第二十四話「光と闇」
雨が豪雨のように降り注ぐ迷いの森は――
幻想的な光を帯びて、森全体がボンヤリと発光している。
その中で、光り輝くオーラを身に纏うアルゼが目の前の黒髪のポニーテールの少女を睨みつけていた。紺のブレザーに短いスカート、黒いタイツで素足は見えない。見た目には女子高生にしか見えない少女は鈴菜と名乗っていた。
「キミ。さっき言ってたね。攻撃が光の速さで見えないからって」
「だったらなに?」
「だからキミはボクには勝てないんだよ」
私、と言っていた鈴菜はボクという言葉を使った。
持っていた黒い刀を鈴菜が投げ捨てると、その刀は光の粒子となって消える。
「武器。無いみたいだし、素手でやろうか」
「具現化か……」
「そうだよ」
「いいの素手で?」
「もちろん」
話しながらも二人の距離は手の届く距離まで近づいていく。
一陣の風が吹いたのを合図に瞬間――。
雨を弾きながらのアルゼの高速の右パンチが、鈴菜の頭を吹き飛ば――
したように見えたが、無表情でそのこぶしを見つめながら鈴菜はギリギリで避けていた。
長い黒髪のポニーテールが風圧で揺れる。
さらにアルゼは一瞬で背後に現れると、鋭い居抜くような蹴りを放つ――。
「なっ……」
蹴りは何もない空間を空振りして、雨水を飛び散らせた。驚きの声をアルゼは漏らす。
避けた、というよりは、既に高々とジャンプしてその場にいなかった。
短いスカートがふわっと浮き上がり、足を振り上げる鈴菜の姿がアルゼの視界に映る。
シュッ――振り上げた足を水平に線を描くように、足の裏でアルゼの顔面を蹴り飛ばした。
その姿は美しく――食らったアルゼすらも一瞬目を奪われていた。
よろよろと数歩後ろへよろめくが、アルゼはなんとか堪える。
軽やかに着地すると、鈴菜は口をひらく。
「それ、さっきもやってたよね?」
「な、なんで……」
攻撃は見えないはず、アルゼはそう思っていたが――。
「あの子が設定したのかな……うーん」
「お前……いったい……」
「まぁいっか。さ、続きやろうか」
「……」
鉄の味がする。口の中を切ったアルゼはペッと血だまりを吹くと、軽くジャンプをしながらリズムをとり始める。
(今のはたまたまだ。見えてるわけがない。ラッキーパンチみたいなもんだ)
リズムをとりながらアルゼは息を整えた。
刹那――。
左のパンチを牽制気味に小刻みに数発連打した。
まるでマシンガンのような速さだったが、その全てを鈴菜は上体と頭を振るだけでかわす。
「くっ、このぉ!」
腰を捻り、左足を力強く地面に踏み出すと、アルゼは回転の乗った右のパンチを振り抜く。
だが、同じ動きを返すように鈴菜も右のパンチを繰り出していた。
お互いの拳がぶつかり合って、激しく雨水を弾く。
「やっろぉ!」
今度は左のパンチで、アルゼはその顎を狙うが、
踏み込みながらその左を掻い潜ると、腕をクロスさせるように鈴菜は左のこぶしを撃ち抜く。
アルゼの顔が歪んで跳ね上がった。
「ぶはっ……くっ」
鼻血を出しながらも構わずに、アルゼは一回転すると強烈な右の回し蹴りを放つが、
まったく同じ動きで鈴菜も回転すると右の回し蹴りを合わせている。
二人の間で鋭い蹴りが重なり、キレイなXを描き出し衝突した。
お互いの足に衝撃が走る。よろめきながらアルゼは一歩後ろに退くと、力が抜けたように尻もちをついた。
豪雨に顔を濡らしながら、得体のしれないものをみるかのように見上げたアルゼの瞳には、見下ろす鈴菜の顔が映る。
「キミには、この世界はどう映る?」
静かに凛とした声で目の前の少女は尋ねる。
その言葉の意味がアルゼにはわからず、ただ――雨にうたれていた。
「この世界……」
「……さて、もう終わりかな?」
考え込むアルゼだったが、鈴菜の言葉でハッとなって立ち上がる。
「バカ言うな! まだだ!」
「あら……そう――。じゃ、第二ラウンドってことで……」
「待て。お前……遊んでるだろ? 余裕見せやがって……本気できなさいよ!」
「……いいよ」
その言葉で空気が張り詰めたのがアルゼにはわかった。
しかし鈴菜は動かない。じっとアルゼの攻撃を待っている。
(仕方ない……ちょっとズルいけど……吹き飛ばす)
右こぶしにありったけの光を集めると、アルゼのこぶしが眩く光りを収縮して強い光を放ち始めた。
「くらえ!」
力強い言葉とともに姿勢を低くすると、右こぶしを地面に擦りながら突進した。
抉られて地面に跡がついて線が描かれていく。
「うおおらああ――吹き飛べ!」
低い姿勢から地面ごと吹き飛ばすように、身体の回転を加えて、思いっきり下から上へ天を突くように右こぶしを振り上げた。
集められた光が地面を割るように放出され、鈴菜が居た周辺を光で包み込む。
光が収まると鈴菜の居た辺りだけではなく、その後ろの木々も全て吹き飛んで跡形も無くなって地面が大きく抉られていた。集めた光を爆発させて放出する、アルゼの奥の手だったが――。
こぶしを振り上げたアルゼの後ろには鈴菜の姿があった。
そのまま鋭い蹴りが背後からアルゼに放たれたが、蹴りが直撃した瞬間、アルゼの身体が光の靄となって消える。先ほどの派手な攻撃で目を眩ませている間に、光で分身を作り出していたのだ。
「とった!」
頭上から回転しながら雨と一緒にアルゼが降ってくる。
そのまま勢いをつけ、体重の乗った踵落としを上から叩きつけたが、
その一撃を左腕でギリギリでガードすると、
轟音と共に鈴菜の地面周辺が衝撃に耐えきれず円を描くようにべコリと沈む。
「お見事。今度はこっちからいくよ」
言うが早く、まだ空中にいる相手を蹴り上げた。
鳩尾にモロに蹴りがめり込むと、アルゼは嗚咽を漏らす。
さらにくるっと回ると、左足で水平にはたくような蹴りで吹き飛ばすと、回転を殺すように地面に蹴り足を踏ん張る、と同時にドンっと音が聞こえるようなダッシュで地面が抉られ、その姿が消えた。
「がぁ……ッ」
吹き飛ばされ空中で何度も回転しながら、飛んだ先にはすでに鈴菜が移動している。
待ち構えて飛んできたアルゼを、さらに跳ね上げるように蹴り上げると、
血を吐き、回転しながらアルゼは空高く飛ばされていく。
屈みこみ足に力を込めると、鈴菜は地を蹴り飛び上がった。
もはや意識が朦朧としているアルゼにさらに追撃する。
まるで空を自在に飛べるかのように、空中にいるアルゼに何度も攻撃を繰り返す。
何が起きてるかも理解できないまま、空中で攻撃を食らい続け、
そこにとどめとばかりに、強烈な蹴りを鈴菜が上から被せると、
勢いよく地面に向かってアルゼは落下していく――。
既に先に地上に移動した鈴菜がふわりとアルゼを抱きとめた。
ポニーテルを止めていた髪留めが外れて、長い黒髪が風に揺れる。
一瞬、表情を歪めると、
ゆっくりとアルゼを木に寄り掛からせて座らせ、その首筋に右手を添えた。
「キミの光の能力は闇で封印する。自力で封印を解けたら、キミは今より強くなるはず……頑張ってみてね」
「ぐ、あぁ……」
右手から闇が注ぎ込まれる。アルゼは苦しみで声を漏らした。
それが終わり立ち上がると、森の奥へと鈴菜は姿を消していく。
後に残ったのは血だらけで雨に濡れ、光の能力を封印されたアルゼの無残な姿だけだった。
真っ暗な空間。
周囲が真っ暗になり、鈴菜は暗闇の中に居た。
距離も方向もわからないその空間には、豪華な椅子が一つだけ置いてある。
「どうして彼女を帰さなかったんです?」
幼い声が闇に響き渡る。
暗闇から姿を現したのは、真っ白なゴスロリ風な衣装に、真っ白な長いツインテールの少女だった。
「何か用?」
無表情に目を細めて鈴菜は聞き返す。
「ですから!」
「ふふ、あの子面白いよ。……っつ」
そう言って左腕を抑えて鈴菜は痛みに顔を歪ませる。
アルゼの攻撃によって、その左腕は折れていた。
「まさか……あなたにダメージを与えたんですか。見せてください、治します」
長いツインテールを揺らしながら、白い少女は慌てて鈴菜の元へかけよると緑色の光をその左腕にかざした。
「こんなことが知れたらあの方が心配されますよ」
「かもね。だから内緒にしておいて」
「まったく……はい、治りましたよ。無茶しないでください」
「ありがとう」
治った左腕を鈴菜が確認していると、心配そうに少女は口をひらく。
「このままではこの世界は……」
「大丈夫。なんとかする」
「でも、あなたはもう……」
「考えがある。任せてほしい」
「わかりました……髪、結いますね」
少女は納得していないようだったが、鈴菜を椅子に座らせるとその長い髪を結い始めた。




