第九話「二人の決意」
山道で他の落ち人と遭遇することを懸念して、クウは回り道をして都を目指すことにしていた。息をきらせながら足取りも重くウメは後ろを歩いている。
「疲れたのか姫? だから俺がおぶさってやるって」
「結構です。それから私は姫じゃありません」
疲れも相まって姫呼びがイヤになったウメは頬を膨らませていた。
「明日には都につけるかな~ってとこか。そこまでは我慢してくれ」
言いながらも神妙な面持ちでクウは周囲を警戒して歩いている。その上、歩く速度をウメに合わせてもくれていた。ウメ自身もそのことには気づいていたが、そのことには触れなかった。
それよりも山道での抱擁が忘れられずに、何度も頭を振って忘れようとして話題を探す。
「いつもこんな旅をしているんですか?」
「まーな。旅は男のロマンだぜ」
「私は女なんですけど……」
「そうだな。でもよーナイトに守られる姫ってのも悪くないだろ? どぉよ?」
「だから姫じゃないって」
クウに掴みかかろうとしたが、ウメは逆にその腕をあっさりと掴まれてしまう。
「やだ、離してっ」
振りほどこうと暴れるが振りほどけない。
「はは、まだまだ元気じゃねーの。ん、顔が赤いな。俺に惚れたか?」
「ちがっ、もう、離してったら」
「はいはい。お、河原だ。休んでこーぜ」
手を離すと笑いながら河原へ向かったので、その後をウメもついて行く。
「この水って飲めますか?」
「あぁ、水浴びもするか? 岩陰はねーが」
「しません」
キッパリと水浴びを断ると、ウメは透き通る水を両手ですくって口に含む。喉の渇きを潤し、次はハンカチを取り出して水につけると、首筋などを拭き始める。さすがにここでは水浴びはできないが、汗を少しでも拭きたかったのだろう。
そんなウメに寂しそうな視線を送るが、クウはすぐにいつもの表情に戻った。
「んじゃ、そろそろ都に出発しますか」
伸びをしながらクウは歩き始めた。
汗ばんだ身体も少しは拭けたので満足したのか、ウメも後に続く。
歩きながらウメは考えた。
落ち人ってのは、自分の世界に絶望した人間が他の世界に飛ばされている、というクウの言葉を思い返していたのだ。たしかに、ウメは自分の世界に絶望していた。死のうとさえ思ったことがある。ただ、死ぬ勇気がなくて、日々生き続けていただけにすぎないからだ。
ウメの元いた世界は地球の日本、横浜というところだった。だが、このスフィーレアという世界は、おそらく地球ですらないであろうと思う。地球上にこんなところがあるとは到底思えなかったからだ。どちらかと言えば、ゲームの世界に入り込んだような錯覚さえするくらい、幻想的で美しい世界だった。
ウメは現実世界では友達もいない、むしろいじめの対象になっていたほどである。陰気で暗かったからだ。そんな環境が余計に、少女の性格を暗くしていったのだ。
人間が怖い。人と接するのが怖い。私は何もしていないのに。
そんなウメは小説の世界のファンタジーや、違う世界の出来事の物語などが好きで、一人でずっと読み耽るような子だった。
小説の中のような世界で、どこか遠くへ、ここではないどこかへ。そんなことを思いながら現実ではない、違う世界に憧れを抱いていたのだ。
ウメはそんなことを考えながら、ハッとうつむいていた顔を上げた。
(そうか、私は今まさに、思い描いていた世界に来れたのではないだろうか。これこそが私が求めていたものなのではないだろうか)
先を歩く男の広い背中を見ながら、少女は決意した。
この人と一緒に旅を続けようと心に決めた。
夢にまで見た物語の中に――私は今いるのだから――と。
「ん? どした?」
視線に気づいて、クウが振り返る。
「何でもありません」と満面の笑みでウメは答えた。
その笑顔にクウは一瞬ドキっとしたが、ウメには悟られないように視線を戻す。
「日が暮れるまでには都に着くように頑張ろうぜ、じゃないと、また野宿だ」
照れを隠すようにクウがそう言うと、ウメは足早にクウを追い越して小走りに走り出す。
クウはビックリして「おいっ」と呼び止めると、
「私が本気出したらすぐですよ」
と、ウメは笑顔で答えながら走った。
「あぶねーから! 俺の前に出るなって」
慌てて追いかけるクウ、笑いながら走るウメ。
まるでカップルのようである。
―その5分後―
「ハァハァ」
息を荒々しくたてながら大きな木に手をついて、ウメは動けなくなっていた。
「体力が無いのに、着物姿で走ったりするから……」
呆れながら周囲を警戒しつつ、クウはウメの背中をさすった。
「無理するなって。それに魔物も襲ってくるかもだから、俺の後ろにいろ」
そう言いながらクウはウメをお姫様抱っこして、そのまま歩き始める。
「!? やだ。下ろして。大丈夫です」
暴れながらウメは抵抗したが、クウは構わず歩く。
最初は抵抗していたがクウが離しそうもないので諦めた。
それに悪い気もしなかったからだ。小説の物語みたいで。
ウメはまるで夢物語を見ているような気分になり、これが夢なら覚めないで欲しいと願いながら、疲れて眠ってしまった。
クウは穏やかな寝息をたて始めたウメを見て、
「まったく、お姫様だなぁ」と呆れた。
そして、日が暮れ始めた頃には都が見え始める。
都に着いてもウメが起きそうもなかったので、クウは宿に直行して部屋を取ると、ウメを優しくベッドに寝かして、幸せそうに寝息をたてているウメの顔を見ながら、クウもまたある決心をしていた。




