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空のパンドラ  作者: 真野紀由
第二章 -迷いの森-
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第二十二話「軋む心」

 夜の森を迷いなく歩く茶髪の男がいた。

 後方でやられた落ち人二人を探しているところのようだ。


 マッパーの能力。

 頭の中に周辺の地理が思い浮かび、とても便利な能力だが、戦闘の役には立たずに主に索敵をするために髭面の男のチームに入っていた。


 力のない彼が生き延びるにはそれしかなかったのだ。



 しかし――。



「チャンスだ。やってやる、やってやるぞ……」


 茂みに倒れていた仲間であるゴゼとザッツを見つけると、茶髪の男は不気味に微笑む。


 懐からナイフを取り出すと、ザッツの首を斬りつけた。勢いよく鮮血が草木に飛び散る。

 痙攣したあとに、ザッツは呆気なく息絶えた。

 同じように倒れて意識がないゴゼに近寄ると、迷いなく首を斬りつけた。


「くくく……手に入れたぞ……戦う力……」


 ザッツの能力。

 元々の能力は飛ばした矢を意思で操る力。そして、山道で手に入れた消える能力だ。


 ゴゼの能力。

 彼はレアな能力者だった。能力の系統はガスト。

 ガストは自分ではない者を形作り、意のままに動かせる能力だった。

 レア能力であまり認知されていない。彼の能力名は――


「ファントム……くくく、これさえあればあんなやつ。不意打ちさえされなければファントムが負けるわけがないんだ」


 何度となく見たファントムの力。それは強力なものだった。茶髪の男は口の端をつり上げて笑った。




「回収してきました……」


 茂みをかきわけて戻ってくると茶髪の男はアルゼにそのことを伝える。


「お疲れ様~」


 にこやかに出迎えるとアルゼは手を出した。金を渡せ、ということなのだろう。

 茶髪の男は金袋を何個かアルゼの足元に投げてよこした。なかなかの重さのようで、どさりと音をたてて地面に落ちた。



「まいどあり~……ん、あんた……」


 笑顔で金袋を拾おうとしたアルゼだったが、血の匂いが鼻をかすめて、その動きを止める。

 その瞬間――。アルゼが立っていた場所を何かが斬り裂く。


 しかし、すでにアルゼはそこにはおらず、後ろに飛びのいていた。

 アルゼの視界の先にいたものは、死神のような姿をした大鎌を持った化け物だった。


「なっ……」

「さすがだなぁ……くくく、これならどうだぁ?」


 目にもとまらぬ速さで動くと、死神は足元に倒れていた髭面の男ともう一人の落ち人を斬り裂いて一瞬で肉塊に変えた。真っ赤な血しぶきが周囲の草木に飛び散る。


「ヒャーハハハ! 頂いたぜぇ……これだけ能力があれば無敵だぁ」

「なにしてんのよアンタ……」

「はぁ? これが落ち人だろうが」

「本気で私を怒らせたわね……」


 怒りに肩を振るわせて、殺気を込めた眼差しでアルゼは茶髪の男を睨みつける。


「むだむだ! もうお前なんて怖くねーんだわ。ヒヒヒ」


 視線を肉塊にやると、その血を両手にベッタリとつけて、茶髪の男は髪をかき上げた。真っ赤な血が不気味に髪を染め上げる。


「今日から生まれ変わった俺の名前はブラッドだ。お前も名のある落ち人なんだろ? 名乗れよ。これから始まる俺の最強の武勇伝の一ページ目に加えてやるからよ」


「アルゼ……」

 下を向いたまま顔に影を落として表情はわからないが、アルゼは静かに名乗った。


「ヒャーハハハハ。お前、光のアルゼかよぉ! こりゃいいぜぇ。てめぇの能力も頂いてやっからよぉ」

「うっさい……」


 後悔していた。自分の甘さに。まさか仲間を殺すとは思っていなかったのだ。この惨状を招いてしまったアルゼは心を軋ませる。


「ん~……。お前、結構可愛いじゃねーか。俺の女になるなら殺さないでやってもいいぜ? たっぷり可愛がってやるからよぉ」


「……」


 聞こえない声でアルゼは呟く。


「あ~ん? なんだって? ビビッて声もでねーのか? あん?」


 余裕な表情でブラッドが近寄ろうとすると――



「近づくな! 口がくせーんだよ!」

 怒りを込めてアルゼは大声を張り上げた。


「な、なんだとぉ……死んだぞ、お前ぇ……」


 屈辱な表情に顔を歪めながらブラッドはこめかみをピクピクさせる。



 そんなことには目もくれず、地面に転がる肉塊に視線を向けると、アルゼは手を合わせて祈るように頭を下げた。


「おいおいおい。なんだよそりゃ~よ~死者に敬意ってか? あぁ? 散々ぼこしてきやがったくせによ~」

「私が……葬るのは……闇だけ」

「はぁ? 正義の味方ちゃんですか~? 金品を奪おうとしといてどの口がいってんだ!」

「正義? 何を言っているの? 私は善か悪で言うなら……」


 そこまで言って一旦止めると、沈んだ表情でアルゼは続きを静かにつけ足す。


「悪よ……」


 じつのところアルゼはわかっていなかったのだ。どうして闇を狩るのか。どうして闇を狩らねばならないのか。それでも突き動かされるように闇を狩っていた。忘れられないのだ。闇とはいえ落ち人――殺すときの感触が彼女を苦しめ続けていた。子供たちや力のない落ち人たちを保護しているのは、心を少しでも軽くするためだったのかもしれない。



 雲が青い満月を覆い隠し、パラパラと雨が降り始めていた。

 心が泣いているかのように、その雨は次第に強くなっていく。


 まるでアルゼの心を映し出すように――。

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