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成り上がれ、魔王様!1  作者: レイン
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成り上がれ、魔王様!9

 修行が始まって一ヶ月と一日。本気で殺しにかかってくる毒の魔王と修行を始め、八百回のリスポーンを超えた。修行により、日々戦闘技術が向上しているのを実感できているし、課題だった魔力量も自然と増えてきた。


 このままあの魔法使いの元で修行を続けていれば、魔王に相応しき能力を得ることが出来るはずだ。


 オミソが感動で泣き崩れる姿が目に浮かぶ。俺は本当の意味でこの城の主役として、勇者一行に立ち向かえることだろう。


 しかし少なくとも今日の主役は俺ではない。オミソと同じ監視役で、見事に一ヶ月一睡もしなかった悪魔が今日の主人公だ。


 昨日で一ヶ月の完徹を乗り越えたコンタクトは、ついさっきまで二十四時間爆睡していた。そして今、完全回復したコンタクトがドヤ顔で魔法使いを見上げている。


「ふふん、約束は守ってもらうよっ!」

「うーむ……」


 魔法使いが珍しくたじろいだ。この魔法使いに一矢報いるなど、並大抵の覚悟では出来ない。実際、コンタクトは不可能に近いことをやり遂げた。


 一週間目、思考がまとまらなくなり、呂律が回らなくなった。


 二週間目、幻覚が見え始め、常に笑うようになった。


 三週間目、常に幻覚が見えるようになり、幻覚と会話をするようになった。


 四週間目、感情が完全になくなり、顔の皮膚一つ動かさなくなってしまった。


 そして、昨日。


 一ヶ月経った瞬間、寄生していた使い魔が参りましたと言わんばかりにコンタクトの体から出てきた。その瞬間コンタクトは糸が切れたように倒れこんだ。


 それが俺の部屋だったため、俺はコンタクトを自分のベットに寝かせ、自身は逆に一睡もしていない。


 そして一日経ってコンタクトが目を覚ました瞬間、魔法使いが部屋に転移してきた。


「まさか一ヶ月寝ずにいられる生物がいたとは……ありえん」

「これで自由の身、てことでいいのかなっ?」

「……致し方ない」

「ふふんっ!」


 コンタクトは両手に腰を当て、胸を張る。この瞬間だけ、身長もオーラも態度もデカイ魔法使いがドミノ並みに小さく見えた。


「自由の身となったついでに言っとくけどねっ!僕はこの一ヶ月で二つ、悪巧みをしたからっ!」


 手でブイサインを作り、魔法使いに向けて突き出す。


 こいつは眠気と長い戦いを繰り広げていたはずだ。悪巧みをしたという事実よりも、この期間に悪戯をする余裕があったということが驚愕だ。


「コンタクト、お前憔悴しきった状態でよくそんなこと出来たな……」

「悪戯は僕のポリシーだからねっ!」

「お前もある意味で怪物だな……んで、二つの悪巧みってなんだ?」

「一つは色んな盗賊団に勇者の居場所を教えたことだよっ。聖剣に賞金をつけたから、大分前に宿に進入して、勇者の聖剣を盗んだんじゃないかなっ?」

「な……に……」


 魔法使いが目を丸くする。そしてコンタクトの胸倉を掴もうとして、直前で止まる。


 怒りで手が震え、顔には血管が浮き出ていた。


「聖剣に……なんてことを!」

「忘れて貰っちゃ困るけど、そもそも勇者も聖剣も僕らにとって敵なんだよっ! 聖剣を無効化する手段があれば、喜んで無効化するよっ!」


 悪魔側からすればごもっともである。聖剣がこちらの手に渡ってしまえば、戦況は圧倒的にこちらに有利になる。


「今すぐ聖剣を奪った盗賊団を殲滅せねば!」


 魔法使いが魔法で転移しようとする。しかしコンタクトのニヤケ面を見て、魔法使いはこの場を離れるのを躊躇した。


「二つ目、だけどねっ!」


 コンタクトの言葉を聞き、転移魔法を中断する。どれだけ激しい動きをしても絶対に流れず、いくら魔法を連続で使っても滲む気配も見せない、『汗』が魔法使いの頬を伝い地面に落ちた。


「なんだ、早く言え!」

「一ヶ月の間、あまり余裕はなかったけどねっ。君の心を少しずつ読んでいたんだっ」

「我の、心……」

「そして一昨日、ようやく目的の情報を得れたんだっ! 霊山の情報をっ!」

「れ、霊山だと!」


 溢れる魔力が俺の部屋を満たす。中級以下の悪魔がこの場にいたら、あまりの恐ろしさに失禁してしまうかもしれない。


 というかこの状況で涼しい顔をしているコンタクトが勇ましすぎて怖い。


「勇者の中でも限られた勇者しかその場所を教えられない、霊山の場所を僕は突き止めたっ! そしてその場所を他の魔王達に教えたんだっ!」


 聖剣が眠っているとされている霊山。もし占拠出来れば聖剣を事実上封印することが出来る。


 実際には聖剣が既に抜かれていたとしても、それを知るものは少ない。何体かの魔王は軍を起こして霊山へ向かうだろう。


 そうなれば過去を見る魔法を使うだけで、初代大魔王と大魔法使いの関係はバレてしまう。この魔法使い的には万が一にも避けたい事態だろう。


「魔王様、ちなみに過去を見る魔法を使う必要なんてないからねっ!」

「そうなのか?」

「神聖な神社として勇者達には踏み込ませないようにしてるけど、こいつの両親が暮らしていた家があるからねっ! 遺品を見れば一発さっ!」

「貴様あぁぁ!!!」


 魔法使いが杖を力の限り地面にぶつける。破壊音的に、何階層か下まで穴が空いてしまったようだ。


 完全に錯覚だが、魔法使いとコンタクトの間に火花が散っているのが見える。コンタクトは圧倒的実力差がある相手に張り合うどころか、優位に立っている。


 こんな恐ろしいやつを自分の城に住まわせていたのか。


「覚えておけ目の悪魔……いずれ後悔させてやる」

「やれるもんならねっ!」


 魔法使いはコンタクトを睨みつけたまま、転移魔法を使ってどこかへ消えてしまった。


 部屋には唖然とした俺と、してやったり顔のコンタクトと、地面に空いた大きな穴だけが残された。


 穴から冷たい空気が部屋に入り込んでいる。


「コンタクト。まさかこのことを予測して、三週間前あの契約を交わしたのか?」


 一ヶ月睡眠に耐えた時、魔法使いの命令と危害を全て禁止できる契約。もしあの契約を交わしていなければ、今頃コンタクトは消し炭どころか、部屋の塵になってしまっていた所だろう。


「予測したわけじゃないけどねっ。一矢報いてやろうとこの一ヶ月間、常に考えていたからねっ!」

「勇者の場所を特定するだけならともかく、魔法使い自身も気を付けているだろう、霊山の場所まで見つけてしまうとはな」

「ははっ、魔王様気付かなかったのかなっ?」

「何がだ?」

「霊山の方はブラフだよっ」

「……え?」

「確かに場所は分かったけど、それはついさっきのことだよっ!

「さっき……?」

「霊山の話してる時、魔法使いが霊山の場所を考えてたからねっ。この短時間で軍なんて起こせないよっ!」

「なん、だと……」

「きっと魔法使いは暫くの間、霊山で馬鹿みたいに守護神してるだろうねっ! その間に勇者の聖剣奪っちゃおうよっ!」

「…………」


 絶句。


 俺は思わず声を失ってしまった。


「勿論盗賊団も嘘だよっ。本当は勇者の場所しか分からなかったんだっ」


 つまりこいつは勇者の場所を特定した。それだけでブラフを織り交ぜて魔法使いを霊山へ貼り付けにすることに成功したらしい。さらにはその途中で霊山の場所を特定する事にも成功している。


 恐ろしすぎて寒気がしてきた。


「てか、それお前だけで考えたのか?」

「……う、うん。そうだよっ」


 今まで自慢気に語っていたが、急にコンタクトは動揺して声が震えた。


「怪しいな」

「僕が考えたんだってばっ! 決して人の提案をそのまま利用したんじゃないからねっ!」

「……あいつか。だったら近くにいるな」

「流石でおられるな、魔王様」


 どこからともなく、声が部屋に鳴り響いた。この声は監視役の片割れ、脳の悪魔だ。


「姿を見せずの進言、失礼致す。久しぶりですな、魔王様」

「四十日ぶりか、オミソ」

「本当は半年後まで声も姿も見まいと思っていたのですが、どうしても近くにいる必要があり、一階下で盗み聞きしておった」

「やっぱりお前が考えたシナリオだったか」


 コンタクトもそこまで頭脳指数が低いわけではないが、あまりにも先程までの流れは緻密すぎる。二つの悪巧みを話す順番だったり、一つ目から二つ目への話の溜めといい、聡明な奴が近くにいて細かく指示を出さなければ不可能だろう。


「バレちゃったならしょうがないねっ。もう少し魔王様の驚く表情が見たかったけどっ!」

「オミソといつから連携していた?」

「連携してないよっ。実際に指示があったのは僕が起きた瞬間からさっ!」

「起きてすぐ魔法使いは飛んで来たのに、よくそんな短時間で出来たな……」

「この一ヶ月間、コンタクトの近くを通る度に、『魔法使いが攻撃出来ないよう誘導しろ』『勇者の居場所を特定しておけ』と念じておった。そうすれば必ずコンタクトは目的を達成してくれると信じておったからのぅ」

「……なるほど」


 攻撃を封じ勇者の居場所さえ分かってしまえば、後は当日指示でなんとかなる。唯一イレギュラーがあったとすれば、魔法使いが床に大穴を開けたこと。オミソに当たっていれば、そこでコンタクトは動揺して作戦は終わっていた。


 声を聞くためオミソが窓の近くにいたと考えると、魔法使いの攻撃はスレスレだったことだろう。


「魔王様! すぐにドールの所へ向かい、その後人間界に潜入するのじゃ。聖剣を奪い、城に封印するなら今しかないぞ!」

「分かった、ありがとなオミソ!」

「礼などよいのじゃ。五ヶ月後立派な姿を見せてくれれば、それでオミソは充分ですぞ……」


 下の部屋から扉が閉まる音がした。どうやらオミソは行ったらしい。


「コンタクト、行くぞ!」


 部屋を飛び出て、俺はドールの元に向かった。心踊り、身も軽くなったように感じる。聖剣を封印出来るなんて、悪魔史に残る快挙だ。


 決して修行が無くなって喜んでいるわけじゃない。


 いや、本当に!


 嬉しいけど!


「魔王様、心の声が正直すぎるよっーー」






「ーードール、頼みがある!」


 扉を開け部屋に入ると、ドールは壁に棺桶のようなものを三つ並べて立てかけていた。


「魔王様……と、小娘が!」


 ドールがコンタクトに向けて剣を投げつける。俺はコンタクトに届く前にその剣をはたき落した。


「それどころじゃない、ドール!」

「やや、そうでした。これは失礼した」

「準備は、出来ているようだな」


 棺桶のような物を確認する。どうやらオミソが手を回し、準備を頼んでいてくれたらしい。


 ごく稀に人間界に行くことがあるのだが、当然何の変装もせず行くことは出来ない。顔や体の形は大差無いが、肌や目の色、服装など異なる部分は多々存在する。


 屍術使いは屍を扱うが、そのまま使うのではなく修復や改造を行ってから使用する。他の屍術使いの屍より、ドールの屍は強固に出来ている。


 その技術は相当なもので、悪魔を人間に見せかけるだけなら五分もかからない。


「魔王様どうぞ中へ」

「ちょっと待て、なぜ三つある?」


 この棺桶の中に入ると、ドールの技術と魔法で人間に変装出来る。俺とコンタクトと他に誰の分なのだろう。しかも他二つの蓋が開いているのに対し、一つだけ蓋が閉められている。


 なんなら中でゴトゴト音がしていて、誰かが変装中のようだ。


「棺桶の準備をしていたら、彼女が部屋の前を通りかかりましてな。半強制的に棺桶の中に入り込みました」

「最近あいつが西側をウロついていると報告を受けていたが、まさか」


 棺桶の隙間から煙が出てきた。どうやら変装が終わったらしい。間髪入れず、棺桶の蓋が中から蹴り飛ばされる。


 服装や目や肌の色が人間に近くなり、尻尾が服の中にしまい込まれたドミノが中から現れた。


「……魔王様、早く」


 何分私を待たせてんのよと言わんばかりに、ドミノは俺を急かす。


 というか当然の如く人間界に着いて行く気なのが腹立たしい。一言も誘ってはいないのに。


「ドミノ、何故ここにいる?」

「……オミソが、言ってたから」


 おそらくオミソが計画の話をしているのを、盗み聞きしたのだろう。


「俺は一ミリでもお前を誘ったか?」

「……誘ってない」

「だろ? 分かったなら、大人しく部屋に戻りなさい」

「……約束、した」

「約束?」

「行きたがってた文具屋に連れてくってやつだねっ!」

「あー……てかコンタクト、聞こえてたのか?」

「直接聞いてはいないけど、ドミノが心の中で呪文のように何度も反復してたからねっ!」


 魔法使いに告げ口されては困るため、わざわざコンタクトに聞こえないように言った。


 何の意味も無かったらしい。


「確かに約束は守るけど、今日じゃなくてもいいだろ? また余裕のある時に連れて行ってあげるから」

「……ダメ、待てない」


 何としても着いてくる気らしい。いつの間にかドミノは板を両手に持ち、臨戦態勢に入っていた。


「うーむ……」


 実際俺はコンタクトとは別に、護衛用の部下を連れて行くつもりだった。コンタクトがいれば基本的に人間の警備隊に見つかることはない。しかし万が一正体がばれた場合を考えて、転移魔法を使えるか、時間稼ぎ出来る護衛を同行させる必要がある。


 戦闘能力としては、ドミノは申し分ない。転移魔法は使えないが、一体で十人相手でも逃走することは出来るだろう。


 しかし問題がある。


「じゃあ連れて行くとして……はぐれないか?」

「……はぐれない、と思う」

「魅力的な文具屋があっても?」

「……大丈夫、と思う」

「もし全力で逃走する必要があったら、買った文具屋を手放して逃げれるか?」

「……手放す、と思う」

「約束出来るか?」

「……無理」


 全くもって信頼出来ない。逃走を考えると四体以上連れて行く訳にはいかないし、こんな欲にまみれた悪魔を最後の一体には選びたくない。


「魔王様、一つオミソ殿からの伝言ですが……」


 俺がいかにドミノを説得するか考えていると、ドールが進言してきた。


「時間はあまりない、速やかに目的を達成せよ。とのこと」


 もしドミノを置いていくならば、ナイトを呼び出して食い止めて貰うか、騙して密かに城を抜け出すかのどちらかだろう。


 ナイトを呼べばナイトも行きたいと言いだしかねないし、騙して置いて行ったら後が大変そうだ。


「……しかたねぇ、行くかドミノーー」



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