第一話「空の落としもの」
どこまでも澄みきった青い空。
緑が生い茂る草原に森林。
透き通るような水面が揺蕩う湖。
色とりどりな花が風に揺れ、綿のような胞子を飛ばす花もある。
そんな景色一帯が見下ろせるような、風が吹きつける小高い丘の上。
そこには真っ青な髪の色をした男が空を見上げていた。首には黒いマフラー、上半身には何も着ておらず、筋肉質な肉体美が太陽の光を反射している。袴のようなものを履いているが、その腰には男には不釣り合いな真っ白な鞘の刀をぶら下げていた。歳は二十台前半といったところか。
身を乗り出すようにして遠くの空を男は凝視した。まるでずっと遠くにあるものが見えるかのようだ。その時、一陣の風が真っ青な髪とマフラーを揺らす。
「いい天気だ。風も気持ちがいいぜ。へへ、こりゃ当たりかもな」
誰に話すでもなくそう呟くと――突然、駆け出した。坂を飛び跳ねるように、軽快に、素早く小高い丘を駆け下りていく。常人ではありえないようなスピードだ。
「よっと、このへんか?」
何もない目的地と思われる場所で立ち止まって再び空を見上げる。視線の先からは何かが空から落ちてきているのが見えた。
それはよく見ると真っ黒い着物を着た少女のようだ。
「着物に若い女か……悪くねぇ」
口元を吊り上げてニヤリと笑みを浮かべるが、助けるわけでもなく、ただじっと着物の少女が落ちてくるのを見守っている。
普通に考えれば、そのまま落ちたら死んで、見たくもない惨状を見ることになるわけだが。
しかし、次に呟いた一言は違った。
「ビンゴだ」
タバコを口に咥え火をつけ、大きく吸い込むと一息に煙を吐きだす。白い煙は風に飛ばされると空に溶け込んで消えた。
そのとき、落ちてきていた着物の少女が光に包まれ――足の先から小さな光の羽が生えた、ように見えた。まるで空を飛ぶように落下の速度が緩まり、目の前に落ちてくると、抱きかかえるように着物の少女を受け止めて声をかける。
「ようこそ、スフィーレアへ。一応、聞いておきたいんだが、何度目だい?」
「何度目? あの、ごめんなさい。下ろしてもらえますか……?」
「おっと、そうだったな。俺の名前はクウ、お嬢さんのお名前は?」
お姫様抱っこされた少女はわけがわからない様子で恥ずかしがっている。
名乗りながらもクウは少女を優しく地面に下ろした。
「えっと、私の名前はウメ……? ここはいったい…」
少女は自分の名前を不思議そうに名乗りながらも、現状が理解できてない様子で周囲を警戒している。
見た目には背は小さく、まだ幼さを残した顔におかっぱの黒髪が似合っていた。黒い着物も合わさって真っ黒だ。
「ふむ、その様子だと初めてみたいだな。あんたさえよければ、俺が色々教えてやるよ」
ニカっと笑って男が親指をたてると、
警戒しながらも少女はクウと名乗った男の雰囲気になぜだか安心感を感じて、話だけでもと小さく頷く。
「よーし、そんじゃ移動しよう、他に人が来るとやっかいだしな。ついてきてくれ」
言いながら歩き出したので、少女はその後ろをついていく。
「この先に小さな村があるから、そこで飯でも食いながら話そう。おっと、ただし落ち人ってのは内緒な」
そう言い終わってからクウがタバコの煙をフーっと吐きだすと、煙にむせながら「落ち人?」とウメは聞き返す。
「あぁ、落ち人ってのは空から落ちてきた人のことさ。おっと悪いな」
空を指さしながらタバコを地面に落とすと、足で火を消しながらそう答えた。見たところウメは未成年のようだったし、男なりに気を使ったのだろう。
「空から…」
何だかわからない様子でウメが空を見上げると、雲一つない青空に日の光が照り返す。何羽もの白い鳥が小さく鳴き声を発しながら羽ばたいているのがまん丸い瞳に広がった。
「ま、いきなりそんなこと言われてもわかんねーよな。じゃあさ、あんた……いや、ウメはどこから来たんだ?」
「えと、私は…」
言いかけたウメの言葉を「わりぃ、つまんねーこと聞いたわ。忘れてくれ」と遮ってから、クウは誤魔化すようにウメの頭を撫でようとしたが、ウメはさっと後ずさってその手をかわす。
「おっと。ところで俺のことはクウって呼んでくれ、呼び捨てでいいぜ」
笑いながら鼻を掻く。返事をしなかったがウメがうつむいたまま黙っていると、クウが歩き出したので後をついて歩いた。