成り上がれ、魔王様!5
コンタクトを追いかけて終わった次の日、俺は第三の幹部の元へ向かっていた。
もう城を閉めてから十日も経つ。それなのに修行内容はおろか、修行相手も見つかっていない。
ただでさえ半年しかないのに、この遅れは致命的だ。
あまり気は乗らないが、幹部の一員である、ドミノに相談することにした。
ドミノは人間界のドミノのような半透明な四角い板を扱う。板は本人以外の何かに触れればその能力を発動する。能力は爆発と風とバリアと刀の四種類あり、それぞれを組み合わせて予想もつかない攻撃をしてくる。
この世界にその板の特殊能力を持つものはドミノしかいない。ドミノは元々電気系の能力を持つ研究者で、研究の副産物として板の能力を生み出した。
その能力の利便性と知能の高さを買われて、幹部の一角を担っている。
非常に賢いし、修行を頼めばかなり有意義な修行を考えてくれることだろう。
ではなぜ、気乗りしないのか。部屋の扉を開けば、一瞬で理解出来るだろう。
俺はドミノの部屋に辿り着き、ため息をついてから扉を開けた。
「ドミノ、邪魔するぞ」
カリカリカリカリカリカリと、木を引っ掻くような音が部屋中に響いている。ドミノは部屋の壁に、鉛筆で式か何かを書き殴っていた。
ドミノは丸メガネをかけ、赤いハチマキをしている。白髮を定期的に搔きむしりながら、凄まじい速さでペンを進めている。
また尻尾に新品の鉛筆を沢山貼っていて、持っている鉛筆を使い終えるとすぐさま尻尾から新品を取り、作業を続けるのだ。
「おい、ドミノ!」
「…………」
気付いてはいるのだろうが、こちらに見向きもしない。いつも通り、俺はドミノの作業が一段落するのを待つ。
一応ドミノはメスであるし、ここは女性の部屋というのだろうが、それらしいものは一つもない。
新品の鉛筆と消しゴム用のタンスと同じ服の入った箱だけだ。フローズンとはえらい違いである。
ちなみに同じ大きさ、同じ家具の部屋が二十部屋近く並んでいる。ドミノは部屋中を文字で埋め尽くすと、次の部屋は移動する。今は十二部屋目だ。
城に在中している悪魔にはランクに応じて、定期的に給料として資金を渡している。ドミノは同じ部屋の増築に当てている。そのため牢獄のように同じ部屋が並んでいるわけだ。
十分ほど待ち、ようやくドミノはペンを置いた。
「……何の用?」
長らく待たせておいて、出た言葉がそれか。
「実は一つ、お願いがあって来たんだ」
「……大体、無理」
いつも通りだが、こいつはコミュニケーションを取る気が全くない。ドミノは汗だくで、シャツが胸に張り付いていた。着替えるから出て行けと言わんばかりに、俺を睨む。
「お礼はするから、そう言わずに頼むよ」
「……用件と、謝礼」
食いついたな。
「用件は後で言おう。謝礼はお前が欲しがってたシャープペンシルというやつだ。最近輸入ルートを見つけてな」
「……シャー……ペン」
尻尾が僅かに上がる。喜んだ時、こいつは尻尾を立てる癖がある。尻尾が上がるほど、用件の成功確率はあがる。ピンと立てば確定的だ。
「あぁそういえば、技術係がタイプライターなるものを手に入れて、使い方に苦労してたなぁ。」
「……タイプ……ライター」
尻尾がさらに上がる。あとひと押しで尻尾 は肩の位置まで上がることだろう。次にまだ入手までは至っていないが、嘘をついてでもここは確実性を取っておこう。
「あとなんだったか、パーソナル……コンダクター?」
「…………」
「いやなんか違うな。コンシューマーじゃなくて、コンフュージョンでもなくて、コンーー」
「……ピューター!」
尻尾が完全に逆立った。もうこいつはまだ見ぬ最新機器に夢中なことだろう。今ならどんな要求でも二つ返事で快諾するはずだ。
修行如きで切り札のコンピューターまで使ったのはやりすぎだったかもしれない。
商売人なら情報を小出しにして最大限の利益を産むのだろうが、どうも俺には向かないようだ。相手の次々と変わる反応が面白くて全部出してしまう。
「あーそうそうコンピューターだ、それが二、三日前に技術係の所に入ってきたらしくてな。でもタイプライターも今研究中で手一杯だし、他の城に横流ししようと考えてるらしく」
「……ダメ」
尻尾を逆立てたまま俺の方に歩いてくる。それも早歩きで鼻息を少しだけ荒くしながら。
「ダメと言われても、もう決定されたことだしなぁ。俺かオミソ辺りが言わなきゃ、今日中にでもコンピューターは他の城に行ってしまうだろう」
「……用件は?」
「修行相手になって欲しーー」
「ーーわかった」
持っていた鉛筆を投げ捨て、尻尾を振り回し、貼り付けていた鉛筆を無理やり引っぺがす。
「……誰と、いつから、どこで?」
「まあ待て、落ち着け」
歩きながらシャツを脱ごうとしたため、俺は手でドミノの両腕を掴み、それを防いだ。別にメスの悪魔の裸を見てどうのこうのということはないが、見たいわけでもないし止めておく。
「修行相手は俺で、準備出来次第、場所は案内する」
「……分かった」
「じゃあ外で待ってるから、着替えてなんなら修行内容を考えておいてくれ。お前ならそんなに時間はかからないだろ?」
「……五分もあれば、多分」
「じゃあ扉の前で待ってるから、よろしく」
俺は手を離すと同時に振り返り、部屋を出てから後ろ手に扉を閉めた。ドミノは俺の手を振り解き着替えようと手に力を込めていたため、恐らく手を離した瞬間シャツを脱ぎ出したことだろう。
おかげさまで俺の腕はプルプル震えている。
しかしようやく修行を開始出来そうだ。コミュニケーション以外は問題無いんだし、地雷持ちのフローズンやガキに翻弄されているドールに頼るより先に、こいつに頼めばよかった。
十日遅れてしまったが、俺は今から辛い修行を始める。半年後にはきっと、オミソが泣いて喜ぶような、例の勇者も絶望してしまうような、強大で誇り高い魔王になっていることだろうーー
ーー爆音とともに、地面が揺れた。
俺が妄想を膨らませていると、なんの前触れもなく爆発音が響き、あまりの衝撃に地面までも大きく揺れた。俺は立っていられなくなり、地面に倒れこむ。
「魔王様、大変です!」
部下の悪魔が走ってくる。体裁を保つため俺は最初から座っていたようにポーズを取り、それに応じる。
「何事だ?」
「フローズン様とナイト様が交戦中です!」
「なんだと!!」
わけがわからない。なぜフローズンとナイトが戦っている?
「案内しろ!」
俺は急いで立ち上がり、部下の後を追った。
「ここです、魔王様!」
息を切らしながら、ようやく俺は目的地に到着した。目的地は城の北側で、俺がいた場所は南側。城の端から端まで走ってきたわけだが、走っている最中何度も爆音がして、何度も倒れそうになった。
しかし部下が息も切らすこともなく平然と走っていた。少なくとも倒れるまいと、俺は必死に走ってきたのだ。
爆音の近さから察するに、この扉の向こうでフローズンとナイトは交戦しているのだろう。俺は息が落ち着くのを待ってから、勢いよく扉を開く。
「二体とも、止まれ!!」
フローズンは氷の鎌で、ナイトは炎を纏った剣で、それぞれお互いに斬りかかる寸前だった。
よく見るとフローズンは右肩と左側の腹が大きくえぐれていて、ナイトの左手は凍傷で地面に落ちてしまっていた。その他にもお互いに多々切り傷があり、部屋の壁も無茶苦茶。
戦闘の激しさを物語っていた。
「魔王……様!」
ナイトは青白色のプレートメイルに身を包み、銀髪を後ろで一本に纏めている。ドールの甲冑を着た悪魔とは違い、動きやすさ重視で重要な部分にしかプレートをつけていない。
俺の姿を見つけると、ナイトは剣を鞘に納め、走り寄って来た。それも砂煙が起きそうなほどのスピードで。
「騒ぎ立ててしまいぃ、申し訳ございませんん」
猛スピードで謝罪をしながら、器用に膝をつく。その体勢のまま地面を滑り、俺の目の前でピタリと止まった。
「いや、それはいいんだけど」
「なんと慈悲深きお言葉!深く感謝致します!」
「と、とりあえず顔あげな?」
「ありがたき幸せ!」
膝をつきながら、ナイトは顔をあげる。悪しき感情を浄化するような綺麗な銀色の眼が真っ直ぐ俺の顔面を見据える。瞬きすらしない。
「ええと、どうして幹部同士が喧嘩してるか聞いていい?」
ナイトは四体の幹部の最後の一体であり、フローズンに深手を負わせるほどの実力者だ。剣に炎の魔法を纏わせて戦う。炎の魔法にも種類があり、さっき纏わせていた炎は爆発の性質を持つ。色は赤色で、触れた瞬間爆発する。
「無礼者を粛清していた所です!」
「私ーぃ、何もしてないわよー」
「何を言うか!」
近くまで来ていたフローズンに再びナイトが斬りかかる。フローズンは氷の盾でこれを受け、剣の届かない位置まで下がる。
「魔王様に無礼な行いをしたであろう!」
「「……あー」」
俺とフローズンの台詞が被る。どうやらナイトはこの前の拷問の件に憤怒しているらしい。。
「やはり真実のようだな!」
真実なんだが、事実をそのまま伝えて再び二体が戦闘に戻るのは流石に見過ごせない。修行の件はナイトには伝えたくなかったが、致し方ないか。
「うーん、拷問じゃなくて修行な、修行!」
「修行……ですと?」
「そうそう、最近門を閉めただろ。あれ修行のためなんだ」
「ですが魔王様、修行で頭を切り離して氷漬けにし、目の前で肉体に拷問をかけるものでしょうか!」
やけに詳しい。これはアイツの企みかな。
「魔力で攻撃を防御する修行だったんだよ。ただ肉体に攻撃してもらい守るよりも、自分の目でその肉体を見て守った方が正確に防御魔法を使えるだろ。氷漬けにしてたのは再生能力で肉体の方に頭が戻らないようにしてただけだ」
本当は防御魔法が使えないように魔力吸収の魔法をかけられていた。
ただの拷問である。
「そう……ですか。確かにそれなら修行として成り立ちます。流石ですね魔王様」
ナイトがしきりに頷く。ちなみに言うまでもないと思うが、ナイトは俺に心酔し、絶対服従を誓っている。
俺の発言や行動は全て肯定し、それに反する者がいたらすぐさま粛清する。例え城の外にいる下級悪魔であっても、俺の悪口を言いそれをナイトが耳にした瞬間、城から飛び出て抹殺してしまう。
ナイトが何故俺にここまで尽くしているのかというと、昔ナイトが死にかけていた所を俺が魔血の輸血を行なって助けたからである。ナイトはそこら辺にごまんといる下級悪魔だった。なりたてとはいえ魔王だった俺がナイトを助けたことで、深く感謝されてしまった。
また稀に輸血により輸血者の能力を発現する者がいるのだが、その時にナイトは再生能力も開花した。ゆっくりではあるがナイトの左手は少しずつ生えて来ている。
「ちなみになんだけど、その話誰から聞いたんだ?」
「コンタクト殿であります!」
やっぱりか。
どうやら本当にあいつをフローズンの元に届けないといけないらしい。
「しかし修行ならばこんな奴になど頼らず、私に命令してくだされ!」
「それは……うーん」
ナイトに修行を頼めば、一瞬で快諾してくれるだろう。しかし俺はこいつにだけは頼みたくなかった。
なぜなら。
「魔王様のことを世界で一番よく知っている私なら、最適な修行を提供できる自信があります。まず現段階で魔王様は魔力が下級悪魔の『ゴブリンの魔法使い』とほぼ同等です。筋力は中級悪魔の『怪力ゴブリン』とほぼ同等、戦闘技術は中級悪魔の『ゴブリン長』にギリギリ勝てるくらいです。この中で最もレベルの低い魔力の修行から入りましょう。また魔王様は二時間四十分の睡眠時間が最適で、最低限の職務時間が三時間です。移動や休憩に一時間二十分費やすとして、十七時間修行出来ます。この限られた時間の中でーー」
なぜなら。
こいつが俺のことを詳しすぎる上に、真面目過ぎるからである。俺よりも俺のことに詳しいし、修行すると言ったら余裕のある時間は全て修行にあてると考えてやがる。
ていうか、俺の能力の例え全部ゴブリンかよ。俺がゴブリンの仲間みたいじゃねぇか!
「ーーですから、最後の一時間は総復習の必要がありますので、余裕を持たせておきましょう。如何でしょうか?」
「ナイト、修行の話はまた今度にしてくれ」
餌のお預けを命令されたような悲しい目線が俺を襲う。こいつは純粋過ぎて、全ての感情が目に色濃く反映してしまう。邪念の多い俺には耐えられない目線だ。
「……お気に召さなかったのでしょうか?」
「そうじゃない。実は先約があってな。約束は守らないといけないから、ナイトの修行はそれの後にお願いする」
「それなら、仕方ありませんね。魔王様は約束は絶対に守る律儀なお方だ」
ナイトも傷付けることなく、なんとか場を納めることに成功した。怖い約束はしてしまったが、上出来だろう。
「フローズンにも悪かったな、予測しておくべきだった」
「本当よー、久々に怪我しちゃったわーん」
「今度人間界に行った時、宝石でも贈るよ」
「それならー、おーけーよん」
「……勘違いしてすまなかった、俺も今度謝罪の意味を込めて何か送らせてもらう」
ナイトが立ち上がり、フローズンに向けて頭を下げる。俺に挨拶する時よりも浅く、会釈程度の謝罪だが。
「いらないわー、どうせ魔王様グッズだろうからー」
「当然だ。受け取れ」
「嫌よー、じゃーねーぇ」
フローズンが俺の横を通り過ぎ、扉から出て行く。横を通り過ぎる時傷を見たが、フローズンが傷口を凍らせているにも関わらず、中で炎が燃えていた。
ナイトの炎が再生能力を持っているという理由もあるが、十日前に勇者パーティに受けた傷がまだ癒えていないのかもしれない。俺が受けた氷漬けの魔法も、いつもならコンタクトの魔法では溶けるはずもなかった。
「ナイトも部屋へ戻れ」
「ですが魔王様、久々のご対面。もう少し語りましょう」
「ドミノとの修行があるんだよ。修行の契約が終わったらお前の所に行くからそれまでは……あ」
完全に忘れていた。ドミノを長いこと放置してしまった。
「てことで、じゃあな!」
「修行に満足できなかったらいつでも言ってください!あと相談ごとなら是非私に」
俺は最後まで聞かず、部屋を出てドミノの部屋へ向かおうとした。しかし、部屋を出ることは出来なかった。
突然巻き起こった爆風に押され、俺の体はなすすべなく宙を舞った。空中をクルクルと回りながら、扉と反対側の壁まで吹き飛ばされる。
壁に叩きつけられ、俺の肉体はようやく止まった。
「魔王様、ご無事ですか!?」
ナイトが俺の元へ走り寄ろうとするが、ある事実に気付き足を止める。ある事実とは、俺を爆風で吹き飛ばした犯人が扉から入ってきたことだ。犯人は板を両手に持ち、尻尾を逆立てていた。
「……何故、ここにいる?」
ドミノは完全な興奮状態になっていた。俺が約束をすっぽかして扉の前から移動してしまったため、怒っているのだろう。
「ドール、魔王様に危害を加えたのは、貴様か?」
ナイトがゆっくりと剣を抜く。ドールに向けて剣を掲げ、炎を纏わせる。
「……そうだけど、何?」
「粛清してやる!」
ナイトが走り出す。最も温度の高い漆黒の炎を纏わせ、ドールに斬りかかる。ドールはバリアの板を剣に向けて投げ、剣撃を止める。
「……ナイト、邪魔」
ドールは爆発の板をナイトに向けて投げ、ナイトはこれを爆発の性質を持つ黄色の炎をぶつけて相殺する。
「貴様ぁっ!!」
沸点が低く、血の気が多く、互いに爆発を扱う。ぶつかると最もうるさい二体の戦いが始まった。止めようにも爆発で声は届かないし、爆風で俺は二体に近付けない。
二体の戦いは夜で続いた。お互いが疲弊した所でようやく二体を止め、部屋に返すことに成功した。
そして、今日もまた。
修行せずに部下の世話しかしていない俺は、疲れ切ってベットに倒れこんだ。