第十一話「沈む気持ち」
ウメがデートでも行くような気分で部屋をでると、少し薄暗い木の匂いがする狭い廊下だった。少しざわつく方向には一階に降りる階段が見える。どうやら泊まっていた部屋は二階だったようだ。二階から一階を覗くと、何人かの人影が見えた。黒い着物を揺らしながら、おそるおそる階段を下りる。
「ふわぁ……」
思わず声が漏れる。一階は食事ができる場所のようで、少し広めな空間になっていた。人はまばらだったが、何人かは談笑しながら食事などをしているのも見える。そんな様子にウメがキョロキョロしていると、片隅のテーブルでビールを飲んでいるクウを発見してそちらに足を向けた。
「朝からビールですか?」
呆れたような顔をしてウメが声をかけると――意外な答えが返ってきた。
「ビールに朝も昼もねーよ。飲みたいときに飲むからいいんじゃねーか」
その言葉で呆れたような顔から、ウメは目を輝かせる。
「そうですよね! うん、うん」
「お、おう……」
手のひらを返したような反応にクウは呆気にとられながら相づちをうち、ビールを一飲みした。ウメは笑顔で微笑むと対面の席に座って、ニコニコと上機嫌だ。
(昨日なにか吹っ切れたみてーだったが、随分とかわったなこいつ……)
そんなことをぼんやりクウが思っていると――ウメが切り出した。
「それで、お話とは?」
「ん、あぁ、まぁー朝食でも頼めよ」
「え、あ、はい……えっと……」
あまり慣れていなく、ウェイトレス風な人に声がかけられずにウメはオロオロしていた。見かねたクウが声をあげる。
「ねぇーちゃん、こっちに朝食だ。適当に見繕ってくれ」
大きな声で一声かけ手を振ると、ウェイトレス風な女性は笑顔でお辞儀をして奥に入っていった。
「あ、ありがとう……」
「いいさ。で、話なんだけどな」
懐からズシリとした小さな袋をドンっとテーブルに置く。ウメがなにかとそれをまじまじと見つめる。
「当分の資金にゃなるだろ。姫にやるよ」
どうやらその袋にはお金が入っているようだ。しかしウメは意味がわからず聞き返す。
「どういうことですか?」
「都にはついたんだ。あとは仕事を探すなり、誰かの世話になるなり頑張れってことさ」
「あ、あなたは……?」
ウメの声は震えていた。
まだずっと一緒に旅をするものだと思っていたからだろう。
「俺にはやることがある」
そう言ったクウの顔は寂しげに見えたが、ウメにはその余裕はなく食い下がる。
「やることってなんですか?」
「そうさな。闇を倒すこと……か」
「なら私も……」
「あん? お荷物はいらねーよ。それに、一人のが気楽だしな」
「そんな……」
「それに闇とはわけありでな。ま、そーいうこったから元気にやれや」
ビールを一気に飲み干すとクウは席を立った。
「んじゃな、姫さん」
「ま……」
ウメが何かを言おうとしたとき、ウェイトレスが朝食を運んできてタイミングを失う。クウはウメの肩をポンと叩くと歩いて行ってしまった。ウメは絶望に顔をしかめ下を向いてうつむく。
(私は……ここでも役立たずで、また一人になるの……)
心がどす黒くなっていく。気持ちが沈みこむ。ウメは現実世界での嫌な記憶が蘇り、暗く沈み込んでいく――。
(一人で胸を躍らせて、ずっと一緒だって、一人で勘違いして、私は……また一人になるの……。うつむいて、下を見て、自分は元居た世界に居た時と、何も変わっていないことに、改めて気づかされた。何の為にこの世界に来たの? 変わらなきゃ、もう一人はいや)
目を見開き、ウメは顔を上げて立ち上がった。その様子に料理を並べていたウェイトレスがびっくりして手を止める。
「あの、お客様?」
「ごめんなさい! お代はそれで!」
「え、ちょ、お客様!?」
それだけ言うとお金の入った袋をテーブルにおいたままウメは宿を飛び出した。
外に出ると人通りが多く、必死に辺りを探す。
人混みの先にクウを見つけると大きな声で叫んだ。
「まって! クウ!!」
初めて彼の名を呼び捨てた。
その声に通りを歩く何人かが立ち止まりウメに視線を集めた。しかし、肝心のクウは聞こえていないのかどんどん歩いて行ってしまう。
それでも諦めきれずにウメは人混みをかき分け走る。巨漢の男とぶつかって倒れても、すぐに起き上がって必死に走った。
そして――。クウを見つけると勢いのままに飛びついて、その背中に抱きつく。
「クウ!」
その背中に顔を埋めながら、ウメは力いっぱいに声を張り上げた。




