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VS理由殺し その3

 食堂から逃れたマチェーテを追う俺たちは、扉をバァンと開いて先ほどのエントランスへ出た。

 マチェーテは出入り口へ向かう赤絨毯の上を走っており、大扉にたどり着いたところだった。おうこの野郎いい度胸してんじゃねぇか逃がさねえぞ。


「殺しあってくれるかと思いきやいきなり逃亡すんな!」

「いいや殺す。殺すとも。きみの期待通り、確実に殺す。そして私は誅殺を逃れ、これまでと同じ平穏な生活を送る」


 だから、と言葉を切ってマチェーテはバッと頭上に手をかざした。

 その視線の先には蝋燭の火が揺れるシャンデリアがあった。

 シャンデリアは円形の外周の中に……鉄の板が複雑に組み合わされ橋のように渡されるデザインを成している。

 あ、これってもしや。


「だからここへ来たのだ。諸君らを殺し、私は我が罪を諸君らに背負ってもらう……!」


 シャンデリアを模した召喚陣が光を放ち、その内からずるずると溢れ出た光の粉が輪郭を象る。

 徐々に色を帯びて現れたそれは。

 エントランスを埋める、巨体の(ドラゴン)。二十メートル近い全長の怪物は窮屈そうにシャンデリアを頭突きで砕き、遥か頭上から俺たちを見下ろしていた。

 苔のように艶やかな鱗に身を覆い、黒く細長い牙をぎっしりと口腔に並べた化け物。

 長い首の根元では膨らんだ胴が重心を坐らせ、腹の側は鱗が薄く白っぽくなり、長い尾っぽまでつづいている。鉤爪を備えた二本の足は大樹の切り株を思わせる太さと安定感があった。

 おおっとぉ。まさか召喚術、自分で使えたとはな。てっきり部下とかにやらせてたのかと。


「え、あの、罪を背負ってもらうって、なに?」


 会話の流れがつかめていなかったらしいカナンさんが俺に問う。いや状況的に考えられるのひとつしかないだろ。

「いま目の前にいるこの竜もこれまで領地内で出た魔物も、俺たちが召喚して暗躍してたー、ってことにするつもりなんだろ」

「えっ……」

「カナン殿が真に《魔女駆り》の血筋の者であるならそれで形勢逆転じゃ。ああして襲撃犯雇って仕掛けてきたノコー氏の側を逆に陥れることができようの」


 なにしろ稀代の召喚士の(おそらくは絶縁したとはいえ)、娘だ。《魔女駆り》の方が関係性と関与を疑われ、挙句に失脚することも考えられる。


「ど、どどどどうしよう! そんなことになったら私師匠に――母親に、ブッ殺される!」


 だろうな。

 となると、やるべきことはひとつだろう。


「助かりたきゃ、こいつらをぶっ倒す以外の道はねぇな」


 ぽきぺきと指を鳴らして、俺はエントランスの彼方を見た。

 ボァァァァァアア、と大口開けて咆哮する竜しか目に入らなかった。

 長い首をぐるんぐるんとキリンのようにぶん回している。

 挙動は当然ながら、読めない。

 ひとつうなずいて、宣言した。


「俺はマチェーテをぶっ倒す」

「儂らで竜殺しをせよと言うのかの」

「うそ! あなた私たちにアレ任せる気なの?!」

「俺じゃ相手できねぇからしょうがないだろ」

「私だって無理よ!」

「ちょろっと時間稼ぐ程度でいいからなんとか頼む」

「無理ぃぃぃ!!」

「無理でもやらないとどうせ母親に殺されるんだろ。いいか、お前の役割は俺が名前呼んで合図したら棒召喚を発動させることだ。わかったな」

「あくまぁぁぁぁ!!」


 悪魔っつーか。

 魔界の住人だろ俺?

 叫ぶカナンを無視して、俺はポケットに手を突っ込んだ。

 ずるっと引きずり出したのは、先日ルゥシィとの戦闘中にひっぺがしてしまったカナンの手袋だ。


「洗って返そうと思ってたんだがなー。つい返し忘れてたんだ」

「どうするんじゃそれ」

「ミカリ、投げてくれ」

「どこへ」

「竜の口」


 その指示だけで伝わったのだろう、承知したとミカリは手袋を取る。

 中には拾った石ころを詰めてあり、投げやすくなってるはずだ。


「んじゃ数えっぞ。さーん、にーい、いーち」


 ゼロを数えると同時、俺が走り出す。

 竜は足下をちょこまかする俺に気づいてか、長い首をぎゅんと伸ばしてきた。

 つまり動きが限定される。

 飛んでるチャクラムの群れを一発の突きで全輪射貫くミカリなら、そこを狙う程度造作もないはず。


「っそーれぃっ!」


 意外と間の抜けた掛け声と共に、彼女の剛速球が俺を追い抜いた。

 進行方向に待ち受けようとしていた竜の顎に、すっ飛んできた白い手袋が飲み込まれる。


「いまだカナン!」

「あーもうどうなっても知ーらない!!」


 カナンの諦念の絶叫が術を発動する。

 竜は果たして、喉奥で起きた棒の出現により――ぐぼん、と内側から喉を膨れ上がらせた。人間で言うなら急に喉の奥につまようじが一本現れた感じだろう。

 喉の筋肉によりすぐさまへし折り飲み込んだのか、膨れたのは一瞬だった。

 しかし内側から攻撃された痛みは相当なものだったのだろう。グロォグロゥと這うような低音で鳴いて苦しみに首をすっこめた。

 この間に俺は駆け抜ける。

 扉近くにいたマチェーテが視界に入り、驚愕に顔をしかめる。


「よく抜けたものだ、だが死ね!」


 竜に手をかざしたマチェーテが命じると、苦しみあえぎながらも指示には従ったか。

 ぶるんと振るわれるバカでかい尾っぽが、俺の行く手を阻もうとした。


「カナァァァァン!!」


 再度合図をする。

 同時に俺はもう片方の手袋を、足元に投げつけた。

 踏んだ瞬間、

 足裏で光が散る。

 カナンの身の丈ほどの長さの木の棒が出現と同時に俺の身体を中空へ回避させ、すれすれのところを尾っぽが薙いでひのきのぼうを吹き飛ばしていった。


「!? ばかな!!」

「よぉ。これでサシで戦れるな!」


 着地、

 即、

《天歩》。

 移動術で槍の間合いに入り込んだ俺を嫌がり、マチェーテは扉を背で押し開け退避する。つれねぇ奴だ。

 だがもう竜は抜けた。

 だだっ広い前庭を突っ切る、城壁から扉までつづく石畳の上でマチェーテは構えを取っていた。後ろからはワーキャーと悲鳴が(主にカナンの)聞こえていたが、俺はもうマチェーテのみに集中することにして扉を蹴り閉める。


「さあ戦りあおうぜマチェーテ・モルダウン」

「信じられん……仲間を犠牲にしてくるとは」

「犠牲? そんなつもりはねぇよ。だって『俺のために死ね』って言ったわけじゃないしな。互いの利害の一致で、互いに勝機のある領分を任せ合っただけだ」

「あの二人で竜を殺せると?」

「王都じゃ有名らしいぜ? 竜鱗斬り裂く剣に変じるミカリの《尖鋭化》はよ」

「いかに攻撃力があっても当たらなければ意味はない」

「その通りだな。だが正答への導きになる情報は与えた」


 俺の指示で行ったモーションから、わかるはずだ。

 カナンの棒切れ召喚は、飲み込ませたり相手の懐にて発動すれば崩しに使えるし、足場にしての移動の手にもなる。

 竜は体長がマダラブチグマよりも火焔蜥蜴よりもでかいヤバい敵だが、文字通り喉元に剣を届かせることもああした手があれば不可能じゃない。


「ま、どうしても無理ならたぶん城壁斬り抜いて逃げるさ。それならそれでいい。俺の戦いの邪魔にならなければそれで、な」

「気が触れている」

「っはっはっは。武術家に正気求めんなよー」


 それしかやるべきことやりたいことがなくて、結果こんな感じになり果てた生き物だ。

 一般人と同じ感性を保っていられるとでも?


「さあ戦ろう。さあ死合おう。俺もお前も生き残る道は、それしかないんだからさ」

「くっ……――殺すッッ!!」


 いいぜ。ぜひそうしてくれ。

 俺は地面を蹴って、

 この国最強のひとりに挑みかかった。


        +


 マチェーテの構えは変わらない。左半身で足幅は深く、左手は中ほどを右手は石突近くをつかむ。中段に置いた左手に比べ、右手は若干掲げ気味。

 長い槍のリーチはルゥシィやミカリとは比べ物にならない。半径五メートルが死地として認識され、俺の視界に球形の領域を幻視させた。


 それでもためらわず踏み込む。

 水を湛えた貯水湖を思わせるマチェーテの威圧を食い破らんと、攻め気で踏み込む。

 襲い来る初撃。

 そのとき俺は、ダムの決壊がごとき重圧を感じた。

 それは――ヂリッ! と弾けた。

 いや、攻撃同士が弾き合うとかそういう比喩ではなく。

 実際に空気が弾けたのだ。


「おーいおい、やべえな」


《凌切り》で弾こうとした俺は、何度か経験のある匂いを感じたことで警戒から手をひっこめた。

 おかげで初撃にて終了という最悪の事態を避けたかたちである。――ちりちりと、小さく断続的な音がまだ二人の間の空気を震わしていた。

 紫の残光(・・・・)が目に焼き付く。


「躱したか」


 マチェーテが不服そうに言う。おうおう、楽しめよ、もう少し。

 そんな彼の槍に現れていた明らかな変化。

 刃の根元に付いていた白い飾り房が――栗のイガがごとく、全方位に毛を逆立てている。

 紫の光が穂先に宿り、刃の周囲にぱチぱチと爆ぜている。

 やべぇなぁ。

 どう見ても電気だ。


「臭いに敏感で助かったぜ。……雷魔術か」

「いかにも。《紫電槍しでんそう》だ」


 ルゥシィの風魔術といい、ある程度以上の腕になるとやはり接近戦のために『術を纏う』って考え方が生まれるのかね。

 にしてもまたかよ。またしても触れてはならないタイプの能力だ。一応、術者であるマチェーテ自身が感電しないように柄には電気を通していないようだが。


「しかしお前も、魔術と召喚術と二重に使える術師だったか」

「二重術師に遭遇したのか?」

「つい先日あの館でな」

「それは珍しいものを見たな」


 だが、と区切り。

 マチェーテは自ら突っ込んできた。逆立つ白い房が向かい風に倒れてなびく。

 ちょうど俺から見て「の」の字を描くように、槍の穂先がぎゅるんとしなった。巻き付くような打ち。相手の武器を絡め弾いて刃を突き立てるためのものだ。

 無手の俺相手には、単純に軌道が読みづらくなる効果がある。こいつぁ面倒だと思いながら俺は身を左へ寄せた。

 そこへ。


「私は三重トゥリオ術師カントゥーモだ」


 槍はうねり曲がってきた(・・・・・・・・・)


「ぐっぉ!?」


 ぢチッ! と弾ける音が鼻先をかすめる。

 左へ寄ると同時、右足を引き寄せる際に大きく左足の外側へ踏み出すことで足を交差させる変形の《叉跨》があとわずか発動に送れていたら、直撃まではいかずとも感電していた。

 右へ身を倒したまま、素早く地面を蹴って間合いを脱する。それまでにもヒュンヒュンと穂先が二度突きこまれ、そのどちらも軌道が非常に読みづらかった。

 柄の材質は木製だ。奴が壁から手に取ったときのモーションでだいたいの重さと硬さもわかってる。

 わかってるのに、躱しきれなかった。

 まるで素材がちがうものに――もっと柔らかでしなやかなものに変わったように。うねりひずむ軌道が生み出されている。

 いや少し、ちがうな。

 目の横を過ぎ去った槍の柄に、俺は見た。

 さながら竹のように。いくつもの節目(・・)が現れ、そこで曲がり撓うということを!


「錬金術……物体の変質……『関節の増加』か!」

「そうだ。《増節ぞうせつ》」


 ざりざりと後退した俺に向き直り、突きこまれる槍。槍。槍。

 うねりを加えた穂先は変化球のように、俺に当たる直前で軌道を変える。

 上半身のウィービングとスウェー、そして歩法で躱し続ける俺だが、目が慣れてきたかと思ったところで今度は鋭い直線の突き。まるっきり野球である。


「お、お、おっと、っぶね!」


 突きを躱し、距離を置いた。途端にマチェーテは穂先を横薙ぎに返してくる。

 ぢっと音がして振るう軌道上に雷撃がバラ撒かれた。シャワーのように散った電流は石畳と前庭の草木に黒く焦がした跡をつけ、そして穂先からは紫の光が消えた。

 放出もできる、しかし直後は刃からも電気が失われる、と。


「あまり指向性を持たせることができねぇようだな」

「術者に当たらないようにとの設定に注力している」


 電気自体の『流れやすいとこに流れる』って性質を無視してる分、細かい狙いはできないって感じか。それでも十分厄介だぜ。

 燃えようと凍り付こうと風に邪魔されようと、人間動こうと思えば動けるが。電気だけは無理だ。筋肉の随意運動が止められる。


「下手に離れすぎてもならねぇな」


 また前に出る。

 その一瞬で術を再構築したか、穂先には再び電気が纏わりついていた。

 中ほど持つ左手を筒のようにして、しごくように出される三段突き。一度の突き終わりごとに左手の握りを微妙に加えることで穂先が跳ねあがる。あるいは深く落ち込む。


「すさまじい力量だな。こうまで我が槍で捉えられないとは」


 マチェーテはぼそりとつぶやく。こっちが言いたいセリフだぜ、それはよ。

 もう少し突き以外も使ってくれりゃ付け入るスキになるかもなんだが、大技の払いは俺が距離を開けたときに(電流とともに)使うつもりなんだろな。

 そう、こうして正面から向かう限り、使ってくるのは突きだ。どうもその戦法を突き詰めて槍術を鍛えたご様子。まあそりゃな、並の相手なら一発目の関節増加突きでほぼ殺せるし。俺のような奴だから長続きしてるだけで……。

 拮抗状態、膠着状態。

 このままじゃ消耗するばっかだ。

 こうなりゃこっちから仕掛けてみるしかねぇ。

 ちがう手札を、場に展開してもらおう。


「三重術師、か。そうなんだよな?」


 しゃうぉん、と振るわれた槍の空気断ち切る音が消えたタイミング。

 互いにわずか手を止めた――攻めあぐねる一センチの間合いを取り合った結果の空白――時間に、俺は疑問符をつけた言葉を投げた。

 マチェーテは眉をひそめつつ応じる。


「なんの確認だ」

「いやあ相手の言うこと素直に飲み込めるほど俺は純真じゃねぇのさ。三重って言っといて四重って可能性もあんのかなと」

「さてどうかな」


 雑なはぐらかし。どう答えても自分が不利になったように感じるから、会話を打ち切りたい気持ちの表れ。

 十中八九、四重術師の可能性はなくなったな。

 同時に気が急いているのもわかった。短い言葉しか使わず、俺への返しや誹りもない。

 麻雀とかで良い手が入ったら途端に黙り込む奴いるだろ? アレと同じだな。へたなこと言って手を察知されたくない心理。

 つまりまだなにか手を隠している。それがどういう技かはわからないが……膠着を打破する一手になるのであれば。俺は望んでやまない。

 それがこっちが出し抜くスキになるにせよ、こっちが刺される止めになるにせよ、な。


「技があるならもう、見せた方がいいぜ」

「そちらこそ」

「俺はいま出してる手が最大限で精いっぱいだ。術もなーんも使えねぇし」


 実際に真実しか言ってないが、先の俺の発言のせいで裏を読まざるを得ないマチェーテ。

 だが考えてもわからないことは頭の隅にとりあえず置いたようだ。

『とりあえず動かねば』。

 その心理にもっていかせることには、どうやら成功したらしい。


「見たいならば、見せてやろう」

「待ってたぜ」


 右手を掲げる位置をわずかに高くして。

 マチェーテは頭の高さを変えることなく飛び込んできた。

 地を蹴る足で石畳が割れる。破砕を振りまきながら俺の眼前に現れ、刃を寝かせた槍で前に出していた左爪先へ突き下ろしてきた。

 すぐに足を引く。かなり力を入れたらしい突きは石畳に刺さった。

 俺は反撃の一歩を右足で踏み込んだ。地面に突き立ち槍が止まったこの一瞬にマチェーテの右側へ身体を送り込み、背面からの当真打ちを狙う。

 右手を伸ばし、踏み込みの力を載せていく。


「終わりか」

「きみがな」


 鋭い返答が技にかたちを変え俺を狙う。

 ぎゃき、硬いものを引っ掻く音。

 ぼうと空気を貫く音。

 見れば、

 右片手で握られた槍が、

 俺めがけて突きこまれていた!


「そんなっ、マジか?!」


 攻撃してる場合じゃない。一も二もなく踏み込みの力を全力の跳躍に変えた。

 両手ばんざいで背中を極限まで反らした間抜けな姿勢の俺の後ろを、紫電の槍が貫いた。

 飛び込み前転の要領で、しかしローリングを右肩から着地する斜め方向のものに変えることにより二回転で素早く後ろを向く。

 もう左半身に構えていたマチェーテから、しゃがんだ体勢の俺に突きこまれる刃を寝かせた槍。左足を大きく伸ばして右斜め前方に出、ギリギリ避けた。背後近くで穂先が床に刺さる音。

 直後。

 左の二の腕を襲う鈍い痛み。


「っぐお、」


 吹っ飛ぶ俺。今度は三四五……六回転決めた。

 ふらつく頭で俺は左腕の感覚を確かめた。

 斬られては、いない。焼かれて(電気流されて)もいない。

 重く残るは打撃の痛みだった。


「《幻槍げんそう》……などと名付けられてはいるが。なに、大した技ではない」


 もう気づいているだろう? と小首をかしげて解答を求め、マチェーテは再び左半身に構えなおした。

 ああ、気づいた。

 刃を寝かせた突きってのがミソだったのな。


「地面を突いて動きが止まったと見せかけ……その実、押し込んで力を溜めてたのか」

「正解」


 楽しくもなさそうに、淡々とマチェーテは告げた。

 おそるべきは《増節》。

 地面を突くと同時に関節を増やした槍の柄は、マチェーテの押し込む力によってたわむ。ちょうど、弦を引いたときの弓のように。

 それが《増節》を解除された瞬間、元に戻ろうとする力で横に跳ねる(・・・・・)のだ。刺さった槍を引き戻して攻撃するよりも、圧倒的に速い動きで。

 その際に槍の刃が寝かせてあれば、無理なく石畳を断ち割り進む。

 一発目のときはおそらく、槍がL字に曲がるほどに右手を押し込んで解除、結果L字の縦棒部分が直るときに左へ伸びて俺を突いた。

 二発目も同様にしたが、俺が前に出ていたため刃の帰りが遅く柄で叩きのめすことになった。そんなとこだろう。


「終わりが見えてきたな。手ごたえはあった……左腕、折れたのだろう」

「まーな。さすがにマナ循環で強化してる奴の払いを受けちゃぁ、無事ではすまん」


 ズキズキ痛む左腕はもう使い物になるまい。肘から先を動かそうとするだけで激痛だ。

 たしかに幕引きが、見えてきちまったな。

 痛みもあって立ち上がれず、しゃがんだままの俺。

 歩み寄ってくるマチェーテにより、槍が構えられた。


「殺すなら心臓を一刺し。これで頼む」


 俺はぼそりとつぶやいて、両腕をだらりと垂らした。左腕は折れてるのが痛むのもあり、ちょっと肩に力入れてたけど。


「…………、」


《幻槍》のときの、通常の構えよりわずかに右手を高くした構えで、マチェーテは無言。もう会話する気はないってか。そりゃそうだわな。

 一陣の風が、吹いた。

 俺の前髪がなびく。マチェーテはひっつめにして結んでいるため風になんの変化もなかった。

 数秒。

 静かな間があって。

 凪が来た。

 槍が閃いた。


 俺は――頭を右に振って、貫こうとした槍を回避した。マチェーテが顔をしかめる。


 いやあ来ると思ったぜ。

 なぜなら《幻槍》は追撃技だからな。こうして外しても次に繋げる。引き戻しより速い横薙ぎで、俺の頚椎をへし折るくらいできる。だから意味深な「心臓一刺し頼む」を回避してもいい、安全パイだ。そう思ったんだろ。

 思っちゃったんだろ?

 でもな。


「その一撃が、命取りだ」


 俺の右腕が振るわれた。

 槍が、地面に突き立つ直前だ。

 掌は柄に触れる。

 使用する技は――右手での《凌切り》。

 通常は相手の得物を払って隙をつくり、逆の手での《当真打ち》など他の技に繋げるための防御技だ。

 でもな。

 いまこの一瞬に限っては、


防御が最大の攻撃(・・・・・・・・)になるんだよ」

「――――――っが、っぁああああああああッッッ!?」


 絶叫。

 その隙を。

 俺は突く。

《凌切り》を発動させた右手をそのまま正面へ突き出し、屈んだ姿勢から立ち上がる力を利し、《当真打ち》を左の脇腹へ叩き込む。

 浸透させた衝撃が奴の臓腑を掴んで離さない。ぶわりと脂汗をかいたマチェーテは、それでも槍を振り上げようとしたが、できない。

 左は肘が。右は肩が。

 靭帯あるいは腱に、重度のダメージを負ったからだ。


 ……《凌切り》は防御技だが、その要諦は『相手の振り抜く力に己の力を加えて体勢を崩す』というものだ。

 力の加算。

 それは普通の攻撃に対してなら、モーションを大きくさせて姿勢を乱す程度だ。

 しかし《幻槍》のように。全力で力いっぱい突くときに、力を加算させるとどうなる?

 結果がご覧の通りだ。自身の力を超えた力により、負荷がかかって腕が自壊する。


「……っははははは。はっはっははははは! ああ、ギリだった。マジでギリギリだった。本っ当にやばかった!」


 際の際の死線をくぐった。その感覚に酔いしれながら、

 俺はダメ押しの《当真打ち》を叩き込んだ。

 白目を剥いて口の端より泡を噴き、マチェーテの身体は膝から崩れる。

 うつぶせに倒れた奴の脇を抜けて、俺は立ち上がる。

 左腕が痛んで、少し変な歩き方になった。

 ああ。こんな怪我するのもいつ以来だ?

 振り返って、倒れ伏したマチェーテの背中を一度だけ見る。

 かつていまみたいに怪我を負わされたときも、同じように相手のことを見つめたような気がしたが。どうにも、思い出せなかった。

 ただひとつ、そのときにしたことを思い出して。

 同じように言葉をかけた。


「ありがとな。楽しかったぜ、マチェーテ」


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