成り上がれ、魔王様!2
「魔王様、またかね?」
「またなのかなっ!」
「……申し訳ありません」
ここは俺のリスポーン地点。死ぬ度俺はここに復活する。
魔王城の地下にあり、常に『監視役』の悪魔が待機している。監視役とは魔王一体につき二体担当がいて、戦闘経緯、戦闘時間、連続勝利回数などを記録している。
監視役は「脳の悪魔」と「目の悪魔」が担当している。目の悪魔が戦闘状況を遠視し、脳の悪魔がそれを記憶するといった具合だ。
俺は脳の悪魔をオミソ、目の悪魔をコンタクトと呼んでいる。
二体とも見た目はほぼ一緒で、人間でいう中学生くらいの背格好をしている。人間によく似ていて、中性的な顔立ちをしているが、オミソがオス、コンタクトがメスである。
顔の違いだけで言えば、オミソは目を開いていて、コンタクトは目を閉じている。目の悪魔は心眼で世界を見るため、目を開ける必要性がないのだ。
「これで何連敗目か、覚えているかね?」
「覚えているのかなっ?」
ちなみにまともに話している方はオミソである。オミソが頭を使う仕事を全て担当しているせいか、コンタクトは幼稚な言動を好む。
……実際は目の悪魔の中でも上級の存在で、戦闘となれば俺より全然強い。
「……四十三連敗です」
最後に勇者に勝利したのは三ヶ月前、五人の勇者パーティが魔王城に乗り込んできて、俺は完膚なきまでにこれを打ち負かした。
「かんぷっなきっまでっ!」
コンタクトが俺の心を読み笑い転げる。上級の目の悪魔は透視、遠視だけではなく、心読まで出来る。
「十二歳前後のっパーティを相手にして……かんぷなきまでだって!」
「……魔王よ。この城なら死ぬこともないだろうと、遠足気分でやってきたやんちゃなお子様達に勝ったことを『勝利』としてカウントしているのではないでしょうな?」
「し、か、も! その時でさえリスポーンしかけてたのにっ魔王様!」
ちなみに子供達とはいえ、勇者訓練校に通っているような有望な戦士達であった。剣の扱いは平均レベルの勇者に見劣りしなかったし、初期魔法も使えていた。
武器を取り上げるためにリスポーンしかけても仕方がない。俺の十分の一も生きていないとしてもだ。
「自分で言いたくないなら私が教えましょう、九十六敗である」
「歴代最高記録更新中ですね……」
「最下位の座はしばらく安泰そうだねっ!」
悪魔界の頂点は大魔王であり、その下には十二体の魔王がいる。大魔王を第一位として魔王ランキングがあり、俺は第十三位である。
つまりは最弱だ。
「『生』を司る由緒正しき崇高な魔王が……どうしてこうなったのか」
魔王はそれぞれ別の能力を有している。俺の能力は不死。核を破壊されない限り蘇生する。
それだけだ。
「大体戦闘向きじゃねぇんだよ、こんな能力……」
「戦闘向きじゃない……ですと?」
オミソは怒った時、目を見開き息を吸う癖がある。長い説教をするために。
「理解しているのかね? 多少の傷なら一瞬で修復し、致命傷を負っても核を破壊されない限り蘇る。『生』の魔王は戦闘において最も有利な存在なのだ。死をいとわず戦えるなど、まさに理想的ですぞ」
人間は人魔契約により殺される心配は無い。そんな勇者達と戦う時、同条件でいられることはかなり有利だ。それに回復力も他の悪魔に比べて段違いに優れている。
「……それでも炎を操ったり、武器を操ったり、魔法を無尽蔵に放てる魔王の方がよっぽど強いと思うけど」
「魔王様がしっかり修行して、並みの魔王のスキルを身につけた方がよっぽど強いわ!」
グゥの音も出ない。何十年も前から口酸っぱく修行しろと言われてきた。しかし修行しなくても死にはしないし、なにより面倒くさかった。
「面倒くさかった。だってさっ!」
オミソの目がさらに見開かれる。コンタクトの前で軽率なことを考えてはいけないことを忘れていた。
オミソが先程よりも大きく息を吸い、お説教を開始しようとする。
「魔王様ーー」
「ーー大変です!!」
素晴らしいタイミングで地下室に下級悪魔の声が響き渡る。大変なことらしいが、オミソのお説教よりは遥かにマシなことだろう。
俺は深刻な顔つきを作り出し、部屋に入って来た悪魔に視線を移した。お説教が回避出来た喜びをオミソに悟られてはいけない。
コンタクトがニヤニヤしてる時点で、告げ口は確定だが。
「先程まで戦闘していた勇者のパーティがまだ帰ってません!」
「なにっ!」
お説教を上回りそうな予感がする。
「どうやら魔王様がまだ生きていると思っているらしく、玉座の間から一歩も動きません!」
「なんだと! わざわざ死ぬ間際、『私を倒していい気になるなよ……私は魔王の中でも最弱の存在。貴様らの実力では、他の魔王は到底倒せないだろう。だが私を倒したことは褒めてやる。玉座の裏にある宝を持って帰るといい』とまで言ってやったというのに!」
昔、宝を城の奥に隠していた。俺を倒したパーティが城を探し回り、結果この地下室が見つかってしまったことがあった。その反省を踏まえて、俺はリスポーンする前に宝の場所を教えることにしている。
普通宝の場所まで教えてやれば、パーティは宝を貰い意気揚々と城を後にするものだろう。
「魔法使いが付加魔法や援護魔法を仲間や武器にかけまくっていまして、早く対処しないと取り返しのつかないことになってしまうかと!」
「どうにかして俺が死んだことを伝えろ!」
「部下に『演技』や『仇討ち』をさせてはいるのですが……何をしても信じてくれません!」
演技と仇打ちは俺の考えた、緊急時のための対策だ。
演技は『魔王様が死んでしまった、俺はどうしたらいいんだ』と部下に悲しむ演技をさせることだ。過去に七回使ったことがあり、三回勇者を帰らせることに成功している。
仇討ちは『魔王様の仇!』と部下に特攻させる方法だ。演技で帰らなかったパーティを四回共帰すことに成功している。
「仇討ちまで通じないとは……頑固なパーティめ」
「……ふふっ」
今にも吹き出しそうな笑い声が聞こえ、思わず声の方に視線を流してしまう。視線の先でコンタクトが口を抑えて笑いをこらえていた。
そしてその隣でオミソが、まるで痩せ細った野生の子犬を見るような、悲しそうな目でこちらを見つめている。
多少馴れてしまっているが、いつ見てもこの目は直視出来ない。俺が『パーティを帰すための方法を考える会』を開く時、オミソはいつもこの目をしている。
俺は逃げるように目線を下級悪魔に戻した。
「……仕方ない、幹部達を向かわせろ」
俺の城には幹部が四体いる。幹部達は城の四隅を守っていて、全員の実力は俺を除く魔王達と比べても見劣りしない。
オミソが方々駆けずり回って集めた幹部達だ。俺の弱さが表に出ないよう、玉座の間に着く前に勇者達を潰してしまおうと考えたらしい。
だが俺が配置を弄ったせいで、ほとんど勇者達と戦闘はしない。
「それが今回のパーティは、ご丁寧に幹部の方々を倒してきたらしく、皆さん回復中です」
「なん……だと……」
俺の城は幹部と戦わなくても玉座の間に辿り着けるようになっている。普通のパーティは幹部を避けるルートを見つけ、ラッキーしたと思い込んで玉座の間に到達する。
というか、幹部達を全員倒せるレベルのパーティがこの城に来るのが異例だ。
基本的にこの城には、冒険したての勇者や、腕試しに来る勇者見習いが多く来る。ほぼ全てのパーティがこの城を攻略して、次の城を探す。最も人間界に近く、最も攻略しやすい俺の城を後回しにする理由は無い。
それでも勝てないけども。
「……魔王様。アレを、使うしかないのでは」
下級悪魔が聖水を舐めたような苦い表情を浮かべる。見なくても、コンタクトが口を抑えて転げ回っていることが分かる。
オミソの顔は今までに見たことがないほどの悲哀の表情になっていることだろう。もしかしたら涙を流しているかもしれない。
オミソにこれ以上心労をかけないためにも、俺の微かなプライドのためにも。
アレだけは嫌だ、使いたくない。
しかし、他に手が思いつかない。
「……アレを、使おうーー」
「ーーやはり出たな魔王!」
俺は転移魔法で、パーティの目の前に出現した。思った通り勇者は相当な手練れらしく、出現した瞬間斬りかかろうと身構えた。
「いや、待て!!!」
双剣使いが勇者を制止する。声と同時に勇者が剣を止め、剣と逆の手で防御魔法を発動した。
その剣は既に、俺の喉元のすぐ手前まで届いていた。
「こいつ、腕と足を拘束している」
双剣使いが俺の状況に気付いてくれた。もし気付いてくれなければ、殺されて同じことをもう一度繰り返さなければならなかった。
それだけは絶対に避けたい。
俺は勇者に切られないよう細心の注意を払い、話を切り出した。
「声を聞くと同時に剣を止め、反撃に備えて防御魔法を展開する。勇者様は相当な手練れだと見受けます」
勇者の体がほんの少しだけ震えた。敵対する魔王に褒められ、理解が追いついていないのだろう。
「……何が目的だ」
剣先は変わらず俺の喉元をかすめているが、勇者は俺の話を聞いてくれるらしい。とりあえず恥をかくのは一回で済みそうだ。
「私は魔王です。この城の長として、玉座の間に君臨しておりました。あなた方は幹部を全員倒してきたと聞いております。幹部がこの強さならば、どんなに強い魔王が待ち受けているだろうと気構えてこの部屋に入ってきたかと思います」
勇者も、他の四人も微動だにせず、眉をひそめて俺の話を聞いている。彼らはきっと修行に修行を重ね、万全な用意をした上で、人類を救うという目的のためにこの城に挑んできたのだろう。
ああ、これ以上続けたくない。
「私は『生』を司る魔王です。私の能力は不死であり、核を破壊されない限り死にませんが、それだけです。力も中級悪魔くらいですし、魔法も初期魔法しか使えません。死なないという事実を除けば、実力は中級悪魔以下です」
勇者の手が震え出す。連れのパーティは互いに目を見合わせていた。人間の王と大魔王が契約を結んだ時、人間達は皆同じような仕草をしていた。
信じがたい事実を告げられ、自分だけでは到底理解しきれない。そのため思わず他人の表情を確認し、事実が現実であることを知るのだ。
どうやらパーティ全員が状況を理解したらしい。
勇者が唾を飲み込み、ゆっくりと口を開いた。
「つまり……お前は城の入り口にいる悪魔と似たような実力しか持たない、弱すぎる魔王だと……?」
「はい」
「弱すぎるから俺達を説得して……戦いを避けようとしているのか……?」
「はい」
「抵抗の意思を見せないようにわざわざ両手両足を拘束して……降伏を告げているのか?」
「はーー」
返事は途中までしか言えなかった。勇者が目にも留まらぬ速さで剣を振り抜き、俺の首を切断したからだ。
体から離れた頭は腐って消滅し、切断された首からすぐに頭が生えてくる。新しい頭で部屋の壁を見てみると、剣の風圧で大きな窪みが出来ていた。
この勇者は下手したら、大魔王を倒せるほどの実力を持ち合わせているのかもしれない。
そんなことを考えていると、勇者が防御魔法を発動していた方の手で俺の頭を掴んだ。無理やり視線を上に向けさせられる。
勇者の鋭い視線が、俺の目に突き刺さる。
「……ふざけるなよ。俺がどんな準備をして、どんな苦労をしてここに挑んできたと思う」
剣を持つ勇者の手が、怒りで震えていた。
「人魔契約を破った悪魔に両親を殺されてから、悪魔への怒りを原動力に十五年間修行に明け暮れていた。三時間以上寝た日は一日もない。勇者訓練校を歴代トップの成績で卒業し、選ばれし勇者しか抜けない聖剣を手にした。各部門で最も強く、信頼出来ると思った仲間を五年かけて集めた。そしてようやく今日、全ての準備を終えて魔王城に乗り込んだ!」
もしかしたら本当に、こいつは未来永劫語り継がれるレベルの勇者なのかもしれない。
全てのエピソードが完璧で、この勇者の旅を記録したら相当な価値を持つに違いない。初陣が俺の城という事実を除いたら。
「この城の幹部達は本当に強かった。全く別の強さを持ち、攻略は難航した。こいつらは本当に魔王じゃないのかと思うくらいにな」
魔王クラスですね、はい。
「それでもパーティと協力し、一人の脱落者も出さず、なんとか幹部達を四体とも撃破出来た。全ての回復薬を使い切り、万全の状態まで戻して玉座の間に挑んだ。その結果が……」
勇者は最後まで言い切ることが出来なかった。一筋の涙が、勇者の頬を伝う。
勇者も俺も、何も言うことが出来ない。
しばらく静寂が続いた後、後方にいた魔法使いが勇者の元へ歩み寄り、肩に手を置いた。
「……帰りましょう」
勇者は魔法使いの方を見ず、沈黙したまま俺の頭から手を離した。俺は手を拘束しているため、受け身もとれずに無様に地面にぶつかる。
勇者は剣を鞘に納めると、ゆっくりと振り返り、入り口へと足を進める。その後ろをパーティの四人は静かに着いて行った。
勇者一行が部屋を後にし、部屋には両手両足を拘束された俺だけが残された。立ち上がることも出来ずに、おでこを冷たい地面に押し当てている。
今まで敗北の味は何度も味わってきたし、どんな屈辱も受けてきた。
それらを全て忘れてしまいそうなくらい、今回の件は心に響いた。
全ての原因は、俺の怠惰にある。
「……魔王様」
オミソの声がする。どうやら近くまで来ていたらしい。リスポーンの可能性がある時にオミソが地下から出てくるなんて、初めてのことだ。
「見ていたのか……?」
「全て、この目で見ていたぞ」
オミソはコンタクトから話を聞くのではなく、自分の目で見るために、地下から登って来たようだ。
「そう、か」
火の起こる音がした。
実際に何かが燃えているわけではない。
だが、しっかりと聞こえた。
俺の心の火が灯る音が。
「オミソ、決めたよ。約束するーー」
悪魔は契約を重んじる。
約束するという事は、絶対にそうしなければならないということ。
約束、してやるさ。
「ーー修行、するよ」