第二話「小さな村の食事処」
少し歩くと小さな村が見えてきた。
「着いたぜ」
視線の先を指さしながら男は少女の方へと振り返る。
目の前に広がった光景は、寂れた村って感じではあったが、どこか懐かしい雰囲気を醸し出していた。人の姿は少ない。井戸のようなものもある。知識では知ってはいても、実物となると珍しく感じるのかもしれない。少女は目を丸くした。
「こっちだ」
一軒のお店らしきところへクウが歩いて行くので、ウメもそれについていく。
お店に入ると店主が「いらっしゃい」と二人を出迎えた。
「おっちゃん、いつもの……と、こちらのレディにスペシャルなディナーを頼む」
勝手に注文すると、奥の席へ向かう。歩くたびに木の軋む音が響く。
店主は「あいよ」と一言だけで店の奥の厨房らしきものへ入って行った。
店内はそんなに広くはないが、数人の目つきの悪そうな客もいた。少し薄暗かったが、ランプのようなものがいくつか置いてあり、淡い明りを照らしている。
キョロキョロしながらウメはクウの向かったほうへついて行く。
「こっちこっち」
既に席に座ったクウが奥の席でウメに手を振りながら、こちらに笑いかけていた。
足早にウメが向かおうとすると――。
「女連れかよぉクウ!」
「ギャッハハ」
目つきの悪そうな男たちが、品定めするような目でウメを見ながらちょっかいをかけてくる。
「うるせぇーぞ、てめーら。怖がっちまうだろうが」
「そう言うなやクウ。暇なんだよ俺ら」
「そーかよ。相変わらずしけてんな」
「ちげぇーねぇ。ギャハハハ」
目つきの悪い男たちとクウは、顔を見合わせて笑い合っていた。どうやら顔なじみのようだ。
「ウメ、こっちだ。こいつら顔は極悪だが気のいいやつらだから心配しなくていいぜ」
おどおどしながらもウメは強面の男たちの横でペコリと頭を下げると、足早に通り過ぎてクウの居る端っこの席まで行ってストンと座る。
それを見て満足げにタバコを口に咥えるが、火をつけずに元に戻した。
「おっと、クセでな」
腕を組み目をつぶって深いため息をついた。
ヘヴィスモーカーなクウにとって、無意識に吸ってしまうタバコを我慢するのは辛い様子だ。
クウにとって幸いだったのは、どういうわけかこの世界にもタバコが存在したことだろう。銘柄は謎だが。
間に詰まってウメがなにかを話しかけようとしたとき、奥から店主がタルのようなジョッキを2つ持って、クウ達のテーブルにドンッと音を立てて置いた。木のテーブルが衝撃でびりびりっと少し揺れる。
「いつものビールと、そちらのお客様にはフルーツドリンクを」
店主はくるっと身軽に一回転すると、また店の奥へ歩いて行ってしまう。
ビールのジョッキを片手に持ち「この出会いに」と言いながら、クウは美味しそうにビールを飲み始め「ぷはぁ うめぇ」と幸せそうにしている。
「さ、ウメも遠慮なく飲めよ」
「ありがとう」
ウメはおそるおそるフルーツジュースを口にすると「! 美味しい……」と感激して二口三口と夢中で飲んだ。
「だろ? この世界の飲み物や食い物は、何でかすげぇ美味いんだよな。俺も最初に飲み食いした時には感激したもんだぜ」
上機嫌にビールをグビグビと続けて飲む。
「お客さん。うちの店だから美味しいんだよ」
さっき厨房に戻った店主がもう料理を運んできた。どうやらこの店主一人で料理も接客も両方こなしているようだった。
「だなぁ、おっちゃんの料理は最高だぜ」
店主が運んできた料理は、見た目には唐揚げ、カルボナーラ、色とりどりなサラダなど、見た目には見たことあるような食事だった。
それにしても作るのがやたら早いなって顔をして、ウメは不思議に思いながら料理を眺める。
「では、ごゆっくりお楽しみください」店主は一回転すると店の奥へ歩いて行く。一回転するのはお決まりらしい。
「ま、俺の奢りだから遠慮なく食べてくれ。で、食べながらでいいから聞いてくれ」
クウは料理を食べるように促す。
遠慮がちにスープらしきものをスプーンですくってウメは口に運んだ。
「美味しい……」
その様子を見て優し気に目を細めるとクウは語り始める。
「ウメはたぶんここではない、違う世界から来たと思うんだが――」
先ほどとは変わって小声になり、ウメにしか聞こえないように話した。
「他の世界からこの世界に来た人間は、空から落ちてくるんだよ。だから落ち人って呼ばれているってわけだ」
合間にビールを飲みながら、さらに話を続けた。
「落ち人の大半は、落下の衝撃で死んでしまうらしいんだが、稀に能力に目覚めて生き延びる落ち人がいるのさ。ま、生きている落ち人はだいたい何らかの能力で生存したって感じだな」
その話を聞きながら「能力?」と、ウメは聞き返す。
「あぁ、ウメの能力は多分、飛行能力だな。空が飛べそうだったぜ」
両手をパタパタさせながらクウがおどけると、美味しそうに料理を食べていた手を止めてウメは疑問に思ったことを口にした。
「私はなぜここに? これからどうすればいいんです? 戻る方法はあるんですか?」
もっともな質問に、クウは苦笑する。
「んー…ここに飛ばされた理由も、これから何をすべきかもわからねぇ。だが、最後の戻る方法ってやつは、逆に聞きたい。ウメは戻りてぇのか?」
その言葉に、ウメはハッとした。
そのままクウは言葉を続ける。
「いやね。確信があるわけじゃねーんだが、落ち人ってのは元の世界に絶望した人間が他の世界を求めた結果、飛ばされてるんじゃねーかなって俺は思うわけ。ウメはそこらへんどぉよ? 俺は飛ばされてラッキーくらいに思ってたぜ」
「……そうかも……しれません」
少し考えた後に、呟くようにそう言ってウメは下を向く。
「ま、落ち人なんてだいたいそんなもんだと思うぜ」
飲み干したビールのジョッキを覗き込みながらウメに優しく囁いた。
それからクウは落ち人のこと、能力のこと、この世界のこと、色々なことを語ったが、ほとんどが理解できないことばかりで、ウメにはよくわからない。
ただ、料理はどれもすごく美味しかった。
料理を食べ終わり落ち着いた頃に、クウは頬杖をついてウメを見ながら尋ねる。
「この辺りは治安もよくねぇから、ウメが良ければ大きな街まで旅をしねぇか?」
その言葉を聞いたウメは戸惑った。年頃の娘が、男性と二人きりで旅だなんて。
顔を真っ赤にして茹蛸のようになっているウメを見たクウは「違う! 変な意味じゃないぞ!」と慌てた。
でもすぐに、ハッとした顔をしたクウは、真面目な顔で言葉をつけ足す。
「いや、そうでもねーかなぁ。男女が一緒にいりゃ色々あるわな」
「なななな、なにを……」
さらに真っ赤になり、照れながら両手で顔を覆ってウメはテーブルの下に隠れてしまった。