第十七話「月光」
迷いの森。
青い満月が夜空に浮かぶ深夜。
二人に近づく影があった。
シフォン・グラッフォード。
スフィーレアでは、新参の落ち人以外は知らぬ者は居ないと言われるほどの大英雄の名だ。
大英雄と言われる由縁は、とにかく強いのだ。彼自身にも謎が多いが、住人でありながら落ち人を凌駕するほどの戦闘能力を秘めており、この世界では絶対的な存在。世直し人なのだ。悪さをする落ち人は断罪される。故に大英雄。
そんな大英雄の名を名乗り近づいて来たのだ。
「そこで止まれ。俺達に何の用で来たのか言え」
まだ姿が見えないシフォンが足を止めたのは気配でわかった。
「都で噂の天使様に一目会いたいと馳せ参じました」
「天使様だぁ?」
「えぇ、都から着物美人が光の翼で、大空に飛び去ったと話題になっていまして」
男性か女性か判断できない中性的な声でシフォンを名乗る者は答えていた。その声に敵意は感じられない。
ため息をついてからクウはウメのほうを見た。それで自分のことを言われていることに気がついてウメは頬を染めて目を逸らす。
「少しでも敵対行動をとったり、怪しい行動をしたら斬る。それでも良けりゃゆっくりと近づけ。ゆっくり、ゆっくりとだ」
シフォンの只ならぬ気配にクウは警戒しながら呼びかけた。冷や汗が頬を伝って地面に一滴落ちる。
「心得ておりますとも。武器も持っていないので安心してください」
草の擦れる音が近づく。
茂みを掻きわけて目視できる距離に来た。
青い満月の淡い光がその姿を照らす。
真っ白な長めの髪。小さめの身長。真っ白なローブにマント。全身が真っ白だった。整った顔立ちからは性別はわからない。
「初めまして。シフォン・グラッフォードと申します。天使様とナイト様のお名前も聞いてもよろしいですか?」
礼儀正しくお辞儀をしながら、シフォンはニッコリと笑った。
ウメは緊張して裏返った声で、
「う、ウメです」と答えると、クウはぶっきらぼうに皮肉を込めながら、
「ナイト様じゃねーけど、クウだ」と答えた。
それを聞いたウメは慌てて訂正をつけ足す。
「わ、わわ、私も天使様ではありませんよ!」
「いえいえ、お噂通りの美しさですよ」
何度も頷きながらシフォンはウメをじっくりと眺めると、恥ずかしくなったウメは顔を真っ赤にしてうつむいた。
「ウメ。初対面の相手からは目を逸らすな。警戒しろ」
「そうですよ! 危ない人は多いですからね。注意しないとダメですよ!」
クウの言葉に同意してシフォンも相づちをうつ。
「今、警戒されてんのはアンタだけどな」
そんな二人のやり取りを聞きながら、ウメはもじもじしつつもシフォンに視線を向けた。
「で、アンタ本物か? この世界の大英雄様が本当は何しにここに来た?」
クウは内心焦っているようだった。名前を語っている偽物の可能性も考えたようだが、気配からして本物の可能性もある。どちらにしても強い。それが気配で感じられてしまい、緊張感が走る。
「時間があまりないようなので、単刀直入にお伝えしますね。手練れの落ち人数名が、今この場に向かっています。数は……5~6名ってところでしょうか」
クウはギクリとした。
広範囲に意識を広げて探知していたつもりだったからだ。
そのクウの探知にはなにもひっかかってはいない。
「なんで、そんなことがわかる?」
「飛行能力。おそらくはイブの力の継承者でしょう。あんなに人が多い都でその力の片鱗をみせてしまったのです。追跡されたのでしょうね。先ほどの魔気の大量放出で位置も特定されてると思われるので、すぐに移動をしたほうが……」
クウの問いかけに冷静に答えていたシフォンだったが、言葉の途中で一旦止めると、
「どうやら遅かったようです。囲まれましたね」と付け加えた。
シフォンの言葉とは裏腹に、辺りは静寂に包まれている。
青い満月の月光で照らされ、不気味な風が森全体を静かに震わせていた。




