第三十話「恐怖」
優しい日差しが差し込む部屋。
天蓋のついたベッドでは、真っ白な浴衣のようなものを着て少女が寝ている。
「う~ん……」
少女は目を覚ますとムクリと起き上がり、ベッドの脇にある白い刀に視線を向けると、
「おはよう……」と挨拶をし、
そのまま両手を上にあげて大きく伸びをすると、ベッドから飛び起きた。
今日から特訓が始まる。
とりあえず早朝に起床するように言われていたからだ。
軽くシャワーを浴びて歯を磨くと、ウメは桜色の着物を着ながら気合を入れた。
「おっす」
「おはようクウ」
一階に降りるとすでにクウが待っていた。
普段ぶっきらぼうでいい加減な感じの彼だったが、この手のことにはしっかりしているようだ。
外にでるように促され、ウメはそのあとをついて行く。
「よし、じゃあ始めるか」
「はいっ」
「魔気のコントロールはどれくらいできる?」
「どれ……くらい……?」
質問の意味がよくわからずウメは首を傾げる。
その様子にクウは頭をガシガシと掻いた。
「まぁいいや。そのあたりはシフォンに任せてるからそっちで聞け」
「う、うんっ」
「とりあえず、お前の練習メニューは早朝にランニング。朝飯食ったら昼まで勉強。昼飯食べたら午後からは戦闘訓練。この繰り返しだ」
「ら、ランニング……」
正直、身体を動かすのが得意ではなかったウメは顔を青ざめた。
「ただ走るってわけじゃねぇぞ」
「ふんふん……」
「魔気を全身に巡らせて走るんだ。そうだなぁこの屋敷の周りを円にして走る感じだな」
「それするとどうなるの?」
「魔気を身体で感じるんだ。速く走ったり、高くジャンプしたり、魔気を調節するんだよ」
「ははぁ……」
「ま、とりあえず後はシフォンが教えてくれっから。走ってこい」
「はいぃっ」
ウメが走り出そうとしたが、刀に気づいてクウは止めた。
「待てお前。刀は持ってかなくてもいいだろ」
「ううん。持ってく!」
「なんで?」
「これから一緒に戦う相棒だからね!」
ニッコリと笑うとウメは刀を持ったまま走っていってしまった。
その後ろ姿を見送りながら鼻で笑うと、クウは屋敷に戻っていく。
――五分後。
「ハァハァハァ……」
汗だくになり大きな木に手をついてウメは肩で息をしていた。
「き、きつい……。ハッ。魔気をどうたらいってたっけ……よし」
(全神経を集中――魔気を身体に覆うイメージ)
集中すると共にウメの全身を薄い光が覆い始める。
「よし! いく、ぞぉおおおおあああああ――」
一歩踏み出したウメの声が悲鳴にかわった。
アクセルをベタ踏みした車のように急加速したからだ。
土煙をあげながら爆走する。
「わぁあ、なにこれ――止まらない――たすけてぇえええ」
悲鳴をあげながら涙目になるウメは自分の意思とは関係なく走り続けたのだった。
一時間後――。
「ただいま……」
「あぁ、ウメさんお疲れ様です。朝食を用意しているところなので、シャワーでも浴びてきてくださいな」
「あ、ありがとうございます……」
ボロボロになったウメにシフォンが声をかけたが、既に満身創痍な様子。
シャワーが白い肌を流れ落ちる――。
しかし、運動不足なウメにとって初日からげんなりする始まり方ではあった。
「やっていけるのかな……あと、怖い――」
イブの力。
その強大な魔気がウメに恐怖も与えていた。
車も乗れない素人が、いきなりマッハの速度で飛ぶ戦闘機を運転するくらい、といえばわかるだろうか。
震える肩を抱きしめ、シャワーのお湯を浴びながらウメは座り込んだ。
――その頃。
「クウさんいきなりすぎでは? あれでは……」
一階ではシフォンが朝食の用意をしながらクウに話しかけていた。
「いや、あいつは怖さを知らなすぎる。自分の力や、敵の力のな」
「だからといって」
「言っとくけどよぉシフォン。あいつを甘やかすのはあいつの為にならねぇ」
「それは……そうかもしれませんが」
「頼むぜ。あいつには現実を教えてやってくれ。それで嫌になるくらいならそのほうがいいんだからよ」
「ふふ」
「なんだよ?」
突然、笑ったシフォンに訝しげにクウが尋ねると――。
「ウメさんを戦わせたくないんですね、クウさんは」
「あったりめーだろ。どう見ても戦うタイプじゃねーし」
「わかります。ですが――ウメさんはきっと戦う力ではなく、守る力が欲しいのだと思いますよ。あなたを守る力を――」
「ふっ。あいつに守られるようになっちゃ俺もお終いだな」




