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VS理由殺し その2

「なにひとつ条件を選ばない殺し合いで頼むわ」


 その面が、不出来な笑みで歪む。

 ……数瞬の間を置いて、奴はひじ置きからずるっと肘を落とした。

 周囲の侍従にも、ざわざわとどよめきが広がっている。

 するすると挙手を下ろして俺が椅子に深く腰掛け直す間、なんか周囲の目が恐怖をはらんだものになっていくのを感じた

 なんだよ。なにこの雰囲気。


「……じゅ、ジュン……」

「どうしたカナンさん」

「……ジュン殿。もう少し言葉を選ばれよ」

「なんだよミカリまで」


 正面に座っていたカナンも、右手のミカリも、いまや机に手をつきこっちに険しい顔を向けている。

 なに。なんなのこの雰囲気。


「辺境伯だって……立場あるひとだって、言ったよね私? なんで粗相の中の粗相をやっちゃってるの?」

「粗相って、向こうが言ったんだろなんでも可能な限りかなえるって。無茶な願いされるのが怖けりゃ言わなきゃよかったんだ」

「いやふつう思わないでしょ殺し合い希望されるなんて! ていうか襲撃犯から助けたけどあなたがまた殺しに出るなら助けた意味ってなに?!」

「殺すって確定したわけじゃないだろ。結果としてどっちがそうなっても構わない戦いがいい、ってだけだ」

「ミカリのときもそうだったの!? 私てっきり手加減したんだと!」

「するわけねぇだろそんな無粋。死ななかっただけだよ、こいつが」


 そして死ななかったならせっかくだから生きてみ、と思っただけだ。

 どよどよと、侍従の間でどよめきが増していく。

 姿勢をゆっくりと正したマチェーテが、静かに椅子を引く。


「……皆、部屋をあとにしろ」


 立ち上がった奴は机に両手をついた姿勢で、侍従の全員を追い払った。

 戸惑いながら残ろうとする者もあったが、それにも奴は「行け」と追い払う手の動きを見せて、部屋の中を俺たち四人だけにした。

 しん、とする。

 俺は立ち上がり、奴の方へ向いた。

 カナンも頭を抱えながら椅子を引き立ち上がる。


「あの……辺境伯。ちがうんです……うちの召喚獣、ちょっと戦に飢えてるとこがありまして……暗殺ではないんですこれは……」


 ぼそぼそとカナンは弁明している。しかしマチェーテには聞いている様子がない。


「せっかく罪を流してもらったというに。また流浪の生活に戻るのかの……」


 ミカリの方はすでにいろいろあきらめた感じだった。

 マチェーテはうつむいたまましばし固まっていたが、やがて俺と目を合わせた。

 それからなぜか、カナンに視線を移した。


「……暗殺ではないと言ったな」

「も、申し上げました!」

「そうか」


 ふうと溜め息をつき、マチェーテは前髪を掻き上げる。

 深緑の眼でカナンを射抜き、彼女の銀髪に目を留めている。


「誅殺ということか」

「……はい?」


 よくわからないことを言い、きびすを返した奴は食堂奥へ歩いていく。

 そして壁にかけられていた槍を手に取った。

 奴の身の丈よりもわずかに長い。刃渡り三五センチ、全長一九二センチ。穂先には柄へ血が垂れるのを防ぐための白い飾り房が付けられ、黒い柄とのコントラストがはっきりしている。

 それを左半身にて構えた。石突近くを握る右手をわずかに高く掲げ、中ほどをつかむ左手を下げ気味に。

 足幅は先日のルゥシィと同じような広く深いスタンス。切っ先から襲い来る殺気に俺は身構えた。……なんだよ普通に戦う気あるんじゃねぇか。


「やる気になってくれてうれしいぜ。そんじゃあ、戦」「誅殺と言われても私は従わない」


 俺の言葉をガン無視して、マチェーテはカナンに話しかけていた。

 ……んん? なんだこの展開。


「おそらくは奴の差し金(・・・・・)なのだろう。先日の宿への襲撃も、諸君らがそれを排除し私を助けたのも……奴が私に対し、『己の所業を省みろ』という意図で皮肉として仕掛けたことなのだな」

「え。え? ちょっと待ってください……仕掛けたってなにを? だれが?」


 わけがわからないという顔でカナンがマチェーテに問う。

 槍の穂先をこちらから一切外さない彼は、カナンの言葉を惑わしだと断じた様子で我鳴った。


「私の自作自演を暴く罠だ。仕掛けたのはノコー・ケーキオルズ。かつての二つ名を《魔女駆り》、私と同じ八英傑のひとり。数百の魔物を召喚するソルド国の切り札にして武功で爵位を授かった、いまは国の治安維持に関する相談役となった女だ」

「……なんで《魔女駆り》の名が出てくるんです」

「きみの手套に刻まれた召喚陣(・・・)は私のよく知るあの女(魔女駆り)のものと酷似している。関係者だろう」


 マチェーテの視線がカナンの顔から手先へ降りた。あわてて掌を握りしめるカナンだが、その隙間にのぞいた複雑な紋様に俺は思い出す。

 あ、これ。

 そうかそういうことか。

 この陣の紋様、絵描きから買ったマチェーテの絵で、奴が着てた鎧に書いてあったのと似てるんだ。なんか見覚えあると思ったんだよなー。

 ってぇことは……ここまでの発言から察するに……


「《理由殺し》は作りだされた英雄、ってことだな」


 マチェーテは自分で導かせた解答であるにもかかわらず、ぐ、と詰まったような声を出した。

 あー。

 ああー、だいたい読めた。


「《理由殺し》の存在自体が、戦意高揚のための嘘だったんだな」


 そうだよな、行軍中にそんなタイミングよく竜が現れて、倒すまでに至るなんてないわな。

 味方である《魔女駆り》かだれか、召喚術を使える者が呼び出した召喚獣だったんだ。

 鎧に刻まれてた紋様。それが召喚のための陣として機能して、マチェーテの前に竜を呼び出した。それを殺させただけ。

 となると、『自作自演』って発言は……たしかこいつ、自領内で魔物が出ると率先して倒しにいく領主だってカナンが言ってたな。

 あー。

 あーあー……。


「そういやなんか『辺境伯は統治の腕はイマイチ』とか言ってたよな、ミカリ」

「うむ。そのような噂が流れておる。しかしかつての武勇と、時折起こる魔物の被害から守ってくれるという点だけは評価されておったのじゃ」

「なーる。民衆の支持率回復のためのパフォーマンスとして、召喚した召喚獣倒すのを魔物討伐と偽ってたわけか」


 俺の発言に肩を落とすマチェーテは、歯茎をむき出しにした表情で俺たちを見る。


「すべて、お見通しだったのだな」


 いやぜんぜん。お前の失言と無駄な深読みがミス招いただけだと思うぜ。

 じゃあなんだ。闇ギルド所属のルゥシィ含めあの襲撃犯連中は、民衆代表としてその《魔女駆り》ノコーとかいうのが差し向けた兵だったってこと? たしかに、マッチポンプで支持率下げないようにしてるとか領主としては微妙なラインだもんな行いが。

 マチェーテはじりじりと穂先をこちらへ近づけながら、さらにつづける。


「……そしてきみのその髪色、容姿はあの女(魔女駆り)に酷似している。あの夜、館の窓辺に立っているのを見たときには本人かと思ったほどだ」

「う、」

「関係者は、関係者でも。血縁の者か……」

「ぐむ、」


 いかにも図星って声がカナンの喉奥から発せられた。

 え。カナンさん、あなたもしかして。


「きみは、ノコーの娘だろう。たしか名は、ラナカン・ケーキオルズ。五年ほど前から行方をくらましたと聞いていたが、なるほどこうした『市井に混じっての潜入調査の手の者』と成っていたのだな」

 名を当てられた瞬間はハっとしたが後半の指摘にはハァ、みたいな顔をしていたので後半はどうやら大外れらしい。

 だが八英傑のひとり、その娘。そこは当たっている様子。

 ……五年前にセキィの街通ったって言ってたよなカナン。ご実家が爵位持ちの家柄でしかも親が召喚の大御所ってことから察するにコレ……召喚の才能なさ過ぎてあの山奥に捨てられたんだよなたぶん。

 しかも名を隠してたことからして『お前みたいのが娘とかバレたら醜聞だから殺すぞ』的な捨てられ方を感じる。


「か、髪色とか見た目なんて、似てる人間いくらでも、いる、でしょう?」


 うわあ。やっぱりそうっぽい。「バレたらまずい」と顔に書いてあるし冷や汗かいてるし声の震えに表れてる。演技下手すぎかお前。

 マチェーテの方はというと、ひとつゆっくりうなずいた。


「たしかに、似ているというだけだ。本当に血縁か確かめる術はない。諸君が本当に誅殺に来たのかも確証は得られない」

「ほら! ですよね!」

「だが疑わしきは罰せよだ」

「うそぉ!」


 状況証拠で疑わしいの揃いすぎだもんな。俺でもそうするわ。


「私はいまの立場を気に入っている。この生活を脅かすものはだれひとりとして生かしておけん」


 俗物根性全開のセリフである。

 さあいよいよ戦闘開始の機運が高まってまいりました。

 一時は殺し合いも提案してこないやる気なしクソ昼行燈だと思ってがっかりしたが、状況が相手に全力を強いてくれて大変やりやすくなった。運が良いぜ俺。


「ところでひとつ確認したいんだが、《理由殺し》は作られた英雄サマだろ? 腕も偽物ってんじゃねぇだろな」

「像としては偽物だが竜殺しの一番槍と呼ばれた私の腕は本物だ」

「それを聞いて安心したぜ」


 雰囲気すごいだけの雑魚だったら本当に萎えるからな。これで愁いはなくなった。

 さあ来いよ。俺は心中で手招きする。

 ミカリは机に立てかけていた剣を取る。

 カナンは……やばいやばいよという顔でばたばたしている。もうあきらめろって。


「では参る」


 マチェーテの突撃。

 ぎゅ、っと絨毯をにじって駆ける。俺も身構えた。

 向かう先は――食堂の最奥から入口までまっすぐに伸びた長机の上だった。

 がシゃがチャばりンと音を立てて食器類を砕き割り蹴散らし、あっという間に入口に達すると扉を蹴り叩いて消える。

 瞬間の出来事であった。


「……逃げてんじゃねぇええええええ!」


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