第六話「出来すぎた世界」
「ん……ハッ!」
草の布団からガバっとウメは跳ね起きた。木々の隙間から差し込む日の光が眩しく閃く。
ぼーっと辺りを見渡したあと、昨日までのことが夢ではないことを再確認して、どんよりした顔をする。それでも起き上がり、着物についたわずかな草を払い、目を擦りながらブルっと身を震わせると、昨日の葉っぱを見つけて数枚千切ってから茂みに入っていく。
「ふぅ……」
用が済み着物を着つけ直すと川のほうへ向かった。
一晩で随分と手慣れたものだ。川で水を飲もうかと思ったウメだったが、先客がいた。クウだ。
刀を右に左に薙ぎ払い、クウは素振りのようなものをしていた。周囲に敵がいるわけではないようなので、修練のようなものなのだろう。
「おはよーさん」
見られていることに気づいたクウが、刀を白い鞘におさめるとウメに歩み寄る。
「おはようございます……」
素直にペコリとウメは頭を下げた。
「ほら、これ」
そう言って、また草を渡してきた。
ウメは手渡された草の形状ですぐに気づく。
「まさかこれ……歯ブラシですか?」
「あぁ、おもしれーだろ? んでな、こっちの花を潰してみな」
言われるままに花を潰してみるとニュッと見慣れたものが飛び出る。ウメは慌てて歯ブラシの形状の草で受け止めた。
「……歯磨き粉……?」
「おう。まー出来すぎてるよな。必要なものが用意されてる感じなんだわ。この世界ってやっつぁーよ」
「へぇ……」
川辺に行き顔を洗ったあとに、草の歯ブラシで歯を磨きながらウメはぼんやりとしていた。
「この世界ってなんなんでしょうか……」
「さぁな。でも、俺にはやらにゃならんことがある」
何気なく呟いたウメの言葉に、朝食の支度をしながらクウは答える。
無意識に言葉にしてしまった為、返事があるとは思っていなかったウメはキョトンとした顔でクウを見た。
どこからかコップを用意して、クウは何かを注ぎ込んでいる。
懐かしい匂いがウメの鼻をくすぐった。
「この匂いって……コーヒーですか?」
「まーな。砂糖はどれくらいだ?」
「えっと、あまり飲んだことなくって……」
「そりゃいいや。んじゃお任せコースでっと。この白い花が砂糖の代わりになるんだよ。潰すと粉みたいのがでるだろ? ほれっ」
さっとコーヒーに白い粉を振りかけると、クウは掻き混ぜてからウメに手渡した。
懐かしい匂いと甘い匂いが漂う。ウメはコップを受け取ると鼻いっぱいに匂いを吸い込む。そして、ゆっくりと口をつけた。
「美味しい……」
「だろ? あとはパンがあるぜ。ほいよ」
「あ、ありがとうございます……これどうしたんですか?」
「村を出る前にもらっといたんだよ」
「なるほど……」
「毎回ってわけにはいかねーが、最初くれーはな」
自分の為に色々してくれてるんだと、ウメは顔を少し赤らめた。思えば現実世界で男性にこんなに優しくされたことはなかったからだ。
現実世界。
ウメがスフィーレアに来る前に居た世界。
人見知りで友達がいなかった少女が孤独だった世界。
黒い着物はウメの心を映し出しているように漆黒だった。
少しほろ苦いコーヒーを味わいながら、ウメが視線を向けると、そこには自由を満喫するクウの笑顔があった。
夢なら覚めないで欲しい――。
コーヒーの柔らかな湯気が、ウメの思いを空に届けるように消えていった。