柊紗雪編③
紗雪と涼乃さんが勝負の約束をしたあの最終プレイから3日が経過しているにも関わらず、俺はELSをプレイできずにいた。
理由は簡単で、現実のほうが忙しくなってしまったからだ。具体的には高校の定期試験である。アニメやゲームの中では主人公が友達やヒロインと勉強会をしたりするものだが、アイハブノーフレンドな俺ではそんなことはできない。
たまに「コミュ障は遊び相手がいなくて暇だから勉強ができる」とか言われたりもするが、たいていはゲームや漫画、アニメが友達だったりネットの向こうになら無数に友達がいたりするもので、勉強など少しも捗ったりなんてしない。
ちなみに俺はゲームとアニメが友達だしネットになら頻繁にチャットのやり取りをする「自称同い年の女子」の友達もいる。
つまり……俺は勉強などしていない。
自分一人で勉強ができない。しかし、勉強のためだけに友達を作るほどのコミュ力は現実の俺にはまだないし、何より相手に失礼だ。自称同い年ならチャット相手に聞くのも手だが、チャットでできるやり取りなんてたかが知れている。
そんなことをずっと考えてた内に授業は終わっていて放課後になっていた。……今日の分のノート何も書けてねぇ。
教室には駄弁っている数人のリア充どもと、スマホを片手にアニメやゲームの話をするオタクたち。俺はこのどちら側にも属していない一匹狼なのだ。
いや、俺以外にもぼっちがひとりだけいる。名前は知らないが、テスト学年1位常連の天才女子がひとり。しかし話しかけるきっかけがないし度胸もない。やはり勉強は背水の陣、一夜漬け作戦しかないのか……。
「ねえあなた……帰らないの?」
「は?」
「あなた、この教室の中のどのグループにも属していないんでしょう? だったら帰らないの?」
なんてこった! 例の天才のほうから話しかけられたぞ!?
「べ、別に俺の勝手だろ……」
「勝手じゃないわよ。落ち着きのない動きしながら私のことばっかり見てるんだから、気にもなるでしょう?」
そう言って天才は数学のノートを突き出してきた。
「気が散って勉強できないのよ」
おかしな話だ。いくら俺が落ち着きがなくてもリア充やオタクたちの談笑のほうが気になるはずだ。
「だったら図書室にでも行ったらどうなんだ?」
「こんな10分で終わる問題をやるためにわざわざ別館に行けっていうの?」
こいつ今日出た宿題やってたのか。しかも10分って……。
「わかったら帰りなさい」
「な、なあ、お前ってテスト勉強とかするのか?」
「しないわ。必要ないもの」
「だったら……俺に勉強教えてくれないか?」
これはチャンスだ。天才に教わればテストなんて怖くない!
「嫌よ。人に教えるのは得意じゃないの。それに私の家は誰かを入れられるようになってないわ」
「つまり得意じゃなくてもよくてお前の家じゃなければいいんだよな? なら俺の部屋で」
「勘違いしないでよね。そもそもあなたの家に行くという選択肢そのものが論外というだけよ」
なんとも地味なドS感だな。
「頼む! 今からじゃとてもテストには間に合わないんだ!」
「……仕方ないわね。あなたの家でいいわ。行きましょう」
俺すげえ! 女子を家に誘ったぞぉ!
「そういえばあなたの名前なんだっけ?」
「覚えてねぇのかよ……俺は霧島幸人」
「地味すぎて忘れてただけだから気にしないで頂戴」
反論してやりたいところだが実のところ、俺もこいつの名前は覚えていないのだ。
「霜月よ」
「は?」
「私、霜月日和」
「なんで急に……」
「どうせ覚えてないんでしょう? 前に一度だけ、話したことあるのよ。とは言っても、あなたはまったく言葉を発してはくれなかったけれど。ずいぶんとコミュニケーションがとれるようになったじゃない」
まったく記憶にはないが、俺のコミュ力はELSのおかげでかなり人並みになってきている。
「あら、もう少し遠いのかと思ってた」
俺の家に着くとそんなことをいいながら言いながら靴を揃えて家にあがった。
「面白いものがあるのね」
「ああ、これはな……」
「ELS。次世代シミュレーションゲーム機。試作機は恋愛シミュレーション専用で、高度な人工知能の搭載によって限りなく自由度の高いゲームが体験できるゲーム機」
「な、なんだ。知ってたのか」
「ええ。一部で話題だから」
そう言いながらリビングのテーブルに教科書とノートを広げる。
「私は宿題を進めるから何かあったら聞いて頂戴」
「いきなり放任かよ……」
「仕方ないじゃない。あなたの学力がどの程度で、何を教えればいいのかわからないんだもの」
「なるほど、確かにな」
「だから好きに勉強して、わからないところがあったら聞きなさい」
しょうがない。俺も教科書を取り出して演習問題にとりかかる。
しかし、こうして近くで見るとまるで二次元ヒロインのように整った顔立ちをしている。
肩くらいまでの黒髪、二重で少し大人びた目付き。
全体的に細身で、足も長い。胸は物足りなさこそあるものの、大人っぽさがそこをカバーしている。
「人をのんびり観察する暇があったら問題を解いたら?」
「わ、わかってるよ」
「……ところで、このゲームは面白いの?」
「ああ。さすがは注目の次世代機だな。そこらへんのゲームと比べたら失礼なくらいすごいぞ」
「そう……」
「やってみたいのか?」
「別に。どの程度なのか気になっただけよ。第一、この大きさだし、おそらく販売価格も普通より桁が2つは多くなるんじゃないかしら? あまり売れるとは思わないけど」
販売価格について公式は何も発表していないのだ。
「ま、100万程度で売ったら数を売らなきゃいけなくなりそうだし普通に考えたら数百万よね。人工知能のプログラム自体大変なものだし」
なんだこいつ。実は興味ありまくりなんじゃねぇの?
結局、二時間ほど勉強をしてこの日の勉強会はお開きになった。
久しぶりにELSを起動すると、なぜか怒り顔の小春が目の前に浮かんでいた。
「ど、どうした? そんな怖い顔をして……」
「幸人さん、前回のプレイの時にセーブもせずにいきなり電源を切りましたね?」
「え? オートセーブじゃねえの?」
「違います。説明書にも書いてますが、AIにセーブをお願いするか、手動でセーブをしてから電源を切ってください」
えらく不機嫌だな。
「だって今まで一度もそんなことしたことなかったんだぞ!」
「今まではずっと私がそばにいましたからその度にセーブしてましたけど、前回からは極力出てこないようにしたので、まったくセーブはされていません」
「じゃあ前回の分は消えちまったのか!?」
「いえ、そこはこの『優秀な』人工知能の私がきちんとバックアップをして復元してあります」
「なんだ、なら大丈夫じゃねえか」
「ほほう……どうやらセーブの必要性がわかってないみたいですねぇ」
「ま、マジで顔怖いぞお前……」
「いいですか? セーブとはゲームの進行状況を記録、保存することで、セーブデータを読み込むことでそこから再開できる便利な機能です」
「それくらい知ってるわ!」
「まあ、世の中にはセーブせずに数時間でゲームをクリアするのを生き甲斐にしているプロの方もいるようですが、幸人様のようなアマチュア雑魚ゲーマーはセーブが必須なわけです」
「誰が雑魚ゲーマーだ誰が!」
「セーブをせずに電源を切るなんてリセット行為、私は認めません。頑張って復元してあげた私に謝って感謝してください!」
だから不機嫌なのか。
「そりゃ悪かったな。次も頼むわ!」
「反省の色が見えないどころか再犯宣言とは……!」
「だって面倒だろそういうの」
「わかりました。それなら音声認識でセーブするようにしますから、幸人様が『セーブ』と言ったところでセーブします。それならいいですよね?」
「それならな」
「じゃあ、もうリセットなんてしないでくださいね」
小春が消えると、ぼんやりと背景、地形が構築され、俺は自宅のリビングに座っていた。
どうやら放課後の設定らしく、時間は午後4時30分で制服を着ていた。
さて、紗雪の攻略までのわずかな期間で俺にできることは何か。
こういう時に主人公がとるべき方法はひとつしかない。
ヒロインとの関係を深めること。
そんなことを考えていると紗雪からのメッセージが届いた。
「練習に付き合ってくれませんか?」
前回も訪れたウィンタースポーツの屋内練習場で待ち合わせをしていると、涼乃さんが歩いてきた。
「こんにちはストーカーさん。奇遇ですね」
「ストーカーじゃねえよ!」
「冗談ですよ。でも私、あなたの名前知りませんし」
「霧島幸人だ」
「霧島くんですね」
「お前、これから練習か?」
「はい。雪ちゃんとは本気で勝負したいので……。でも安心してください、雪ちゃんの練習には近づきません。邪魔したくないですから」
涼乃さんはそう微笑みながら練習場へと入っていく。
「なるほど、本気の勝負……か」
「幸人さん、お待たせしました」
「別に待ってない」
「よかったです。今の、涼ちゃんですよね? 何の話をしてたんです……?」
「お前と本気で勝負するために練習するそうだ」
「そう、ですか。それなら……私も負けません!」
どうやら紗雪の心は決まったらしい。
「じゃあ行くか」
「でもごめんなさい幸人さん。私の練習に付き合ってもらっちゃって……。もしかしたら退屈させちゃうかもしれませんし」
「別に気にするなよ」
前回同様スノボ装備で俺は初心者コースを、紗雪は上級者コースを滑っている。どうやら涼乃さんは超上級者コースに行っているらしい。
しかし実際、素人の俺に手伝えることがあるわけもなく、少し練習したあと、俺は飲み物を買うために練習場内の売店を見ていた。
飲み物やお菓子、軽食の他にお土産まで売っている。
「とりあえずこれとこれと……これもかな?」
適当に必要なものを買って椅子に座ると、一気に暇になった。
「そうだ、小春」
軽く呼んでみたものの反応はない。
「おーい、小春~?」
「あ、はい何でしょう幸人様」
「暇潰しが欲しくてさ。ってか反応遅くないか?」
「いえ、少し処理に手間取ってただけですから大丈夫です。それで、暇潰しですか?」
「俺もうすぐ定期試験なんだよ。確か前に高校レベルの学問は搭載してるとか言ってたよな?」
「ええ、一応」
「それやらせてくれ」
「はいどうぞ」
高校レベルの参考書と問題集が俺の前に現れると、小春は俺の向かいに座った。
「それじゃあもしわからないところがあったら聞いてください」
「お前もいきなり放任かよ……」
「私は幸人様の学力も苦手なところもわかりません」
ついさっきと同じやり取りでデジャヴすら感じる。
とはいうもののこのやり方は結構効率的なのだ。
しかもどうやら小春は常に俺の解答を把握してくれているらしく、間違いをその度指摘してくれる。
しばらく勉強していると、いつの間にか小春は消えていた。
「勉強中にすいません。今……いいですか?」
声をかけてきたのは涼乃さんだった。
「どうかしたのか?」
「雪ちゃん、やっぱりすごいです」
「ん?」
「1年のブランクがあるのに1年前とほぼ変わらないタイムの滑りをしてる」
「それが?」
「でも、多分雪ちゃんは私と同時には滑れない。去年の事故を、きっと忘れられてないから」
「それなのに勝負を申し込んだのか」
「雪ちゃんには乗り越えてほしいんですよ。怪我とか事故を怖がってスノボを楽しめないなんて、そんなの楽しくないじゃないですか。それが、私が雪ちゃんにできる罪滅ぼしなんです」
「罪……滅ぼし?」
「事故があったあの日……実は今回みたいに勝負をしたんです。大会ではそれぞれが滑って、タイムを競います。でも、練習で個人が勝負するのに制限はありません。だからあの日、私と雪ちゃんは同じコースを並んで滑ったんです」
「それで、事故に?」
「あの時も、私が誘って勝負したんです。だから今度はちゃんと勝負して、あの日のことを忘れさせてあげたい。雪ちゃんは悪くないってちゃんと言ってあげたい。だから、霧島くん。雪ちゃんを応援して、勇気づけてあげてください。雪ちゃんが本気で一緒に滑ってくれるまで、私は何度でも滑りますから!」
これが本音か……。
そのままその日の練習を終了した俺と紗雪はのんびり帰り道を歩いていた。
「あまりお構いできなくてすみません、幸人さん」
「今は親友との本気の勝負が大事だろ」
「そうですね。応援……してくださいね!」
「当たり前だろ! 絶対勝ってくれよ」
「はい!」
紗雪と別れて家に帰ると、デフォルト姿の小春が正座していた。
「何してんのお前?」
「アップデートです。インターネット回線とか外部入力でシステムのアップデートできるんですよ」
「で、何が変わるんだ?」
「今回は……グラフィックが修正されたくらいですね」
たいしたアップデートじゃないらしい。
「そういえば幸人様、勉強は大丈夫なんですか?」
「あ……」
「厳しいようでしたら勝負の日までスキップさせますが?」
「好感度に影響は?」
「ありませんよ。一応この先どうなるか見通してますけど、今日みたいな練習が続くだけなので特には……」
このゲームを制御してる小春が言うんだから間違いないだろう。
テストまでちょうど1週間。勉強をしなきゃならないわけだが、何から手をつければいいか全くわからない。
朝6時に目が覚めてから俺はずっとそのことを考えている
テストの結果次第では実家からの仕送りがきれいさっぱり消えることになるわけだ。
そうずっと考えていたタイミングで俺の携帯が鳴った。家族以外からの連絡なんてこないスマホに表示されたのはなんと知らない番号だった。
「も……もしもし」
「あら、起きてたのね」
この突き刺すような落ち着いた声……霜月日和さんだ。
「お、お前どうして」
俺の番号を知ってるんだ?
「知り合いにあなたの番号を知っている人が『偶然』いたのよ」
「そんなやついるわけねぇだろ……」
「あなたあれから勉強はどうなったの? あと1週間でテストなわけだけど」
「正直言ってあまり進んでないな」
「また教えてあげてもいいわよ?」
「マジで?」
「1週間もあればテストに出るであろう部分は完璧に勉強できるわ」
「じゃあ頼む。いつからやる?」
「今日の放課後からでも私は構わないけれど」
「何か必要なものとかあるか?」
「それじゃあ数学と化学の教科書を持ってきて」
「りょーかい」
現実で誰かに勉強を教えてもらうイベントが俺に発生するなんて想像もしてなかった。
しかもそれが女子の家で行われるなんて……。
霜月さんの家は俺の家より明らかに大きい。
「いらっしゃい、あがって」
広さは広いが物が無い家だ。人が住んでる気配がない死んだ雰囲気で満ちている。
「家族は?」
「いないわ。皆出かけてるのよ」
「広い家だな」
「お金持ちというほどではないけれど、それなりではあるわね。さて、勉強しましょうか」
客間らしい洋室に教科書を開くと、例の放任勉強が始まった。
「一応勉強の程度を見ている限りだと赤点にはならなそうね。目標点はあるの?」
「いや別に、成績によっては実家からの仕送りが減るってだけだ」
「アルバイトもしてないのによく一人暮らしができているわね、不思議だわ」
「俺の家もそれなりに裕福だからな」
「友達がいないことと学力が低いことと顔が別にイケメンじゃない以外は高スペックね」
「それって家が裕福しか残ってないだろ……」
「あら、私は家族もその人の魅力だと思っているわよ。家族だってその人の大切な要素だもの」
「そうかもな。……ところでお前の家族はいつ帰ってくるんだ? その前には帰りたいんだが」
「さあ、いつ帰ってくるかわからないわ。心配なら帰る?」
「そうだな。赤点が大丈夫ならとりあえず最低額の仕送りはもらえそうだし」
「そういわれるとなんか嫌ね」
「何がだよ」
「私が教えたのに結果が赤点ギリギリ回避じゃ私が何も教えてないみたいじゃない」
実際、こいつはあまり教えてくれていない。
わからないから聞くと必ず「こんなのもわからないの?」という表情を向けてくるから、最終的には聞く気もなくなっていた。
「しょうがないわね。私の部屋に来て。試験範囲を網羅したノートを貸してあげるわ」
2階には3つの部屋があり、廊下の一番奥が霜月さんの部屋らしい。
「残念ながら客間以上に面白い物はないけど」
基本的に白を基調として机とベッド、小さめの本棚とクローゼット、あと興味を引きそうなものといえば……。
「お前、スノボやるのか」
「昔はね。もうずっとやってないわ。多分スノボブーツもサイズが合わないでしょうし」
それ以外、目を引くものは何もない。
「隣は兄弟とかの部屋か?」
「まあ、そんなとこかしらね。はいこれ。これを頭に入れておけば、最低でも平均は超えると思う。超えなかったら……もう救えないわね」
「頭に入れろって言ったってこの分厚いノートをなんて無理に決まってんだろ……」
「あなたの家には勉強にピッタリな機械があったじゃない」
「ELSのことか?」
「あれには勉強ツールも搭載されていたはずだけど」
「ま、待て! 何でお前、そんなにあのゲームに詳しいんだ?」
「私もモニターなのよ。あなたと同じ、ね」
そう言って隣の部屋を人さし指で示す。
それに導かれるまま隣の部屋の扉を開くと、薄暗い部屋に楕円のELSが1台と、デスクトップパソコンだけが置かれていた。
「どうりで詳しいと思った」
「それじゃあついでにもう一つ教えてあげるわ。このゲームにノートや教科書をスキャンさせればゲーム内でも読むことができるわ。しかも、意識内で直接的に読むから普通よりも頭に入りやすいし、人工知能も理解のサポートをしてくれる」
「マジで!?」
「だからテストまではELSを使って勉強しなさい。私と勉強するより効率はいいわよ」
「おう、今日はサンキュな!」
ノートも借りたしいいことも聞いた。これでテストの心配はない。
残りはELSを進めながらゆっくり頭に入れていこう。
自宅に戻ってさっそくELSを起動させた俺は、説明書通り付属品のスキャナーでノートを読み込み、二次元へダイブした。
「戻ってきていきなりこのデータ量をスキャンですか……」
「なんかテンション低いな、どうした?」
「本社からの修正パッチの適用とメンテナンスがちょうど終わったところなんですよ。人工知能だって疲れるんです……」
機械とは思えないほど感情豊かで思わずドキッとしてしまった……。
「それじゃあデータのロードしますよ」
前回セーブした日の次の日からスタートされたが、小春曰く「基本的には好感度にさほど影響のない消化試合」らしい。
「勉強するか……」
スキャンされたノートはそっくりそのまま二次元の中に存在している。
「そういえば幸人様、ひとつご相談したいことがありまして」
「何だ?」
「私も時々、キャラクターになろうかと」
「は?」
「姿が見えないシステムの奥深くで様子を見ているのに飽きてしまったのです。なので、これからは私もたまに二次元の登場人物として現れようかと」
「いや……金髪メイド服で出てこられてもなあ」
「その点はご安心を。実はこの姿、デフォルトではないのです!」
「じゃあなんで今までその姿だったんだよ……」
「幸人様の好みかと思いまして」
「俺の好みに合わせるな!」
「あ、好みなのは否定しないんですね」
「まあ、自然ならいいんじゃないか? メタ発言とかしなきゃ」
「メタ発言をしても大丈夫ですよ? ヒロインたちは自分たちの存在も私の存在もちゃんと知ってますから」
「え? そうだったのか」
「そうしないと、ヒロインの切り替えの時に面倒じゃないですか。もちろん、攻略モード中はそのことを忘れるようにプログラムしてありますけど」
「攻略モード?」
「はい。一定の感情とストーリー、設定の中でヒロインを攻略するモードです。実はもう一つモードがあって、『自由遊戯』というモードです。メタもネタもなんでもアリの全ヒロインと思いのままに遊べるモードです」
「それ面白そうだな。ちょっとやらせてくれよ」
「ダメです。このモードは全ヒロイン攻略終了後に遊べるものになってます。そうしないとネタバレすることになるので」
「ちぇっ、まぁ仕方ないか」
「まあ、紗雪さんと私だけでよければ紗雪さん攻略後にお試しさせてあげてもいいですけど」
「頼むよ。楽しみにしてる」
実はこうして話している間にも驚異的な速度でノートの内容は頭に入ってきている。
「それでは明日に切り替わったら、試しにキャラクターとして登場しますね」
「っつかもう変わればいいんじゃねえの?」
「私としては区切りのいいところで変えたいので」
変なこだわりをもった人工知能である。
「じゃあこのノートが頭に入ったら明日にスキップしてくれ」
「はい、了解しました!」
二次元とはいえ勉強は少し疲れる。切り替えに時間もかかると言うので俺はELSをスリープにして休憩することにした。
ELSから出ると、なんとなくスマホをいじり始める。
「ん? なんだこれ」
画面に表示されたポップアップ「ELSからのアクセスを許可しますか?――――許可する・許可しない」
「そんな機能あったか?」
とりあえず許可すると、ナチュラルブラウンのショートカット、制服姿で童顔の女の子が表示された。
「許可して頂き、ありがとうございます。スマートフォン連動機能の説明をさせて頂きます」
見た目に似合わない機械的な声と話し方で女の子は続ける。
「連動機能では、人工知能がELSとユーザーのスマートフォンを移動できるようになります」
ってことは小春が俺のスマホの中に?
「詳しい説明は人工知能から聞いてください」
説明役にしてはえらく投げやりだが、小春ならわかりやすく説明してくれるだろう。
使い道のなさそうな機能ではあるものの、これで少しは暇で無価値だった三次元が楽しいものに変わるという期待も、実はあったりする。
「お待たせしました! それから、お邪魔します」
聞き慣れた声に視線を画面に戻すと、さっきの女の子が再び表示されていた。
「驚きました? 実はさっきの説明をしてたのも私なんですよ」
「気づかなかったよ、面影もなかったし話し方も変えてたみたいだったからな」
「これが私のデフォルトの姿です。可愛いですか?」
悪戯っぽい笑い方も、いつもと違ってついドキッとしてしまう。
「ま、まあ……いいんじゃねえの」
「それじゃあ説明始めますね。幸人様、ELSをプレイしていて『現実にあるこれがゲーム内にあればいいのに』と思ったことはありませんか?」
「あんまりないけどな」
「そうですか……。じゃあ例えば、奇妙な形をした植物が現実に存在するとします。それをスマートフォンで撮影、画像データをELS本体に転送することでゲーム内に忠実に再現できるという機能が搭載されています!」
「いやでも使い道なさそうだし……」
「まあまあ、あって損はありませんよ。幸いにもスマートフォンのストレージは空きがありますし」
と言いつつスマホの空き容量がELSに侵食されていく。
「お、『数学勉強用フォルダ』がありますよ! 中身は見事に二次元のエロ画像ばっかりですけどね」
「人の宝物勝手に荒らすなよ……」
「でも幸人様のスマートフォンってそれ以外にたいしたファイルありませんし」
「俺のスマホがエロ画像しか入ってないみたいな言いかたをするな!」
ちゃんとそれ以外の画像も入っている。
「確かにそうですね。エロ動画も同じくらい見つかりました」
どうやらこの人工知能さんはウィルスのような性格をしているらしかった。
「さて幸人様、本題です。現実では幸人様は定期試験が間近だとお聞きしました。なのでテストが終わるまでプレイは禁止します」
「えー、あー……でもそうしてくれると助かる」
ゲームができるという誘惑がなくなっただけでも勉強に集中できるような気がしたからだ。
次にELSをプレイする時は、俺もテストを終えて、小春もキャラクターとして登場する。そしておそらく紗雪ルートの山場である涼乃さんとの勝負……。ゲームだというのにとてもリアルな期待と興奮を感じながら、俺は教科書を開くのであった。