第五話「夜空に消える思い」
「お待たせしました」
水浴びを終えて着物を着つけ直し、ウメは少し濡れた髪を揺らしながらひょこっとクウの元へ顔をだした。肉が焼ける香ばしい匂いが鼻をくすぐり、お腹が鳴る。
「おう、グッドタイミングだ。ほぉ……」
焚火に木の枝を投げ入れながら、ウメを視界にとらえるとまじまじと舐めまわすように見た。
「な、なんですか……?」
「いや、もしかしたら着物の着付けができねーかなって」
「大丈夫です。うち呉服屋なので……」
「へぇ、なるほどなぁ。まー良かったよ。こっち座りな。少し冷えたろ」
感心したようにウメを座らせる。焚火の炎が温かく、ウメは優しい表情をした。
クウはそこへ少し頑丈そうな串のような枝に差した肉を差し出す。
「丁度いい加減だぜ、ほら食いな」
「あ、ありがとう……」
クマ肉。ウメは一瞬、躊躇したが空腹には勝てず一口頬張ると、口いっぱいに芳醇な肉汁が溢れ出し、夢中で食べ始めた。
真っ暗になり始めた空。焚火の灯が二人の顔を照らす。
「あの、クウさんはいつからここに……」
お腹が満たされ始めると、ウメは不安を口にする。これからはずっとこんな暮らしが続くのかと――そんな顔をしていた。
「どれくれーかなぁ……ん~数ヶ月くれーかな? 半年まではいかねーくらい」
「数ヶ月!? ずっとここで暮らしてるんですか?」
「まーな」
「ずっと一人でですか……?」
「いや……」
そこで会話が止まる。聞いてはいけないことだったのだろうかとウメが表情を暗くすると、その様子に気づいたクウが頭を掻きながら話し始めた。
「わりっ、こんな世界だろ? 色々あるのさ。世話になったやつがいてな……またそのうち会えらーな」
「は、はぁ……」
また会える、ということは生きている、という意味だろう。しかし、決別された何かがあるのかもしれないと思い、ウメはそれ以上は聞かなかった。いつもふざけたようなクウが誤魔化してはいても、やたらと男な顔をしていたのも理由の一つだったりするのかもしれない。
「おっと、そいや呼び捨てでいいぜ。さんはいらねぇよ」
「私もウメでいいですよ? 姫じゃないですもん」
「お、言うねぇ姫」
「ムーッ」
「はは。そろそろ寝るべ」
「え……」
ウメは急に現実に引き戻された。年頃の男女が一緒に寝る……その意味はどうしてもそちらのほうにチラつくのだろう。
「心配すんな。襲ったりしねーよ」
「な、ななな……」
クウの言葉でさらに意識してしまったウメは茹蛸のように真っ赤になって、頭から湯気を発している。
「ほらこっち」
「? これって……」
言われるままについて行ったウメの視界には、綿のような草が敷き詰めてある布団のようなものがあった。
「さっき集めといた。野宿にしては上等だろ?」
ウメが草の布団に触れると、ふわふわしていて柔らかかった。紙のような手触りの葉っぱといい、この世界の葉っぱは優秀だ。
「あ、ありがとうございます……」
「じゃ、ゆっくり寝てくれ。おやすみ姫さん」
「おやすみなさい……」
姫呼びに一瞬、不服そうな顔をしたウメだったが、わざわざ布団のようなものまで用意してくれたり、食事を用意してくれたり、物凄く大事にされていることに文句を言えなくなってしまったようだった。
「柔らかい……」
極上の布団とまではいかないが、充分すぎる寝心地に日中の疲れも相まって、ウメはすぐに眠りについた。
川辺のほうの少し坂になったところに寝転がると、クウは夜空を見ながらタバコを吹かす。煙は夜空へは届かず、靄のように消えていく。物思いに耽ったその顔は、少し寂しそうにも見えた。