第二十三話「光速」
先ほどまで晴れていたのが嘘のように――
空は雲で覆われ、風が強くなるにつれて、雨も激しさを増していく。
満月が隠れたことで辺りは暗闇に包まれるかと思われたが、森全体がボンヤリと発光を始める。
迷いの森――別名、幻想光の森と言われ、雨が降ると草木が光ることで、そう呼ばれていた。
発光するキノコの成分が、森全体に広がっているとも言われているが、たしかなことはわかってはいなかった。
そんな幻想的な光景の中――。
「おらぁ!」
白い死神ファントムが鎌の柄で殴りかかる。
それを無防備にまともに受けて、アルゼは大きく吹き飛び地面を転々と転がった。
雨で濡れた地面が、白い着物を土色に汚す。
なんとか起き上がろうとして頭を上げると、アルゼの額からは血が滴り落ちていた。
「斬らないでやったんだぜぇ? もったいねーからよぉ」
「殴られてやったのよ? 自分にムカついたからさぁ」
「あーん?」
戒めの為にわざと一撃を食らったのだ。
怒りで我を忘れそうになっていたアルゼは、少し冷静さを取り戻すと立ち上がり、首をコキコキと鳴らした。
「どーして私が光のアルゼって呼ばれているか知ってる?」
「そりゃおめぇ……光の能力者だからだろうが?」
「えぇ、そうよ。でも意味は違うのよ」
「はぁ?」
「あなたに光の速さが見えるのかしら?」
言葉とともにアルゼの姿が掻き消える。
瞬間。
顔面を吹き飛ばすような右のパンチを一発。
背後から鋭い蹴りが腰に突き刺さる。
かと思えば、左のこぶしの突き上げるような一撃が鳩尾にめり込んでいた。
何が起こったのかもわからず、声も出せずにブラッドは血を吐いてよろめく。
さらにくるっと一回転して顔面を狙っての左の回し蹴り、
続けて回って勢いのついた左の回し蹴り、
そのままもう一度回って強烈な左の回し蹴りを放つ。
左の三連続、鈍い音が森に響き渡る。
息をつく間もなく今度は逆回転して、
2回、3回、4回と回った後に、威力の増した右の回し蹴りで顎を撃ち抜いた。
あまりの速さと威力に吹き飛ばされると、巨木に背中を打ちつけられてブラッドは倒れて動かなくなった。
「攻撃が光の速さで見えないから……光のアルゼ、なのよ。もう聞こえてないか?」
時間にして数秒。勝負は一瞬でついてしまった。
しかし、痛めつけただけで殺してはいない。
(……さて、どうしたものか。ここまで能力を得た落ち人をこのままにしておけない……。かといって殺す……? 闇でもないのに……?)
アルゼは迷っていた。闇以外を殺すことに。
「殺さないの?」
突然だった。凛とした声が聞こえた。
それはいつのまにかそこにいた――。
黒いポニーテルを揺らし、興味が無さそうな眼差しをアルゼに向けていたのは――。
「あ、アンタは! なんでここに」
「あぁ、名乗ってなかったね。私は鈴菜」
「……わたしは」
「アルゼ。知ってるよ。いいえ、「有…瑠…」さん、といったほうがいいのかな?」
ドクン。
アルゼの心臓が脈打つ。
呼ばれた名前にフィルターがかかったように靄がかかる。
「な、え……なにを……」
「やっぱり。全部忘れてるようだね。キミはもう帰っていいよ」
「何を言ってるの!」
フーっと短いため息をつくと、雨が降り注ぐ夜空を鈴菜は見上げた。
不思議と雨は鈴菜までは届かず、その身はまったく濡れていなかった。
「私は闇を――」
「なぜ?」
アルゼの言葉に鈴菜は数ヶ月前と同じ言葉を被せる。
「なぜ……って光の能力者……だから――」
「それは理由になってないね。それにほら」
鈴菜が右手をかざすと、その手からどす黒いオーラのようなものが溢れ出す。
「あ、あんた……やっぱり闇に飲まれたのか! どーして精神を保っていられる? 闇に飲まれたら破壊衝動だけしか残らない……はず……じゃ……」
自分で言いながらおかしなことにアルゼは気づいて最後は声が小さくなりかすれた。
今までの闇がそうだったから。といえば理由にはなる。
でも違う。
〝知っていた〟のだ。その違和感がアルゼの頭を駆け巡った。
「キミのせいじゃない。想定外に闇がやっかいだった。だから私が来た。精神がやられる前にキミは帰ったほうがいい。あとは私がやるよ」
わからなかった。彼女の言葉の意味が。それなのに――アルゼの瞳からは大粒の涙が頬を伝い、雨に混ざって流れ落ちた。
優しくアルゼに微笑むと、すぐに険しい顔になり鈴菜は刀を抜き放ち一閃する。
雨が断ち斬られ、見えない何かが血しぶきを巻き散らす。
血だらけで姿を現したのはブラッドだ。消える能力を使って背後からアルゼを襲おうとしていたのだ。
「あ、あ……殺さなくてもいいだろ!」
「彼はもう能力に浸かれて精神が――」
鈴菜が言い終わるよりも早く、光のオーラがアルゼを包み込み臨戦態勢にはいる。
「闇は――私が葬る」
「ふー……。試してみたら?」
豪雨が降りしきる中、幻想的な光を灯す深夜の迷いの森では――。
光と闇の対決が始まろうとしていた。




