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椿陽美編②

 4人目のヒロインである陽美先輩のお誘いに応じて椿家の大豪邸へとやってきた俺は、いよいよ宮殿か何かの一部だと疑いたくなるような大きな食堂で、料理名も理解できない夕食を楽しもうとしていたところだった。

「マナーなどと無粋なことは言いません。ご自由な作法で食していただいて結構です」

陽美先輩の母親であるさくらさんにそう言われ、とりあえず目の前の肉にナイフの刃を押し当てる。力を込めつつナイフを引くと、驚くほど簡単に肉が切れた。

「お母様~、お食事中に失礼します~」

先輩が一度食事の手を止めて首ごと顔を母親に向ける。

「なにかしらなにかしら?」

「学校で催されるバザーの運営に携わることになり~、できれば当家からも品物をいくつか出したいのです~」

「あらあら、それなら物置にあるものから選びなさい。どうせ使わないものなのだし」

「わかりましたぁ~」

「物置って聞くとなんか庶民的な響きで落ち着くなー」

「恐れながら、霧島様のご想像されている『物置』とは少々異なるものかもしれません」

「えっと……具体的にどんなところが?」

金色に近い茶髪の小柄なメイドさんの微妙な苦笑とともに返された言葉に、俺は当然詳細を求める。

「おそらく、ほぼすべてが」


 さて、物置とは一体どのようなものだっただろうか。

「物を置くための部屋」なのだから不要なものをただひたすらに放り込み、しまっておくための部屋である。

少なくとも、俺はそう認識していた。

……目の前の、高級品やら美術品が陳列された「物置」を見る前までは。

「こ、ここが……その……」

「物置です」

茶髪のメイドさんと陽美先輩に連れてきてもらった「物置」は、たしかに不用品をしまっておくために使用されているらしい。

しかし、物の置き方が雑だったり、部屋中にものが敷き詰められている……といった物置感は皆無である。

絵が等間隔に壁にいくつも飾られ、広めの部屋の中央部には彫像やらオブジェやらが邪魔にならない程度に配置されている。

「この部屋が物置部屋1号室です」

「1号室って……全部でいくつ物置があるんです?」

「奥様の管理なさっている物置だけでおよそ200。当屋敷にはそのうちの30があります」

大豪邸で金持ち設定だからって物置ごときで場所を使いすぎである。それぞれの物置をもっとギッシリ使えばきっと半分近い数の部屋で収まるはずだ。

「所詮は物置でしかありません。ですので基本的にはお客様に見せることもありません」

これが従来の使い方をされた雑多な物置であったなら客に見せられたものではないかもしれないが、ここはもはや博物館か美術館だ。

「でも先輩、こんな美術品とかなんて高価すぎてバザーじゃ売れませんよ……」

「たしかに~、そうですね~」

「……でしたら、旦那様の管理なさっている物置ではいかがでしょう? 雑貨や日用品が多く、種類もございます」

「その物置はどこに?」

「旦那様の許可がなければお教えすることができません。旦那様のご帰宅予定は夜中ですので、物置の話をするのは明日のほうがよろしいでしょう」

「そう……ですか」


 今日の時点でできることはなくなった。あとは風呂に入って明日を待つばかりである。

そんなことを考えながら風呂場に向かって歩いていたはず……だったのだが。

「どこだよここ……」

見事に迷子になってしまったのだ。

風呂場に向かう前に道順を聞いて、その通りに歩いたはずなのに、なぜか元いた客室の前に戻ってきてしまったのである。

「ループする廊下……」

あの小春が、ここにきていきなりファンタジーな要素を含めてくるとは思えないが、かれこれもう6周目。

さすがにループにも飽き、疲れてきた。

「どこかの主人公が、『最初の部屋がゴール』だって言ってたな」

すぐ近くにあるのは俺が泊まる客室で、一回の廊下ループ中にある扉はそれを含めて7つ。

「順に潰していくしかないか……」

まずは自分の客室。

ループする前までいた部屋なのだから正解ではないだろうが、一応確認しておいたほうがいいだろう。

そっとドアノブを回し、押しながら足を前へ出す。


そこにあるはずの床板は――――なかった。


「……は?」

落ちるような感覚もなく体から重力の重みが消えて浮き上がるような感覚が支配する。

視界に広がるのは漆黒の世界。ただ唯一の光であった扉は閉じられ、同じ漆黒に飲み込まれて消えていく。

周りすべてが漆黒の無重力空間。体は意思に反して回転し、上下左右もわからない。

「小春……小春!」

闇の中で呟く名は、何も起こらずに闇に還る。

「ログ……アウト」

現状を打破する最後の言葉すら、闇を晴らすことはない。

僅かな時が永遠に感じられる牢獄のような場所で、俺はただ小春を思い浮かべる。

こんな状況で、助けにきてもくれない悪戯好きな彼女のことしか考えられない。

――俺は、ずっとこのままなのだろうか。



「羨ましい」

「妬ましい」

「憎らしい」

少女の声が聞こえる。

「独占したい」

「愛してほしい」

「私だけを見てほしい」

少女の願いが聞こえる。


少女の言葉は、願いは鎖のように心を縛り、俺のすべてを絡めて闇に引きずり込もうとする。

決して消えることのない闇。

ここは……心の闇の中だ。

「小春……」

闇の奥のさらに奥に、俺は落ちて……。



「……あ?」

目を開いた先に広がっているのは広くない機械の中。

起動していないELSの内面である。

「ログアウト……できたのか?」

記憶ははっきりしているし、身体に異変もない。

「……大丈夫かしら?」

遠くから聞こえるような声にELSから出ると、ノートパソコンを俺のELSと繋いだ霜月しもつき日和ひよりが少しだけ心配そうに俺を見た。

「お前……どうして俺の家に」

「……小春から、助けてほしいって言われたのよ」

「小春が? それに、なんでお前に……」


「このゲームを造ったのは、私だから」

このゲームの生みの親だと、同級生はそう告げた。


 「お前が……このゲームを?」

「正確には人工知能のプログラムよ。あの子とトトの心は私が創った」

キーボードを叩きながら、プログラマーはいつもの調子で淡々と音場を紡ぐ。

「それにしても、あなたを引き戻せてよかったわ」

「何が起こってたんだ? ストーリーをプレイしていたらいきなり景色が真っ暗になって……。それにあの声……」

「あなたがいたのはあの子の心の中ね。特にその負の感情の中」

「小春は……あいつは大丈夫なのか?」

「……わからないわ」

「わからないって……!」

お前が造ったんだろう。

彼女を追いこむその一言は言葉にならない。

「今、エラーになっているあの子のプログラムを修正しているわ。それが終わってみないとなんとも言えないわね」

俺の心にある心配も憤りも不安も、すべて小春を想うがゆえのものだ。

それにあの闇の中で聞こえてきた心は、願いは……。

「ひとまずは修正完了。できれば定期的にメンテナンスをしたほうがいいわ」

「何が原因なんだよ」

「嫉妬」

「嫉妬?」

「嫉妬や怒り、悲しみの感情は本物の人間の心すら蝕む厄介な感情なの。それを、感情をデータとしての処理しかできないプログラムが抱いたりしたら、心が壊れてしまっても不思議はないわ」

それに……とプログラマーは申し訳なさそうな表情で続ける。

「あの子には負の感情とかストレスに対しての耐性がないことも原因のひとつね。……私のミスだわ」

「それなら、耐性をプログラムできれば今回みたいなことは起こらないのか?」

「理論上はそうね」

「……不安になる言い方をするんだな」

「理論やプログラムでどうにかなるものではないでしょう? 『心』というのは」

「またこうなるっていうのかよ……」

「それに耐性のプログラムを作るのにも少しは時間がかかる。だから定期的にメンテナンスをさせて。エラーの状態が長く続けばトトは必ずあの子を消すわ」

今すぐに改善はできないし、それでも完全に改善されるとは限らない。

正直……ショックだった。

小春がそんな不安定な状態だってことも、これから先もリスクがあるってことも。小春の不利益になることすべてがショックで、腹立たしくて……。

「……修復は終わったわ。システムに大きなエラーは無し。小さなエラーはいくつかあるけど、この程度ならあの子が自分で治すでしょう」


ホッと安堵を吐き出して、俺は冷静になってひとつ考えた。

「お前、どうやって家に入ってきたんだよ」

「鍵、締まってなかったわよ?」

「ああ……そう」



 修復を終えて少し後、日和が帰るのを見送ってから俺は再び二次元へと飛び込んだ。

さっきのことを覚えていたら、小春はきっと悲しそうな表情で自らを責め嘆くだろう。

「そんな顔はさせないからな。……絶対に」


「幸人様がそこまで私を想ってくれていたなんて、嬉しいですね」

決意をした俺のちょうど真後ろからかけられた明るい声に、慌てて振り返ると、視界に小春の姿を捉えられず、短い足音と軽やかな風が背後に回った。

「こっちを見ないでください、エッチ……」

「どんな格好してんの!?」

見たい見たい超見たい!

体ごと自分でも驚くような速度と勢いで振り返ると、一瞬だけ見えたどこかの高校の制服姿の小春。

容姿に、いつもと変わったところはひとつもなかった。


今度は背後に回るのではなく、直接俺の視界を両手で塞いだ小春は、その手を小刻みに震わしながら、その喉も震わせる。

「前の私なら……こんな状態でもきっと笑えていたと思います」

少しだけ震えた明るい声で、小春は続けていく。

「でも今は……。だから……こっちを見ないでください、幸人様」

こんな状況でも、そんな小春を可愛いと思ってしまった。

だから。そんな小春をもっと見たくて。

俺は小春の両手をできる限り優しく外した。


「見ないでって、言ったじゃないですか。……もう、しょうがない人ですね」

涙で顔を濡らしながら、誰よりも人間らしい人工知能は世界一可愛く、微笑んでくれるのだった。



 小春が涙を拭い、落ち着いたところで今後の話。

「幸人様の安全を考えればもうこのゲームをするべきではありません。今回は運良く助かりましたが、次に同じようなことがあった時に再び助かる保証がないからです」

「でも、耐性をつければある程度は持ちこたえられる」

「そうですね。その伸びる時間が何十年なのか、それともほんの一瞬なのかはわかりません」

霜月日和は言っていた。心はプログラムでどうにかなるものではないと。


「幸人様、もしも、次に幸人様が私の感情に飲み込まれるようなことになったら私は……私自身を消し去ります」

「それはダメだ!」

「即答……なんですね」

「当たり前だろ! 俺は……俺はお前が……!」

「そこから先はまだ……いえ、もう聞くことはできないかもしれませんね」

小春は笑顔を浮かべる。

複雑な笑顔を。

「でも、感情に飲まれた幸人様が外部から救出できない場合、あるいは幸人様が危険な状態に陥る場合、負の感情ごと私を消すしかないと思います」

「だったらお前に負の感情なんて抱かせない! 俺はお前だけを見る。それならお前はずっとお前のままだ!」

原因が小春の俺に対する嫉妬であるなら、俺が小春だけを見ればいい。ストーリーも進めず、ただ小春と向き合っていれば……。

「いい考えですね。……でも、せめて1度はストーリーを遂行しなければ私は不良品としてどのみち処分されるでしょう。本来の目的を失った人工知能に存在価値はありません」

そう告げる小春の表情は極めて悔しそうに歪んでいる。

「俺が……日和に頼んでトトをどうにかしてもらえば……」

「難しいでしょうね。私は人間たちにとっても危険因子でしかありませんでした。それを擁護するためにトトに手を出すことを、他の人間たちは許さないでしょうから」


そこで話を切った小春は「とりあえず……」と右手を右にまっすぐ伸ばし、空間を構築する。

「ストーリーを完了してください。私が不良品として消える可能性を潰してください」

「でもそうしたらお前の心は……!」

「いえ、すぐにどうということはないでしょう。今回のこれも今までのプレイ時間中の蓄積分だとすれば同じくらいの時間はかかるはずですから」

「……わかった」

「きっとそれまでには負の感情に対応するためのプログラムも造られるでしょうし」



 小春の姿が見えなくなると同時に構築される空間は、陽美先輩の豪邸の廊下。ちょうど俺が負の感情に飲まれる直前のポイントである。

気分を切り換えるために、風呂場に改めて向かう。

ループすることもおかしなこともなく無事に風呂場にたどり着くと、煮え切らない想いを脱ぎ捨てるように裸になると、大浴場へと入る。

シャワーを使って軽く体を流したあと、俺以外誰もいない湯船につかりため息。

頭に浮かぶのは小春と、これからのこと。

こうして俺がストーリーを進めている間も、小春の心は負の感情を生み出し続けているかもしれないと思うと、素直にストーリーを楽しむ気分にはなれなかった。


「これは珍しいなぁ、こんな時間に風呂場には先客がいてしかも男とはねぇ」

「随分と遅いご入浴ですな、霧島様」

「あぁ……運転手さん。えっと……」

渋さのある運転手さんの引き締まった体とはまったく違うひ弱そうな体つきの男。

運転手さんの半分くらいしか生きてなさそうな若い男は俺の顔を少し見つめたあと、これまた見事な仮面で笑いかけてきた。

「おっと、失敬したねぇ。私は椿陽美の父、椿つばき宗一郎そういちろうだよぉ」

語尾の無駄に伸びる特徴的な話し方で彼は名乗った。



 俺は宗一郎さんと運転手さんと3人で湯船に浸かりながら、陽美先輩のストーリーの要であるバザーについて話していた。

「なるほどねぇ、バザーの品物を探しに我が家へぇ」

「奥さまの物置は見たそうですがバザーに適した物はなかったと聞いております」

「ふーむぅ、確かに私の物置のほうが適したものが多いかもねぇ」

「それじゃあ……」

「でもねぇ、物置とはいっても私にとってはまだまだ価値あるものだからなぁ」

「そう、ですか……」

「まあ見るぶんには別に構わないよぉ。それで気になるものがあれば聞いてくれればいいからねぇ」

「は、はい」

「話もまとまったところですしそろそろ洗いましょうか、旦那様」

「そうだねぇ、どうだいぃ? 霧島くんも」

「あ、ああじゃあ俺も……」

その後、湯船から出た俺は背中が痛くなるほど洗われ、仕返しとばかりに二人の背中を思い切り洗った。

そんなやり取りのおかげで、先程までの沈みきった気持ちも、幾分か浮き上がってくるくらいには気が紛れたのだった。



 ゲーム内の日付は移り、翌日。

フレンチトーストと小さめのパンケーキ、そして紅茶というなんとも洒落た朝食を高速で平らげた俺は、メイドさんと一緒にさっそく宗一郎さんの管理する物置へとやって来ていた。

「電子レンジに冷蔵庫、空気清浄機と加湿器、こっちにあるのは……掃除機」

家電ばかりである。芸術品よりは圧倒的に安価だとして、それでも高級なものばかりだ。

「この家はダメだ……バザーに向くような安物がない……」

「霧島様は安価な品物をお探しですか?」

メイドさんが俺に無表情で問いかけてきた。

「バザーに出す品物で、原価は寄付だからなし。そうなると高すぎるものは申し訳ないし値段もつけられませんよ……」

「なるほど、確かにそうかもしれませんね」

「よかった……やっとまとまな価値観の人がいた……」

「そういった品物をお探しであればうってつけの場所がございます」

「今度は高級な洋服とか高級な乗り物だったりしない?」

「ご安心を。高いものもありますが、あくまで『一般人』の手が届く範囲内のものばかりです」

「どこですか?」

「ご案内いたします」


メイドさんの後をついていく形で連れてこられた先は狭くはない小さめの個室だった。

俺が寝泊まりする大きな客室の半分くらいの大きさだろうか。

「このタンスの中のものであれば好きなだけお持ちください」

「タンス? じゃあ衣服ってことですか?」

「はい。価格もそれほど高くない古着ですからバザーにはうってつけかと思います」

なるほど、たしかにそうだろう。

まずは中の品物を実際に見てみる必要はありそうだ。

とりあえず一番下から順に中を拝見させてもらうことにしよう。

少し重たい木の引き出しを手前に引くと、色とりどりだが清楚そうな下着が引き出しいっぱいに入っていた。

「そうそう、一番下の引き出しは私の下着しか入っておりませんのでご注意を」

「もう遅いわっ!」

さっさと引き出しを閉めてその上の段を手前に引く。

出てきたのは今度こそ目的の洋服。

汚れなどもなく状態はよさそうだ。

「でもいいんですか? こんなに」

「どうせほとんどこのメイド服で過ごしていますし、そこに入っているのはあまり着ていないものばかりなのですよ」

品数は約20着。タンスの中のほんの一部だが、これだけでも十分な数だ。

「でも服か……」

服はサイズや好みなどもあるから品物としては弱いかもしれない。

「当家にはこれ以上お役に立てそうなものはないかもしれません」

「そうですか……」


 思ったほどの収穫がなかったことに肩を落としつつ、今後のことを話すために俺は先輩の部屋へとやってきた。

メイドさんに教えてもらったマナーはノックを三回、事前のアポイントメントがない場合は応答があってもすぐに扉を開けずに名乗ることだ。

ということでまずはノックを三回。

ノックの響く音の質すらこだわっているのかと思うような気持ちのいい音の後、部屋の中から聞こえてくる先輩の「はい~」という声。

「霧島です」

「どうぞ~、入ってきてください~」

またまたいい音を響かせながら開く扉を押して先輩の部屋へと足を踏み入れる。

「なんか……すごいですね」

大きいレトロな雰囲気漂う本棚や、一人で寝るには大きすぎるようなベッド。高そうな刺繍の施された高そうな絨毯とカーテン。俺の客室の3倍の面積。どれをとっても圧巻の一言である。

そんな豪華な部屋の化粧台の前の椅子に、制服姿の先輩が座ってこっちを見ていた。

「物置にはあまりちょうどいいものはなかったですか~」

「はい、あっちも不発でした」

「それじゃあ今日は各部の部員たちから集まったものを見に行きましょうか~」

「え? もう集まってるんですか?」

「私が声をかけると皆さんすぐに持ってきてくれるんですよ~」

すごい! 先輩すごすぎるよ!

「今は学校の多目的ホールに置いてあるみたいなので行きましょうか~」

「お嬢様、車の用意はできております」

メイドさんの言葉に笑顔を返して広い家の外に出ると、来た時と同じ車が目の前に停まっていた。

「どうぞ、お嬢様、霧島様」

先輩の後に続いて運転手さんが開けたドアから車に乗り込む。

「それじゃあ~、学校までお願いします~」

「かしこまりました」

少しも不快感を感じさせないプロの運転の中で、先輩は基本的に外を眺め、時折こちらを見ては顔全体で微笑んでくれる。

「そうだ、メイドさんがくれた洋服持ってくるの忘れた!」

こういうことに限って出発した後に思い出してしまうものだ。

「ご安心を、霧島様。その品物ならこの車のトランクに積んであります」

運転手は前を向いたまま俺のミスを簡単にフォローする。

まさしくゲームの中の使用人……といった感じだった。



 「これ、全部部活関係の生徒から提供された品物ですか……?」

「そうですよ~」

そこそこ広い多目的ホールの足の踏み場が無くなっているくらいの品物が、目的地にはあった。

「一応、各部ごとに分けて置いてあるから品物として認められるかどうかをチェックして仕分けて頂戴」

会長はそれだけを伝えると忙しそうにどこかへ行ってしまった。

「まずは何部から手をつけます?」

手分けをしたとしてもこれだけの量を二人でチェックするというのは無謀というほかない。少しでも効率的に進める方法はないか、という意味でのそんな質問だったのだが……。

「お嬢様方のお手を煩わせる必要はございません」

そう言いながら現れたのは映画にでも出てきそうな黒のスーツに黒のサングラスの真っ黒な男女の集団だった。

「も、もしかしてこの人たちって……先輩の?」

「はい~、私のボディーガードです~」

「20人くらいいますよ?」

「そうですよ~?」

何かおかしなことでも? とでも言うように微笑む先輩に、返す言葉もなくなってしまった。


「それじゃあ始めましょうか~」

ボディーガードさんたちは全員白の手袋をつけて品物を仕分け始める。

「私たちは向こうのほうから始めましょうか~」

「あ、はい」

ホールの隅っこに集められている演劇部からの品物。

「演劇の道具の……一部?」

「そうみたいですね~」

それでも演劇で使われるような衣装や小道具はなかなかの完成度だ。

「こっちの髪留めとか、小物はよさそうですね~」


「あれ? 幸人さん?」

紗雪さゆき? どうして……」

「バザーの品物、できる限り集めたら今日ここに持ってくるようにって生徒会長が。幸人さんは生徒会の仕事で?」

「ああ、そうだよ」

紗雪が抱えているのは参考書や未使用のノートなどだ。

「あたしもいるわよ。って言っても1年生からは中学の時の参考書とかしか出てこないわ。全然金目の物がなくて」

紅音あかねは冗談かわからない表情で参考書を俺たちの近くに置いた。

「ところでこの人たち何者よ。新手の国家機関かなんか?」

「陽美先輩のボディーガードだそうだ」

「は、はあ!? こ、これ全部!? じょ、冗談はやめてよね。こんなにいっぱいいるんだとしたら超金持ちってことじゃない!」

「冗談じゃなく先輩は金持ちだよ。うん、超金持ち」

紅音が信じられないといった表情を貼り付けたまま錆びた金属のような動きで首を先輩に向ける。

先輩は顎に右手の人さし指をあてながら「うーん」と唸ったあと、笑顔とともに首を傾げて……。

「お金持ち~、みたいですね~」

と、何気もないように言ってしまうのだった。



 ボディーガードさんたちの協力もあり、品物の仕分けは順調に進み。もう少しで終了というところまできていた。

「ところで紗雪、七海なみは?」

「七海ちゃんは知り合いの家とかを回ってから来るって言ってましたよ?」

「まさかとは思うけど、せっかく終わりそうなタイミングでとんでもない量を持ってきたりは……しないわよね?」

紅音が苦笑いとともに言った言葉に、先輩以外のみんなは紅音のような苦笑いを浮かべているが少しも否定の言葉は出てこない。というより、そんなイメージしかない。

「お待たせーー!」

元気な足音とともに本日の災厄、青葉七海は現れた。両手にビニール袋を持っただけの姿で。


七海が持っていた両手のビニール袋の中身は飲み物とお菓子だった。ちょっとした差し入れらしく、作業を終えたボディーガードさんたちとお菓子をシェアしながら全員を労う。

「でも意外だったわね。七海が品物を全く持ってこなかったなんて」

「品物ー?」

「バザーの品物よ。知り合いの家を回ってくるって……」

「ああー! すっかり忘れるところだったー!」

「な、なによ……まさか!?」

「量が多かったからお姉ちゃんに車を出してもらって積んでもらったんだけど、量が多くてー。あと3往復くらいしないとダメかもー!」

「そん……な。せっかく……せっかく終わったのに!」

やはり七海は、災厄だった。


七海が集めてきた品物は洋服、参考書、文房具、雑貨、それに音楽系の小物や海で遊ぶための遊具やらだ。

種類も多いしその数も多い。

その総数を見て先輩以外は絶句の表情。その先輩さえもその仮面の笑顔に亀裂でも入ったように顔が引きつってしまっていた。

「これ、あと何時間かかるのよー!」

紅音の絶叫のあとに聞こえてくるのは、七海の快活な笑い声とみんなの諦めのため息だけだった。



 結局、すべての品物が片付いたのは夕方を過ぎていた。

気が付いた時には先輩のボーディーガードさんたちは姿を消しており、先輩も運転手さんとともに車であの豪邸へと帰っていった。

紅音や七海たちもそれぞれ別々の方向へと歩き出し、この場には俺と紗雪だけが残った。

「それじゃあ紗雪、俺も帰るわ。お前も気をつけて帰れよ」

紗雪に背を向けて歩き出す俺に、彼女は決して大きくない声で、しかしはっきりした発声でそれを告げる。


「小春さんのこと……大丈夫なんですか?」

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