表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
空のパンドラ  作者: 真野紀由
第一章 -旅立ち-
7/31

第六話「出来すぎた世界」

「ん……ハッ!」


 草の布団からガバっとウメは跳ね起きた。木々の隙間から差し込む日の光が眩しく閃く。

 ぼーっと辺りを見渡したあと、昨日までのことが夢ではないことを再確認して、どんよりした顔をする。それでも起き上がり、着物についたわずかな草を払い、目を擦りながらブルっと身を震わせると、昨日の葉っぱを見つけて数枚千切ってから茂みに入っていく。



「ふぅ……」


 用が済み着物を着つけ直すと川のほうへ向かった。

 一晩で随分と手慣れたものだ。川で水を飲もうかと思ったウメだったが、先客がいた。クウだ。


 刀を右に左に薙ぎ払い、クウは素振りのようなものをしていた。周囲に敵がいるわけではないようなので、修練のようなものなのだろう。



「おはよーさん」


 見られていることに気づいたクウが、刀を白い鞘におさめるとウメに歩み寄る。


「おはようございます……」


 素直にペコリとウメは頭を下げた。


「ほら、これ」


 そう言って、また草を渡してきた。

 ウメは手渡された草の形状ですぐに気づく。


「まさかこれ……歯ブラシですか?」

「あぁ、おもしれーだろ? んでな、こっちの花を潰してみな」


 言われるままに花を潰してみるとニュッと見慣れたものが飛び出る。ウメは慌てて歯ブラシの形状の草で受け止めた。


「……歯磨き粉……?」

「おう。まー出来すぎてるよな。必要なものが用意されてる感じなんだわ。この世界ってやっつぁーよ」

「へぇ……」


 川辺に行き顔を洗ったあとに、草の歯ブラシで歯を磨きながらウメはぼんやりとしていた。


「この世界ってなんなんでしょうか……」

「さぁな。でも、俺にはやらにゃならんことがある」


 何気なく呟いたウメの言葉に、朝食の支度をしながらクウは答える。

 無意識に言葉にしてしまった為、返事があるとは思っていなかったウメはキョトンとした顔でクウを見た。

 どこからかコップを用意して、クウは何かを注ぎ込んでいる。

 懐かしい匂いがウメの鼻をくすぐった。


「この匂いって……コーヒーですか?」

「まーな。砂糖はどれくらいだ?」

「えっと、あまり飲んだことなくって……」

「そりゃいいや。んじゃお任せコースでっと。この白い花が砂糖の代わりになるんだよ。潰すと粉みたいのがでるだろ? ほれっ」


 さっとコーヒーに白い粉を振りかけると、クウは掻き混ぜてからウメに手渡した。

 懐かしい匂いと甘い匂いが漂う。ウメはコップを受け取ると鼻いっぱいに匂いを吸い込む。そして、ゆっくりと口をつけた。


「美味しい……」

「だろ? あとはパンがあるぜ。ほいよ」

「あ、ありがとうございます……これどうしたんですか?」

「村を出る前にもらっといたんだよ」

「なるほど……」

「毎回ってわけにはいかねーが、最初くれーはな」


 自分の為に色々してくれてるんだと、ウメは顔を少し赤らめた。思えば現実世界で男性にこんなに優しくされたことはなかったからだ。


 現実世界。

 ウメがスフィーレアに来る前に居た世界。

 人見知りで友達がいなかった少女が孤独だった世界。


 黒い着物はウメの心を映し出しているように漆黒だった。

 少しほろ苦いコーヒーを味わいながら、ウメが視線を向けると、そこには自由を満喫するクウの笑顔があった。



 夢なら覚めないで欲しい――。

 コーヒーの柔らかな湯気が、ウメの思いを空に届けるように消えていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ