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テンプレ山賊戦 その2

 全員が、目をぱちくりさせていた。銀髪さんも唖然としていた。

 どうしたそんな狐につままれたような顔して。とくに頭目。あんぐりしてて顎落ちそうだぞお前。


「……あぁ? っかしいな、確かに俺は手ごたえあったと思ったんだがぁよ……」


 なんか言っている。そりゃ手ごたえはあったろうな。

 なにせ奴が全力で打ち込んだのは間違いない。あの威力、棒立ちで食らえば今度こそ頭が完熟トマト爆裂コースだったろう。

 ただ俺は、そうならないよう右掌から受けた威力を左足まで受け流して(・・・・・)いた。

 右手首、肘、肩、背、腰、股関節、左膝関節、左足首、足裏――と。

 身を引いて順に力を流し、その威力を地面へ投げ出すことで後方へと飛んだ。威力が思ったより高かったのであんなに吹っ飛ぶことになったけど。


「悪いが無傷だぜ」

「……どういう手品だ?」

「手品っつーか、『術』だな」


 そう、術。

 武術である。

 無双の怪力が相手だろうと渡り合うために生み出された、我が流派の奥義。

 津無流、《白浮しらふ》。

 それがこの技の名だった。


「『術』だとぉ……? 《マナ循環》の気配も見せなかったが、お前も『術師』だってのか!」


 すると頭目以下山賊のみなさんは急に警戒の色を見せて俺に向き直る。

 術師? なんのこっちゃ。

 はてなと首をかしげる俺を前に、奴らは隊列を固めていく。


「そうとわかったら手ぇ抜いてらんねぇ。野郎ども、バラけろッ!」


 頭目の号令で、奴らは左右に散開した。

 昔の戦の陣形でいう、鶴翼である。

 真正面は剣持った頭目を中心に短槍四名。左右には弓二名ずつと剣一名ずつ配置。

 そして陣形ができあがるかどうかの辺りで速射がはじまった。四人の弓が俺を狙い始める。

 当たってやる義理はないのでひょいひょいとその場でかわし、俺は連中に声をかけた。


「いきなり殴りかかるわ突然射ってくるわ、お前ら問答無用なのな」

「『術師』相手じゃあたりめーだろ!」「ていうかなんで矢が当たらねえ」「その場から動いてもないのに」「おいあいつ上半身が歪んで見えんだけど……」


 俺の動きについていけないらしい連中は次第に怯えた声になっていった。

 呼吸と重心から狙いが見え見えなので予備動作中に安全地帯に入り込んでるだけなんだが。止まってる的しか射ったことないのお前ら?

 あまりにお粗末なので俺はため息をつきつつ、これ以上この無駄撃ちに付き合う気がないことを宣言しておいた。


「矢が尽きたらこっちも出るぞ」

「ひっ」


 固まる四名。

 ちょうどそこで矢筒の中身が尽きたらしく、動きが止まる。全員同時に切らすことないようにペース配分考えとけよ馬鹿だなぁ。

 というわけで言ったことは守る俺なので突っ込む。地面にスニーカーの底を押し込んで、ひゅんと風切って身を送り出す。彼我の距離は二十メートルもない、三秒で詰められる。

 慌てる雑兵。

 だがその中心で、にたりと笑う者もいる。


「安心しろぉ野郎ども。術式は完了した――こっちの矢の準備はできてら」


 頭目だった。

 奴は剣を俺に突きつけながら、空いていた左手をばっと前に突き出す。

 途端、

 奴の手の回りにぼこん、と渦を巻いて、


 手のひら大の水の球体が十個も出現した。


「なんだそれ?!」

「『矢』だっつってんだろぉが。この俺の、『魔術』だ」


 近づく俺の叫びに返しつつ、次いで頭目は左手を握り込む。肩越しに後ろへ引く。

 さながら強い弓の弦を絞るように。

 胸を張ってぴんと姿勢を正した。

 水の球体はその動きについていくようにぎゅルり、螺旋を描いて細長く伸びる。

 伸びきったところで白煙が薄くそれらを包み――晴れたときには、凍てついた氷柱つららが浮かんでいた。

 たしかに、まるで矢だ。

 矢ってぇことは……


「あばよぉポンコツ――《青の凍手(あおのいて)》ッ!!」


 頭目が握った左手を開く。

 殺気を感じた俺はとっさに身を横倒しにして射線を回避した。

 頭上を撃ち抜いていく矢は背後遠くの木に当たったか、重く斧でも食い込ませたようなドカズカドカッという音を連続で鳴り散らす。当たったらひとたまりもなさそう。


「あっぶなー、」


 と息つく暇もない。

 見れば頭目は再び、手の周りに氷柱を従えている。おい連射できるのかよ。


「脳みそぶちまけろぉ!」


 叫び、左手を開いてリリース。

 体勢を崩した俺めがけ、十本の氷柱が襲い来る。

 左右に身を振ってかわしてもさすがに十本は避け切れない。

 俺は屈んだままその場で身構え――――


 ――――両腕を、振るった。


 キシィンと硬質な音が響き渡った。

 俺の左右に氷柱の群れが突き立つ。


「な、にぃ!?」

「やべぇなおい。……『魔術』っつったか。なかなか面白いな」


 氷の矢、結構速かった。あとすんごくちべたい。

 掌にふーふー息を吹きかけつつ、俺は頭目が放った矢を防ぎ切ったことを視線で示した。

 つまり、目で笑ってやった。はっはっは。


「『矢が避けた』……? あり得ねぇ……一体ッ、なにしやがったぁ!」


 またも弓引くモーションで、頭目が氷柱を放つ。

 俺は立ち上がると悠々と歩いて迫りつつ、身に迫った十矢に腕を振るった。

 再びの、硬質な音。

 弾きいなされた(・・・・・・・)氷柱は左右に突き立ち、周囲を凍てついた風景に変えて、俺の前にだけ道が開かれていった。


「無駄だっての」


 せせら笑う俺に、頭目は焦った表情になった。やたらめったら射かけてくる、が、当然通じはしない。

 落ちる氷柱は左右に積み上げられ、俺の歩む道を縁取る。

 残りの距離が縮まるにつれ、奴は泣き言をわめきはじめた。


「なぜだぁ! なぜ当たらない! い、一体なんの術を使ったッ!?」

「『術』ぅ?」

「術無しでこんな事態が起こるかよぉっ!」

「あー……、まあ術っちゃ術なんだが」


 両手を振るいつつ近づき、いよいよ残り二メートルを割る。

 もはや矢が有効な間合いではない。そう思ったらしい頭目は、構えたままだった剣を瞬時に引き戻し、豪快に袈裟切りを放ってきた。

 おおすごいすごい。半端ない速度だ。

 重機がぐおんと動いたときのような、重さと威力を感じさせるスイング。正確無比な動作には鍛錬のあとが垣間見えるというもの。


 ……でも初動が見え見えだ。

 たとえ鉄を断つ斬撃でも、初動が見えれば軌道が読めて、つまりは当たることなどない。

 俺は剣の軌道の真下に踏み込みつつ右腕を振るう。

 使うのは、先ほどから氷の矢に対して使っていたのと同じ技。

 いやむしろこの使い方こそが本来のものだ。

 なぜなら技の名は――


「津無流、《凌切り(しのぎきり)》」


 頭目の剣が跳ねた。

 俺のこめかみに撃ち込まれようとしていた袈裟切りが逸れる。

 直撃する寸前で軌道が『横薙ぎ』に変わり、頭上を過ぎ去った。


「不可視の障壁術かッ……!?」頭目が歯噛みする。

「いやバリアーなんかできねぇから俺」


 もちろん武の技だ。

 素手で刃物に対抗すべく編み出された、流派の秘奥である。

 やったこととしては単純明快。

 相手の剣の側面、刀で言うところの『しのぎ』と呼ばれる部位を右手刀で外から内へと『切る』ように打つことで斬撃を逸らしたのだ。

 ゆえにこの様を相手の攻撃を『凌ぐ』ことと掛けて、

 技は《凌切り》という名を冠している。


「言い残したことはあるか?」


 剣を振り下ろしたあとの無防備な姿勢をさらす頭目の額に、俺はぴたりと左掌底をかざした。

 だらだらと汗を流しはじめ、奴は少しずつ、先ほどまで在った『体内に煮えた鉄が満ちたような』重い気配を薄くしていった。

 やがて観念したように、ぽつりぽつりとつぶやく。


「おま……お前、何者なんだ……出来栄えに目をつぶりゃガキでもできる《マナ循環》さえ、おそらくはできてねぇ、そんなザマで……どんな術を……」


 まだ言うか術だ術だって。

 魔術とやらに頼り過ぎなんじゃないか?

 思いながら、俺はにやっと笑って左手に力を込めた。


「術は術でも魔術じゃない。俺が使ったのはさぁ――武術だよ」


 地に付けた両足まで芯を通すように、力の流れを操り。

 密着するほど近い距離から加速なく初速で最高速。

 腰を切って放った掌底突きは、頭目の頭蓋を真後ろまで反り返らせた。

 ……津無流、《当真打ち(あたまうち)》。

 すこんと脳みそを打ち抜かれたように。

 ぐるんと天を仰いだ頭目はぶっ倒れてぴくりともしない。


「で、お前らはどうする」


 左手を突き出した姿勢のまま、俺は周囲に問いかけた。

 だれに目を合わせるわけでもなく正面を見たままだが、俺の視野はわりと広い。頭目を中心に真横に展開される鶴翼の陣に震えと怖気が走るのをたしかに感知した。

 そのまましばし、俺は黙って固まったまま。

 左手をゆっくり下ろしていき。

 五秒が経過したところで、


「――おうルるぁぁっ!」


 俺は声とも叫びともつかない音を喉から発した。


「う、わ」「ひっ」「わぁぁぁ!」「助っ、」「けてぇぇっ!!」


 すっかりビビっていた山賊どもは、急な音にパニックを起こして蜘蛛の子散らすように逃げ出していく。おい頭目置いてくのか。人望ねぇなお前。


「あーあー。なんつーか締まらねぇな。つまらん戦いだった」


 ぽりぽりと頭を掻きつつ、俺はしゃがみ込む。ちょうど仰向けに倒れていたので、頭目の上着である革コートの内側を探る。

 お頭って呼ばれてたくらいだし多少は金目のモン持ってるよな。他人から奪おうとしたんだから自分がやられて文句はあるまいの羅生門理論で奪わせてもらうぜ。

 お、金貨だ。ここ金本位制かな? うーむ、いつもの主義でいくと半額返してやるとこなんだけど、ここの貨幣制度とか貨幣価値わかんねぇからなぁ。売れそうなものは残さず剥いどくか……。


「あの」


 考えつつ作業していると、後ろからおそるおそるといった感じに声をかけられた。

 振り返ると銀髪さんがもじもじとこっちを見ている。なんだ用事か? 思って尋ねながらも、俺は探る手を止めない。


「どうかしたか?」

「なにやってるの?」

「追い剥ぎならぬ返り討ち剥ぎ」

「そ、そう……それにしても、助かった。獣狩りの依頼で山に入ったっていうのに、あやうく山賊に狩られるところだったもの」

「ああ、まあ気にすんな。意図せずとはいえ悪いことしちまったからその詫びで助けたんだ」


 悪いこと、との認識はあるもののそこはやはり男なので、俺の視線は自然と銀髪さんのスカートに向いていた。

 銀髪さんはバッと両手で裾を押さえてキッと眉間にしわを寄せた険しい顔をしたが、最終的には「ああありがとぅ……」と怒りと感謝がないまぜになった感じの声を発した。複雑そう。

 ただセルフコントロールには長けているのか、一度大きく深呼吸すると気持ちを切り替えたらしい。俺の方を見てむうとうなる。


「……それにしても、さっきの言葉本当なの?」

「どの言葉だよ」

「魔術は使ってなくて、武術だって」

「ああ。俺魔術なんて使えないって言ったろ?」

「たしかに言ってたけど、あんな風に魔術を真っ向から潰せる奴なんて普通、魔術師以外にはいないのよ……」

「『普通』って言葉は『異常』がいないと存在しないんだぜ」


 ちょっとキメた感じに言ってみたが、銀髪さんはますます引くばかりだった。

 震え交じりの声で、こう問われる。


「……あなた一体、何者なの?」

「名はジュン。姓は澄透スミス。無職、武術家」


 俺を形作る数少ない言葉を並べ立てて、銀髪さんにニヤっと笑みをくれてやった。

 そうそう、あとこれも言っておかないとな。


「ちなみに、たぶんだけど俺は別の世界から来た」

「……は?」

「俺からしたらこの世界の方が異常そのものだ。別の場所から人間を呼び出したり氷の矢をどっからともなく飛ばしたりとか、できねぇよこっちの世界じゃ」


 はーやれやれ、と肩をすくめてやった。

 返ってきたのは……おや無反応。かちんと固まって動かない。どうかしたか?


「なんか変だとは思ってたけど……召喚獣なのに怪我をするし、マナ循環もできないし、…………あなたもしかして、『魔界』から来たの……?」


 おい震えながらとんでもないワードぶちこんできたな。俺の世界にはなんかしっくりこなさすぎるぞそのネーミング。

 でも呼び方があるってことはなんらかの定義があるはずだ。その定義がなにかは知らないが……そうだな。


「仮に、魔術が存在しない世界をそう呼ぶんなら。そうなんだろうな」


 俺の返答に、銀髪さんはため息をついた。ははぁん、どうやら正解だったらしい。

 どうもー澄透純、魔界の住人です。

 名前だけでも憶えて帰ってね。



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