第二十話「力の片鱗」
迷いの森。その上空。
真っ白な翼を足先から羽ばたかせ、夜空に浮かびながらウメは地上を凝視した。
普通では地上の様子が見える距離ではないのだが、うっすらと瞳には淡い光が宿る。
千里眼。
魔気を使った遠くを見る力なのだが、ウメは無意識に使っていた。
その視界には戦うクウの姿が映し出されている。
アルゼとクウの戦いは激しさを増していたが、徐々にクウが押され始めてきていた。
肩で息をしながら逆転の機会を伺うクウだったが、アルゼの大剣の一撃を受け流したときに、泥濘に足をすべらせて片膝をついてしまう――。
そのチャンスを見逃すアルゼではなく、無情な一撃がクウを襲う――そのとき。
上空に強い力を感じた二人が夜空を見上げると――。
光の刃を手にして白い翼を羽ばたかせながら、高速でこちらに向かって飛んできているウメの姿が飛び込んだ。
「わあああああ」
絶叫しながらウメは二人の間を斬り裂いて地面を派手に転がっていく。
「ばかやろーなんで」言いかけたクウは絶句した。
クウとアルゼの間の地面が大きく裂けていたからだ。
さらにアルゼの大剣の刀身から半分が真っ二つに裂けて地面に落下した。
まるで豆腐でも斬るかのような切り口で。
後ろに跳躍してから先の無くなった大剣を見てアルゼは震えた。
「……っ!」
さらにシフォンの気配を近くに感じると「ここまでか」と小さく呟いてその場から遠ざかり、深夜の森の奥へと消えていった。
座り込んでクウが安堵のため息をつくと、それと同時に髪の色が白から青に戻っていく。
しかし、すぐに地面を転がったウメがピクリとも動かないのを見て慌てて駆け寄った。
「おい、ウメ。大丈夫か? 無茶しやがって」
呼びかけるも返事はない。
安否を確認すると――脈もある、息もしていることにクウはほっとした。落下の衝撃で目を回しているだけらしい。
「派手に転がってたわりには擦り傷も少ないな。着物はボロボロだが……。魔気で身体の表面を覆ってたのかこいつめ……まだまだだが……助かったぜ」
土で汚れたウメの顔を見ながらクウが微笑むと、茂みからシフォンが姿を現した。
「御無事でしたか」
心配そうな顔でシフォンは駆け寄る。
「アンタこそよく無事だったな」
「いえいえ、こちらは話し合いで解決できましたよ。これでもしばらくは彼らも手を出してこないでしょう」
「話し合い……ね。こっちは一人相手にボロボロだぜ」
微笑むシフォンにクウは肩を落とした。
「取り逃して申し訳ありません。推測ですが光のアルゼさんかと思われます。かなり有名な落ち人さんですよ」
「あいつが……どうりで……」
「まぁ……おそらくは悪い落ち人から天使様を保護しようとしてたのだと思います」
「おーい、俺は悪者扱いってか」
「ははは。そうかもしれませんね」
傷だらけで心も身体も疲れ果てた様子でクウはうな垂れた。
その様子にニッコリと微笑むと、思いついたようにシフォンは提案をしてきた。
「さて、天使様をこのままにはしておけないでしょう。クウさんも手当てが必要でしょうし。良ければ私の隠れ家に来ませんか? 安全は保障しますよ」
「どのあたりにあるんだ? 有難い話だが、もう一歩も動けねぇよ」
「大丈夫。転移の魔法で一瞬ですよ」
「いぃっ!? 魔法? 魔法は失われたって聞いてたぜ」
魔法。
もう失われたとされるロスト技術。
魔気は魔法の名残とされ、下位の技術とされていた。
「えぇ、失われたロストマジックですね。うちの家系では、この失われた技術の研究を代々しているんですよ」
大英雄シフォン・グラッフォード。
住人でありながら類まれなる力で落ち人を凌駕する断罪者。しかしその力はあまり公にはなっていなかった。
「でもよ~その転移魔法とやらで、俺だけ置き去りにして天使様だけ連れ去る可能性もあるんじゃねーの?」
あまり信用していない様子でクウはシフォンを睨みつけた。
「おぉ、なるほど。その手もありましたか」
「……」
「なんてね。冗談ですよ。グラッフォードの名にかけて、そのような卑劣なマネはしないと誓います。それにそんなことをしなくても、もしその気ならクウさんもう死んでますよ?」
「だな……じゃあ頼むわ」 もっともだと納得してシフォンの申し出をクウは素直に了承した。
「ありがとうございます。では、さっそく」
そう言ってシフォンは二人に左右の手で優しく触れる。その瞬間、強い光が広がり辺りが包まれていく。目もあけていられないほどの強烈な光だ。さらに耳鳴りもした。
少しの間のあと、耳鳴りが治まり、光りが消えて視界がクリーンになると、目の前には屋敷が現れていた。
「ふぇー、すげぇもんだなぁ、これはどの辺りなんだ?」
「えーっと、先ほどの場所から、南西30キロほど離れた山奥ですね」
「30キロを一瞬で!? はんぱねぇ……」
初めて見る魔法にクウは驚愕の声を漏らす。
「さて、天使様を寝室に運びましょう」
シフォンがウメを抱きかかえようとすると、ウメが寝言で、
「クウ……」と小さく呟きを漏らした。
それを聞いたシフォンは抱きかかえるのをやめて、クウのほうに視線を送りながら、
「ご使命はクウさんのようです」と笑いかけた。
「誰が運んでもわかりゃーしねーって、こいつ寝たら朝まで起きねーし」
そうは言いながらもウメを抱きかかえるとクウは屋敷へと歩き始める。
ウメが持っていた刀を鞘に戻して手に持つと、シフォンも後に続いた。




