第十八話「パンドラ」
緊張感が張り詰める中、夜の独特の空気が風に運ばれて肌を撫でる。
今、まさに襲撃されようとしている。シフォンはそう言っているのだ。
クウは舌打ちをした。
「話している時間はありません。私が足止めをしますので、ナイト殿は天使様を連れて、この場から離脱してください」
シフォンの言葉に熱がこもったのを感じて、仕方がなく黙ってクウは頷く。
「では! 行きますよ!」
シフォンが頭上に右手をかざすと、大きな光の球体が現れて6つに分かれた。
それぞれが意思があるように周囲に飛んでいく。
それを合図にウメを背中に担ぐと、大きく跳躍してクウはその場を離れた。
「クウ! お、お尻、お尻を触っています!」
突然のことに慌ててウメは抗議を入れる。
そんなことにはお構いなく、クウは大声を張り上げた。
「舌を噛まないように口閉じてろ! いくぜーパンドラ!」
力強い言葉とともにクウの髪の色が真っ白に染まっていく。その途端に急にスピードが一気にあがり、あまりの速さにウメは目を回した。
パンドラ。
クウの能力名だ。一時的に身体能力を数倍にはね上げる強化系の能力。今までどんなに闇の魔物に襲われても使わなかった能力だ。それを使っていることに危機感を感じる。
パンドラ状態になったクウは、その場を高速で離れながら周囲の探知を行う。探知する力も強化されているからだ。
シフォンが居た辺りに5人の反応。
少し離れたところにもう一人。計6人が探知にひっかかる。
光の玉が向かった先では――。
シフォンが放った光の玉が周囲の落ち人に襲いかかっていた。
「なんだこりゃーくそが」
問答無用で次々と落ち人達を光の玉で包み込んでいく。
そして6つめの光の玉が向かう先には白いクロークの女がいた。
「……これは。ちっ、この私に光とはね」
クロークを脱ぐと光を込めて、向かってきた光の玉を包むように投げ込む。
光と光が相殺して、クロークがバラバラに飛び散って光は両方とも消えた。
純白のクロークを脱いだ先から、姿を現したのはアルゼだった。自身の光の能力でシフォンの光の玉を相殺したのだ。
「能力じゃないわね。魔法か……となるとシフォン・グラッフォードか。とりあえず遠ざかる反応のイヴを追うわ」
大剣を担ぐとアルゼは光の能力を使って、高速で遠ざかるクウとウメの追跡を開始した。
そして――。
白い髪とマントを夜風になびかせ、佇む影一つ。
一呼吸置いた後に淡く光る手のひらをシフォンはグッと握る。
それに呼応するかのように周囲から光の玉が引き寄せられシフォンの前に集まると、ぶつかって弾けて光は消えた。
(おや……一人逃しましたか……やりますねぇ)
シフォンそう思ったが顔は笑っている。
その目の前には、髭面の男を含めた落ち人の5人が倒れて呻いていた。
「て、てめぇ……」
「なんの能力だ……いてて」
「わからんが、囲むぞお前ら」
「おう」
「ちっ」
冷静に佇むシフォンを5人の落ち人が周囲を囲むように散らばる。それでもシフォンは動かなかったが、陽気に口をひらいた。
「まぁまぁ。皆さん落ち着いてください。ここは話し合い、というのはどうでしょうか?」
だが、それがさらに彼らを逆上させる。
「ふざけんなよてめぇ!」
「いきなり攻撃して邪魔してきやがったのはてめーだろが!」
「死んだぞお前ぇ!」
口汚く落ち人達はシフォンを罵るが、静かに殺気を込めた声でシフォンは返す。
「おやおや。私は別に構いませんけどね。やると言うなら死を覚悟してくださいね」
「上等だよこら!」
「おい、待て……こいつ……」
「白髪にマント……断罪のシフォンじゃねーのか」
「な、なにぃ……」
断罪のシフォン。
悪さをする落ち人に対して容赦なく断罪することから、このような呼び名もついていた。
正体に気づいて髭面の男を含めた落ち人達は後ずさる。
「戦意が喪失したなら今回は見逃してあげますよ? 私の気が変わらないうちに去ることをおすすめします。ただし、あの子達は諦めなさい」
「な、なんでお前が落ち人の味方をするんだよ。イヴだぞ? わかってんのか!」
「勘違いなさっているようですが……。私が断罪するのは悪さをする落ち人ですよ。あなた達のような……ね」
口調は柔らかいのに、殺気が込められた言葉に落ち人達は震え始める。
「やべーぞ、引こうぜ」
「くっそ……」
「わかったよ……あいつらには手をださねーそれでいいんだろ?」
「えぇ、〝今回は〟それで見逃してあげますよ」
「ちっ、いくぞお前ら……」
髭面の男と仲間達は素直にその場から離れていった。
断罪のシフォンの気が変われば、太刀打ちできないのがわかっていたからだろう。
「さて……」
落ち人達が離れたのを確認して、シフォンは夜空を見上げた。
その頃――。
深夜の真っ暗な森を、月明かりだけを頼りにクウは疾走していた。
シフォンは5人と戦闘を開始したようだが、どうやら一人が掻い潜ってこちらを追いかけている。探知でそれを知ると苦い顔をした。
(パンドラ状態の俺についてきやがるとは……世の中は広いぜ)
走りながら思案していたが、クウは背中で目を回しているウメを起こすことにした。
「よし。ウメ、起きろ。目を回してる場合じゃねーぞ」
「う、うーん……ハッ」
目を覚ますと「お尻、お尻!」とウメは騒ぎ始める。
「だーバカ。そんな場合じゃねーんだよ。今かなりヤバい奴に追跡されてる。このままじゃ追いつかれちまう。だから、今から言うことをよーく聞け」
切羽詰まったクウを初めて見たウメは素直に、
「わ、わかりました」とだけ言ってうなづく。
「この前みたいに雲の上、上空高くまで飛べ、できるか?」
「は、はい。た、たぶん……上に飛ぶのはできると思います。でも、また降りてこれなくなるかも……」
「緊急事態だから今はそれでいい。合図をしたら飛べ。ただし、上で大人しく待っとけよ。どこかに飛んで行かれたら追いかけられねーからな」
「は、はいぃ……」
話しながらも高速で周囲の景色が流れていく。
ウメを背負いながらも速度を落とすことなく、木々を避けながらクウは駆ける。
上空から見るとジグザグに高速に森の中を走る影が二つ。後方の影が徐々にその距離を縮めていた。
「よーしいくぞ」
大きい木が見えると、クウはその木を駆け上っていく。
そして、勢いをつけて跳躍すると叫んだ。
「飛べ!」
その言葉を合図にウメは意識を上空に向けて「飛んで!」と願った。
身体が光に包まれたと思うと、ウメの足の先から光の翼が生える。その瞬間、ものすごい勢いで上空に飛び上がって、すぐに見えなくなった。
(あんなスピードでぶっ飛んでたのかよ……)
飛び上がっていくのを見ながらクウは呆れていた。
「さてと……」
ウメを見送ると、後ろを振り返ってクウは警告する。
「追いかけてきてる奴! そこで引き返せば許してやる。回れ右しろ!」
青い満月が見守る中、警告の声にも動じずに影は迫ってきていた。




