ロリ剣士先生 その4
「お、おおおおおおおおおおっッッ!!」
衆目が沸く。
いかにも決着、って感じの場面だもんな。
でも……まだだ。まだ決まっちゃいねぇ。
この技は密着状態から内部に衝撃を叩き込むためのもんだ。つまり派手に吹っ飛ぶってのは衝撃の分散を意味してる。
今度は向こうが、攻撃の威力を流しやがったな。
「後ろ足の膝の力抜いて自分から後方へ飛んだか」
ぐーぱーしてみた掌に残る感触は、綺麗に決まったときの三割ほど。
すっ転がっていたミカリは剣を杖のようにしてがばっと上体を起こし、真っ赤になった額を痛そうに押さえ、眉根をぎゅぎゅぎゅと寄せていた。
「……痛いではないか」
「悪ぃな、痛いで済ます気なかったんだがよ。こう相手の腕がいいと綺麗に倒せなくて困るぜ」
「誉め言葉と受け取っておこう」
「誉めてんだよ。めったにねぇことだ」
とはいえ、ここまでか。
完全に決まったわけじゃないが、それでも三割は食らわせた。ムチ打ちまではいかないにしても視界は揺れて吐き気も出るはず。パフォーマンスの下がった身で、つづく俺の攻撃を止められるとは思えない。
かぶりを振って立ち上がった彼女は、ぶらんと左片手に剣をぶら下げていて足取りもおぼつかなかった。
「……まいったの。大した足捌きじゃ。接近にまったく気づけなんだ……」
ぶつぶつと言い、思案している。
押さえていた額から右手を離すと、ミカリはぱっつんの赤い前髪の下から――瞳孔を細めた橙色の眼で俺を見据えた。
そこに宿る火は消えていない。
闘争心は、灯りつづけている。
「……まるで、予兆の無い突風よ。面白いな……儂は、風を切れるか。試してみとぉなった」
勝負を、捨てていない。
ふむ。大したやる気である。
まだなにかできるのか? 見せてもらおう。
「来い」
「言われずとも」
直後、俺たちの間に風が吹きはじめる。砂ぼこりが薄く舞い、三メートルもない互いの距離に満ち、足下を隠した。
先の先の奪い合いになることを予想し、俺は再度《天歩》の構えを取った。
対するミカリは、左片手に提げたままの剣を、おもむろに持ち上げた。
左足を大きく引く。
片手持ちの剣を地と水平に、切っ先をこちらへ向ける。
五指開く右手を前に突き出し、親指の付け根に剣の峰を載せる。
わずかに身を沈め――構えが完成したらしかった。
「……我流魔剣、《終喰み》」
どう見ても刺突を放つとしか思えない、ひどく既視感のある――具体的には明治剣客浪漫なあの漫画の警官の――構えでミカリは目を伏せる。
しかし、左片手平突き? 切断力と超軽量が持ち味の剣でそれを選ぶのは、あまり良くない手のように思われた。
もちろん『外した直後に引き切りに移行』とかそういう選択もあるし一概には言えんけども。
ほかになにか思惑があるのか?
絶対の切れ味。それを生かすような技が。
楽しみになり、俄然やる気が出てきた。
……風が凪ぐ。
その後数秒、じりじりと、間合いを保ち。
やがて。
「――――ッ!」
無音のうちにすり足で迫ったミカリが突きを放っていた。
右足前のまま、俺の顔面を切っ先で狙う。
的のでかい胴体ではなくあえて当てにくい頭に来たあたり、やっぱ外したときの引き切りが本命か。
あるいは……絶対の切れ味を、うまく使うなら……、
「ま、いずにせよ」
命をくれてやる気はない。
左の《凌切り》。
身体をかわしつつの一撃で俺は刀身を右下方に向かって弾き飛ばした。
剣を握ったミカリの左腕が遠のき、正中線が晒される。
いかに軽い剣であっても、突きで腕の力をほぼ使い切った直後にあの距離から切り返すのは時間を要する。身体を開かされたいまの姿勢は腰の捻りを溜めているわけでもないので、初撃のときのように逆の手での突きを打つ余力もない。
終わりだ。
右の掌を構え、《当真打ち》を打とうとし――
――あり得ざる反撃を俺は見た。
飛来する剣。
伸びあがる剣。
遥か下方へ弾き飛ばしたはずの、剣。
掌打を叩き込まんと踏み込んだ俺の前に、
ミカリの切り上げが閃いていた!
「――《終喰み》――ッ!!」
それは魔剣であった。
完全に体勢を崩したとこちらが誤認した瞬間を狙う魔剣。
絶対切断の特性を生かせないはずの『刺突』という悪手を餌に誘う魔剣。
先の先を取ることもできず、俺はまんまとその技の間合いに入ってしまった。
斬撃が右脇腹に迫る。
筋肉を、腹膜を、斜めに断ち割り左鎖骨まで抜ける軌道。
絶命の一撃。
死を見せる刃。
研ぎ澄まされた執念の結実。
「――――だが、」
もう一歩足りん。
俺には届かない。
右の掌打をキャンセル。
その場で腕を折りたたみ肘を打ち下ろす。
同時に腿を上げるように右膝を打ち上げ、
肘と膝で剣を挟みこんだ。
「なッッ!?」
叫ぶミカリ。さすがに見たことなかったろ? こんな技。
蹴り足挟み殺しで斬撃を押しとどめた俺は、今度こそと左の掌を伸ばす。
「楽しかったぜ」
しゅかっ、と顎先をかすめるように左のフックを放った。
己の魔剣を破られた衝撃と困惑に彩られていたミカリの目が、色を失う。
がぐんと膝から崩れ落ち、彼女は前のめりに倒れた。
決着だ。
俺はうつぶせで脱力した彼女の姿を見やる。
それからやっと、肘と膝で挟み込んでいた剣を離した。
がちゃんと剣が転がる。
「執念、だな。見事」
彼女の左手は、まだ剣を握りしめたままだった。
+
「――ハっ」
決着からおよそ数分後。
道端でカナンが膝枕してやっていたミカリは、ぱちっと目を開けた。
「あ、起きたの」
「は、あ、えっ……剣!」
「ああ、剣なら」
「剣! 我が剣!」
「いや剣ならそこに」
「剣んんんん!」
「ちょっと無視しな、いだっ!」
声をかけるカナンをガン無視し、ミカリは己の腰に得物がないのを確かめると左右を見回してからがばっと身を起こし顔をのぞきこんでいたカナンに頭突きを食らわせた。
その後寝転がっていた地面に這いつくばり、あたふたと土埃を立てながらその辺をぱんぱんとはたいて回っている。
「剣、剣」
「眼鏡みたいに探すな。ほれ」
鞘に納めて預かっていたそれを、俺は掲げて見せる。ああっと叫んだ彼女はぱたぱたと駆け寄ってきた。
ちなみに俺の足元にはミカリが寝てる間にぶっ倒してふん縛っておいた残りの山賊どもが転がっていたのだが、彼女はまるで意にしない。普通に踏みつけて通った。ひでぇな。
「か、返してくれんか」
「言われずとも。ほらよ」
鞘の鐺を握って差し出すと、柄を手にしてすらっと引き抜く。
周囲はまた剣を振るうのではないかとどよめいたが、俺は攻意が感じられなかったのでそれはないと確信していた。
ひしと剣を抱きしめ、ミカリはうぅ~とうめく。
ややあって、刀身にひとつ口づけしてから、落ち込みしょげた顔で俺を見上げた。そういう顔してると年相応に見えるな、お前。
「……完敗じゃ。なぜ、儂の剣を止められた」
気になるか?
気になるよな。自分の誇った技を破った術理だもんな。
俺は手にした鞘の鯉口で奴の剣を指しながら、解説してやった。
「お前の《尖鋭化》は絶対の切れ味が自慢の術だろ。そんならその特性を極限まで生かした技をひとつは作ってると思った」
なんでも切れる剣があったとして、それの一番有利な特性はなんだろう?
答えは『力がなくても当てれば斬れる』こと。
「お前の剣は当てれば斬れる。力は要らない。それは軽量化による高速の切り返しなどで用いる他に、『力をほぼ使い切った瞬間』を餌にして反撃できることを意味してる。そう考えた」
突きを繰り出し、俺にそれを弾かれたことでミカリは無防備を晒した。
腕の力をほぼ使えなくなったあの瞬間、もう反撃の芽は潰れた。そのはずだった。
だが最後の一撃にしては、あまりにお粗末に過ぎる結末じゃないか?
この違和感で俺は魔剣の術理に気づいた。
突きは囮だ、と。
「お前はあのとき腕の力をほぼ使い切った。切り返しには足りず防御にも足りずほぼなにもできない状態。……でも『ほぼ』だ。完全に使い切っちゃいない。具体的には、腕を少しだけ引き戻す程度の力は残ってたよな」
鞘を剣のように左手に持った俺は、真横に伸ばした腕をすすすと引き戻す。
伸びきった腕を曲げ、腋を締め、肘を脇腹にくっつける。
この程度の力ならあのときのミカリにも残っていた。
そしてこの、腕の位置固定だけで十分だったのだ。
「あとは右足を後ろに引く。その腰の捻りで上体を動かせば――」
俺は右半身の体勢から大きく右足を後ろに引く。
左肘は脇腹にくっつけたまま。こうすれば、体勢の変化に合わせて生じる腰の捻りによって、自然と左腕は前に送り出される。
「――斜め下方からの切り上げが、完成する……とまあ、こんな感じで俺は『絶対切断』の力があるお前の魔剣の術理に気づいたわけだ。だから防ぎ方もあの瞬間に思いついた」
とはいえいくらマナ循環で肉体を強化していても、こんな動きでは大して力は乗らない。だからあんなキワモノの肘膝サンドイッチ技で防げた。
俺の結論に、ミカリは口惜しそうに膝を屈した。
「……読みの深度の差、かの。貴公の勝ちだ、ジュン・スミス」
俺は大仰に右腕を胸元へ引き付け、執事のお辞儀みたいなポーズで「そりゃどうも」と素直に称賛を受け取っておいた。
ミカリはふっと笑う。
抱えていた剣を右逆手に持ち直し、左手を刀身の中ほどに添えた。
「勝敗は決した。ならば敗者は……ただ去るのみ」
切っ先を己の腹に向け、ぽつりと漏らす。
「ちょっ!」
カナンと周囲がなにをしようとしてるのか察して悲鳴をあげかける。
ミカリは目を伏せる。
刀身が鋭く動く。
「はいストップー」
俺は素早く剣を蹴りつけ切っ先を腹部から逸らした。ちりっとかすめた黒コートの脇腹がザックリと裂ける。ご丁寧に《尖鋭化》かけてやがんな。
「なんじゃ、なぜ止める!」
顔を上げたミカリは親の仇のように俺を睨みあげた。おう怖い。
でも俺は怖いことよりつまらないことの方が苦手なのだ。
「まだ一四だろお前? 伸びしろ十分な奴をここで死なすのは惜しいと思ったんだよ」
「剣の道に生きた者が、負けておいておめおめと息繋いでおれるものか……くっ、殺せ!」
武士道精神旺盛だねこの子。士道不覚悟で切腹たぁ、いよいよ新撰組じみてきたな。
でも俺って自死はあんま認めない派なんだよな。
「死ななかったんだから、生きてていいんじゃねぇの」
「……これが運命だとでも?」
「簡単に一言で片づけようとすんなよ。運命ってのは納得できないことをとりあえずなあなあにするだけの言葉だ」
「では、儂にどうしろと」
「すがんな。自分で考えないと、どうせ納得なんざできねぇよ」
ひらひらと片手を振って、俺はきびすを返した。
お話はここまでだ。あとは楽しかった戦いの余韻に浸らせていただく。
さーて、いい具合に腹もすいたことだし。
「じゃあ約束通りさっき手ぇ挙げてくれた連中。飲みに行くか! 支払いはカナン・ケーキオルズの召喚獣であるこの俺、ジュン・スミスが山賊討伐の報奨金で奢るぞ!」
呼びかけると周りはうおおおおおと湧いて駆け寄ってきた。
「やってくれたもんだな!」「すげえよあんな都でも有名な使い手倒すなんて」「召喚獣、ってことは魔術使ってたんだよな」「カナン、よくこんな強いの召喚べたよなぁ」「でくのぼ……いやそんなこと言えねえなもう」「大したもんだよ嬢ちゃん!」
ミカリを倒しこの町の危機を救った俺。
そしてそんな俺を召喚したカナンに対して惜しみない称賛が降りかかる。おう、胴上げまでしてくれんのか。ていうか胴上げの文化あるんだなこっちも。
わっしょい! わっしょい! と放り上げられ、宙に浮かぶ俺とカナン。
立場の爆上げで扱いがころっと変わったことに、カナンはひどく狼狽していた。
「ええええ……なんか、急に担ぎ上げられて戸惑うんだけど……」
「でくのぼう呼ばわりだったもんな、さっきまで」
「でくのぼう言うな!」
「聞き納めだと思っとけ。もうだれも言わんだろ」
「う、うー。でも、自分の成果じゃないのに褒められても」
「状況からすりゃお前の手柄だからしゃーねぇさ。ま、身の丈よりでかい服を着せられたらどうすべきかは、なんとなくわかるだろ?」
「……成長しろってこと?」
「正解」
言いくるめると、不承不承といった顔つきだったがカナンはこくりとうなずいた。わかればよろしい。
こうして、称賛を受けながら……しめしめ、と俺は内心で舌なめずりする。
俺は、みんなからカナンの召喚獣として認知された。
なんやら有名な使い手だったらしいミカリを倒して止めた実績、山賊討伐の実績、とそれなりにでかい成果もある。
「……これで俺を寄り合いのメンバーに認めないわけにはいかんだろ……」
「ジュン、なんか言った?」
「いやなーんにも」
澄透純、無職・武術家。
異世界にきてようやく就職口が見つかりそうな予感。