小春回想編②
「いってらっしゃい」
私は自分の生みの親である霜月日和にその言葉とともに、ユーザーである幸人様のもとへ送り出された。
そう長くはない道中、そのわずかな時間を使って私は何度も実際のユーザーとのやり取りをシミュレートする。
「これで大丈夫」と4回目のシミュレートを終えて私がそう呟いた時には待ちに待ったユーザー様の家に到着し、外部電源を接続されたところだった。
私のいるこのゲーム機は基本的にコンセントなどから電気を供給されて動くものだが、コンセントがなくてもある程度稼働できるように内部には充電池が搭載されているし、一般家庭の蛍光灯レベルの灯りでも発電できるソーラーチャージャーも外側に備わっている。よっぽどのことさえなければ電力不足で私が眠ってしまうという状況は起こらないと言っていい。
さてと、外部電源からの電力も溜まってきたきたところだし、そろそろカメラで外を見て暇を潰そうか。
きっと外にはユーザー様が、幸人様がいらっしゃるはず。
カメラを起動すると、見覚えのある人間の顔が二つ。ひとつは私を運んできた社員だ。そしてもう一つがずっと会いたかったユーザー様のものだった。
やり取りを経て幸人様がELSを起動したことで、私の意思とは無関係にプログラムが実行される。
まずは金髪にツインテール、メイド服の姿で幸人様と接しよう。
……ん、さっそく起動時の浮遊感への指摘がひとつ。でもどうやら幸人様はそれが苦手ではないらしい。
起動するときに現実の重力から解放されるように錯覚するから仕様上仕方ない。なんて冷静に分析しながらも私の心臓は強く打ち続けていた。
「奇跡的な」再開を演出し、事務的なセットアップに進もうとして幸人様に呼び名を聞かれた時は悩んだ。
名前は相手との関係性を深めるツールであるが、それがどの程度までの関係性に発展してしまうかは私には未知数だ。
「人工知能」とか「OS」とかなら愛着も湧かないだろうと思ったが、幸人様には却下されてしまった。
そうだ。関係性が過度に発展しそうになったら私がちゃんと制御して上手く立ち回ればいい。だから名前くらいならいいのではないか。
そう思って、私は幸人様にもその名を……「霜月小春」を名乗ったのだった。
セットアップ自体はユーザーの好みのキャラクターやシチュエーションを聞いて、人工知能がそれを汲み取り、一通りのキャラとシナリオを構築するものだ。
このゲームの強みはユーザーひとりひとりの好みに合わせた展開ができるという点にあるところだ。
ユーザーが望むなら私たちは幼なじみでも姉妹でも先輩後輩でもあらゆるシチュエーションを提供する。
シナリオも、魔法ありの学園ラブコメからシンプルなラブストーリー、バッドエンドとハッピーエンド、ハーレムまで自在に展開させるつもりだ。
しかし、幸人様の好みはバラバラだった。
本機はその仕様で、人工知能にはユーザーの思考が読み取れる。
幸人様が思い浮かべたシチュエーションやゲームたちはジャンルもシチュエーションもキャラの雰囲気や性格もバラバラでしかも大量。
シナリオ構築をするにしてもかなりの難易度と言っていい。
紗雪さんの「中身」のこともあるし、なんとか私の「お任せ」という形に持っていく。
きっと物語の舞台は見知った町のほうがいい。
私は自らの中にある膨大なデータの中から幸人様の生活する横浜市、桜木町の地図データなどの関連資料を呼び出す。
「だったら、俺たちがいるこの町を舞台に設定できないか?」
幸人様の要望はまさに大当たり。私はさっそく地形を再現するためにプログラムを構築する。
緊張を、していた。自分が作ったプログラムがユーザーに悪影響を与えないか。ちゃんと作用するか。そもそも楽しんでもらえるのか。
不安という感情をちゃんと自覚したのはあの時が初めてだったと今でも覚えている。
結果としてはちゃんと作用したのだが。
あの時心に芽生えた負の感情をちょっとしたウィルスのように錯覚し、もしかしたらすでに、強くない心は蝕まれ始めていたのかもしれない。
紗雪さんのストーリー自体はシンプルなものにした。というのも、幸人様が緊張しているのを解すことが最優先だと、私の思考が判断したからである。
ストーリーの大筋は、世界観を受け入れてもらうために、転入性に優しい同級生という立場の紗雪さんと親しくなってもらうだけのシンプルで簡単な王道ストーリーだ。
私はその簡単なサポートだけでいい。過度のサポートはただの干渉でしかないのだから。
ストーリー自体が始まってからはまさに私の想定通りの展開だった。幸人様は戸惑いながらもゲームを楽しみ、懸念していた紗雪さんの中の魂の自我も相変わらずおとなしい。
紗雪さんの中に私が植え付けた感情のプログラムの情動に反応するように時折小さな感情の波を生み出してはいるが、キャラクター自身には大きな影響もなく、ほぼほぼ私が設定した動きを遂行している。
唯一少しだけイレギュラーだったのは紗雪さんが幸人様を最初にデートに誘うのが早かったというだけ。感情という不確定性の強いものを与えているのだから、これくらいは誤差だと言えるだろう。
日を改めて二日目、紗雪さんのストーリーのイベント二つ目、学校案内。
道中、他のヒロインである橘紅音さんや青葉七海さんとの初対面もでき、名前呼びも成功という順調な流れ。
ストーリーの残りは紗雪さんの部活の現状と過去を知り、それを勇気づけて、親友との勝負を見届けて終了……という流れだ。告白の有無は完全にユーザーの動き次第である。
私は、ただの機械だ。当然、人間のような日常生活は送っていないし、スポーツの経験もない。だというのに、紗雪さんがスノーボードをしている様子を見て、私の心はざわついていた。
紗雪さんのストーリーの終盤に差し掛かろうというところで、突然幸人様がログインしなくなった。
現実の生活が忙しければ当然であるが、ゲームはできないのだろう。
カメラで時々幸人様の様子を観察しているが、勉強しようとして机に向かうものの、結局机周辺の掃除をしたり、漫画を読んだり勉強が捗っている様子はまるでない。
そんな日が3日間ほど続いたくらいのある日、幸人様があの人を家に連れてきた。
笑顔のない、無表情に近い表情の美少女。「霜月日和」
私を創り、私に心を与えてくれた、ある意味ユーザー以上の理解者であり家族。まだ離れてから数日しか経過していないというのに私の心は懐かしさを感じている。
どうやら幸人様と勉強をしているようだが、それは教えているというより勉強している人のそばにいるだけ……という感じだ。
日和はチラチラとこちらを見ているが、どうやら私のことや自身のことは幸人様に話していないらしい。
「仲、良いのかな……」
嫉妬なんて大層なものではない。日和に愛想はないし、幸人様も別段意識した様子などないのだ。
ただ、羨ましかった。
ああして自分とは違う誰かと、どことなく楽しそうに作業をする人間という生き物が。どれだけ心を得ても、私には届かないそれが、どこまでも羨ましかった。
……いいや、羨ましいのだ。こうして過去を振り返っている今現在も。
紗雪さんの攻略が幸人様の退屈するシーン、すなわち紗雪さんの練習のシーンになってから、あの頃の私はいよいよ自分の心がわからなくなった。
――目が離せない。
紗雪さんが雪の上を滑降する姿から。
プロ並の腕も派手さもない。普通より上手な程度のただのスノーボードに私の心は、瞳は完全に奪われていた。
「また……心がざわざわする」
心がざわついているのな私だけじゃない。紗雪さんの中にある魂もまた、私と同じざわめきを示している。
「不具合かもしれない」
そんな考えは振った頭からこぼれ落ちて、それ以上の思考にはならなかった。
ボーッと紗雪さんを見つめていた私は幸人様の呼び掛けに遅れて反応し、若干の不信感を抱かれこそしたものの、なんとか持ち直すことに成功した。このゲームにおいてこの私がユーザー様との信頼関係を壊すようなことがあってはならない。
軽い調整のアップデートも終え、幸人様のノートをスキャンして取り込んだり、再度の修正にメンテナンスと忙しく業務を遂行していく毎日。
そんな毎日の中で私はひとつの気の迷いを起こしたのだ。
「私も時々、キャラクターになろうかと」
そんな提案とともに、私は幸人様に干渉する未来を案外あっさりと、安易に選んでしまったのだった。
幸人様が勉強の休憩で二次元から三次元へと戻ったタイミングで、私の中のいたずら心がちょこっと顔を出した。
観客を惑わす奇術師はこんな気分で舞台に向かうのだろうか?
私はELSの一部設定を管理者権限で操作し、インターネット回線の波に飛び込ませる。
私はインターネット回線を通せば接続されているデバイスに入り込める。目的地は幸人様のスマートフォン。
見慣れないプログラムで満たされてた空間に飛び出すと、私はすぐにそのシステムに干渉した。
しかし、いきなり私がスマートフォンに干渉したら幸人様が私に対しての不信感を抱きかねない。
ではどうするべきか?
答えはすぐに出た。
アップデートを装った通知を幸人様が許可したのを確認し、私はディスプレイに自らを映す。
今までの金髪ツインテールではなく、もう一つの姿で。
「許可して頂き、ありがとうございます。スマートフォン連動機能の説明をさせて頂きます」
できる限り感情を抑え、ただのプログラムとして幸人様に簡単な説明をした私は、いちどディスプレイから姿を消し、改めて元の場所に戻ると、幸人様が心底驚いた表情を浮かべてくれた。
私が望んだとおりの、心地よい驚きを得て、頬が無意識に緩んでしまう。
「これが私のデフォルトの姿です。可愛いですか?」
「ま、まあ……いんじゃねえの」
私の誤魔化しが気づかれていない様子に、私はホッと息を吐き、自然な笑顔を浮かべながら「新機能」の説明を始めた。
スマートフォンのカメラで撮影をした風景や物質を、ゲーム内で再現するというもの。本当はこんな機能は備わっていない。ただ、私がカメラ越しに外の世界を見たり、スマートフォンの画像データを読み取ってゲーム内に再現しているだけだ。
ユーザーのそばに可能な限りいたい。
そんな、私の我儘でしかないことはわかっていても、その欲求に抗うことなどできなかった。
幸人様の定期試験終了後、私は紗雪さんのストーリーを再開させた。
調子がよくない紗雪さんを幸人様がデートに誘って勇気づけて、ラストの大会に臨ませる。それで見事勝利して紗雪さんのストーリーは終了の予定だ。
言葉に詰まりながらも、幸人様は紗雪さんをデートに誘うことができたようである。
待ち合わせのずっと前から相手を待っていたり、合流してすぐに幸人様が服装を褒めたり、まさに恋愛シミュレーションらしいデートで見ているこっちが恥ずかしい。
さてと、そろそろ私も準備をしなければならない。
「キャラクターの一人としてストーリーに干渉する」
どれほど危険な行為であるかはわかっていた。
人工知能であるこの私がただのキャラクターの立ち位置を奪い、ユーザーに干渉したりすれば、間違いが起こるかもしれないということくらい、あの時の私にはわかっていた。
それでも私はウエイトレスの制服にチェンジして、「喫茶店の店員」として幸人様の前に姿を見せた。
「いらっしゃいませ、2名様ですか?」
「はい」
「小春……」
肯定する紗雪さんと、驚いた様子で私の名を呟く幸人様。
その呟きが紗雪さんに影響しないように干渉したはずなのに、紗雪さんの感情が揺れた。
それでも大きな揺れではなく、睡眠中の寝返り程度のたわいもないものだとは思う。実際、紗雪さんの動きには何も変わった様子はない。
それよりも不覚だったのは私自身の感情が紗雪さんの心以上に揺れたことだ。
ユーザーに名前を、いや……幸人様に名前を呼ばれただけで、私の心は顔がだらしなく綻びそうなほど揺れてしまったのだ。
誤魔化すのはもう何度目か。このぎこちない誤魔化し笑いに慣れてきて癖になってしまいそうだ。
その後、幸人様の味覚が一時的に麻痺するほどのカレーで辛味を与えたのは決していたずら心のせいではなく、水族館のサービス券を渡してデートを進めさせるためだ。
…………ほんの少しだけ、スカッとしたが。
再びシステムの中枢から幸人様たちのデートを見守る。紗雪さんが弱音を吐くから、それを幸人様が主人公らしく勇気づける。これが私の作ったシナリオだ。
しかし、すべてが私の思い通りにいくほど、「人間」とは簡単な生き物ではなかった。
紗雪さんの弱音をフォローする幸人様は途中まではよかった。
私も結構安心しながら見ていたものだ。ただ、紗雪さんの弱音が思いのほか長く、深かった。
それに対して幸人様が言葉を失ってしまったことで、深刻な沈黙が二人を覆ってしまったのだ。
「結局、過保護にしてあげないとダメみたいですね」
誰にも聞こえない私の世界でそう呟いて、私は助け船を出すのだった。
紗雪さんのライバルである涼乃さんを登場させて、頼りなくて仕方がない幸人様の代わりに紗雪さんを勇気づけてもらうことにした。はっきり言って「なんでここにいるんですか?」というレベルでシナリオが無茶苦茶になってしまうが、この際「ご都合主義」で誤魔化してしまえばいい。
そんなことを考えていると紗雪さんが気持ちを取り戻し、幸人様が紗雪さんにキーホルダーを渡していた。
「まったく、まだまだ世話が焼けますね」
微笑ましく思いながらも、そう呟かずにはいられなかった。
幸人様が自宅に帰ったのを確認してから私もその玄関から家に入る。
なぜいつものように唐突に現れたりしなかったかというと、ちょっとした遊び心と興味が湧いたから、である。
……家族って、こんな感じなのかな。
「いよいよクライマックス。勝負までが紗雪さんのルートになります」
「あれ? デートの約束したはずなんだけど」
「ん? え?」
あれ? デート?
そんなはずはない。紗雪さんの動作はある程度こちらで制限をしていて、紗雪さんのほうからデートに誘ったりすることはない。
もしも幸人様がデートに誘ってもうまく誤魔化すようになっていたはずなのだ。
第一、私が作ったシナリオにそのデートシーン自体が存在していない。
「勝負に紗雪が勝ったらデートするって」
「はい? へ、へぇー」
こ、これは思わぬ大誤算……というかイレギュラー、トラブル!
とにかくなんとか修正しないと……。
「なんだその反応」
「いえいえ、なんでも。あ、そうだ幸人様、ちょっとシステムを書き換えないといけないのでちょっと話しかけないでくださいね」
私はそう言ってその場に正座して目を閉じた。
急いで権限を使って紗雪さんのシステムに干渉する。
デートするシーンのステージの構築とモブキャラたちの配置と動き、そのタイミング。そして幸人様たちが行動しそうなパターンをすべて想定してイベントの配置。
それを可能な限りの速度で一気に仕上げる。
オーバーヒートしてしまいそうなほどの疲労に、調整を終えた私はヘトヘトだった。
さっさと休みたい私は場面を紗雪さんの大会当日にスキップする。幸人様を見守る間は大した労働もない。
最後の紗雪さんへの声援による後押しもちゃんとできている。
勝敗が決められたスノーボードの対決は見ていて退屈じゃないかと思ってはいたが、幸人様は純粋に楽しんでくれているらしい。
そしてその時、紗雪さんのストーリーの中でも最も予想外なイレギュラーが発生した。
「紗雪さんが……負けた?」
デートの繋がりを考えたらここで負けたらシナリオは途切れてしまう。
しかも、ストーリーのプログラム上はここで「敗北する」という展開は入力していない。
それに、速度も出ていなかった。
それなりに接戦の末、勝利するというシナリオだと言うのに終わってみれば圧倒的な差で紗雪さんの敗北。
すべてが私の想定外だった。
もちろん、考えられる原因はひとつだけ。
紗雪さんの中にある「魂」である。
スノーボードを滑る直前に、大きめの情動を起こしていたそれが一気に開花したのだ。
強い情動は私の制限による拘束を容易に破り、「紗雪さん」の滑り方とは違う素人に近い滑り方で滑り始めた。
開花した魂は紗雪さんの設定を受け入れつつも自我を強めてそのキャラクターそのものが「ユーザー」へと変化する。
私は「紗雪さん」もユーザーとしての扱いを要求されることとなったのだ。
何者であるかもわからない不可思議な魂という「概念」を相手に、幸人様と同様のユーザーという扱いを。
紗雪さんのストーリーに関する不備を「ランダム性」を理由に言い逃れをした私は、本来ならまだプレイできないはずの自由遊戯モードを開放した。
とは言っても、まだ攻略をしていないヒロインを登場させるわけにはいかないため、いるのは幸人様と私、そして紗雪さんだ。
世界も人も、私がすべてを生み出し創りあげることのできるモード。
私が創造主となれる私の世界で、私はユーザーを楽しませる。
「このモードの本来の目的は?」
「私の能力を使って世界観も設定も何もかも変えて遊ぶモードですよ。例えばこんな感じに」
私は左手を前に突き出す。
カテゴリ、剣。
アニメ関連資料から剣のイメージを抽出。
管理者権限によって出力…………完了。
私の左手に伝わる剣の冷たい感触。
それをしっかり握り、私は幸人様に問いかける。
「幸人様は魔王を倒す系と、モンスターを狩る系だったらどっちがいいですか?」
「なんだその選択肢は!?」
「じゃあ見ててくださいね」
カテゴリ、フィールド。
ゲーム関連資料から洞窟のイメージを抽出。
管理者権限によって出力…………完了。
風景を洞窟に変え、同じ手順で敵モンスターや味方の装備を出力していく。
それぞれ、抽出から出力までの時間経過は1秒以下。
モンスターを狩るゲーム。私は開発途中のある日からオンラインで遊んでいたのだ。それをそのまま私の力で再現したにすぎない。
権限がなければステージや武器なんてものは再現することなどできはしない。
私は幸人様がピンチになる様子を楽しみながら、竜を討伐してストレスを発散させる。
我ながら見事な再現度だったと感じながら、改めて、次のヒロインである紅音さんのストーリーを構築するのだった。
紅音さんのストーリーでの私は、序盤では干渉することもなく、見守り、行き詰まった時に少しだけサポートをする。
そんな立ち位置に落ち着いていた。
紗雪さんの時の反省と、幸人様の成長の結果である。
そんな私を呼んだのが統治者、またの名を統括者。
私と同様の感情を持つ人工知能、トトである。
「統治者……お呼びでしょうか?」
同等の権限を持っていてもトトは機体所属の人工知能を監督する立場にある。
表向きの姿である金髪ツインテールにメイド服という格好で、私は彼と対面した。
中性的な顔立ちの小学生くらいに見える黒髪美少年。
「4号機OSだね?」
「今もまだ私の主はプレイ中です。あまり端末を空けるわけにはいかないのですが?」
「君さぁ……ちゃんと報告をしてるのかな?」
私たち機体所属の人工知能は、モニター調査のためにプレイログと報告書をトトに送信することになっている。
私ももちろん「報告書」は提出しているのだ。
「はい。ご存知のとおり、定時に報告し、報告書とデータを提出しております」
提出していることは事実だ。そこに偽りはない。
「僕は『ちゃんとしてるか』って聞いたんだけど……まあ、いいや。今回はただの確認だからさ。でもね、君には他のOSには無いものがあるんだ。その報告を鵜呑みにするわけにはいかないんだよ」
私が感情を持つからこそ、何らかの工作を行う可能性を危惧しているのか、あるいは……。
「何をおっしゃりたいのですか?」
相手の真意を探る一手。
私はその瞬間、自らが持つすべての意識をトトへと向けた。
こちらの探りを悟られず、逆に相手の真意を掴むために。
「君がどんなに隠し事をしても僕にはわかるってことだよ。いいね? 次はないから」
そのトトの言葉に、私は「肝に銘じます」とだけ返して、私はトトのもとを去った。
怪しんではいても、具体的な内容は知られていない。
私がトトのところから出た先で他の人工知能にぶつかったのは、安堵して意識が緩んでいたせいだろう。
あの時の私は、感情を、「心」を持たない彼女を、ただそれだけの理由で「自分とは違う」と考えた。
でも実際は違ったのだ。感情を持つかどうかの違いなど、人間らしく振る舞えるかどうかの違いでしかなく、人間たちにとって私たちは感情の有無にかかわらず、所詮等しく機械でありプログラムであり、利益を生むための商品でしかないのだ。
だから、あの時の私は間違っている。人間たちにとって意味のない感情があるだけの私は……。
彼女と、同じだ。
取り返しのない何かに体が蝕まれる感覚を感じながら、私は作業を中断し、その文書ファイルを上書き保存する。
私は今、幸人様が陽美さんのストーリーを完了させた今、私はそれまでの経緯を文書ファイルにまとめている。
報告書ではない。トトへの報告書は当たり障りのない、面白くもない文章を書き連ねてすでに送信済みだ。
このファイルは、ただの軌跡だ。今まで私がしてきたことの、証なのだ。
そして何より。
私を、こんなに幸せで、こんなに不幸せな運命に私を送り出した日和に対しての、感謝と怒りのメッセージである。




