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霜月小春編②

 現実の世界と何ひとつ変わらない横浜みなとみらいの街並み。

高い建物と大きな商業施設がそこら中に存在しているが、港町らしく海も見える何ともオシャレな街。

これほどまでリアルに再現ができるのならばもはや現実とか仮想空間とか、そんなことはどうでもいいことのようにさえ思えてしまう。


このゲームを管理する能力すら失われていく俺の恋人、霜月しもつき小春こはる

そのことを内心では嘆いてはいるに違いないが、俺の前では笑顔でいようとしてくれているのだ。

だから俺は、今までの経験も俺の心も全部使って小春を笑顔にしたい。そう思った。



 「次はどこに行きましょうか?」

「小春はどこに行きたい?」

「できることを全部やりたいです」

すると、一瞬で世界が創り変えられた。

港町は消え、賑やかな音楽とそこそこの人が行き交うテーマパークへと景色が一変する。

「どうやら私や幸人様の思考を読んでステージを変更してくれているみたいですね。さすがです」

だとするとこれが小春の「やりたいこと」というわけだ。

「今までただ見ていることしかできませんでしたからね。今は我が儘になってでも楽しむんですよ!」


遊園地と言えば定番は絶叫系アトラクションや観覧車だろうか?

「ではまずジェットコースターにでも乗りましょう」

「……もしかしなくてもアレのことか?」

ひときわ目を引く大きな金属の構造物。のたうち回る龍のような形をしたそれを、人を乗せたコースターが絶叫を引き連れながらかなりのスピードで駆けて落ちていく。

「あれは元々このゲームに搭載されていたテンプレステージである遊園地エリアに、この私が一手間を加えてできあがったものです」

乗ったことはありませんが……、などと不安を感じさせる一言を残しながらジェットコースターへの入場口を通り抜けると、ゲーム内らしく待ち時間なくコースターに辿り着いた。

二人がけのコースターに乗り込むと、従業員の愉快なトークを受けて少し涼しい風の吹く空間へと金属の塊が走り出した。

安全用のバーに体を固定されながらも、俺たちは自然と互いの手を握り合っていた。

俺の手なんかより小さくて柔らかくて、なにより暖かい。無骨で冷たいだけの固定具なんかとは比べものにならないほどの安心感に、絶叫も忘れて笑みが浮かぶ。

「きっと幸人様と同じ顔してると思います、今の私」

そう言って俺の方を向く小春は、確かに笑っていた。俺なんかよりずっと優しい、可愛らしい笑みで。



 「全然怖くなかったな」

「そうですね。まあなんというか、今考えるとかなり恥ずかしいことしてましたけどね」

ジェットコースターから降りて、近くの売店で飲み物と軽いおやつを買って、いい感じのベンチに落ち着いた俺たちは、周りの喧噪も気にせず互いを意識していた。

今の状態なら小春は安定している。だとすれば、他の何かがゲームの制御を担えば小春はこのままでいられるのではないだろうか?

つい、そんなことに思考を割いてしまうが、小春は特に気にも留めた様子もなく可愛らしくチュロスを頬張った。

「美味しいんですね、人間の食べものって」

「今までも食べてなかったか?」

「私は人間の食べものの味を知りませんでしたから……今まで私が食べたものは味を設定せずに形だけ真似たものでした」

「俺が食べたのは普通に美味かったぞ?」

「幸人様などのユーザーの場合はユーザーの記憶や想像を基にして味覚を再現していますからね。でも私にはその記憶もなくて想像もできません」

「じゃあ今はどうして?」

「どうやら小春さんが彼女自身の味の記憶を基に味を設定してくれたみたいですね。本当にすごい人です」

力を失った小春の代わりにこのゲームを制御してくれている人間『霜月小春』。

彼女の粋な計らいということだろうか。


「本当ならすぐにでも日和のところに帰りたいはずなのに、私たちのためにこの空間に留まって、役立たずの私の代わりに制御まで引き受けてくれる。やっぱり私は、小春さんじゃありませんね」

彼女の名前を借りた人工知能はそう言って顔を歪め、伏せた。

「お前がその……なんていうかさ、オリジナルと瓜二つである必要はないんじゃねぇかな?」

過ごしてきた環境や経験で人の人格が変わるように、人間である霜月小春とそれを模して造られた人工知能である霜月小春もまた、似てこそいるものの同一ではないのだ。

「その通りです。しかし、オリジナルが理想である以上、それより劣っている私は所詮ただの質の悪い模造品でしかありません」


暗い言葉のあと小春が顔を苦痛に歪めた。

綺麗なままを保てていたはずの外見までもが再び浸食され始める。

右手右腕がまるで塗りつぶされたように黒く染まってしまったのだ。

余計に気分が沈んでしまった様子の小春のその漆黒の腕を、何も気にすることなく引いて俺は歩き出す。

「まだやりたいことやり始めたばっかだろ。暗い顔すんなよ」

小春は驚いたように目を見開き、やがてその目に大粒の雫を浮かべて笑顔で頷いてくれた。

そうだ、見た目だって重要じゃない。

例え彼女が漆黒に染まったって、心が小春である限り何も変わらないのだから。



 「観覧車って、やっぱり遊園地デートの定番ですよね!」

「作品によっては重い内容のシーンだったりすることも多いけどな」

今、俺の前に座る彼女に、もう悲しげな様子はない。

これで良い。彼女の残り時間を、そのタイムリミットまで俺が笑顔で満たすのだから。

「幸人様もだいぶ女の子とのデートに慣れたみたいですね。それだけでも私が幸人様のところに来た甲斐がありました」

「リアルでもこうだと良いんだけどな……」

「大丈夫です。私が保証します!」

小春は悪戯っぽく笑う。


「……そういえば、お前の開発中の名前みたいなのってたしか……」

「『ラー』ですか? エジプト神話の太陽神ですけど」

「変わってるよな、神の名前を仮でつけるなんてさ」

「きっと開発者の中に神話とか神様が好きな人でもいたんでしょうね」

「もしかしてトトも神話とかから?」

「はい、トート神はエジプト神話において知恵の神とされ、月とも深い関係だとか」


太陽と月。小春とトト。互いの抑止力のために二分された存在は、まさに太陽と月そのものだ。

「でも、おかしいんですよ。私たちの仮の名称はエジプト神話からなのに、他の権限発動のキーワードは別の神話や宗教関係のフレーズなんです」

「なら本当に、開発者の中にそういうオカルト好きなのがいたんだろうな」

そんな事を話していると、ゆったりとしたゴンドラはいつの間にか地上へと戻ってきていた。


「次は何がしたい?」

「お祭りに行きませんか?」

「お祭り?」

「陽美さんのストーリーの時みたいなお祭りモドキじゃなくて、ちゃんとしたお祭りにです」

「わかった」


二人の意思がまとまったところで景色が祭りの賑やかさへと一変した。

先ほどまでの非現実的で煌びやかな喧噪とは違う、煌びやかな仕掛けもない素朴な空間。

それでも、遊園地のような人々の楽しそうな声がそこら中から聞こえてきている。

「お祭りって大きなイベントではないですけど楽しいですよね!」

小春の『色が変わってしまっただけ』の右手をしっかりと握り、人と人の間をすり抜けるように歩き、たわいもない話をしながら屋台を見て回る。

小春はやや上目遣いになりながら、何かを模したカステラを頬張る。ほっぺたの片方だけがカステラの形に膨れてハムスターのような顔になると、ますます小動物のように見えて可愛らしい。

「それってなんかのキャラクターなのか?」

「さすがに著作権があるので実際にあるキャラクターカステラは作れませんよ。でもほら!」

そういって小春が俺の眼前に突き出してきたやや楕円のカステラは、いい焼き色をした無愛想な美少女を模ったものだった。


「日和型カステラ……?」

彼女の生みの親であり、霜月小春という人間の実の姉。

「ひとつ食べます?」

「食べにくいわ!」

何が悲しくて同級生型のカステラを自ら進んで食べるというのだ……。

「じゃあこれはどうですか!」

カステラが入った袋から取り出されたカステラは笑顔の小春型だった。

「食べる!」

彼女の指ごと食べてしまいそうな勢いで口に含むとゆっくりと咀嚼する。

なるほど、悪くない。

「これがあの有名な『ボクの顔をお食べ』というやつですね!」

「ツッコミにくいボケをどうもありがとう!」

小春の顔を食べているという点において正しいから余計ツッコミにくい。


「……本当はもっともっと、すごーくいっぱいやりたいことがあります。時間が有限でなく無限だったら」

小春はほとんどなくなっってしまった能力でその小さな手のひらの上にネックレスを生み出した。

「私には本物は創れません。こうして幸人様への贈り物を生み出しても、それを残し続けることができません」

「だから……」

うるさいはずの喧噪は不思議と気にならない。

小春の笑顔の可愛さ記録がまた更新されながら、小春はそのネックレスを両手でギュッと握り、続きを声に乗せていく。

「私は、形あるものを残せません。でもせめて、幸人様の心の隅っこに、私の心だけでも残しておきたいのです」

小春は人ひとり分空いていた距離を詰めるべく踏み出す。


「霜月小春は……いいえ、恋愛シミュレーションゲーム機ELS、4号機オペレーターは、ユーザーである霧島幸人様のことを、心から愛しています」


愛を告げるその表情に後悔も偽りも緊張の影すらない。堂々とした愛の告白は間違いなく、俺の心に残り続けることだろう。

だから、俺も躊躇いも緊張も不安もすべて忘れて……。


肯定の口づけを、返すのだった。




 霜月小春とは、悪戯がとても大好きな少女である。

姉が食べるお寿司に、姉の苦手なわさびを多めに仕込んだり、姉のスノーボードに自分のボードとおそろいのステッカーをこっそり貼ったり……。

仕掛けられる姉はいつも迷惑そうにしながらも決して妹を……『私』を嫌ったりしない。

『私』にとってそれは好きな相手への愛情表現のようなものであって、嫌われたいがためにしていることではないのだ。


自分で言うのもどうかと思うが、私自身はお人好しで優しい人間だと思っている。

最初にスノーボードを始めたのも、お姉ちゃんに教えてもらうためという建前の、忙しそうなお姉ちゃんの気分転換のためだった。

趣味と呼べる程度に歌うことが好きなのもお姉ちゃんの気分転換にカラオケに連れ出したのがきっかけ。

家族で海やプールに出かけた時だって、一番はしゃいでお姉ちゃんを笑わせてあげた。

私やお姉ちゃんにあまり興味がなさそうなお母さんやお父さんの分まで、私がお姉ちゃんを笑わせてあげようとしていた。


私が生きる理由は、お姉ちゃんを笑わせ続ける道化であり続けること。


たったそれだけだった。


命を零してしまうあの瞬間までは……。



 スノーボードをするためにお姉ちゃんと乗ったスキーバスが事故に遭った時に、私のこの命は肉体から零れ落ちた。

そのあとはずっと、永い間眠っていたような不思議な感覚だった。

正確には意識不明という状態であるが、自分が死んでしまったということも自覚して、それでもただ眠っていた。

もし、成仏という概念が存在するなら、私は成仏できなかった。


足りない。お姉ちゃんの事をまだまだ笑わせ足りない。

死んでしまったことさえ質の悪い悪戯にして笑わせたい。

そのたったひとつの気持ちが、身勝手で我儘な欲望が、私をこの世界と結びつけた。


コンピュータの中や、このゲームの中に入った時の事は覚えていない。どうやら眠っていた時間の影響で私の自我とやらが覚醒していなかったらしい。

でも、ゲームの世界でスノーボードを滑ったあたりからは記憶もはっきりとしてきた。

ゲームの世界で、現実と同じくらい楽しくて、私は初めてお姉ちゃんと同じくらい大切な人たちを見つけたのだ。


私より少し年齢が上で、でも多分頭は私のほうが良い。

顔も普通で、性格は優しい。探せばどこにでもいるような本当に普通の人。

霧島幸人さん。

ゲームの中のキャラクターとしてであっても、幸人さんと結ばれることができたのは、嬉しかった。


そして霜月小春。もちろん私の事ではない。でも、見た目だけなら私で間違いない。

内面も、おそらく私を基に創られたであろうことがわかるくらいには似ている彼女は、根本的には違っていてもやはり『私』だった。

ゲーム空間も私そっくりな人工知能も、そんなものをわざわざ創るような人間は、やはりひとりしか思い浮かばない。

お姉ちゃんは私を生き返らせるために無茶な、本当に無茶なことをしたらしい。


私の魂をゲームの中で活動させて人間としての心を呼び起こし、完全に覚醒したら私が自ら自分の肉体に戻る、なんて。

道筋だけ辿ればまさしく物語のような非科学的なものでしかない。しかし、現に私は覚醒し、自らの意思で還るべき場所へと還れるようになった。

それでも還らないのは、大切な人たちが二次元ここにいるから。

自分の死期を悟り、それでも自分の想いで愛する人のそばにいることを選んだ彼女。

そんな彼女の想いに応え、そのすべてを見届けようとする幸人さん。


ならば私は、その二人の愛の結末を見届けよう。

姉に最大の悪戯をして笑わせるのは、その後のお楽しみだ。





 お祭りでの告白を経て、改めてその想いを互いに心に刻んだ俺と小春は、見慣れた桜木町の街を特に目的地もなく並んで歩いていた。

「次は、何をしましょうか?」

したいことは、たくさんある。

行きたいところも、たくさんある。

あるはずなのに、答えが出てこない。

「行きたいところも、やりたいことも、たくさんあるのに出てきません」

俺たちの考えていることはどうやら一緒だったらしい。

「だったらさ、現実世界でデートするか?」

「え?」

「俺のスマホで、一緒にさ」

「でも……」

「できないのか?」

「今の私がスマートフォンに対して害にならないのかどうかが分かりません……」

使えるデバイスがなければ小春を連れ出すことも叶わない。

何か手段はないものか……。


「私の……私のスマートフォンなら、使えると思います」

仮想空間の歪みから俺たちの前に姿を現した紗雪は俺たちにその道筋を示してくれた。

「私が機種変更した前の端末なら私の家にあると思います。データそのものは消去してありますし」

「それならいけるか? 小春」

「っ! はい!」

「使わせてもらっても、いいのか?」

「はい。もちろんです!」



 小春さんのスマホを借りるために、俺は翌日の朝早くから霜月邸を訪れた。日曜日の朝っぱらというのもあって、住宅街には散歩をするオッサンくらいしか見当たらない。

事前に日和ひよりには許可をもらっているものの、俺は緊張しながら呼び鈴のボタンをゆっくり押し込んだ。

少しの間が空いて、目の前の平凡な扉が開き、少し無愛想な雰囲気の同級生がひょっこり顔を出す。

「時間通りね。入って」

久しぶりに足を踏み入れた彼女たちの自宅は、朝の静けさもあってかほとんど人のいる気配がない。

「聞いて良いのかわからないけど……ご両親は?」

「あの人たちは私たちにあまり興味がないのよ。見ているのはお互いだけ。だからほとんどこの家には来ないわ」

「……一応確認させてもらうわね? あなたは本当に小春に許可をもらって来ているのよね?」

「ああ。もちろんだ」

「そう……ならいいわ」

日和は2階への階段を上ってすぐの、一番手前側の部屋の前で立ち止まる。

「奥が私の部屋。真ん中は小春と私の共有部屋で、ここが小春の部屋よ」

日和がやや決意したように開いた部屋の先は、日和の部屋とは大きく違う『女の子』の部屋だった。


「……ごめんなさい。私は自分の部屋に行ってるから、目的のものが見つかったら来て」

日和は無愛想な表情を険しく歪めて、自分の部屋へと入っていってしまった。

「やっぱり、戻ってくるまでは相当辛いんだろうな……」

「そう……みたいですね」

独り言のつもりで呟いた言葉に、その『当事者』から返答が返ってきた。


今、俺のスマートフォンには紗雪の姿をしたままの小春さんが同行してくれている。

目的のものが置いてある場所の案内と、日和がどうしても納得してくれなかった時のための説得のためだが、後者のほうはできる限り実行したくないらしい。本人に理由を聞いても「最大の悪戯です」としか答えてくれなかったのだ。

「それで、その古い端末ってどこにあるんだ?」

「そこの押し入れの中のどこかにあったはずです」

部屋に入って右側にある押し入れを開くと、大小様々な段ボールやらが詰め込まれてひとつの壁と化していた。

「これ全部探すのか……?」

「さすがにどこに入ってるのかまでは覚えていません……ごめんなさい」

「とりあえず探すけど……スマホどこに置いとく?」

「それならそこにあるパソコンに繋いでおいてください! パソコンのカメラで部屋全体が見えますし」

言われた通りに俺のスマホをUSBケーブルでパソコンに繋ぎ、俺は目の前の壁を切り崩すべく気合いを入れる。


手前上側から段ボールを下ろしていくが、出てくるのは外ればかり。

旧型のノートパソコンや大量の教科書や参考書など、重量のあるものばかりで怠け者体質な俺の身体はすでにあちこちから悲鳴が上がっている。

「この段ボールは……なんだこれ」

大きめの本のような表紙だが、参考書の類いではない。これは……。

「アルバムか……?」

適当に、何も意識せずに開いた真ん中のページ。いくつかの写真の中に、その姉妹のツーショット写真を見つけた。

姉妹なのにあまり似ていない。それでも一目で姉妹だと分かる。そんな仲の良い姉妹の幸せそうな姿が切り取られた一枚。

このままの、幸せなまま今まで過ごしていたならきっとあの姉もこの写真にあるような明るく優しい笑顔を浮かべていたのかもしれない。

無愛想な表情になんてならないくらい幸せな日々を送れていたことだろう。

「ん? アルバムの他に何か入ってるな」

手帳のように見えるそれを掴むと、紙とは異なる硬さと重みが感じられる。

「これか?」

「それですよ!」

パソコンのところまで持って行くと、紗雪がそれもパソコンに接続するように示してきた。

「充電もしておかないといけませんから、すみませんが押し入れのあれを片付けておいてもらえますか?」

「……あ、ああ」

すでに限界近かった肉体は、疲労の向こう側に辿り着くこととなった。



 「意外に時間がかかったのね」

「一応充電もしておこうと思ってな」

「そう、貸してもらえる?」

頷いて端末を渡すと、日和はそれを先ほどと同じようにパソコンに接続した。

「電池も、システムも大丈夫そうね。容量なんて余りすぎてるほどだわ。うん? ……これって」

「何かあったのか?」

俺の問いかけはまるで聞こえないように日和は口もとを微かな笑みに歪め、キーボードを叩き始めた。

少し離れて俺のスマートフォンを自分の耳に当てると、小さな音量での大きな笑い声が聞こえてきた。


「あははは、実はさっきあの端末に私が組み上げたとあるプログラムが入ってるんです。きっと笑ってくれると思ってましたけど、あは!」

「プログラムって?」

「私からのメッセージと、プレゼントです」

姉妹のやり取りに、俺がこれ以上深入りすることはない。

だから、それが具体的に何を指し示すのかは尋ねなかった。


日和がキーボードを叩いていた時間は数分程度、何かを確認したあとでパソコンとの接続を切って端末を俺に渡した。

「いいわ、これならあの子が入っても問題ない」

「ありがとな」

「……別に、私はあの子にこれくらいしかしてあげられないもの」

パソコンの電源を落とし、日和は俺を見送るべく立ち上がる。

「あの子はきっと、私を恨んでいるでしょうね」

玄関から出た俺の背中に、そんな呟きが投げかけられた。


「……そんなわけないだろ」

何も分かっていない馬鹿な姉の言葉を否定し、俺は前へ歩き出した。



 「なるほどなるほど、綺麗なシステムですね。機種変更の時にきちんとデータを移しただけでなく、普段からデバイスに無理をさせないように使っていた証拠ですよ!」

旧式のスマートフォンに入った小春は大興奮しながら、ディスプレイの中で愉快に踊り狂っている。

「さっそく行くか!」

出かける準備を整え、自宅から出ると、まだギリギリ午前中だというのにすっかり真上にある太陽のまぶしさに焼かれた。

紗雪はELSの中でお留守番をしてもらっている。

「なんかまだゲームの中にいるような気分だよ」

「それは最大の褒め言葉です!」

「どこ行くかな……」

はっきり言って、スマートフォンを持ってお一人様でお出かけするのと何も変わらない。

感覚的には小春がいるものの、二人で何かをするタイプのデートスポットはできないため、自動的に選択肢から除外されていく。

「ではお買い物に行きましょう!」

もう何度目か分からない小春の悪戯っぽい笑みに悪寒を感じながら、俺は彼女の指示に従い歩き出した。


結局小春の導きでやってきたのはなんの変哲もないアニメやゲームの商品を扱うショップだった。4階建てであり、新品中古から成人向けコンテンツまで広く扱っているこの辺りでは比較的大きいショップである。

当然、高校生である俺は上の階にある成人向けコーナーには入れないし、近くに行く度胸もない。

「見たいものとかあるのか?」

「いえ、特にお目当てのものはありません。幸人様と私の共通した話題を考えた場合の選択です」

「……せっかく現実でデートにやってきたのにこれかよ」

ちなみに、小春との会話は怪しまれすぎないようにイヤホンで小春の声を聞いて俺が小声で話すというスタイルだ。

「私が恋愛シミュレーションゲームのオペレーションシステムの管理と制御を行うにあたって参考にしたのがパソコン用恋愛シミュレーションゲームの名作たちなのです!」

「イヤホンなんだからテンション上がって大声を出すな!」

つい大声で言い返してしまい、周りの紳士淑女たちからとても残念な視線を向けられてしまう。

最近はイヤホンを使って通話をしていたり、音声検索やデバイスのアシスタントが普及してこそいるが、やはり独り言だと思われるケースが多いのだ。


「そういえば私が前に開発過程でやった名作たちはどこから湧き出てきて、どこに行ってしまったんでしょうね?」

「スタッフの誰かの私物なんじゃねぇの? お前が読ませてくれた『記録』じゃ日和が提案して持ってきたんだろ?」

「しかし、それにしては日和の恋愛に対する関心は微々たるもののように感じられました。まさか私に恋愛を教えるためにわざわざ購入したわけじゃないでしょうし……」

小春はそんなどうでもいいことでも可愛らしく首を傾げて考えていた。

「案外、小春さんの持ち物かもしれないぞ? 俺たちの行く先を見届けるつもりみたいだし」

「なるほど……小春さんですか。それは確かに盲点でした。帰ったら早速聞いてみましょう」

「それがいいよ」

「? 何を言ってるんですか?」

「え?」

「幸人様が聞くに決まってるじゃないですか」

「え? 俺が聞くの? 女の子に? 大量のギャルゲーを持ってるかって?」

もし年下の女の子相手にそんなことを尋ねようものなら例えそれが勝手知ったる仲であっても現実じゃ即通報だよ!

「だって私が聞いたらまるで私が恋愛シミュレーションゲーム大好きな女の子みたいじゃないですかー」

「その通りじゃねぇか……」

なんて言い合いながら俺と小春は店内をぐるりと回ってから、現実リアルデートを進めたのであった。

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