第七話「山道の抱擁」
「都にはなにがあるんですか?」
二人が出会ってから二日目。都までの徒歩の間にウメは話題を絞り出す。
道は登山のようになり、かなり険しい。燦燦と照りつける日差しで汗が噴き出る。
岩山を駆け上ると、クウは下に居るウメに手を差し伸べた。
「ほら、姫。よっと」
差し出すウメの手を握ると軽々と引き上げて、岩山の上で抱きとめる。急に抱きしめられてウメは頬を染めた。男性の力強い肉体に包まれて、何も考えられなくなる。
「ふぅ~。都かー俺はあんまり知らねーんだよな。用がねぇ。ただまぁ安全だとは思うぜ」
「あ、そ、そうなんですね……」
「どうした? 疲れたかよ?」
「あ、いえ……」
ウメの様子に何かを言おうとしたクウだったが、急に神妙な面持ちになり考え込む。
「危険をなるべく回避したくて山道を選んだが……」
「どうしましたか?」
「しっ、なるべく息を殺せ」
「は、はい……」
同時刻。二人から少し離れた山道。
「そっちに逃げたぞ。追い詰めろ」
「今回は俺がもらうぜー!」
「言ってろ。早い者勝ちだぜ」
三つの人影が山道を駆けながら会話をしていた。
その先には逃げる人影もある。
「くそっ……もう一度――」
三人から逃げる人影は、空気が震えた後に姿が滲んで消えた。
「また消えやがった」
「おい。無駄なことを教えてやれ」
「へいへい」
少し小柄な男が手をかざすと、地面に落ちている岩が振動してゆっくりと浮き上がる。
「おらっ」
掛け声と共に大小様々な岩が、消えた男のほうへ高速で飛び散った。
「ぐあっ」
見えない何かに何個かの岩が当たると、先ほど消えた男が呻き声と共に姿を現す。倒れ込んだ男を三人が囲う。
「鬼ごっこはやめにしよーや兄ちゃん」
長い髭を不精に生やした男が、髭を擦りながら笑みを浮かべると、倒れ込んだ男は縋るように懇願した。
「ま、待ってくれ。金ならある。だから命だけは……」
「おめーも落ち人なら覚悟決めろや」
「そ、そんな……あぐっ」
ヒュッと生き物のような軌道で飛んできた矢が、男の胸元を抉って背後の地面に突き刺さった。命乞いをしていた男は鮮血と共に倒れ込む。
「おい! そりゃーねーだろうがよ、ザッツ」
「今回は俺だろ。能力的に見てもよぉ」
文句を言う髭面の男を睨みつけながら、ザッツと呼ばれた長髪の男が弓をしまい込みながら姿を現す。さらにその後ろからもう一人。男たちは5人組のようだ。
「それより、さっき一瞬だけ反応があったぜ。ただ……」
最後に合流した周囲を警戒する役目の茶髪の男が口ごもる。
「落ち人か?」
「たぶんな。でもやり手かもしれん。気配の消し方でなんとなくな」
「ふむ。少しだけ探知を続けて、ひっかからなきゃ引き上げるとするか」
「了解だ」
「都で一杯やろうや」
「だな」
「能力も奪う。金も奪う。命乞いなんて無駄なんだよ」
地面に倒れて動かなくなっている死体を見下ろして髭面の男は唾を吐きかけると、死体は光の粒子となって四散した。
落ち人同士は能力の奪い合いがある以上は争うのが必然。しかし、この男たちのようにお互いの生存率をあげる為に組むことも珍しくはなかった。
その頃。
ウメを抱きかかえる形でクウは岩陰で息を潜めていた。
力強く抱かれている状態でウメは顔が赤面している。心臓の鼓動が激しい。
「あ、あの……」
なんとか声を出そうとしたウメだったが、クウが抱きしめる腕に力を込めると胸元に顔が埋まる形となり声が出せずにいた。
「ふぅ……行った……かな」
「あの……なにが……」
なんとか顔を上に向けるとウメは安堵した表情のクウに声をかける。
「落ち人さ。近くで争ってた。しかも複数でな」
「争う……?」
「あぁ、わりっ。姫は知らなくていいことだったな」
そう言ってクウが離れると、力強い抱擁から解放されたウメは着物の乱れを直し始めた。
身体に残る男性の力強い感触が、しばらく忘れられないものとなりそうでウメは真っ赤になっている。
あんなの勘違いしちゃうよ……とウメは思ったが、振り払うように頭を振った。