柊紗雪編④
現実での定期試験も終わり、心置きなくゲームができる俺は、数日ぶりの浮遊感とともにELSが生み出す二次元の世界へとやってきていた。
「さっきスキャンしたテストの問題用紙をスキャンして、幸人様のメモした答えを答え合わせしてみました」
二次元に飛び込んでいきなり、金髪ツインテールメイドからナチュラルブラウンショートカットの童顔小動物系へとフォルムチェンジした小春が、バインダー片手にそんなことを言ってきた。
「いつの間にそんなことを……」
「スマートフォンのカメラ機能を使ってレンズから問題用紙を記録させてもらってました」
「また勝手なことを……」
「でもがっかりする点数でもありませんよ?」
「わかった。教えてくれ」
「国語76点、数学48点、化学40点、日本史85点、英語42点、その他の科目はほぼ60点超えですね。特に保健なんて98点ですよ!」
「おい最後、半笑いで言うな!」
「いやだって、こんな細かく正確に性知識に関する内容を書いてるとか面白すぎますよ~。なんですかこの間違いかた、『受精卵』って書くところを『リア充爆発しろッッ!』って」
「いやなんか男女でイチャイチャしてるのが頭に浮かんでつい、な」
「でも、これでELSができますね。実は紗雪さんと涼乃さんが勝負をする前日まで時間をスキップしてあります。勝負当日も含めて休日に設定したので、ここらでデカいフラグでも建築してきてください!」
小春の姿が消えて視界が俺の部屋へと変わる。すでに俺の手にはスマホがあり、紗雪の電話番号が表示されている。あとはタップするだけで紗雪に電話ができる。
親指を受話器マークに近づけた瞬間、胸が苦しいような感覚と動悸に襲われる。
それでも何とかタップしてコール音が鳴ると、より強い動機と落ち着かない気持ちに身体が支配された。
「もしもし、幸人さんですか?」
「あ、ああ。そう、俺だ。練習はどうなってるかなって思ってさ」
「……あまり調子よくないんです」
「弱気だな」
「涼ちゃんはすごく速く綺麗に滑れるのに私はまだまだダメで……」
「……だったらさ、今日、練習せずにどっか遊びに行かないか? 多分だけど、息抜きも必要だと思うんだ」
「でも……」
「別に涼乃さんも勝敗にこだわって勝負を挑んできてるわけじゃないだろ。友達と楽しく滑りたいだけだと思うぞ」
さっきまでの緊張と胸の苦しさはいつの間にか消えて、確かな感情が俺の中で咲いた。
「だからさ、今日だけでもいいから、俺に時間をくれないか?」
俺は紗雪が好きだ。
デートの待ち合わせというのはこういう気分なんだろうか。人が様々な方向へと歩いていく桜木町駅の近くで、俺は紗雪を待っていた。待ち合わせまではまだ30分あるが、俺は1時間前からここにいたため、すでに30分待っていることになる。
「お待たせしました! ずいぶん早くから待っててくれたんですね」
スノボウェアとは違い、黒のコートとベージュ系のスカートで落ち着いた雰囲気の紗雪はいつもよりも大人っぽく、それでいて可愛らしく見えた。服装に合わせたベージュ系のバッグもなにやら高級感が溢れ、大人っぽい色気すら感じられる。
「へ、変じゃないですか?」
「い、いや……に、に、似合ってるよ」
直視できない自分を抑え込んで紗雪を見ると、照れたように微笑みながらクルッと一回転して見せてくれた。
「それじゃあ行きましょうか」
「あ、あぁ……」
最初にやってきたのは海の見える喫茶店だ。紗雪のオススメらしい。
「実は私、喫茶店巡りが趣味なんですよ!」
いい雰囲気の喫茶店に入ると、ウエイトレスさんが近づいてきた。
「いらっしゃいませ、2名様ですか?」
「はい」
「小春……」
そう、そのウェイトレスは新しい見た目に変わった小春だった。
思わず名前を呟いてしまったが、小春は悪戯っぽい笑い方で微笑みかけてきただけで、紗雪も特に聞こえていなかったらしい。
「こちらのお席にどうぞ」
さすが小春だ。場面に完璧に溶け込んでいる。
「幸人さん、何を食べますか?」
「うーん……、店員さんに聞いて決めようかな」
紗雪は手を挙げて近くで待機した小春を呼び寄せると、メニューすら見ずに告げる。
「特製レアチーズケーキとミルクココアのホット、あと抹茶アイスをお願いします」
「はい、かしこまりました」
……食べ過ぎじゃないか?
「幸人さん? 大丈夫ですか?」
女の子が甘い物をよく食べるのはゲームで見かけるが、こうして目の前で再現されると感覚がまったく違う。
「っ痛ぇ!?」
いきなり二の腕を抓られた。
「お客様、ご注文は?」
おかしい、前よりも可愛らしい顔になっているはずなのにその満面の笑みが怖い!
「お、おすすめで……」
「はい、かしこまりました」
まあ喫茶店でぶっ飛んだ料理なんて出てこないだろうし、普通にスイーツとかだろう。
「お待たせしました。特製レアチーズケーキとホットココアと抹茶アイス、それから、特製辛口カレーです」
完全にフラグであった。茶色ベースなはずのカレーがなぜか恐ろしい赤色に染まっている。
しかもカレーであってカレーライスではない。
「ライスは?」
「別メニューとなっております」
……こいつ、楽しんでやがる。
まあとりあえずひとくち。
「うっ!?」
い、意識が……!?
「ゆ、幸人さん!?」
こんな辛さ、食材をどう使っても出せるとは思えない。
辛い物は人並み以上に得意なはずだったが、このカレーは次元が違う。
「そういえばお客様、もしかしてデートでしょうか?」
「で、でででででデートだなんてそんな」
「デートでしたらとっておきの場所があるんですよ。サービス券もありますから」
「水族館ですか?」
「はい、ちょっと遠いので電車に乗っていかないといけませんが」
やっと口の中の辛さが引いてきたころには会計が終わり、電車に乗っていた。紗雪の話では辛さで悶えながらも会計は俺が支払い、自分の足で電車に乗ったらしい。
湘南方面へと向かう電車は、駅同士の間隔が長めで退屈だから普段はあまり乗らないが、今は紗雪が隣にいるだけでなんだか楽しい。
「私、あまり水族館って行ったことないんです。実は美術館とか水族館とか博物館とか、ゆっくり鑑賞するのあんまり得意じゃなくて……」
「え? じゃあやめて別の場所に行くか?」
「い、いえ大丈夫です」
紗雪は首を何度も横に振って俺の言葉を否定した。
優しそうな性格だから無理をして付き合ってくれているのかもしれない。
「私は……幸人さんと一緒なら楽しめると思います」
少し頬を染めながらそんなことを言われ、俺も顔全体が熱くなる。
「そ、それにしてもさっきのカレー、辛かったな」
「あれは私でもちょっと……」
苦笑いを浮かべなから空いた席に座った。
向かい合う度胸も、隣に座る度胸もない俺は少し離れて吊革に掴まる。見れば他の乗客はほとんどいないらしい。
「幸人さん、トラウマってありますか?」
「……突然だな」
「すみません、どうしても誰かに相談したくて」
「……」
「私、やっぱり怖いです。涼ちゃんと一緒に滑って勝負するの」
「また起こるかもしれないって、そう思ってるのか?」
「……はい。あの時の事故は私のせいなんです。勝負を受けていなければ、一緒に滑っていなければって、ずっとそんなことを考えてます。涼ちゃんとの距離が近くなった時も、ほんとは私が減速してぶつからないようにするべきだったんです……!」
「……俺にはその事故の状況もわからないし、どっちが悪いなんて判断もできない。でも、仮に紗雪が悪かったとして、紗雪がひとりで全部抱えることはないはずだろ」
少なくとも涼乃さんは紗雪のこの後悔をお互いに悪かったと背負おうとしてくれていた。
「わかってるんです。涼ちゃんは優しいから、事故の原因はお互い様だって言って歩み寄ってくれていることも……。でも、でも私にはできません。涼ちゃんの優しさに甘えて、『お互い様だから忘れよう』なんて。……私には、できない!」
そう思っているなら、きっと紗雪は涼乃さん以上に優しいんだろう。あるいは怪我をさせてしまった罪悪感のようなものがあるのかもしれない。
そしてこれほどの想いに、何かを言えるほど、俺は立派ではなかった。
結局、気まずい沈黙が流れた後、紗雪は小さな声で「ごめんなさい」とだけ謝った。
水族館とは、水の中、あるいはその周辺で生活する動物を鑑賞する施設である。基本的に、混雑するシーズンや親子連れで賑わってでもいない限りは静かな場合が多い。しかし、今の俺たちにとっては静寂などないほうがよかったかもしれない。
水族館の雰囲気は最悪だった。互いに無言で、歩幅も紗雪が少し後ろを歩く姿は、とても仲のいい男女とは言えなかった。
「幸人さん……ほんとにごめんなさい。私があんなことを言ったせいで……」
水族館の近くの浜辺を歩いていたら、紗雪はまた謝ってきた。どう返していいかわからずつい無言になってしまう。本当なら勇気づけるような言葉をかけるべきだろう。
慰めたり笑わせたり、試合への気持ちを高まらせてあげるべきだろう。
俺にはその勇気がなかった。
俺にはその資格がなかった。
何かを乗り越える強さを持ってない俺には、紗雪に綺麗事なんて言えなかった。
「雪ちゃん!」
だから、そこにその人が立っていたのは見かねた小春が助けてくれたのかもしれない。何も言えない俺に、本当はこう言ってやるべきだと教えようとしてくれたのかもしれない。
紗雪の親友は、真剣な表情で、そこに立っていた。
「雪ちゃん、明日……絶対に負けないから! 手加減なんて許さない」
「涼ちゃん……あのね、私……」
紗雪は過去をその瞳に浮かべながら弱気な心を吐き出していく。
「勝負は……やめたほうがいいと思う」
「事故になるから?」
紗雪は顔を少し歪めて頷く。
「そんなこと、どうして雪ちゃんが気にするの? あの事故は雪ちゃんが悪いわけじゃないのに?」
「でも、私が勝負を受けてなければあんなことにならなかったし、危なくなった時に私が減速して避けていたら……」
「確かにね、そうだよ」
涼乃さんは肯定した。
「その考え方なら、確かに雪ちゃんが悪いよ。でもそうだとしたら私は? 勝負を挑んだのも、雪ちゃんのほうに近づいて接触したのも、転んで怪我をしたのも私なのに……。本当に後悔して、謝らなきゃいけないのも私なのに……」
涼乃さんの声が弱々しく、小さくなっていく。
「あの時私は、雪ちゃんならぶつかるのを恐れて減速してくれると思って雪ちゃんのほうに寄ったの。そうすれば雪ちゃんに勝てると思った。あの時の私じゃ、雪ちゃんには勝てなかったから」
涼乃さんの声が強く、大きな声に戻ってきた。
「でも違ったの。優しいだけだと思ってた私のライバルは、実は誰よりも負けず嫌いで、熱くて、強かった」
涼乃さんは紗雪の両肩を掴む。
「私が認めたライバルは、柊紗雪は、そんな雪ちゃんだよ。こんな弱い雪ちゃんじゃない!」
「それでも、私は怖い。例えあの事故がお互い様だったとして、それでも私は、涼ちゃんと一緒には滑れない」
「わかってるよ。乗り越えるのは難しい。実は私もね、スノボに乗るのが怖くなってたの」
「え?」
「リハビリを終えて、体を鍛えて、スノボに乗ったけど、体は動いてくれなかった」
涼乃さんも実は紗雪と同じように事故を悔やみ、トラウマを抱えていたのだ。
「でもね、本当に好きなら、絶対に乗り越えられる。私も、今は何もかも忘れて雪を滑ることができる」
「私も……変われる……?」
「変われるよ、きっと!。私が認めたただひとりのライバルだもん。私は何度でも滑る。雪ちゃんが一緒に滑ってくれるまで!」
「……ありがとう、涼ちゃん」
俺に言えなかったこと、それは当事者同士だから言えたことだ。例え同じ事を俺が言っても紗雪の心には届かなかっただろう。
「……まったく、彼氏ならこのくらいのことを言って勇気づけてあげなきゃダメじゃないですか」
「彼氏じゃねぇっての」
紗雪にはいつもの……もといいつも以上の笑顔が戻っていた。
どうやら涼乃さんは紗雪の性格的に弱気になっているだろうも思ってわざわざ俺たちを探しに来たらしい。しかも場所を教えてくれたのは、「偶然」俺たちの行き先を知っていた小動物系のウェイトレスらしい。
3人での夕食をファミレスで済ませ、今は紗雪と2人で横浜の町を歩く。
「私、頑張ってみようと思います」
「明日、応援するから頑張れよ」
「……幸人さん、ひとつだけお願いしてもいいですか?」
「いいよ」
「明日私が勝ったら……勝負の後デートしてください!」
「え、あ、あぁ……い、いいよ」
「ありがとうございます!」
紗雪は頬を薄く染めて悪戯っぽく笑う。
やはりOSが小春だから皆こういう笑みを浮かべるのだろうか。
まあ、なんだ……可愛いじゃねぇか。
「そうだ、紗雪」
「はい?」
「これ、お守り」
そう言って俺が差し出したのはスノボ板の形のキーホルダーだ。
ウィンタースポーツの練習場に売っていたお土産のひとつだ。実は紗雪が使っていた実物のスノボ板と同じモデルのキーホルダーである。
「い、いいんですか?」
紗雪は嬉しそうに両手で受け取り、笑顔で綺麗な涙を流した。
「嬉しいです、ありがとうございます幸人さん!」
ほんの数百円のキーホルダーでこんなに喜んでもらえるなら買って良かったと思う。
「それじゃあ幸人さん、明日」
「ああ、またな」
家に帰ると、珍しく小春がいなかった。
「どこ行ったんだ? まさかまだ働いてたりしてな」
「ただいまですー」
……普通に玄関から入ってきたんだが。
「いやー、人間のするアルバイトってあんな感じなんですね。結構面白いですね」
OSとしてこれでいいのかが疑問である。
「大丈夫ですよ。なんとなく幸人様たちの様子は見てましたから。たまに」
「いや、適当すぎるだろ……」
「でもいよいよクライマックス。勝負までが紗雪さんのルートになります」
「あれ? デートの約束したはずなんだけど」
「ん? え?」
「勝負に紗雪が勝ったらデートするって」
「はい? へ、へぇー」
「なんだその反応」
「いえいえ、なんでも。あ、そうだ幸人様、ちょっとシステムを書き換えないといけないのでちょっと話しかけないでくださいね」
そういうと小春は目を閉じて正座した。
無表情だった顔が次第に苦しそうなものへと変わり、大量の汗が流れ出している。
「ん……ん、は、ぁ! はぁ……」
呼吸まで荒くなって……ってわざとだろ!
「わざとじゃ、ないですよぉ! これ結構体力使うんです」
「何を書き換えたんだ?」
「ま、細かい調整ですよ。あー、まだ体がムズムズする」
くねくねしながら正座を崩す。
「それじゃあ明日に飛ばしましょうか」
「ああ」
小春の姿が一瞬ノイズが走ったように乱れた直後、外から陽が差し込んできた。
「時間はまだ余裕ですからゆっくり準備していってらっしゃい!」
小春に送り出される形で例の屋内練習場へとやって来た俺はそわそわしながら入り口で待っていた。
「お待たせしました、霧島くん」
「涼乃さん」
「雪ちゃんはまだ来てないんですね。てっきり一緒に来るものだと思ってましたけど」
「いやまあ、準備とかもあるだろうと思ってな」
「先に入ってますね。ちゃんと雪ちゃんを待っててあげてください」
独りになると途端に寒さが身体を締め付けた。
「お待たせしましたっ! わざわざ外で待っていてくれたんですね」
「お、おう。それじゃあ行くか……」
「はいっ!」
いつもの装備に身を包んだ紗雪はいつも以上の気合いが溢れ出ている。
「じゃあ、いってきます!」
上級者コースは横幅も広く、能力のある人ならぶつかるようなことはなさそうだ。あとは、紗雪がトラウマを乗り越えて滑りきるだけ。
「雪ちゃん、準備はいい?」
「……うん」
少し目を閉じて瞑想をした後、紗雪はゆっくり頷いた。
いよいよ勝負が始まる。
緊張の中、係員が右腕を上に挙げる。
「スタートッ!」
軽快に滑り出す涼乃さん。
その隣に紗雪はいなかった。
紗雪はスタート地点で恐怖に怯えた顔で自らの肩を抱いて震えている。
涼乃さんはすぐにそれを理解して急停止、元の場所へと戻る。
「雪ちゃん、大丈夫。私たちは変わったんだよ」
今のまま滑っても事故になってしまいそうなほど、紗雪らしくない。
ここは主人公らしく……。
「紗雪っ! 頑張れ! 俺はここでちゃんと見てる! だから勝って、戻ってこい!」
こんな声援しか送ることはできないが、今の俺のベストパフォーマンスには違いない。
「幸人さん……」
涙を軽く拭い、前を見る。
さっきまであった怯えは消えていた。
「では仕切り直して……」
係員は再び腕を挙げる。
「スタート!」
今度は同時に滑り出した。
雪を削る音とともに二人の美少女が白銀の傾斜を滑り下り始める。
ブランクは紗雪のほうが長いし、涼乃さんは現在進行形で活躍しているプレイヤーである。
それを示すように涼乃さんは速度を上げて紗雪を突き放していく。
それでも紗雪は笑っていた。まるでスノボができること自体を楽しんでいるように。
そして、勝敗は決した。
「やっぱり涼ちゃんはすごいね。私なんて全然追いつけなかった」
「でも雪ちゃんだってすごいよ! ブランクもあったはずなのに多分去年より速くなってるもん!」
「私、すごく楽しかった。長いことスノボをやってなかったけど、私はやっぱりスノボが好き!」
「また絶対やろうね、雪ちゃん!」
「うん! 約束だよ」
極めて青春で、リア充な雰囲気のままふたりが握手をかわす。
勝負は紗雪の完敗だった。
ブランクの長さを示した差は、ほとんど縮まることもなく涼乃さんがゴールしたのだ。
それでも雰囲気はこの通り良好である。
しかし、俺はてっきり紗雪が勝利してデートして終わりだと思っていたわけだが。
「実は私もそう思ってました」
いつの間にか俺の斜め後ろにいた小春も、素直に驚きながらそう言った。
「お前OSなんだろ?」
「ええまあ、でもこのゲームはその性質上ランダムな要素が多いのでこういうこともありますよ。特に私は他のOSに比べてキャラもストーリーも放置……いえ、成り行きに任せてますので」
「言い直すには手遅れなほどにはっきり言いやがったな……」
仲が良さそうに話している2人にも小春の姿は認識されていないらしい。
「そういえば他のOSと関わりがあるのか?」
「インターネットを介せばコミュニケーションができるんです。総括人工知能の監視下ですけど」
「総括……人工知能?」
「本社のコンピュータ内に存在している人工知能です。各ELSの人工知能を監視していて、異変が発生した際の対応をするんです」
「なんかおっかないな」
「ああでもその人工知能も私と同様に『ユーザーに危害を加える、またはそれに値する行為を禁止する』という命令がありますから大丈夫ですよ」
「幸人さん、行きましょう!」
しかし、結果はどうであれ、紗雪と涼乃さんの問題は解決したわけで、晴れてハッピーエンドというわけだ。
「おめでとうございます。柊紗雪さんの攻略完了です! 本当は告白パートと恋愛パートもあってから柊紗雪さんのTRUE ENDなんですが、今回はハーレムつまみ食いルートなのでここまでになります」
「つまみ食いとか言うな!」
「本当の各ルートは、機会があればお見せしましょう」
画面が一度暗転し、何もない空間へと戻る。
「さて幸人様、本来ならここで次のヒロインの攻略に入るところですが、約束ですから自由遊戯モードに移ります。よろしいですね?」
「ああ、頼む」
小春が穏やかに微笑んで両手を広げると、何もなかった空間が次第に見慣れた教室に変わっていった。
そして少し後に紗雪が何もなかったところに現れ、いつも通りの笑みを浮かべた。
「幸人さん、シナリオモード攻略完了おめでとうございます」
「紗雪……なんだよな?」
どことなく雰囲気が違っているような気がしたが、どうやら気のせいだったらしい。
「それで、紗雪さんしかいないこのモードで何をするんですか?」
「このモードの本来の目的は?」
「私の能力を使って世界観も設定も何もかも変えて遊ぶモードですよ。例えばこんな感じに」
小春が突き出した左手に、RPGで見かけるような剣が現れる。
「幸人様は魔王を倒す系と、モンスターを狩る系だったらどっちがいいですか?」
「なんだその選択肢は!?」
「じゃあ見ててくださいね」
突然場所が洞窟に変わると、俺たちの前に軟体で気持ちの悪い見た目をした灰色の竜が現れた。
「お、おい小春……俺には武器なんて」
「だから見ててくださいねって言ったじゃないですか」
「でもこの位置だとあいつが毒を吐いたら直撃するんじゃ……」
「大丈夫です。その前に仕留めます」
そう言いながら小春は剣を消して自身と同じくらいの長さの太い槍を展開した。
「ふふん、やっぱり武器はこれですよね。普通の槍と違って砲撃もできるんですから」
「いえいえ、やっぱり武器と言えばこの笛ですよ」
紗雪に至ってはハンマーのような笛を抱えている。
「俺、素手じゃない?」
「じゃあ作戦はこうです。私が接近してこの爆弾を仕掛けます。私が避難したら幸人様はこの爆弾を起爆してください!」
親指を立てながら満面の笑みを向けてくる小春。
「結局俺も戦うししかも被害受けるのは俺じゃないかな!?」
「じゃあ紗雪さんにやってもらいますか? こんなに可愛い女の子に?」
「う……」
「じゃあ行きますよ!」
そう言って駆け出す小春は、すごく鈍足だった。
「遅っっ!」
「武器展開中は遅いんですよね。でも大丈夫です。私はこのゲームのOSですから攻撃なんて当たらなぎゃあ!」
「あ、当たった」
「当たりましたね」
「ふ、ふふふふ。フフフフフフフ……オーケー、いいでしょう。少し舐め過ぎました。本気でいきましょう!」
直後、小春が金髪ツインテール姿に変わり、持っていた武器を放り投げた。
「私がこの姿になったことで私の戦闘力は爆発的に向上しています。プレスをしようと毒を吐こうと私には少しも効きません」
「金髪になった途端に強くなって好戦的になるなんて戦闘民族的なやつで色々まずいんじゃ……」
「ふん!」
小春が一瞬で竜の直下に移動し、滑らかな動きで強烈なアッパーカットを放つ。
それだけで竜の巨体は宙へと打ち上がり、それを小春が上から叩き落とす。
「小春? もうそろそろそれくらいに……」
「さあ幸人様、ここに爆弾を置きました。起爆を!」
「そこは変わらないのかよ!? お前ひとりで倒せるだろ!」
「さあさあ」
仕方ない。俺も男だ。やるしかない!
「幸人さん! 後ろっ!」
「へ?」
振り向いた先には緑色の別の竜。
「あ、あれ~このマップだとこいつは出てこないんじゃなかったっけ?」
雌の緑色の竜が放つ華麗なサマーソルトを受けた俺は紗雪の近くまで飛ばされてしまう。
「そんなに痛くはないけどHP減りすぎじゃないか?」
「私が緑の竜を引き付けます! その間に回復をして爆弾の起爆を!」
紗雪はでかい笛を持ったまま竜に突撃していく。
「って、回復なんて持ってないぞ!」
「どうせ起爆したらHPなんてなくなるんですから大丈夫ですよ」
「それは大丈夫とは言わないんだぞ」
とにかく爆弾を起爆させればすべて終わるんだ!
自分の命を捨てて皆を守る……最高じゃないか。
「幸人さん危ない!」
「へ?」
紗雪の声で左を向くと、大きな炎の塊が飛んできていた。
「あー、これはもうダメなやつだな」
「まったく、この程度の狩猟もできないとは思いませんでした」
俺に直撃しようとしていた火球は金髪ツインテールが弾き飛ばした。
「やっぱり見ててください。初心者ハンターさん」
小春は反則レベルの速度で移動しながら2体の竜を圧倒している。
「俺、ユーザーなんだけどなぁ……」
そんなことを呟いている間に小春は狩猟を完了し、目の前に「クエストを完了しました」の文字が浮かんでいた。
「ふう、いいストレス発散になりました。さて、次の攻略は少し難易度が上がりますよ。季節は秋です」
紗雪の時は冬だったのに次は秋か……。
「季節を逆行するようにゲームは進みます。ちなみに私も登場予定です。それでは次のストーリーで会いましょう!」