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山中ランナウェイ


「……というわけで実績を認められましたし、カナンさんの召喚獣ということで戸籍謄本などの提出も不要となりました。今後、ジュンさんの扱いはカナンさんを介して間接的に寄り合い《止まり木》の所属となります」


 どんちゃん騒ぎして、明けて翌日。

 寄り合いの集会所に来た俺とカナンは、受付のひとから淡々と事務手続きを受けていた。


 結論から言えば、予想通り。昨日の実績によって俺のことは戦力として認めざるを得なくなったらしく、向こうからスカウトされるかたちで俺は《止まり木》所属となった。

 まあやたら強い奴がどこにも属さずフラついてたら怖いわな。首輪付けとこうって話になるのは当然だ。


「またそれに伴い、カナンさんの級位も中級に昇格します」

「え、うそ!」

「本当です。おめでとうございます」

「うう、これまで何年頑張っても上がらなかったのに……ありがとうございます」


 複雑そうな顔でカナンはそれを受けていた。素直にうれしがらない彼女を不思議に思った感じの受付のひとだったが、すぐに職務精神に応じた切り替えを成して指を一本立てる。


「ただ、カナンさんの昇格とジュンさんの寄り合い加入にはひとつだけ条件があります」

「条件?」

「さほど難しいことではありません。任務を一件受けていただくだけ。なに、《血風のミカリ》ほどの使い手を倒したジュンさんがいれば、造作もない任務ですよ」


 言って、格子窓の向こうにいた受付のひとは手元にあったベルを鳴らした。

 すると脇にあった小さなドアが開き、中からこつ、と人影が出てくる。

 小柄な体躯にボブカットの赤い髪が揺れる。


「あ」


 カナンと俺は同時に声を発した。


「……ふん」


 俺たちの反応に、鼻を鳴らして。

 橙色の瞳を半目に開いてこちらを見る、ミカリ・ソルがそこにいた。

 ただしなんやら両手首をがっちりした枷で固定されている。


「彼女を、セキィの街にある寄り合い《朱烏》支店の方へ連れていってください。彼女の身柄は一応そちらの預かりになっていますので。そこで《止まり木》の折衝役の方と同席いただき、今回の一件についてご説明お願いします。それが条件です」


 受付のひとがミカリを見やると、彼女はそれに視線をぶつけて相殺し、ウーとうなってうつむいた。なんか俺に負けてへそ曲げてるようにしか見えない。

 その反応を華麗にスルーし、受付のひとは話をつづける。


「彼女の山賊への加担……まあ実際に悪事に手を染めてはいないようですが、とにかく加担は加担です。その行いに対する処罰は、そちらで決定します」


 なるほど。おつかいイベントって感じだな。

 しかしせっかく生かしておいたんだし、本人も自死を選んじゃいないんだ。連れてったら処刑になったとかじゃ意味がないし断りたいところだぜ。


「んで、その処罰って重いんですかね」


 俺はさりげなく探りを入れる。受付のひとは目を伏せた。


「なにを重いとするかによるので一概には申し上げることかないませんね」


 ふーむ、うまくけむに巻かれた感じ。この受付嬢かなりやるな。

 だが俺の言わんとするところ、知りたいと思うところはなんとなく察してくれたのか「命を取られることはありませんよ。彼女には多少の行いに目をつぶっても余りある実績がありますから」と付け足してくれた。ならよし。


「行くとしようぜ、カナン」

「でもセキィの街まで送るのよね? そっちの道、私じゃ狩れない級位の獣とか出るんだけど……まあジュンがいれば大丈夫かな」

「狩れない獣?」


 なんとなくいやなワードだな。

 危ない獣道でもあるのか?


「ああ、そういや獣狩りの仕事の最中に山賊に遭ったんだっけ、お前」

「うん。私でも、こんくらいのマタジシまでならひとりで狩れるから」


 言いながら自分の肩と水平な高さに片手を伸ばし、カナンは虚空で子供の頭をなでるような仕草をした。

 え。

 デカくね。


「……それ、体長表してんの?」

「え? 体高、だけど。マタジシは四足歩行でこうずんぐりむっくりした獣でね。でかくて低くて平たいお鼻と、その横から突き出した二本の牙が特徴なの」


 猪じゃねぇか。

 あとぼそっと「おいしいのも特徴」とか付け足してんなよ。

 あー、俺には通用しないから忘れがちだけど、こいつらマナ循環で俺たちの世界の人間とは比べ物にならん怪力出せるんだったな……。


「で、そんな食いしん坊もといカナンさんが狩れない獣っつーとどんな奴だよ」

「えーと、そうね」


 ひゅっ、と音を立てて掌の中にひのきのぼうを召喚したカナンさんは、その端っこを持って逆の端を上向けた。

 先端は、天井をこすりそうな感じである。


「このくらいの体長のマダラブチグマ。とか」

「その高さだと三メートル超あるんだが。もうそれホッキョクグマだぞ」

「ほっきょく……? それは火を吐く生き物なの?」

「おまけに火ぃ吹くのかよ!」


 二度目だけど異世界舐めてたわ。

 しかしこれ、まずいかもしれん。


「どうかされましたか? もしや任務を受けられないのでは……」


 いぶかしげな眼で受付嬢がこっちを見ている。俺は日本人的曖昧スマイルでいいやそんなことナイデスヨ、と乗り切った。

 カナンはそんな俺に訊ねてくる。


「なに? なんでそんなにそわそわしてるのよ」

「……まずいことにならんといいな、と思ってな」

「どうして? あなた、あんなに強いじゃない」

「ああ俺はたしかに強い。だがそれは『武術による強さ』だ。この意味がわかるか」


 カナンは首をこてんと横に倒した。だめだ理解してねぇ。

 俺は彼女の耳元に口を寄せて、ぼそぼそと答えを告げた。


「つまりだなぁ――――」


        +


 繰り出された剛腕の一撃に地面が割れる。

 次々繰り出される爪の暴風は木々を揺らす。

 めしり、

 べしり、

 べきり、

 と木々は幹がひしゃげ傾いで、無惨に立ち尽くす。


 幹と幹の間を見やると、向こうから……夜がやってきていた。


 そう評したくなるような真っ黒い巨影が、俺たちに迫る。

 動く小山のような影――マダラブチグマは、丸太のような両腕をぶん回し、ずんどんずんどんと鈍く重い躍動の音をまき散らし、縄張りを侵した俺たちを追いかけてきていた。

 その挙動は機敏にして無駄なく殺気たっぷり。

 そしてなにより、

 次になにをするか読めない(・・・・)


「――――あーもう、こういうことだよ」

「なにが!?」


 横を走るカナンが俺に向かって叫ぶ。


「『武術じゃ獣とは戦えねぇ』って、あのとき受付で言ったろ俺」

「あれ冗談じゃなかったの?!」

「冗談言う必要なかったろ、あの場面」

「だってあなたいつも、ふざけてるのかまじめなのかよくわからないからぁ!」


 うわああと悲痛な声をあげたカナンは速度を増した。その後を追う俺。そして手枷のせいでうまく走れず、俺にお姫様抱っこされたミカリは黙っている。

 三人で険しい山道を、ほとんど滑り落ちるようにしてマダラブチグマの猛追を振り切ろうとしていた。痛い痛い。藪のツルが顔面叩きまくってる。


「なんで戦えないのよぉジュンんんん! あなたマナ循環無しでもあの頭目とか、怪力無双っぽいの相手にできてたでしょぉぉ!」


 顔をくしゃくしゃにしてカナンは絶叫していた。美人ほど顔崩してるときは悲惨の一言だなと俺は思った。


「あのなあ。武術は『対人用の』技術なんだよ」

「どういうこと?!」

「人間の思考の先を読んでるから、相手の狙いを外れたり怪力を無力化したりできるだけだ。なに考えてるかよくわからん上に身体の構造も人間と大ちがいの獣相手なんざ戦えるか」

「なっ、ならどうしてあの場で言わなかったのよ!」

「あそこで明かして渋ったらお前の昇格と俺の寄り合い加入の条件満たせなかったろぉ」

「命あっての物種でしょ?!」

「ん、そうだなぁ。判断ミスったかな……どうすりゃよかったのかちょっと考えてみるか」

「ああああいまは反省いいから! ていうかミカリ貸して、あなたマナ循環もできないんだし抱えてたら疲れてすぐ追いつかれるでしょ!」

「いいのか? ほい」


 ぽんと投げてパスすると、カナンはひょいと肩に担いで走る。怪力使えるって便利だねぇ。


「……というかマナ循環の強化無しで、よく抱えて走って私に追いつけるものよね」

「山走るのは得意だし、獣に追われるのも慣れてるからな」

「ホントどういう人生送ってきたのよ、あなた」


 男の子にはな、だれでも漫画とか本の影響で山籠もりしてた時期があるんだよ。

 などと言っても伝わるまいし、はっはと笑ってごまかしておく俺だった。


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