第十三話「制御不能」
空に飛び去った黒い着物の落ち人。
人通りも多く、目撃した者も多かったために、都はざわついていた。それも飛行能力と言えば三大魔女の一人、イヴの力でもあったからだろう。
強大な魔気を身に纏い、大空を自由に飛ぶと言われた魔女のイヴ。その再来が現れたとしたらざわつくのも仕方のないことだった。
その様子を都の路地裏から伺っていた人影があった。
「この前のやつはあれか……それよりも……あいつら……やばいわね」
純白のクロークで頭から身体まで覆っていてその顔はわからないが、身のこなしから女性のようだった。クロークの女は気配を殺して、髭面の男のあとを追いかけた。
都の隅にある屋敷へと髭面の男は入っていく。
素早く人混みを駆け抜け、クロークの女は目にもとまらぬ速さで壁を蹴り、屋敷の壁伝いにテラスに乗り込んだ。そして壁に耳を寄せると聞き耳をたてる。女の耳が淡く光ると、クロークのフードが光で透けた。
不思議な力を使い、内部の音を盗み聞けるようだ。
「あぁ、間違いねーよ。イヴだ。ついに現れやがった」
「それが本当なら生け捕りにして連れてくるんだ」
「へへ。もちろんそのつもりだぜ。これ次第だけどな」
髭面の男は人差し指と親指で丸を作って、顔をニヤつかせた。
「いいだろう前金だ。三分の一。成功報酬で残りを渡す」
「半分だ」
「たかが小娘を捕まえてくるだけだろう? 三分の一だ」
「相手はイヴだ。何があるかわからねーからな。捕まえるのに一苦労しそうだしよ」
「ふん。まぁいいだろう」
「交渉成立だ。へへ」
屋敷の中の会話が終わると、さらに壁を駆け上り屋根に登って、髭面の男の行方を目で追うとため息をはいた。
「落ち人でもないやつがイヴを捕まえてどうするつもり? 住人が落ち人の力を吸い取る技術を開発してるというのは本当だというの? まさか……」
髭面の男との距離が遠くなってきたのを確認して、クロークの女は屋根から飛び降りるとそっと後をつけた。
その頃。空の上では。
「とりあえず都から離れろ、あっちだ! あっち! 違う! そっちじゃない」
クウが方向を指差すが、ウメはふらつきながら飛んでいた。
「うう……思い通りに飛べない……どうしよう……」
空を飛ぶことがコントロールできずにあっちふらふら、こっちふらふらとウメは右往左往している。そうかと思えばいきなり加速してあらぬ方向へぶっ飛んでいく。壊れたジェットコースターのようだった。
「と、とにかく! なんとかして地面に降りろ。てか羽根をしまえ!」
「ふぇーん。できないよ~……わぁあああ」
「おまっ、ふざけんなよっ! 集中しろ! 死ぬ気でやれ」
「死ぬ気で……!」
ウメは気合を入れるが、さらにくるくると回ったり、錐揉み飛行しながら落下したり、速度が加速していく。
「は、速すぎる……い、息ができねーぞこらっ」
「うぐぐ……」
「し、仕方がねぇ……」
最後の手段でクウはウメに思いっきり抱きついた。荒療治というやつだろうか。
「な、ななな……」
突然の抱擁にウメは顔を真っ赤にした。
「案外こんなんで上手く収まるって相場が決まって……」
「キャアアアアア――」
「だ――俺が悪かったぁあああ」
クウの思惑を裏切り、さらに加速してロケット花火のように大空をぶっ飛ぶこととなった。
数時間後。
都から数キロ離れた森の中を彷徨う二人の姿があった。
「ひどいめにあったぜ……」
「ごめんなさい……」
なんとか森に墜落したものの、数時間に及ぶ大空のジェットコースター体験にはさすがのクウもげっそりしている。
「あのな……人前で力を使うな」
「はい……ごめんなさい」
「お前はまだ落ち人のことがわかってねぇ」
「?」
言葉の真意がわからず、ウメはキョトンとした顔をしている。
「落ち人って知られないほうがいいってことですよね?」
「そうだ。間違っちゃいねーが、意味ははき違えてる」
「と、言うと……?」
「はぁ……。落ち人はな、落ち人を殺すとその能力を奪えるんだよ」
「こ、殺す……?」
さーっとウメの顔が真っ青になる。
深い森で道もなく、クウが茂みをかき分けながら道を作る。
「あんなに人が居る所で力を使ったらどうなるか。すでに追手が迫ってる可能性もあるんだぜ?」
「うう……」
「まーあんなに高速であちこちに飛んだから、追跡はできてねーだろうけどな。だが……俺らも迷子だ。もう一回は飛ぶ気にもならねーしよ」
「ごめんなさい……」
「それよりも……だ」
神妙な面持ちでクウは顎に手をやると考え込む。
二人が現在いる場所は迷いの森。ここから出るのは一苦労だろう。
どうしたものかと思案していた。
人が入り込む余地がないような秘境。
迷い込めばでられない迷いの森。
木々が生い茂り、怪鳥の不気味な鳴き声があちこちから聞こえる。
不気味な色をした実ぶらさがっていたり、まだら模様の植物も不気味さを引き立てていた。
だが、クウはあっさりと考えを放棄した。
「よーし。ここで特訓だ」
「へ?」
いきなりのクウの言葉にウメは意味がわからないといった顔をするが――。
「お前、強くなるんだろ? 俺よりも」
「あ、う、うん……」
「ここで力の制御を覚えて、飛べるようになったらでられっだろ」
「な、なるほど……」
「とりあえずもう少し広い場所を探すぞ」
こうして――。
不気味な森での滞在が決定したことに、ウメは不安を隠せなかった。




