第三話「む、無理……」
「うぉらー!」
気合いと共に刀が閃き、クウは黒い何かを斬り飛ばす。
その黒い何かは狼のようなシルエットだったが、とにかく黒い。真っ黒だった。
次々と襲い来る黒い何かを、軽やかに刀で斬ったり、ときには殴ったり、蹴り飛ばしたりして倒している。
空から落ちてきた黒い着物の少女ウメ。
青い髪の青年クウと出会い、その言葉のままに都まで旅をすることとなり、今まさに歩いているわけだが――RPGのゲームで敵とエンカウントするかのように度々、何かに襲われていた。
「ハァハァ……都までどれくらいなんでしょうか?」
小さな村を出発してからまだ半日ほどだったが、ウメは肩で息を切らして懇願するような瞳で都までの距離を尋ねる。
「もう疲れたのか? まだ数日はかかるぜ? おぶさってやろうか?」
「いえ……ハァ……そうですか……あと、あの黒い獣はなんですか?」
徒歩による疲労もそうだが、ウメを疲れさせていたのはいきなり襲って来る黒い生き物だった。気が休まらないようだ。
「雑魚モンスターっての? ゲームみてぇだよな」
「ハァ……」
たしかに黒い狼のような生き物は、刀で斬られたりすると四散して消えていた。そう、まるでゲームのように。しかし、ウメはそれどころではなかった。
「ま、俺が守ってやるから心配するな。姫を守るナイトみてーだろ?」
「……あ、あの……」
「あん? どーした?」
ウメがモジモジし始めたので、クウは怪訝そうに足を止める。
「そ、その……この辺りに村は……」
「いやぁ、都までは野宿を覚悟してくれ」
「そ、そんな! こ、困ります……」
「あーん? ハハァ……」
察したように顎に手をやるとクウは周囲を見渡した。
感づかれたことが余計に恥ずかしくなり、ウメは着物の裾を力強く握って俯く。
「ささ、姫様。こちらへ」
ふざけたようにクウは森の茂みにウメを案内した。
「は……? え?」
「んーと、あとこれな」
何がなんだかわけがわからないウメにクウは手慣れたように葉っぱを数枚千切ると手渡した。少し大きめの葉っぱで、紙のような手触りだ。
「その茂みなら周りから見えねーだろ? あっちにいってるから終わったら教えてくれ」
(なにこの葉っぱ……え、え、え? ムリィイイイイイイイ――)
わなわなと両手で葉っぱを持ちながらウメは心の中で絶叫した。
しかし、我慢の限界だったのか、意を決したように辺りを見渡すと、着物を捲り上げて下着に手をかける。
「ふぅ……」
間に合った……といったような安堵の表情だった。それでも落ち着かずに周囲をキョロキョロする。
「お、音とか……聞こえてない……よね……ハァ……」
ガサッ。
茂みの向こうから草を揺らす音がしたことにウメはビクついた。
「な、なに……?」
「ギャオォオ――!」
「ヒッ」
雄たけびと共に茂みを乗り越えて顔を出してきたのは大きな――クマだった。
ウメは涙目で着物を捲り上げて屈みこんでる状態で固まる。
「む、無理……」
それだけ呟くと、ウメはようやくこの別世界に来たことに現実味を帯び始めてきていた。