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酒場メシ

「『一万回コインを弾いて一万回連続で表が出る』」

「なんだそれ?」


 仕分けた金目のものを俺が大きめの革袋(頭目の所持品だ)に詰める間、横に座り込んだ銀髪さんはそんなことを言った。


「魔界の住人が誤召喚される確率、それくらいだって言い伝えがあるのよ……あ、国の正規金貨は分けて持っといたほうがいい。それ純度高くて柔らかいから銀貨とかと擦れると表面の刻印が潰れちゃう」

「お、そうなのか。忠告ありがとよ……にしてもそりゃまたずいぶんな確率だ」

「そうね。そんなんだから、召喚した者には大いなる災いが降りかかると言われてるの」

「なに言ってんだか。災難降りかかってる最中だったじゃねえか」

「……それもそうね」

「だろ。まあでも、俺がいると邪魔とか迷惑かかるってんなら帰してくれてもいいぜ?」


 スマホ失くしたのは痛いとこだが、ひとまず金になりそうなものは手に入れた。

 というわけでこっから帰されてもとりあえずなんとかなりそ……あーハイその表情。帰すの無理っぽいなその顔色。


「……ふ、普通、マナが切れたら自然と召喚は解除されるんだけど……あなたそもそもマナがないみたいで……その」


 しどろもどろで銀髪さんはうつむいた。


「ふむ。帰れねぇってわけか」

「あの……こっちの都合で召喚び出してこんなふうになって、申し訳ないとは……」

「あーいいよべつに。わざとじゃないんだろうし、わざとだったとしても大して気にしねぇ。それより俺向こうで飯食おうとしてるタイミングだったんだよ、どっか食えるとこないか?」


 金はあるし、と頭目から奪った金貨をじゃらじゃらさせる。

 これを見て銀髪さんはえ、と呆気にとられた顔をした。


「……食事、なら、少し離れたところに集落があるけど……」

「おっし決まり。荷物まとめたらそこ行こうぜ」

「えっ、あの、え、軽っ……帰れないのよ? もう向こうに戻れないのよ?」

「戻れないなら、考えても仕方ないだろ? たしかに別離する人間もいないわけじゃないが、俺ぁ常に心残りないようにしてた。だから問題ない」


 人間いつだれと別れるかなんてわからんからな。

 つーかひとりで武術だけで食ってくと決めたときにある程度俺は覚悟してる。

 ……まあ『穴に落ちて死ぬ』とかいう間抜けをさらすかと思ったときはさすがにちょっと心残りだなと思って一回取り乱したがな。


「俺は武術で生きてる。武術に生きてる。死ぬのも殺すのも覚悟して、心残りないように生きてる。だからどこにいようが帰れなかろうが関係ねぇ。死んでないんならそこの基準に準じて生きて、武術続けてくだけだ」


 じろっと見やると、銀髪さんは怯えた目つきになった。


「……申し訳ないけど理解しがたい生き方ね」

「他人にわかってもらう気もねぇからなぁ。これが俺にとって納得できる生き方ってだけだ、周囲に強制するつもりもない」


 キメた感じに言った俺だがそこで腹が鳴った。いやいやお恥ずかしい。


「……とにかく生き方うんぬん言うのもまず腹満たしてからだよな」

「……なんかあなた、緊張して接すればいいのか気ぃ抜いて接すればいいのか判断に困る」

「つかみどころないってよく言われるぜ」


 はっ、と笑ってみせると銀髪さんもふっ、と笑みを返してくれた。

 そこでよっこいせと彼女は腰を上げて、棒切れを脇に置くとつかつか近づいてくる。


「ともあれ、私が召喚び出しちゃった以上面倒は見なきゃね。こんななにもわからない場所ではいろいろ難儀するでしょ、まずは腹ごしらえしながら今後のこと考えましょ」


 彼女は左手で右前腕を握り、右手をぐっと差し出してくる。

 ちょっと考えてから、俺も応じて同様のポーズをとり、右手を出した。

 互いに手を取り合い、ぶんぶんぶんと三回上下させる。

 こっちの世界でも握手ってのは武装解除して敵意がないのを示すための行為らしい。


「カナン」

「ん、カナン? 挨拶の言葉かなんかか?」

「ふふっ……ちがうちがう、私の名前よ。とりあえず、カナンって呼んで。これからしばらくよろしくね、ジュン」


 笑みを漏らしながらカナンは言った。

 ひとまず右も左もわからない世界で案内人ができたし、おまけにそれが美人ときた。わりとツイてるぜ俺。


        +


 棒切れを杖にして歩くカナンと大森林を進むこと感覚からして三、四時間。

 ……いや長いだろ。空腹が一周回ってあんま空腹じゃなくなってきたぞ。少しっつったよねカナンさん? いやどうも徒歩が基本の移動手段っぽい世界だから『少し』の範疇かもしんないけどさぁ……。

 とにもかくにも、夏を思わせる大きな夕日が山の向こうに暮れかかった頃。

 枝葉の天蓋の下から抜けて開けた道に出た。


「あそこよ」

「あー、やっと着いたか……」


 カナンが指さすそこにはぽつぽつと明かりが灯りはじめている家々が並んでいた。俺は自分の服装が周囲から浮く可能性を懸念して、頭目からかっぱらった野営用と思しきマントをシャツの上から羽織って服装を隠す。

 ちなみにダウンジャケットは破れてたのでそのまま捨ててきた。自然に還るといい。

 さてもちいさな集落だ。『多少踏み固めてあります』程度の雑な舗装の道に沿って二十軒ほど平屋の家が軒を連ねている。

 どうも宿場町といったおもむきで、ドアを開け放って客引きをしているところが多い。


「飯屋はどこだ?」

「すぐそこ」


 通りを歩く人々が吸い込まれていく、両開き扉の向こうからはうまそうな匂いが漂ってきていた。

 わいわいと騒がしい中をのぞくとちいさなテーブルが複数並び、奥にはカウンター。いびつなかたちの小さな樽が複数並んでおり空気に酒の匂いもかすかに感じられる。

 頭上の看板には楔形文字みたいな、直線の組み合わせで描く文字が横書きで刻まれていた。


「うーむ読めねぇ」

「ああ、言葉は通じるけど読み書きはできないってのも言い伝え通りなのね」

「つーかどういう理屈で言葉通じてんだろな?」

「さあ。なにしろコイン一万回当てるに相当する珍事だから『魔界からマナのない人間がやってきて、その土地に災いがもたらされた』くらいしか言い伝えも残ってないの」

「……そんな奴を近くに置いといてお前は白い目で見られないのか? カナンさんよ」

「そりゃあ、バレたらろくなことにならないでしょうけど。命助けられた恩も忘れてほっぽりだすのは、人間としてダメでしょ」


 ひらひら手を振りながら店の中へ入っていく。しっかりしてるねぇ。

 さてこっちのメシは腹に合うかな? いろんな国をめぐって多少なりとも鍛えられた胃腸を持ってるので大丈夫だと思いたい。

 隅のテーブルに陣取ると、カナンは壁にかかった品書きと思しきものをじっと見ていた。

 しかし周りを見ていると識字率が高いわけではないようで、「今日は肉、なにがある?」「こないだ食ったよぉ、あの辛い赤い汁かかった魚。あれ今日はあんのか」など、大声で店主に訊ねている者もあった。


「ねえジュン、魔界の住人ってお肉食べる?」

「足のあるものは机と椅子以外なんでも食べようとするのが俺の世界の人間だ」

「……、」

「おいビビった顔すんなよカナン、人間は食わねえよ」


 急に魔界っぽい設定付けるのやめてくんない?

 とにもかくにもメシだ。カナンは「じゃあ適当に頼むね。すいません、ウロコウシの厚切り肉とメナシイモの塩ゆでとニチリンソウのサラダ、あと果実の糖蜜がけ」と注文していた。


「今日はお代も私が出すから。あとジュン、お酒は飲む?」

「お、太っ腹だねぇ。酒もあるならもらうぜ。生中ひとつ」

「?」

「ふむ。試しに言ってみたけどさすがにこんな特殊な単語は通じねぇんだな……そんなら『麦の醸造酒』ならわかるか?」

「ああ、そっちではそういう名前なのね」


 醸造酒ふたつ、とカナンは頼む。……こいつ見た目あきらかに十代だが、まあ異世界だろうと女に年齢訊くのは野暮ってもんだろう。のめのめ。


「あいよー。嬢ちゃんと兄ちゃん、醸造酒ぅー!」


 カウンター向こうから威勢のいい声が響く。

 ほい、とカナンは椅子に腰かけたまま虚空に手を伸ばした。なにやってんだ?


「ほらあなたも手、出して」

「ん? おお」


 言われるがまま同じ方向に手を出す。


「おまちどぉーさまー!」


 間延びした声で店主ががなるのが聞こえた。

 見れば、カウンターから――両手に持った木製のグラスを、こっちに向かってぽーんと投げるところだった!


「おいおいっ、」「あわてないあわてない」


 どこぞの坊さんみたいなことを言うカナン。なに落ち着いてんだと返そうとして――俺は言葉を失う。

 グラスは予想した軌道を外れた。

 上に飛んで――停滞(・・)

 そこからはふよふよとゆっくり、小刻みに揺れながら並行に移動しこっちへと近づいてくる。

 やがてカナンと俺が伸ばした手の中にすぽっと納まり、緩い風が頬を撫でた。


「え……」

「こういうことよ。はいかんぱーい」


 グラスをこつんと打合せ、カナンはぐびぐびと醸造酒をあおった。

 なにこれ手品? いや、ちがうな……。

 術。

 魔術、か。俺はやっと得心いった。

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