VS理由殺し その1
がらんがらんと馬車は揺れる。
クソほど乗り心地が悪いが、速度はある。なら少しの行程くらい我慢するほかない。
「ただ、少しっつってもこの世界の少しって半日くらいなんだろうな……」
「どうしたのよ」
「尻が痛ぇ」
「立ってたら?」
揺れる馬車の中で突っ立ってるのも大変だと思ったが、三戦立ちでしばらく耐えてみた。
ばすんとなにか車輪が踏んだのかひどいバウンドに遭い、すぐに体勢は崩れた。
「ジュン殿、重い」
「おお悪いミカリ」
正面に座っていたミカリの太腿に頭を載せる姿勢になってしまい、がばっと起き上がる。
「ジュン、狙ってたの?」
「そういう意図ならお前の方めがけて倒れ込んでるわ」
堂々と言ってのけるとうわあって感じの顔をされた。
なんだよ。一夜明けたらすっかりしおらしさ抜けて元通りだな。
結局またシートへ座り直して、痛む尻を我慢する俺。
車窓からは雄大な大自然の景色が見えている。言い換えると完全に舗装とか忘れ去られた酷道で、ひたすら通る者の尻に苦行を強いてくるような道程だ。
「はやく着かねぇかなぁ」
空気椅子で耐えながら、道への文句を頭に浮かべる俺だった。
+
あれから。
宿に帰りついてさあ寝るかぁと考えていた俺たちに、マチェーテが追いついてきた。今回の一件に巻き込んだことについての詫びを述べ、俺ら三人の顔を見回すと「あらためてなにか要望はないか」と問うてきたのだ。
ミカリは前述の通り罪人の身分をコチョコチョしてもらうこと以外望みはない。俺の方はこの機に乗じてマチェーテに立ち合いを挑めればそれでいいので、そう伝えた。ちょっと怪訝な顔をされたけど。
そんでカナンはと言うと、「私の召喚獣が助けたわけですので……こう、《止まり木》の方に口利きを……」などと、便宜をはかるよう訴える申し出をしていた。マチェーテはこれを快諾し、「ひとまず詫びをかねて一度、私の城へ招待しよう」と言った。
というわけで往路、迎えの馬車にて国境線近くの奴の城へ向かうことになったわけである。
「なんかとんとん拍子に地位の向上をはかれてるような気がしてならねぇな」
「とんとん拍子ってなに?」
「労せず素早く一定の調子を崩さず成果が出ることだ」
「労せずってところはちがくない……? 私もジュンもそれなりに苦労してるでしょ」
「儂は除くのか」
「あなたもともと《朱烏》なんて大物寄り合いの所属じゃない。だいたい山賊に与されて苦労したのこっちだし」
「むう。だが義は通さねばならなかったのじゃ」
「つーか大物寄り合いに属してるのってなんか利点あんのか?」
「八英傑の《蛮勇者》が設立に関わったというだけでも、人民からの信頼は厚く仕事が多く集まるのでな」
「有名人で名が売れてるってだけか」
「よくあることよね」
雑談をかわしながら進むうち、やっとこ馬車は動きを止める。
腰をトントンやりながらステップを踏んでおりると、俺は降りかかる影の中にいた。
「ほお。でけー城」
尖塔を三本戴く、巨大なシルエットが俺たちの前に現れた。
山の中腹辺りで森を切り開いて作られたと思しき石の城壁は、でんと構えて威圧している。山影と一体にここら周辺を我が領域と激しく主張する白亜の壁は、ところどころの造りに外への攻めの装備、ないし侵入を阻む防りの装備なども見られた。
飾りだけのお城ではなく、実用的な防衛線としての建築なのだろうと思わされた。
「主は先に着いて、中でお待ちです」
侍従と思しき女性がぺこりと頭を下げ、城門の近くで待っていた。
俺たちは巨人でも通れそうな門の横にある通用口をくぐりぬけ、前庭を歩く。
「金持ちそうだなー」
「維持費にもお金かかりそうよね……」
「即座に世知辛いこと言うなや」
「しかし大戦からずいぶん経ったとはいえ《理由殺し》。金には困るまい」
「どうだかな。英雄ってのも後ろ盾とか支援者がいなきゃ案外脆いもんだぜ」
「そうなの?」
「何回か見たことあるんだよ、戦争後になんやかんやで金もなくなって、つるし上げられてる英雄サマって奴」
「どういう環境で暮らしておったのじゃ貴公」
「んー。どうと言われてもな。とりあえず、勝てそうな方とか考えずに強い奴の敵になれるよう立ち回ってた」
「え、戦争?」
「国同士とかでかいのじゃないぜ。でも争いごとの中でなきゃ、俺みたいなの食っていけんだろ」
「あなた私に上から目線で言ってたけど、自分の方は普通の就労する気なかったの?」
「ないね」
「言い切るのう……」
「考えたことくらいはあったがよ。まあなんだかんだで、こういうのが一番性に合ってた」
なんて会話をしてもまだ前庭を渡り切らなかった。広すぎ。
そうこうして。
やっとこたどり着いた城の扉を、重く侍従が押し開ける。
そこは広いエントランス。高い天井。吊り下がる円形のシャンデリアに揺れる百を超えよう蝋燭の火が、日中とはいえ暗い室内にぼうと光を投げかけていた。
緋毛氈のようなカーペットが長く奥行へとつづいた先には、数段のぼったところを踊り場に、あとは左右に分かたれ緩くカーブを描きながら二階の回廊へつづく大階段。
回廊には歴代の城主の肖像画か、ご立派な額縁におさまった人物たちがこちらを見下ろしている。
「ふうん……」
じろじろと見まわしていると、かつかつと二階の回廊を歩く影があった。
「やあ、諸君。待ちかねていたぞ」
低く落ち着いた声が、エントランスにわんわんと響いた。
長い黒髪を後ろで一束に結い、白シャツにクラバットと褐色のジャケットを合わせたマチェーテ・モルダウン辺境伯だ。
上背が高く一八五はある。細身に見えるが、歩き方からはしなやかで重量のある筋肉の動きが察せられ、見た目にごまかされてはならないなと俺は観察の視線を強めた。
「このたびはお招き頂きありがとうございます」
「いやいや。こちらこそ先日はご迷惑をおかけした。では立ち話もなんだ、奥で食事を用意させた」
「ご相伴にあずかります」
正装とか全然なってないんだけどいいのかな、と思いながら俺たち三人はマチェーテについていった。
一階へ降りて来た奴を追っていくと、広い食堂と思しきスペースに通される。
あのなんか創作ドラマなんぞでよく見る、やたら長くて最奥の誕生日席が全然見えない感じの机が伸びていた。本当にあるんだなコレ。
俺たちがあいていた席の近くに寄ると、壁際に控えていた他の侍従たちが椅子を引いてくれた。やや、どうもどうも。
着席して、まだ痛む尻ですわりの悪い俺。
カナンとミカリもそれぞれ正面と俺の右手に座り、これでようやく整った。
「それにしても、遠路はるばるご苦労だった」
席が遠いのに、朗々と響く声でマチェーテは言った。絶対この机雑談には向いてないと思うんだが、なにか存在意義があるのだろうか。俺にはわからん。
「なにもない土地で驚いたろう?」
「国境線ってことでしたしこんなもんだろうと思ってましたよ」
「正直者だな。だがまあ、なにもないからこそなにが必要かはすぐにわかる。存外住み良いものだぞここは……さて、さっそく本題だが。諸君の願いについてだ。ミカリ嬢の無罪放免についてと、カナン嬢の《止まり木》における地位への口添えはすでに済ませた」
「ありがとうございます」
俺たち三人は着座のまま頭を下げる。ああよいよい、とマチェーテは顔を上げるよう俺たちに言い、それから少し背筋を伸ばした。
「残るは、ジュン殿の私との立ち合いだが」
「いつお願いできますかね」
わくわくっとした俺は身を乗り出した。
マチェーテは髭でも撫でるかのように顎先に触れ、ふむと思案気味に頭上を見る。
「お望みとあらば、すぐにでも」
そして待望の言葉を吐いてくれた。
いいね。いい感じだ。
さてどう来てくれるんだ?
槍遣いって話だったな。もしやこの長ーい机の下に長大な槍隠してるとか? 伸縮自在の槍で奇襲とかだと相当面白いな。あるいは魔術で攻めてくるのか。
さあ。
さあ。
さあ!
どういう感じに戦ってくれるのか、すぐ見せろ!
……と意気込む俺を見ているのか見ていないのか。
マチェーテは一向に襲いかかってくる気配が見えなかった。おう、食事用意させたっつってたし、食べてからやる気なのかな?
なんて思っていたら。
奴は背もたれに身を預け、片手を差し出し俺に言った。
「細かな要望にも可能な限りは応えよう。なんでも言うがいい」
「細かな要望?」
「立ち合いの形式についてだ」
「……形式?」
「あるだろう。すぐにでも、とは言ったが……実際何時ごろ行うか。得物の種類をどうするか。どのような場所で行うか。なにを以て決着とするか、など」
「…………?」
「取り決めもなしには戦えまい?」
決めていないのか、と言いたげな顔でマチェーテは俺に発言をうながし、ひじ置きに頬杖ついていた。
一向に、自ら攻めてくる気配がない。
ん。
んん?
俺の方が戦ってくれと頼んでる側なのに、さらに要求を加えろってか?
なにそれ?
「……舐めてるのかなこいつ?」
口許を手で隠し、俺は正面のカナンにこそこそっと話しかけた。カナンは首をかしげる。
「え、なんでキレかけてるのあなた」
「立ち合いを頼むっつったんだぜ俺は。なんで時間と武器と場所選べとか、決着条件決めろとかの話になってんだ」
「決めなかったらはじまらないじゃない」
「なんで?」
「互いに向き合ってさあはじめましょう、ってしないと立ち合いじゃないでしょ?」
「嘘だろ」
右手のミカリを向いて言うと、やっぱり奴はこっち側の人間だった。
肩をすくめて「立ち合いという語への認識が儂らとちがうのじゃろ」とぼやいた。だよな。やっぱそうだよな。
「んー。じゃあもうハッキリ言った方がいいのかね」
「決めたのか、条件を」
「まあそんなとこです」
マチェーテの方を向いて、俺は挙手した。
ミカリのときもルゥシィのときも、言わずとも自然と『そうなって』いたからあらためて頼むっての変な感じするけど。言わなきゃわからんならしょうがねぇ。
「マチェーテ辺境伯」
俺の呼びかけに、奴はふむと発言を許す態度を取った。
その面に、不敵な笑みと共にぶつける。
「なにひとつ条件を選ばない殺し合いで頼むわ」




