


 あの男の指の向きから察するに、リーダーがカナンで俺が主戦力か。


「薬指が後衛。中指が索敵。人差し指が前衛補助、をそれぞれ意味してる」

「ふーん」


 ハンドサインにも色々文化があるねぇ。

 思いながらも俺はずるずると寄り合いの建物の奥へ押されていった。

 奥行のある細長い建物は、石造りの壁に何か所も木板のボードが打ち付けられただけの殺風景な場所だった。

 そのボードには羊皮紙っぽい紙片に例の楔形っぽい文字で色々記されている。

 周囲に集ういかにも荒くれといった体の連中はじろじろとそれをためつすがめつし、なにやらささやきあっている。

 依頼だろうか。もしやるとして、獣狩りとかは避けたいとこだ。


「ああやって高額な依頼の紙は常連とかが周囲を固めて取れないようにしてるんだって」

「いやさっさと取って持ってきゃいいじゃん」

「字が読めないから金額だけ見てとりあえず確保して、読める団員が来るのを待ってるのよ。金額良くてもとんでもない条件の依頼もあるからね」

「そういうこと……ていうか数字は読める奴多いんだな」

「数字だけはね。ゼロの概念を最初に一般化させてたドブレーって国の数字が使いやすいってことで、万国ほぼ共通で使ってるから」


 へえ。ってことは数字だけなら学べばすぐ読めそうだな。

 思ってる間もずるずる移動。

 ひたすら奥に進んでいって、俺はやっと受付だというところへついた。

 映画に出てくるような古ーい銀行の窓口なんかを思わせる、小さな木製格子窓の向こうでこざっぱりとしたシャツとクラバットを身に付けてせっせと作業してる人々をのぞくことができた。こんちはー。


「こんにちは。依頼の受付ですか?」


 窓口に人影ありと気づいてくれたらしい女性が、すっと腰かけて応対してくれた。

 カナンはやっと俺の前に出て、ちゃらりと首元からドッグタグのようなものを取り出す。受付の女性はそれを見て「《止まり木》の方ですね」とうなずいた。


「止まり木ってなんだ」

「私が所属する寄り合いよ。ここは寄り合いは寄り合いでも、この辺りの地方に根を張ってる《止まり木》《ぬかるみ商店》《早足旅団》の三つの寄り合いが共同でやってる集会所なの」


 ぼそぼそと俺に説明したあと、受付の女性に向き直ったカナンはごほんと咳払いひとつ。

 丁寧な口調に切り替えて、半オクターブ上がった声でにっこりとしゃべり出す。


「新規に寄り合いに参入したいという者がおりまして」

「新規参入、ですか。戸籍謄本などはお持ちですか?」

「いえ、ないです。なので構成員からの紹介というかたちなんですが……」

「なにか成果をお持ちの方でしょうか。あるいは《止まり木》幹部の方などのご推薦で?」

「いえ私からなんですが」

「幹部に御昇進なさったのですか」


 きょとんとした顔で問い返され、ぐっと言葉に詰まるカナン。

 なんだか雲行き怪しくなってきたぞ。


「そういうわけでは、ないんですが。所属歴五年以上の構成員なら紹介の資格はありましたよね?」

「……少々お待ちください」


 おいだいぶ受付の女性が曇った顔と声になったが大丈夫か。

 なんか奥に言って上役っぽいのとひそひそやってるぞ。「え、あいつ?」「はあ、紹介だとかで」「たしかに所属歴は長いから紹介者になる資格はあるけど……」「ですよね」「……でもでくのぼうだぞ?」聞こえてる聞こえてる。でくのぼうってくだりでカナンさん頬ひくつかせてる。よく事情知らんけどやめたげて。

 とか心中でハラハラしてたら戻ってきた。

 受付の女性がいかにも申し訳なさそうな顔を着席のゼロコンマ五秒前に整えてるのが見えたあたりで俺は「とりあえず上に掛け合ってはみましたが、やはりだめなようです」との文意が来るのが読めた。


「とりあえず上に掛け合ってはみましたが、やはりだめなようです」

「『とりあえず』『やはり』ってなによ!」


 うん、そこは怒っていいと思う。俺もまさかそのまんまの返事が来るとは思ってなかった。つーか普通に無礼だろこれは。

 しかし受付女性は顔色ひとつ変えやしない。申し訳なさそうな顔をつくったまま、淡々とてきぱきと進めていく。こいつクレーム業務慣れしてやがる。


「申し訳ございませんが、その。条件がございますので」

「待ってまって。条件って、私五年以上もここに籍置いてるのよ! それにね、このひとの持ってる術ときたら、きっと見たら度肝を抜かれるから! まず審査をっ」

「申し訳ございませんが、おそらくその力量を拝見することはないと思われます」


 取りつく島もねぇ。

 一目見てもらうこともかなわないとは。評価のステージに立っちゃいないってことか? ハラハラが止まらない俺の前で、カナンさんはますますヒートアップした。


「どうして!」

「どうしてもです」

「なんでよなによ条件って!」

「紹介の場合、御紹介者様の力量も加味してお受付することとなっておりますので」

「……うっ」


 途端に失速、青ざめ、意気消沈。

 ばっさりと切られたような様子で、よろりとふらつくカナンさん。


「なんだ、お前腕はあんまりなのか。それでそんな奴の紹介じゃ審査してもらえないって?」

「えと、その。あ、あんまりって……いうか……」

「おーい万年下級のでくのぼう。オレたち受付するからそこをどいてくれるかな?」


 そこで後ろから小ばかにしたような声がした。

 さっき入口でもでくのぼう呼ばわりしてきた軽薄そうな茶髪男が、口の端を吊り上げながらしっしと追い払う仕草をしていた。いかにもな小物だなおい。


「つーかさっきからお前ら、でくのぼうでくのぼうってなんなんだソレ」

「え? まさかきみ、ご存じない? あーだから引っかかっちゃったか。こいつ見てくれだけはいいもんなぁ」


 かはっと笑いながら額を掌で押さえる。いちいち芝居がかんなくていいから要点だけ言えよめんどくさいなぁ。

 思いながら半目で見ると、さあ重要なことを語りますよと言わんばかりに茶髪男は胸を張って腕組みした。そういうのいいから。はよ。


「そいつ、そこのカナンって奴はな。召喚術師なんだがね……なんと召喚び出せるものが、基本的に『火の木の棒』だけなのさ!」


 ひのきのぼう?

 最弱装備じゃねぇか。ひとしこのみができるなら別だけど。

 カナンの方に視線をやると、ふいっと視線を外して壁の方を見ている。

 怒りと羞恥に身もだえしているようだった。その間も茶髪男はぺらぺらと彼女のパーソナルについて踏み込み、語る。


「召喚ってのは強力な代わりに難しい術でね。火・水・風・雷のどれかを選択して、何日も儀式をつづけて絶大な集中力で以て『これ!』と決めた属性を自分の中に取り込み、必要なときだけ近くて遠い場所(アリアモンド)から属性に応じた獣の召喚を行うわけだが」


 笑いをこらえきれないという表情で、茶髪男はまた額に手をあてがった。


「そいつは火の獣を召喚ぼうとして火に集中していたところ、儀式のために積んでた『火の木の棒』……よく燃えるその薪の方に注目してしまったらしくってね? ふふはは、儀式が終わって試しに陣を書いてみたら、出てきたのはそれだったのさ!」


 あーっはっは、とのけぞって笑う。

 いやそんな面白い話かこれ? 悲惨じゃん。笑いのツボ合わんわこいつと。


「そして一度召喚する対象として定めてしまったものはよほど経験を積まない限り変更できない。これじゃ、でくのぼうと呼ぶほかないだろ⁈」


 ん、そういや棒って言った?

 棒切れ。棒切れか。

 あっ……そういえば頭目と争ってるとき、カナンが身の丈くらいの棒切れをどっからともなく取り出してたっけ。思って彼女の手袋の掌を見ると、そこには円形の中に複雑な紋様で編み込まれた陣があった。

 カナンは我慢の限界にきたか、キッとにらみつける目線を茶髪男の方に向ける。

 びゅん、と腕を横薙ぎに振るう。

 その手の中に棒切れが出現し、先端が茶髪男をかすめそうになった。……召喚ってこれか。


「……うるっさいっ! でくのぼうでくのぼうでくのぼうって、私だってなりたくてなったわけじゃないっての! だいたいあんたも万年下級で私と大して変わんないでしょうが、使える魔術も《紫電箭(しでんせん)》を日に七、八発が限度のくせにぃー!」

「ふっ。万年下級だなんてもう言っていられないさ」

「え?」


 のけぞり笑いから姿勢を戻した茶髪男は、懐から羊皮紙っぽいのを取り出した。さっき壁のボードに貼ってあったアレだ。

 紙をすーっと窓口に滑らせると、受付の女性に目配せしながらささやく。


「昨夜受注した依頼とはちがうんだが……たまたま出くわした《山荒らし》の討伐を先ほど完了した。これでオレも下級から昇格させてもらっても構わないね?」


 つぶやきに、受付の女性が目を丸くする。

 後ろでもどよめきが生まれていた。なんだ、やばい奴なのか? 強い奴がいたなら戦えなかったのは残念だなクソぅ。


「倒してきたというのですか……上位賞金首《山荒らし》を! 失礼ながら、証となるものは」

「もちろん。頭目その人を引っ捕えてきたよ。さすがに人数も必要だったし骨が折れたが……おい! 連れてこい!」


 後方、入り口に向かって茶髪男が声をかける。

 途端ドアを開き、えっさほいさと縄でぐるぐる巻きにしたなにかを担いでやってくる男衆。

 彼ら八名がどすんと床にぐるぐる巻きを放り落とす。猿轡を噛まされているのか、ごぇっとくぐもった悲鳴が上がる。

 これを聞いて受付の女性はますます目を丸くした。


「い、生け捕りにしたのですか⁈ あの凶悪かつ凄腕の術師を!」

「まあそういうことだね。では報奨金の方を頂こうか……銀貨二千枚だったな?」


 きざったらしく茶髪を掻き上げながら茶髪男は言う。おおーと周囲がどよめいた。

 銀貨二千枚がどんだけの価値か知らんが、へー。そんなに強い奴なのか。

 どんな奴なのか顔見てや…………おいなんか見覚えあるような気がしないでもないなこいつ。

 でもうまく思い出せない。だれだっけ。


「ああああああーっ!」


 そこでカナンが叫んだ。正解をどうぞ。


「こいつ、昨日ジュンが倒した……!」

「え、そうだっけ? あ、ホントだ」


 いやー雑魚とモブの顔は覚えづらくていけないね。


 俺はよう元気? と声をかけながら横にしゃがみこんだ。頭目の奴は、目を合わせるとばたばたと暴れ出した。ははは、そんな喜ぶなって。キモいから。

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