エピローグ
世の恋愛シミュレーションゲーマーの夢を叶えてくれる夢の最新恋愛シミュレーションゲーム機「ELS」は、当初の発売予定から約1年遅れて発売されることとなった。
遅れの理由は管理系統の変更と、製造企業の会計不祥事である。
一度は販売こそ危ぶまれたELSであったが、日和の両親の伝手でスポンサーを確保したことと、元々の需要、そしてモニターユーザーのレビューや口コミによって販売は改めて正式に決定され、スポンサーの意向により経営陣及び開発現場などの見直しも行われたのだという。
社名も「バーチャル・ゲーマー・カンパニー」と改められてまさしく生まれ変わったことで不祥事の影響など感じさせないヒットを記録した。
本体価格は相応に高価であり、学生層にはなかなか手が届かないものでこそあったものの、アフターケアやアップデートの情報があったことで少しずつ普及し始めていた。
そうして、日本の最新のゲーム史が新たに更新された件の発売日すら、過去の記憶となってしばらく……。
「今日、時間あるかしら?」
高校の時から少しだけ柔らかくなった無表情を浮かべる女性に声を掛けられて、俺はスマートフォンから彼女へと目線を合わせた。
「凡人の俺にあれだけの作業押し付けておいて時間があるかだって?」
話し方も内容もとても上司と部下のそれとは思えない。
「あら、悪かったわね霧島くん。そんなに時間がかかるものだと認識していなかったものだから」
そう嫌味っぽい笑みを浮かべながら俺のデスクに置いてあったファイルをいくつか勝手に抱える。
「この分は私がやっておくわ。……残り、今日中に終わるわよね?」
「終わる! 終わらせるからそんな心配そうな顔しないで!」
そんな多少過保護な上司のおかげで労働環境は快適で、仕事に必要なスキルもメキメキと身についているのだ。
「それで日和、今日なんかあんのか?」
「小春が今日、あなたを家に呼んで夕食でもどうかってさっき連絡してきたのよ」
「いいなそれ! 行くよ」
「その仕事が定時までに終わったらね?」
「く……鬼上司め……!」
「あら、一昨日もふたりでデートしたんでしょう? そんなに頻繁に会わなくても大丈夫じゃないかしら」
「いやいやいやいや! 俺にとっては何よりも大切だから! サービス残業してでも終わらせてやる!」
「それをされて怒られるのはこっちなんだけど。……仕方ないわね。ネイトも彼の作業を手伝ってあげて」
日和が自分のスマートフォンに呼びかけると眠そうに欠伸をするほんわか系銀髪少女ネイトが俺のパソコンの画面に突然飛び込んできた。
『またですかー? 今月もう3回目じゃないですかー……』
「悪いネイト! この通り!」
パソコンの画面に向けて両手を拝むように合わせて頭を下げる。この奇妙な光景もこのオフィスではもう見慣れられていることだろう。
『……まあ別にいいですけどー。あんまり私にばっかり頼ってると管理者に怒られますよー?』
「あいつも俺には甘々だから多分大丈夫だよ」
そういって苦笑いしながら俺はその管理者である金髪ツインテールのことを思い浮かべる。
「……だらしない顔ですねー」
「ほっとけ」
結局、優秀なサポート用人工知能のおかげで定時より早く作業を終え、無事に日和とともに彼女の自宅に直行することができたのだった。
「ただいま」
「お邪魔します」
すでに玄関にまでおいしそうなカレーの匂いが漂ってきていた。
声をかけて少しの間が空いてドタドタと足音を響かせながら台所から飛び出してきた可愛い少女は水色のエプロンとナチュラルブラウンの髪を揺らしながら眩しい笑顔を浮かべて俺たちを出迎えた。
「おかえりなさいお姉ちゃん! それからいらっしゃい、幸人さん!」
手早く手洗いを済ませて食卓につくとやや大盛りのカレーライスが俺の前に置かれ、俺の隣に小春、そして彼女の向かいに日和が座った。
「仕事はどうだった? もうできたの?」
「そうねぇ……もっと部下が優秀だったならとっくにできていたかもしれないわね」
「それは悪かったな」
「あら、即戦力じゃない社員に対するOJTは必要なことよ? それに、霧島くんのことだなんて誰も言っていないし」
「う……」
「もう、お姉ちゃんったら……」
「でも、もう少しね。オンライン化は今までの恋愛シミュレーションやRPGのスタンドアロン時よりも人工知能への負担も大きくなってしまうから……」
そう、俺たちの関係を結んでくれたゲーム機は初期の恋愛シミュレーション専用から、RPGモードやアドベンチャーモードなど他ジャンルのモードをアップデートで販売をすることによって進化していたのだ。
そしていよいよ、その進化はオンラインモードの実現まで目前となっていた。
自身の見た目や名前などを変更し、仮想空間内で他プレイヤーと楽しくゲームをする。それが次の目標である。
「楽しみにしてるね!」
「そうね、まずは社内のスタッフで問題がないか確認してから、小春にもモニターをお願いしようかしら」
三人で食卓を囲み、手作りのカレーを食べながら近い未来の話をする。
ほんの数年前の俺にはなかったそれが、今は何よりも大切なものだ。
『どう思う? ユノ』
『ご主人様たちが楽しそうにしているからいいんじゃないかしらぁ』
『あーあ、お互いに食べさせあったりしちゃってー、そっちのご主人様たちは楽しそうでいいねー』
『あらぁ、ネイトのご主人様だって無表情だけど楽しそうじゃない?』
「うるさいぞお前たち、聞こえてるからわざわざスピーカー使って話すな」
それぞれのスマホにいるサポート人工知能たちの会話を制止すると、隣で小春が面白そうに笑っていた。
「どうかした?」
「ううん、やっぱり心があるっていいなぁって」
「……そうだな」
「ユノもユピテルもネイトちゃんも皆楽しそうだし」
『あら私のご主人様、ホントは私たちもその会話に入りたいのよぉ?』
「じゃあ一緒に話そっか!」
『主、人工知能の長からのメッセージが届いていますが』
食事もそろそろ終わるというタイミングで、俺のサポート人工知能であるユピテルがそのイケメン顔を真面目に引き締めながらそう言ってきた。
「春が? なんだって?」
『音声データつきで送られてきています。お二人がいるところで開いてもらいたいと』
「わかった。……二人とも」
日和と小春の注意をこちらに向けてから、ユピテルにメッセージを開くように促した。
『幸人様、日和、小春さん。いきなりごめんなさい。皆さんの近況はユピテルたちを通じて窺っています。まずは幸人様、あまりネイトやユピテルにばかり頼り過ぎないこと、ちゃんと自分で考えることも必要なのです! それから日和、あんまり幸人様をからかわないこと。それから小春さん、幸人様との関係も良好なようでとても安心しています。どうか末永く、かつての私が成し得なかった分までお幸せに。
オンライン化したらぜひ、またみんなで会いましょうね! ゲームオペレーションシステム管理者、春より』
「……あの子らしいわね」
「オンライン化したら皆で行こうね!」
「生まれ変わっても、変わらねえな」
そうして俺たちはゲームの新たな歴史を、未来を創るためにそれぞれの望む道を歩み始めたのである。
人工知能と人間の幸せを求めて。
これにて二次恋は完結となります。当作品を読んでくださった方、応援してくださった方、本当にありがとうございます。
2017年9月24日、続編「二次元を充実、させませんか?」の投稿を開始しました!




