成り上がれ、魔王様!8
「……百二十、本」
五十時間以上魔力を使い続け、ドミノの体力には明らかに限界が来ていた。倒れそうになりながら、体の奥の奥から魔力を絞り出し、気力だけで攻撃を続けているようだ。文房具への愛は恐ろしい。コンタクトも何やら幻覚を見て笑っているし、この場で余裕があるのは俺だけらしい。
「ドミノ、一旦休めよ。そろそろ攻撃も当たらなくなってるしさ」
「……まだ、まだ」
最初の頃は十分に一度リスポーンしていた。だが、今は一度のリスポーンに二時間もかかっている。俺の身のこなしが良くなったというのもあるが、それ以上にドミノの疲弊が凄まじい。
もうこれ以上続けてもリスポーンすることはないだろう。
「休憩挟んだ方が効率いいって、今のままじゃ突っ立っててもリスポーンしないぞ!」
「……シャープペンシルが……待っている」
意識が朦朧となりながらも、ドミノは攻撃を止めない。ドミノといいコンタクトといい、胆力が魔王クラスの奴がこの城には多い。
しかしコンタクトはドーピング魔法もかけられていないため、現実と夢の間を行き来しているようだ。さっき試しに魔法使いの悪口を考えてみたが、コンタクトは何の反応もしていなかった。
俺は爆音に合わせ、コンタクトに聞こえないように、小さな声でドミノに話しかける。
「シャープペンシルなら俺がいくつか買ってやるから、とりあえず止まれ」
「……買って……くれる?」
ドミノの動きが鈍る。攻撃は続けているが、明らかに減速した。
爆音が轟き、爆煙でコンタクトの視界が途切れた瞬間を見計らい、俺はさらに続ける。
「ああ買ってやろう。しかもお前が行きたがってた『文房具屋』とやらでな。なんなら他の物も買ってあげよう!」
「……それは、連れて行ってくれるって……こと?」
「そうだ、約束しよう!」
ドミノの動きが完全に止まった。
「……約……束」
そう言い残し、受け身を取ることもなくそのままドミノは倒れる。一応うつ伏せに倒れ込んでいるドミノの様子を確認したが、静かな寝息が聞こえた。
一先ず、片方は寝かせることに成功した。もう片方は未だに独り言を呟きながら、ニヤニヤと笑っている。
しかしこちらを黙らせ寝かせることは出来ないだろう。ドミノよりも根性があり、何よりも俺を舐め腐っている。
「とりあえず、ドミノを部屋まで運ぶかーー」
「ーーポイズンナイフ!!!」
突然男の声が聞こえ、声が耳に届いた瞬間、鋭利な何かが俺の首を切り裂いた。驚く間も無く、無数のナイフらしきものが俺の体を引き裂いた。
「この攻撃は……」
傷はすぐに治り、俺は声のする方に視線を送る。
「久しぶりだな、『生』の魔王よ!」
そいつは黒いマントを羽織り、片目を眼帯で隠している。俺よりも一回り大柄な男で大きな剣を片手に持ち、俺に向かって突進して来ていた。
「お前は、『毒』の魔おーー」
台詞の途中で、俺は男の大剣によって体を両断される。
「今日こそは貴様を倒し、過去の屈辱を晴らしてやる!ポイズンラッシュ!!!」
男は大剣を振り回し、俺の体を切り裂く。こいつは『毒』を司る魔王で、剣や技全てに猛毒を纏わせている。その毒に普通の人間が触れると、痛みもなく触れた所が一瞬で溶けてしまう。また常に周囲に毒の霧を発生しており、中級悪魔でさえ五秒以上この霧を吸ってしまうと昏倒してしまう。
またこいつは現大魔王の次席、第二位の魔王である。戦闘能力は現大魔王と同じくらいとの評判だ。そしてこいつの城は十三の城の中で最も堅牢なことで有名である。もし現大魔王を倒す勇者がいたとしても、こいつの城は突破出来ないだろうと言われている。
そんなやつに何度も斬られてしまえば、跡形もなくこの世から消滅してしまうのが普通だ。
しかし斬られた瞬間、俺の傷は次々と治っていく。
「喋り辛いから、ちょっと待てって」
「トドメだ、ポイズンフォール!」
頭上にどす黒い毒の塊が出現する。毒の魔王が手を振り下ろした瞬間、俺めがけて塊が落下してくる。
全ての毒が通過した後、俺は手で顔をぬぐい口に入った毒を吐き出す。
「だから待てって、この野郎!」
「ぐっ……何故効かぬ!」
「何度も説明してるだろ、俺に状態異常は効かないって!」
不死者は基本的に、回復能力を持ち合わせていない。一定ダメージを受けたらリスポーンするのが一般的だ。しかし俺は不死能力と共に回復能力まで持ち合わせている。回復力よりダメージが弱い場合、リスポーンすることはない。そして毒や状態異常などの影響力は回復力よりも弱いのだ。
しかも魔法での回復とは違い、俺のは自然治癒力がずば抜けているだけ。ゆえに回復力が落ちることもない。
つまり毒の悪魔にとって俺は天敵なのだ。
「毒の練度を上げればいずれお前を溶かすことも可能なはずだ!」
「その台詞去年も聞いた」
「くっ……しばらく奇襲を止め、毒の密度を練りに練り上げて来たが……ダメなのか」
定期的に俺の城に奇襲を仕掛けて来る奴がいると言っていたが、こいつのことだ。俺には効かないが、部下達はこいつに近付くことも敵わない。だからこいつが奇襲して来た時のみスルーするよう命令しており、毎回気の済むまで俺が相手をしている。
「やはり毒自体は全く効かないようだな」
毒の魔王と俺の戦闘を眺めていた魔法使いが、ゆっくりと歩み寄って来る。毒の魔王を連れて来たのは、間違いなく魔法使いだろう。
修行相手を探すと言っていたが、こんな雑魚を連れて来るとは。
「俺にとって最も弱いこいつを連れて来るなんて、どういうことです?」
「確かに毒は効かないが、戦闘技術は大したものだ。我の魔法を付加した剣で戦ってもらう。都合のいいことに、お前に恨みを持っているらしいしな」
「別に悪いことはしてないんですけどね……」
「何を言う、最弱の魔王め!」
大剣を地面に思いっきり叩きつける。轟音と共に、地面に大穴が空いた。
「貴様がいなければ、今頃俺は大魔王となり、悪魔界の全てを掌握していた! 貴様とあの時、戦っていなければ……」
話は変わるが、魔王のランキングは魔王の強さだけで決められているわけではない。五年に一度、悪魔界全体でどの魔王が大魔王に相応しいか投票をし、その結果でランキングが決定される。
その判断材料として、投票年には城の紹介をしたり、幹部達に手合わせさせたりと、投票を得るためのイベントが各魔王城で行われる。
その中で最も投票率に影響を与え、最も観客の集まるイベントが半年後に行われる『魔王闘技会』だ。大魔王を除く十二体の魔王が二体ずつ戦い、六戦の試合が行われる。そしてその日の最後に、最も相応しいとされた魔王は大魔王と戦う権利を得ることが出来る。
俺は四年半前、魔王として初めてその闘技会に参加した。対戦カードはくじ引きなどではなく伝統的に決まっており、二位と十三位、三位と十二位と言う風に下と上から順々に決まっていく。つまり十三位だった俺は、二位の毒の魔王と戦うことになったのだ。
毒の魔王は強さを見せびらかせるために、一気に試合を決めず、派手な技を次々と繰り出した。最後に必殺技なるド派手な技を決め、ドヤ顔で片手を天に突き上げた。
しかし俺は鼻くそをほじりながら、平然と立っていた。俺からしたら初対面の奴が恥ずかしい技名を叫びながら、効かない技を出し続けているという状況。効かないとはいえ技を受けて動けないし、反撃の術も無かったため、暇だったのだ。
その後も毒の魔王は技を限界まで出し続けたが、結局俺は一歩も動かないまま試合は引き分けとなった。最下位相手に引き分けたということで、大魔王への挑戦権も三位の奴が手にした。
それからというもの、あの時の復讐だと言い、毒の魔王は俺の城に特攻してくるようになったのだ。
「貴様と戦っていなければ、大魔王に挑戦出来た! そして大魔王を倒し、今頃は俺が大魔王の座をモノにしていた!」
「もうその妄想は五十回くらい聞いて飽きたわ」
「貴様ぁ!!」
懲りずに毒の魔王が斬りかかってくる。このパターンも百回以上繰り返している。
「毒を司る魔王よ、少し落ち着け」
魔法使いが剣を振り回す手を器用に掴み、動きを止める。毒の魔王は手を振りほどこうとするが、微動だにしない。
「約束しただろう。我の指定した時間、我の指定した方法で戦うと」
「身が燃えるほどの怒りで忘れたわ!」
「そうか、では約束を反故にするというのだな?」
「そもそも約束というより、一方的な命れ……っつ!!!」
魔法使いは杖の先を毒の魔王の足元に向けた。杖を炎の魔法で覆っているため、毒の魔王は火炙りの状態になっている。
俺がよく魔法使いにやられた拷問だ。
腕を掴む手でマジックドレインをしているため、魔法で火から身を守ることが出来ない。しかも魔法使いは怪力のため、逃げることも出来ない。
「この、クソ女……あちちちちち」
炎の威力が増す。毒の魔王はしきりに毒の魔法で魔法使いに攻撃しようとするが、魔法使いには一切届いてすらいなかった。
「誓いますと、言え。我の指定通りに動くと」
「誰が言うかっ! あちちち」
さらに炎の威力が増す。もう毒の魔王の姿は炎で包まれて見えなくなっていた。
「流石にやりすぎでしょう!」
俺は魔法使いの横暴な行為を止めようと、杖を掴もうとする。しかし見えない何かに吹き飛ばされ、俺は五メートル以上も吹き飛んだ。
「首を縦に振ればいい話だ。立場の差を体に覚えさせなくてはな」
このままでは第二位の魔王がこんなところで消滅してしまう。助ける義理もないが、亡霊になって恨まれても困る。
「毒の魔王よ……この魔法使いがギリギリで拷問を止めると思ったら間違いだぞ。見ろ五十時間働かされて倒れた俺の幹部と、十日近く寝ることを禁止され意識朦朧としている悪魔を」
毒の魔王が無様に地面にぶっ倒れてるドミノの姿と、椅子の上で幻覚の蝶々を目で追うコンタクトの姿を確認する。
そして魔法使いの一切変わらない表情を確認して、毒の魔王は観念した。
これでめでたく、新たな奴隷が誕生したわけだーー。