成り上がれ、魔王様!6
「ねぇ、魔王様っ!」
「……なんだよ」
俺はベットに横たわり、コンタクトの方を見ずに気の抜けた返事をする。ドミノとナイトが北側を半壊させてから、既に三日が経っていた。
ナイトは既に回復したが、ドミノはあの喧嘩で重傷を負ってしまい、現在静養中である。今修行を頼めるとしたら、ナイトに頼むしかない。だがそれは絶対に避けたいため、俺はこうして不貞寝しているというわけだ。
「悪かったよ、面白がってナイトにフローズンとのこと告げ口してさっ!」
「もういいって……そのことは」
「全面的に謝るから、元気出して修行初めてよっ。オミソが魔王様の修行風景が見たいってうるさいんだよっ!」
「見せればいいだろ、この俺の無様な姿を」
「無理だってばっ!あんな子供みたいにキラキラ輝いた目をしてるオミソに、不貞寝してる魔王様の姿を見せるなんてさっ!」
修行を始めると公言した日、オミソには強くなったら姿を見せるといい、それから一度も会っていない。世話好きのオミソが働きすぎないためそういう対処法を取ったのだが、別の意味で都合の良い措置となった。
「明日から頑張るから、ほっといてくれ」
「魔王様がそう言って頑張ったことがないよっ!告げ口しないって約束するから、ドールとでも修行始めなよっ!」
「屍の中級悪魔相手に修行なんて、俺のプライドが許さない」
「ああ、もうっ!!!」
壁を思いっきり殴ったような、打撃音が部屋に響く。俺は驚いて起き上がり、コンタクトの方に視線を向けた。コンタクトがイラついて物にあたるなんて見たことがない。当のコンタクトは部屋の窓に張り付き、外の様子を伺っていた。
「今の……何の音かなっ?」
どうやらコンタクトの出した後ではないらしい。耳をすますと、窓の外が何やら騒がしかった。爆発音や魔法の音など、どう考えても戦闘しているような音だ。
「ナイト、じゃないなこれは」
昨日も爆発音が城中に響いたが、戦闘の音は二体分しかなかった。しかし今回は複数人が戦闘しているようだ。さらにその音はこちらに向かって近付いて来る。
「侵入者だよ、魔王様っ!」
「何人だ?」
「一人かなっ!」
「単独だと?」
単独でこの城に特攻して来るような奴を、俺は一体だけ知っている。だがそいつが侵入した場合、部下には手を出すなと命令してある。戦闘しているということは、そいつじゃないということだ。
「姿は特定出来たか?」
「それが……ちょっと待って。速すぎて追いつかないっ!」
「お前の遠視を振り切るようなスピードか、一体どんな奴が……」
「魔王様、飛んでこの部屋に向かってくるよ!」
この部屋は魔王城の最上階にあり、地上から約五百メートルの高さにある。その上侵入者防止でシールドを何重にも張っている。並みの実力者ではここまで到達することは出来ない。
「分かったよ魔王様っ!侵入者はこの前の勇者パーティの魔ーー」
ーー窓付きの壁が爆発し、コンタクトは吹っ飛び反対側の壁に叩きつけられる。俺も爆風に飛ばされ、ベットから転げ落ちた。
「コンタクト、大丈夫か!」
ベットの下を匍匐前進で進み、シーツを退けてコンタクトの様子を確認する。爆煙であまりよく見えないが、体を強く打って倒れている。どうやら意識はあるようだ。
命に別状は無さそうだと、俺は安堵してため息をつく。
と、その時。
俺は何かに首を掴まれ、ベットの下から引きずり出された。
「魔王よ、何をしている」
どうやら俺は杖に引っ掛けられ、釣り上げられていたらしい。目の前で見覚えのある魔法使いの女が険しい顔つきをして、杖を突き出している。
「お前は……勇者パーティの、魔法使いだな?」
黒いローブに身を包み、切れ目で俺を睨みつけている。人間とは思えないほど禍々しい魔力が体を包んでいる。
「見れば分かるだろ、当たり前のことを聞くんじゃない!」
魔法使いは片手で杖をフルスイングした。俺は投げ飛ばされ、なすすべなく壁に叩きつけられる。ちょうどコンタクトの隣に落下した。
「魔王よ、お前の最近の行動を全て監視させて貰った」
「……監視、だと?」
「そう。そこにいる目の悪魔が生意気に我のことを監視してきたからな。逆探知して使い魔を埋め込ませた」
「僕……に……?」
「お前と脳の悪魔とやらにな。その証拠に二体とも気絶しただろう」
「あれは、君のせいだったんだねっ……」
あの日監視役二体は仲良く気絶した。オミソは喜びすぎて、コンタクトは能力の使いすぎで倒れたと思い込んでいたが、使い魔を埋め込ませたせいだったらしい。
「脳の悪魔に埋め込んだ使い魔は無駄に終わったが……この目の悪魔から、ここ二週間のお前の言動を見させて貰った」
「何の、ために?」
「しっかり修行出来ているか確認するためだ」
「……え?」
勇者のパーティの一員が魔王の修行を確認していた?
しかも既に撃破した最弱の魔王の修行を?
ますます意味が分からない。
「何故パーティの一角が俺の修行を監視する必要がある?」
「お前が弱すぎるせいだ!」
魔法使いは俺の頭蓋骨を砕くほど強く、杖を振り下ろした。
「お前が弱すぎるせいで……勇者は心を病んでしまった。お前との戦闘の後出発の街に戻った。目的を失い、街から出れずにいる。この前勇者を辞めると言いだし、聖剣を質屋に入れようとしたほどだ!」
「どうしてそこまで……」
今度は杖を下から上に振り上げ、俺の顎の骨を砕く。魔法使いのくせになんて馬鹿力だ。
「糸が切れてしまったんだ、お前と戦い!今まで全ての欲を断ち、全てを修行に捧げてきたのは何だったんだと、他の城に行ってもあんな魔王だったらどうしようと、怖くて冒険に出れなくなってしまった」
「それは気の毒な……ぐっ」
右から左、左から右へと、杖が何往復もする。俺を通過する度に、骨が砕ける音が部屋に響き渡る。リスポーンギリギリの所で、魔法使いは暴力を止めた。
「勇者を再び立ち上がらせるには、お前に強くなって貰うしかない!強くなったお前がパーティを蹴散らし続ければ、勇者の耳にも入るだろう。あれは演技だったんだ、魔王はやはり強いんだと思わせる。そしてお前を撃破した時、勇者の旅は再出発出来る!」
「そんなこと言われても……」
魔法使いの鋭い眼光が俺を射抜く。並みの悪魔がこの目つきを見てしまったら、走って逃げ出すことだろう。
「……俺だって修行したいのはやまやまなんだけどさ。見てたんだから分かるだろ?」
「修行相手がいないから出来ないとでも言うつもりか?」
「そうなんだよ……ごふっ」
魔法使いは思いっきり杖を突き出す。杖は俺の腹を貫通し、壁にまで穴を開けた。
このどS魔法使い、本当に人間か?
怪力にも程があるだろ!
「自分で修行を考えもせず、他人任せで相手がいないからしょうがないと考え、不貞寝する腐った精神……まずはそこから鍛える必要がある」
「そう、ですね」
「それにお前の性格的に厳しく指導しなければすぐに腑抜けてしまうだろう。魔王はただの悪魔としか思ってない奴が指導する必要がある」
「はい……ん?」
「同じ種族では立場の違いもあって、無遠慮に指導することは出来ないだろう。だから我はわざわざここまで出てきたのだ」
「まさか……」
走馬灯のように、今までの二週間のだらけた生活が、フィードバックする。こんなことなら、さっさと修行を始めておくんだった。
「半年間の間、我が師範となろう」
最悪だ。
ずっと黙って動向を伺っていたコンタクトの口元が、ピクつくのが目に映る。笑ったら殴られそうだが、堪えられないらしい。
「ちなみに、コンタクトとやらにも協力してもらう」
「……えっ?」
「お前には魔王の行動を二十四時間監視し続けて欲しい」
「二十四……時間っ!?」
「我は心読を使えない。魔王が無礼なことを考えたり、逃げ出そうと考えたら教えて欲しい。教育するから」
コンタクトがあんぐりと口を開ける。まさか自分にまで被害が来るとは思っていなかったのだろう。
「さ、流石に睡眠時間もあるし、二十四時間は無理だと思うけどっ」
「そこは我の魔法でなんとかしよう。もしも寝落ちなどしたら……分かっているな?」
「そ、そんなっ……」
コンタクトに関してはざまーみろとしか思わないが、自分のことを考えると笑えない。思考さえも監視されるのか。
俺とコンタクトが並んで同じように青ざめていると、遠くから走る音が近付いてきた。
「魔王ぅ様あぁぁぁあ!!!」
壁に反響した馬鹿でかい声が部屋中に轟く。まもなくしてナイトが壁を剣で破壊し、部屋に突入してきた。
「ご無事ですか、魔王様!!!」
「お前は……ナイトとやらか」
ボロボロで青ざめている俺の姿を見た瞬間、ナイトは目の色を変え、魔法使いに飛びかかる。
「貴様あぁぁぁあ!!!」
青い炎に包まれた剣で、ナイトは魔法使いを滅多斬りする。青い炎は纏う炎の中で最も温度が高く、人間がこれに触れると一瞬で肉体が溶けてしまう。
皿と皿がぶつかったような、耳に痛い甲高い音が響き渡る。休む間も無く、何度もナイトが全力で剣をぶつけるが、魔法使いには届いてさえいなかった。
魔法使いが詠唱もせず張ったシールドで、ナイトの剣は全て塞がれていた。
「なぁ、コンタクト」
「なにかなっ?」
耳を塞ぐコンタクトにギリギリ聞こえる声で俺は質問した。
「あの魔法使い、何者なんだ?」
魔王クラスのナイトの攻撃を詠唱することなく防いでいる。最高峰の悪魔の魔法使いでも、呪文や呪印なしにナイトの攻撃を防ぐことは出来ないだろう。
「初代大魔王様が戦争を中断し、人間の国王と対談した理由って知ってるかなっ?」
「勇者に倒された時、勇者達が城を荒らすことなく、一つの宝も取らずに城を後にしたことに感銘を受けたからだろ?」
「宝を奪い取ろうとしたパーティメンバーを説得し、蛮族になってはいけませんと説得したのはっ?」
「魔法使い……と聞いているが」
後に人間だけでなく、悪魔達にまで天使扱いされる大魔法使いだ。人間と悪魔を平等に扱い、戦う意志の無い相手には一切手を出さなかった。
「初代大魔王様が魔法使いをいたく気に入り、求愛していたことはどうかなっ?」
「ん? なんだそれは?」
初耳すぎる。初代大魔王様が恨むべき勇者パーティの一人に求愛していた……と?
「どうやら愛する魔法使いに説得されて、人間の王と対談したらしいよっ。十年以上求愛を続け、結局は結ばれたらしいねっ」
こいつはとんでもないことを口にしていることに気付いているのだろうか。初代大魔王様が人間に骨抜きにされ、人間に譲歩したなど、他の悪魔の耳に入れば氾濫は抑えられない。
しかも、結ばれた?
「初代大魔王様は大魔王の座を自ら失脚し、魔法使いのいる所に出向いて余生を過ごしたらしいねっ。世界で十体も場所を知らないという、聖剣の眠っていた霊山でっ」
「まてまてまて、頭が混乱してきた。つまり初代大魔王様は女のために自らの立場を利用して人間と契約を結んだ。そして結ぶだけ結んで立場を捨てて、悪魔が忌むべき場所で人間の女と暮らした……てことか?」
「そうだねっ!」
なんてことだ。
こんな場所こんな状況でとんでもないことを耳にしてしまった。しかし、この話を事実とすると様々な事柄が合致する。
何故人間側に圧倒的有利な契約を結んだのか。何故初代勇者パーティーの魔法使いが作り上げた聖剣が、魔血にダメージを与えるのか。
説明がついてしまう。
「……というか、このタイミングでその話をしたってことはーー」
ドールの話では、魔法使いは魔血を吸収したらしい。そんなことは悪魔自身か、悪魔の血を引いていない限り不可能だ。
「ーーもしかして、二体には子供がいたのか?」
「その、まさかだねっ」
地面が大きく揺れるのを感じた。
ナイトが暴れまわっているとはいえ、床まではそこまで揺れるはずない。ただの錯覚だ。
しかし、今尚揺れ続けている。
悪魔と人間の子供。可能性は限りなく薄いが、絶対に無理ではない。母体の体は激しい拒否反応を示すだろうが、人並外れた魔力があれば子を成すことは可能である。
当然禁忌だ。事実が知れれば初代大魔王様の名を口にすることも禁止され、銅像や肖像画なども破壊する必要があるだろう。過去一体だけそういうことがあり、名と存在を闇に葬られた。
「つまり、その、こいつが……初代大魔王様と大魔法使いの子供ってことか!!?」
「その通りだ」
コンタクトの代わりに魔法使いが返事をする。ナイトは未だ攻撃を続けているが、初めに比べ明らかに攻撃の頻度が下がっている。
魔法使いはシールドを解き、剣を直接避けて杖でナイトの手を叩いた。ナイトは思わず、剣を手放してしまう。魔法使いはナイトの手を掴み、まるでおもちゃを取り扱うように振り回す。そして魔法使いが壊した壁に向けてナイトを放り投げる。
「魔王……様……」
成すすべなく、ナイトは壁に開いた穴から落下してしまった。
「さて、これでうるさいハエもいなくなったな」
汚いものを触ったと言わんばかりに手を服に擦りつけ、魔法使いは再び俺とコンタクトに体を向ける。
「そのメスが言っていた通り、我は悪魔と人間の混血だ。勿論このことは仲間達すら知らないし、公言は禁止する」
「人間と悪魔のサラブレッドが……どうしてあの勇者にこだわる?自分が仲間を集めて戦えば、魔王の掃討など簡単だろう!」
「我は人間も悪魔も別に憎んではいないし、戦争に参加する気は無かった。だがあの勇者が母方の聖剣を抜いてしまった以上、その動向を知る必要がある。そして勇者には無様な冒険などして欲しくない。母方の聖剣を腰に携えている以上、後世に語り継がれるくらいの冒険はしてもらわないと……な!」
語尾を強く吐き出し、俺の顔面に向けて蹴りを入れる。俺の耳を掠めた魔法使いの蹴りは、後ろの壁を完全に吹き飛ばす。
もはや俺の部屋は面影もなくなってしまった。
「つまり魔王には強くなり、勇者のやる気を引き出して貰わなければならないわけだ」
「な、なるほど……」
「魔王よ、約束しろ」
魔法使いは俺の髪を掴み、無理矢理立ち上がらせる。
「これから先、我が城にいる間。我の命令に全て従うと」
ここでイエスと言ってしまえば、これから先は地獄の修行生活となってしまうだろう。
絶対に嫌だ。
しかし目の前には現世界最強とも言える魔法使いがいて、鋭い眼光が俺を串刺しにしている。
拒否など、出来るはずもない。
「よろしく……お願いします——」